第四章 フォディスト
夜に照らされたライトに、無骨な鉄骨が立ち並ぶ、威圧感の在る建物、その屋上。
高天特殊基地司令部と銘を打ったその場所で、全くの一般人が、立ち尽くすことになったのだった。
「ほら、何ボッとしてんだか。降りるわよ」
「あ、ああ」
さっさと降りていった関係者の中で、琥河が英光に声をかけた。気の抜けた言葉を返し、ヘリから飛ぶように降りると、体勢を僅かに崩してしまう。
思えば、キマイラという奴に体当たりをしているうえに、それに思いっきり殴られているのだ。普段から鍛えているわけではない英光にとって、致命傷に近い。
その様子を見て、琥河が小さくため息を吐き、半眼で告げた。
「大丈夫? 一般人が無茶するから」
「………悪かったな」
足を捻ったわけではないのだが、どうも疲れてしまったらしい。それでも歩き出そうとした英光の肩に、軽い衝撃を感じた。
視線を向けようとすると、通り過ぎる亜麻色の頭部が映った。視線で追った英光へ、少しだけ歩いた後、顔だけ向けた琥河が、告げた。
「ま、その根性と性根だけは買うわ」
僅かに持ち上がる、口角。きょとんとした英光は、それでも体勢を持ち直すと、さっさと歩いて行ってしまう琥河の後を追う。
闇夜に映し出された、無機質な鉄の箱庭へ――――。
軍に連れていかれたのは、真っ白い、何もない部屋だった。正確に言えばパイプ椅子、長机が鎮座しているが、其れしかない。変に高い窓が印象的だったが、本当にそれしかないのだ。
部屋に島崎、琥河、英光が入ったところで、樋上が口を開く。
「ああ、ちょっと少年と嬢達で待っててくれ。ちょちょいと利用許可書とってくっから」
「え?」
疑問を返すよりも早く、二人はさっさと出て行ってしまった。それに驚いている間に、英光の目の前を島崎がちょこちょこと通り過ぎ、琥河が慣れた様子で歩いていった。
ちなみに二人とも同じぐらいの身長だが、島崎は若干猫背なので小さく見える。二人ともパイプ椅子をさっさと手に持つと、長机の向こうに座った。
呆然と立っている英光へ、琥河が怪訝な表情を浮かべて、口を開いた。
「ボケッと立ってないで、座ったら? 樋上さんが戻るまで、結構掛かるