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第七章 襲来


「いやぁ、結構遊んだなぁ」

 そう言葉を掛けたのは、英光だった。三人はあの後、商店街をぐるっと回り、たこ焼きなどを買い食いして英光の家に向かっていた。

 少し冷め初めたたこ焼きを頬張りながら、琥河が口を開く。

「みゃあみゃあおもひろかったわ」

「食い終わってから口開け」

 口をもぐもぐ動かしながら、英光の横をあるく琥河に、注意する。島崎は琥河とは違い、買い食いをしていなかったが、雑貨店で小物を買っていたようで、其れを胸に抱いている。

 二人の表情は楽しそうで、英光はホッとした。同年代の女子を連れて行って、本当に楽しかったのか、疑問だったからだ。

 茜色に染まる道路、両脇を囲む塀と続く道に視線を向けながら、英光は二人に向かって口を開いた。

「今日は楽しかったよ。ま。また暇だったら遊びに行こうか」

「お、いいわね。今度は、クレーンゲームやってみたいし」

 英光の提案に、琥河は名案だ、とばかりに頷いた。彼女も色々なゲームをやっていたようだが、全てのゲームをやっていたわけではなく、それらをやりたいというのだ。

 しかし、島崎は不満げな表情を向けていた。

(いや、わかるわけじゃなくて、何となく何だけどな)

 島崎は基本的に、感情を表に出す事がない。彼女の機嫌を察する事は難しいが、ある程度察することができた。

 何となく島崎が不満そうだな、と英光が考えている間に、琥河が声をかけていた。

「あれ? 何か不満?」

 付き合いが長い琥河にはわかっているようで、声を掛けていた。琥河と共に怪訝な表情を浮かべる英光へ、島崎は小さな声で告げた。

「………私は?」

「何言って―――あ」

 怪訝な表情を浮かべた琥河は、すぐに理由に思い至る。

琥河は下校の護衛だから遊ぶこともできるが、島崎は登校の護衛なのだ。店などほとんどやっていないし、寄ってもコンビニくらいである。

そこに思い至った琥河が、島崎の肩をつかむ。

 不敵な笑顔を浮かべて、彼女は言った。

「だいじょぶだって。たまには朝早起きするから」

「………無理」

「な、何でっ!?」

 それから琥河と島崎がそれぞれの口調と声の大きさで話をしているようだった。

 やれやれ、と肩をすくめあげた時。



 ――――ピクン。



 目じりがわずかに、動く。それが何を意味するのかは分からないが、英光は生まれて初めての感覚をおぼえていた。

 空気が変わった。朝起きてみる白昼夢とは違う、はっきりとした感覚に、英光自身が戸惑うほど、正確に。

「芳乃!」

「うん」

 琥河が島崎に叫ぶと同時に、英光の前に躍り出る。島崎は、ポケットから四角い機械を取り出すと、本体と同じ大きさの液晶に触れた。

 どうやら情報端末のようで、何かを検索しだした。

「何か来るのかっ!? これはッ!」

 英光が思わず叫んだ言葉に、琥河の眼が見開く。驚きの表情で、何か言おうとした矢先に、小さく舌打ちした。

 次の瞬間、英光に襲いかかったのは、腹部への強い衝撃だった。

 つぶれた声を出すよりも早く、景色が流れる。重力に引かれてはいても、決して地面に着かない、奇妙な感覚に混乱する。

 しかし、それは視界の中に黒い『影』が飛び込んできた所で、頭が冷えた。

「『キマイラ』!?」

「しゃべんな!」

 後ろのほうから、琥河の叫び声が響く。それとともに、自分が後ろに向かってかなりのスピードで動いていることに気がつき、腹に感触があることに気付いた。

 つまるところ、琥河は英光の腹を抱え、飛び出したのだ。琥河の左肩に腹部が当たる、英光の体重が直接かかる格好だが、彼女は全く意に介した様子もなく、叫ぶ。

「芳乃! どこッ!?」

「三つ目の突き当たりを右。直進して」

 その声が聞こえた方向も、でたらめだった。左斜め上の方向に視線を向けると、島崎は近くの家屋の屋根に乗っていた。

 琥河は小さくうなずくと、さらにスピードを上げた。真後ろに加速する英光の向こうで、島崎は一足で家屋の向こう側に飛び込んで行った。

 突き当たりの壁を蹴り飛ばすように、加速する。『影』は視界の中にちらちらと映るだけだが、しっかりとついてきているようだ。

 その光景に、違和感を覚えた英光は眉をひそめ―――気づく。

「おい! 琥河!」

「何ッ!?」

 風を切る中、後ろに白い布に囲まれた空き地が見えてきた所で、英光は叫んだ。

「『影』が多い! 三匹は居る!」

「なッ!? ちぃッ!!」

 空き地に飛び込んだ琥河と英光は、空き地の中心に陣を敷く。投げ捨てられた英光は、勢いのまま地面を転がって行った。

 それでも、あわてて視線を周りに向ける。

 工事現場だろうか、建材が積まれている所以外は白い布に囲まれていた。

 英光の前に仁王立ちする琥河。彼女の後姿の向こう側で、白い布をめくるように現れる『影』。

 それらが入ってきた瞬間、異変が起きた。

「うおッ!?」

 突如英光を襲ったのは、直下の揺れだった。一瞬だけ脚が浮くほどの揺れの原因は、すぐに分かる事になった。

 凄まじいコンクリートを砕く音とともに、四方に白い何かが、せり上がる。それは、四面を覆うと、景色は白いコンクリートと茜色に染まった空だけが映っていた。

「すげぇ………」

 その光景に感心していると、琥河が一歩、前に出た。

 その琥河を眼で追うと、彼女の身体から光が漏れだす。

それは、彼女の首元で集中すると、光を放ち、輪が現れる。それに続くように、光が広がって弾けていくと、武装が現れた。

 円形の輪から生まれた日本の鎧を身に纏うと、彼女は大刀を引き抜く。

 四方を囲まれたとはいえ、『キマイラ』は意に介した様子もなく、距離を詰めようとふらふらと歩きだした。

 種類は、犬型とヒト型、猿型の三つ。さまざまな形をもつと説明された通り、形も大きさも別々だった。

 琥河は英光を一瞥した後、叫んだ。

「そこで――――見てなさいッ!」

 最後の一言と共に、琥河は一瞬の間に猿型と距離を詰めていた。

流れるように、斜め右下からの斬撃を放つ。遠くから見ていた英光が、なんとか追いかけることができるスピードで振られた大刀は、しかし、猿型が一瞬でしゃがむことにより、避けていた。

 その動作が終わるよりも早く、ヒト型は琥河に襲いかかってきた。

「はッ!」

 返す刀で、右に薙ぎ払う。それを屈んで避けたヒト型は、真下から無造作に振り上げた右腕を叩き込んできた。

 琥河はそれを一歩下がることで、無難に避ける。そのまま軽いステップで反回転すると、続けざまに斬撃を繰り出す。

 その斬撃は、ヒト型と犬型の二体が範囲に収まっており、勢いよく振られた大刀が空気を切り裂いた。

 薄皮一枚、ヒト型の肩辺りを切り裂いて、大刀は地面に突き刺さる。琥河の露骨な舌打ちが聞こえた直後には、ヒト型は飛びかかるように、その腕を振り上げた。

 迎撃が間に合わないと判断した琥河は、足を広げ、身構えた。

 右肩を張るようにして、肩あてで受け止める。彼女の体よりも大きなそれは、ヒト型の攻撃をしっかりと防ぎ、力負けしていないように踏みとどまっていたのだ。

 しかし、そこに隙ができた。正確にいえば、死角が生まれたのだ。

 つまり、全く動きを見せていなかった犬型が、琥河と人型の間を通り抜け、英光のほうに向かってきたのだ。

「うおッ!?」

「ちッ」

 いち早く気づきのは、やはり英光本人。次いで気がついたのは琥河だったが、人型が動きを止めるように、琥河へ襲いかかっていた。

 慌てて立ち上がろうとするが、片腕しか動かないので、一瞬で立つこともできない。体がこわばって、反応できなかったのだ。

 犬型が襲いかかろうと、空中に飛び出した瞬間、英光の眼が見開き。

 ほんの僅かに、光が走った。


 ピシャ―――――。


 かすかに、音の一瞬だけ響いたそんな音と共に、その犬型の顔が跳ね上がった。

 僅かに動きを止めた犬型に。



 ――――パン。



 軽い破裂音と共に、黒い犬の頭部がはじけ飛んだ。斜め右の地面にぶちまけられた黒い何かは、そのまま地面へと染みていく。

 犬型は、英光に触れるよりも早く、霧散した。

黒い霧のようなものが体にかかってきたので、慌てて振り払うが、それらしきものは全くなかった。

 呆然と視線を上にあげると、壁の上に立つ人影が見えた。建築現場の白い布よりも高い場所、一メートルもない壁の真上に立つその姿は、間違いなく島崎のものだった。

 巨大な方針から、わずかに立ち上る硝煙。その表情は逆光でわからなかったが、その姿を見て、英光はなぜかホッとした。

 地面のすれる音が尾を引くように響き、一瞬だけ光が視界で瞬いた。視線を前に向けると、琥河が大刀を振り上げる形で止まっており、その眼前で猿型が真っ二つに分かれていた。

 次いで、距離をとっていたヒト型が勢いをつけて、一気に琥河に襲いかかったが――――。

「遅い」

 一瞬早く態勢を直した琥河が突き出した大刀に、自ら突き刺さっていくことになった。

 頭部に生える、茜色に染まる刀身が、相手の頭部から伸びていた。

 大刀の長い刀身が突き抜け、つばの辺りまで頭部が刺さる。振り払うようにヒト型の刺さった大刀を振り払うと、その影も四散した。

 残ったのは、琥河の付けた大地の傷だけ。それを見て、緊張の抜けた溜息を吐いた琥河の顔を見て、英光は奇妙な感覚を受けた。

(………あれ?)

 奇妙な違和感を覚えた英光だったが、琥河がこちらを向いたところで、違和感は消えていた。こちらに歩み寄ってきた琥河の後ろで、せり上がっていた壁が、大地に沈んでいくのが見える。

「大丈夫、そうね」

 肩をすくめあげる琥河へ、英光は息を整えながら答えた。

「あ、ああ、ありがとうな」

 前と同じく、一気に状況が変わったせいか、少し混乱しているのを自覚していた。それでも、目の前の彼女が助けてくれたのは、理解している。

 トン、と、軽い着地音が聞こえる。ある程度降りてきた壁から飛び降りた島崎は、足早にこちらへ駆け寄ると、心配そうな眼差しで言葉をかけてきた。

「だい、じょう、ぶ?」

 おどおどとした様子の彼女を見て、英光は思わず、笑みをこぼしてしまった。

(琥河だけじゃなくて、島崎も、だよな)

「ああ、大丈夫。助かったよ。ありがとうな、二人とも」

 そう素直にいう英光へ、二人はほんの少しだけきょとんとした顔をした後、顔を見合わせる。

 そこで、二人は破顔した。「くくく………ッ」と笑いを噛み殺すような琥河の笑いと、視線をそらして肩をプルプル震わせている島崎の姿が、印象的だった。

 少しだけ恥ずかしくなった英光が、立ち上がろうとした時、手が差し出された。

 顔をあげた英光の眼に映るのは、二つの笑顔。手を差し伸べながら、不敵な笑顔を浮かべる琥河と、後ろで手を組んでわずかに口角を上げる、優しい笑顔を浮かべる島崎。

「さ、いくわよ」

「ね?」

 その二人へ、英光は苦笑を返した。

「ああ」

 しっかりと、左手で彼女の差し出した手を掴むのだった。

 立ち上がって砂を払いながら、英光はふとあることに気付き、二人に向けて尋ねた。

「さっきの、『キマイラ』だよな? 一年に一度ぐらいしか出なかったんじゃないのか?」

 先日の樋上の言葉を聞く限り、『キマイラ』の数は、そう多くないはずだ。一年に一度しか襲撃は起きないと言っていたし、先程襲いかかってきたのは三匹だ。

 一年に一度程度じゃないのか、という疑問に、ああ、と気付いた琥河が答えた。

「そりゃ、一年に一度しか出ないけど、一匹ってわけじゃないわよ? それほど強くないけど、軍を置いているぐらいだし。今回は確か、確認されているだけで――――百匹だったっけ?」

 琥河の問いかけに島崎が頷いたところで、英光が悲鳴を上げた。

「ひゃ、百匹!?」

 予想以上に多い数に、英光は驚く。その声、正確には音量に眉をひそめながら、琥河は続けていった。

「もう半数以上は討伐しているわよ。それに、私達でも対応できるし、珍しく現代兵器がきく相手だから」

「あ、そ、そうなのか?」

 現代兵器が通用する、という言葉に、軽く驚いた。心のどこかで、『フォディスト』しか対抗策がないものだと思っていたからだ。

 とはいえ、実際にそうだった場合、すでに四次元人の手によって、日本はなくなっていたかもしれないのだ。考えてみれば、簡単なことである。

 それと、今まさに三匹の襲撃を防いだ琥河と島崎の腕前は、確かなものだった。通常生活でも襲撃に対する備えがあるようで、英光は少しだけホッと胸をなでおろす。

 そこで、苦笑した。

(まぁ、二人は俺を守ってくれているわけだし、感謝こそすることはあれ、非難することはできないか)

 説明不足だ、と糾弾することもできるだろうが、目の間の二人にするのはお門違いだ。樋上に会う機会があったら文句を言ってやろうと、そう心の中で決めながら、英光は辺りに視線を向けた。

「そういや、すごかったな、あれ。何なんだ?」

 あれ、というのが何なのか一瞬分からなかったようだが、すぐに思い至ったのか、琥河が頷きながら口を開く。

「あれね、もしものときに区間ごとで用意してんのよ。最悪、閉じ込めはできるしね」

 『高天ヶ島』のいたるところに、四次元生物の襲撃に対し、防壁を用意しているらしい。最悪の場合、それを使って足止めをし、軍の派遣を待つことになっているそうだ。

 それも非常時用だから大して無いけど、と琥河は締めた。

 そこで、荷物を落としていることに気が付き、二人へ声をかける。

「荷物落としたし、戻ろうぜ?」

「―――ちょっと待ちなさい」

 は? と疑問の声を上げるよりも早く、英光の顔が掴まれた。英光の視界に映るのは、大きな琥河の顔であり、彼女の息が顔にかかった。

「お、おい!」

「………偶然、よね?」

 当たり前のことながら驚きの表情を浮かべる英光に対し、琥河は眉をひそめて英光の眼を覗き込むような動作を繰り返していた。やがて、パッと手を離すと、ため息交じりに見下す。

「ま、さっさと荷物拾ってきなさいよ」

「あ、ああ」

 英光はそういうと、道路のほうに駆けだした。さすがに護衛を外すわけにもいかず、少し遅れて琥河と島崎も追った。

 曲がり角に歩いてきたとき、全力で走っていた英光は琥河へ、手に持ったバックを突き出した。

「お前も、落としたのかよ………」

「―――御苦労」

 顔を真っ赤にしてふんぞり返る琥河を見て、英光と島崎は顔を見合わせ、苦笑した。









 それから『キマイラ』の奇襲もなく、俺は家に戻ってきた。あたりはすっかり日が暮れて、電灯が煌々と道路を照らしている。

 両親は居ない。親父は一カ月の出張で、母さんは弘樹の様子見で遅くなる。まぁ、そっちのほうが、俺にとっては好都合なわけだ。

 変に、心配をかけたくない。それは、素直な気持ちだった。

 左手でなんとか鍵を引っ張り出すと、錠に刺す。扉をあけて、内側のボタンに手を触れた。

 入口の電気をつけながら、俺は二人に言った。

「今日はありがとうな。っていうか、帰り大丈夫か?」

 俺の心配する言葉に、琥河は鼻を鳴らし、島崎は小さくうなずきながら答えた。

「そんじょそこらの痴漢やらに負けるわけないじゃない。それより、夜はこの辺りに部隊が配属されるから、変な行動は慎みなさいよ。後、これ」

 そう言いながら、琥河は自分のバッグから何かを取り出すと、英光に渡す。一見すればストップウォッチにも見えるそれは、時間を示す液晶と、細いボタンが付いたスイッチという奇妙なものだった。

 左手で受け取り、眺めながら尋ねてみる。

「なんだこれ?」

「緊急通報装置よ。それがなって一分以内には武装隊が突入するから。真ん中のボタンを押しながら上げるの」

 なるほど、ボタンは誤作動防止になるのか。それをポケットに突っ込みながら、その手を二人に軽く上げた。

「んじゃ、また明日。島崎、頼むな?」

「………うん」

 反応は遅かったが、嫌がっているようではなかった。ここで嫌がられたら、俺が何をしたのか延々と悩むわけなんだけど。

 そんなことを考えていると、琥河と島崎も俺のまねをして、手を軽く上げて振り返った。そのまま学園のほうに向かう道を歩いていく。

 何度か振り返っているのを目撃しながら、彼女たちがいなくなるまで、見送った。

 やれやれ、あの二人には頭があがんないな。ほとんど見ず知らずの俺の護衛をやってもらって。

「早く、解決すればいいが………っと、電話か?」

 扉を開けようとした時、ポケットが震える。ポケットに入っている携帯を取り出すと、ディスプレイには母親の文字が浮かんでいた。

「もしもし、どうかした?」

『あ、英光? 急で悪いんだけどね――――』

 少し慌てた様子で、母親が言葉を続ける。その内容を聞いて、俺は目を丸くした。

「はぁッ!? 本州に!?」

 母親の説明では、弟の検査が本州の大学病院でしか行えないので、今日から一週間、そちらに向かうとのことだった。着替えなど準備してもう向かっているらしく、少し落ち着いた今、俺に電話してきたそうだ。

『お父さんも一週間ぐらい出張って行っていたから、しばらく英光一人だけだけど、大丈夫かしら? 駄目なら今からこっちに来てもいいのよ?』

(まぁ、弘樹はまだ小さいからなぁ。俺は、どうすっか)

 ご飯を作ることはできないが、注文や買い物ぐらいはできる。お金は置いて行ってくれているようなので、大丈夫だろう。

 何より、一週間も学校を休めない。

「いや、大丈夫。こっちは何とかするから、弘樹の事よろしく」

『ごめんねぇ。英光も怪我してるのに………。お土産買ってくからね? あ、なんだったら今朝の彼女さんを連れ込んでも「ブチっ」』

 携帯電話の通話を切り、ポケットに突っ込む。半眼で眉間にしわを寄せているところで、ふと後ろに気配を感じた。

「ぬおッ!?」

 振り返って、本当に心臓が止まるかと思った。振り返った先には、フルフェイス完全武装の軍人が一人、立っていたからだ。

 彼、もしくは彼女はすっと、手に持っていた大きな携帯を差し出してきた。びくびくしながらそれを受け取ると、手で出るように指示された。

『いよう、少年。青春しているかい?』

 ―――そこから聞こえてきたのは、前に聞いた軽い声だった。

 本当にこの人は少佐なのか? という疑問を抱かせてしまう軽い口調に軽快な笑い声は、今の状況を知っていることを示していた。

「………貴方の差し金か?」

 俺の問いかけに、受話器の向こう側から答えが返ってきた。

『はっはっは。まぁ、きちんと説明しようにも、俺も忙しい身でなぁ。別に俺よりも下の奴が行ってもいいんだが、前にも云った通り、『フォディスト』の存在は最重要機密なんだ。少年が黙ってて、誰も知らないっていうのがベストなんだ』

 つまり。

「両親がいない間に物事を収拾させたい、ってことですか? 相手の目的もわからないのに?」

 英光の家族を島から離した理由を考えるのであれば、それが事実だろう。

 問題としては、俺の言葉の通り、相手の目的が分からないという事。その言葉を聞いて、電話の向こうの相手の口調が、曇った。

『相手の目的を知るための一週間だ、と言っておこうか。まぁ、ついさっきの事を考えても、少年は狙われているんだがなぁ』

 もう知っているのか、と軍の情報管理に単純に感心しながら、俺は尋ねた。

「狙われているのがわかるのであれば、対策をしてほしいんですが………」

 目的は何であれ、狙いは俺なのは間違いない。もし、『キマイラ』の声が幻聴でなければ、奴らは俺をいつでも見はっているというのだ。

 しかし、電話の向こうから聞こえてきた言葉は、軽い口調だった。

『いやいや、現状あの二人がいれば問題ないさ。こと、『キマイラ』に関しては、な』

 確信している、と言外に含めたその言葉に、俺は眉をひそめた。

(? つまり、『キマイラ』に強い、ってことでいいのか?)

 確かに、あの二人は手慣れている感じはあった。今回は俺というお荷物がいたものの、それでも結局、傷一つ負わなかった。

 つまり、現状で対応できている、と言っていい。

 半眼で唸っていると、受話器の向こうから声が響く。

『どちらに転ぶにしろ、あの二人には必要な経験だ。………まぁ、最悪の場合は俺が動くから、安心しろ』

「最悪? いったい、どんな状況が最悪なんだ?」

 俺の問いかけに、受話器の向こうから返答は、無かった。

 この後、なんだかんだ色々と聞いたが、うまくはぐらかされてしまった。つまり、現状維持のまま進めなくちゃいけないということか。

「やれやれ………」

 そういい、手に持った大きな携帯を返そうと、辺りを見渡したが、その相手は見つからなかった。

「………もってろと? っていうか、あれか? 監視されているのか? これは?」

 ふと、視線を門の内側に向ける。その門の先には、紙がぶら下がっているようで、そこにはこう書かれていた。

『見ていないですよ?』

 絶対、嘘だ。

 一応、その言葉を信じる事として(というより、どうしようもない)、俺は家に帰るとギプスを一回外し、着替えた。右腕にギプスだけ填めると、一回に降りていく。

 ………そういえば、腕が痛いから、何も作れないよな。どっかに注文するか。

 時刻は六時を回った頃。家族のいない、静かなリビングで、俺はソファーに座りながらぼうっとしていた。

 たしか、朝の新聞の折り込みチラシの中に、ピザ屋のチラシが入っていたと思い至り、探しにリビングへ向かう。

 えっと、確か、この辺に――――。

「はい」

「お、さんきゅ」

 ああ、これこれ。チラシを受け取ると、俺は、ソファーに座ると、右手に乗せるようにチラシを広げた。色とりどりの商品を眺めながら、財布の中身を思い出す。

………少ないな。さて、何を頼もうかねぇ。

「ああ、母方は冷蔵庫の封筒にお金を入れていったようだよ? たしか、五千円だったかな?」

「お、結構おいていったな。………俺は生ハムピザかな。お前は何が食べたい?」

 俺の疑問に、女の子は右肩から乗り出すように、チラシを―――――


「ッ!」


 ブワッと、冷や汗が全身から噴き出した。跳ね上がるように立ち上がった俺は、出口に背を向けながら、視線を眼の前に向ける。

 視界の中にいたのは、異質な風貌をした女の子だった。

 目につく色は、赤と白。肌色よりも薄い白い肌に、色素が全くないが艶のある髪の毛。毛先に向かって赤い色が集まっているが、長さは肩ぐらいまでだ。

 身長は、だいたい弘樹と同じぐらいか。つまり、小学生ぐらいだ。

 浮世離れした姿。何より恐ろしいのは、異質なはずなのに、目の前に立っても不思議と思わないことだ。

 何より気になるのは――――それは、今はいい。

 彼女は、ソファーの後ろから覗き込むような格好をして驚いていた。しかし、すぐに、小さく笑うと、ソファーの前に歩み出る。

「軍の人………ってわけじゃないか」

「軍? ああ、外にいる人か。違うね。私は私のために動いているし」

 小さな体に似合わない、大人びた声。軍属じゃない、と。もちろん、知り合いにこんな奴はいないわけで。

(つう、ことは、だ)

 頬に汗が伝うのが、わかる。それどころか、今になって眉間がチリチリしてきた。

「………まさかと思うが、『フォディス』、四次元人か?」

 いや、本当にその可能性しかないだろう。現状で、少なくとも見た目がこんな人間っぽくない相手なんて、『フォディス』以外あり得ない。

 その問いかけに、少女は微笑みを浮かべると、軽く笑いながら答えた。

「ふふ。そうだね。君たちが言っている四次元人、『フォディス』だよ。イアン・リヴァ、それが、私の個別名だ」

 ―――やばいな、と素直に思った。左手にはチラシを握っているから、それを離してポケットに手を突っ込んで、ボタンを押す………。

(駄目だ。あの『キマイラ』ですら、あれだけ早いんだし)

 いわゆる雑魚の攻撃ですら、本当にかろうじて避けられるか否か、というレベルの速さで、避けられる自信もない。一分以内に突入してくると言っていたが、それよりも早く殺されるだろう。

 そう考えたのが分かったのか、はたまた既に想定していたのか、彼女はふっと笑うと、口を開く。

「下手なことを考えない方がいいよ。もし、私に危害を加えようとするのであれば、実力を持って排除させてもらうよ」

 ああ、もう、八方ふさがりだ、と思いながら、俺は相手を見据えていた。

 しかし、相手―――リヴァだったか? は、ため息を吐くと口を開いた。

「まぁ、待ちたまえ。私が君に害意を持っているならば、最初の時点で首をはねているさ。ずいぶん、危機感はなかったけどね」

 くすくすと、小さく笑う声が聞こえる。く、なんとなく、こういう相手は苦手だ。

(………まぁ、実際、そうだよな)

 リヴァの言うとおり、あの『キマイラ』でも、油断しきった俺の首なんて、一瞬で刈り取れたはずだ。そうしなかった理由というのはわからないが、彼女はそれをしなかった。

 と、いうことは。

「つまり、どうしたいんだ?」

 結局、俺にはなんだかわからなかった。わからないので素直に聞いたが、逆にあきれられてしまった。肩をすくめて、彼女は口を開く。

「一つも思いつかないのかい?」

「………すまんな」

 『フォディス』が俺を訪ねる、という時点で予想外にも程がある。ましてや、安全だと思い込んでいた家に乗りこんでいるのだ、理解の及ぶ範囲にないのだ。

 彼女は、小さく微笑むと、答えてくれた。


「何、ただ遊びに来ただけだ」


 そんな、爆弾発言を、彼女はこぼしてくれた。



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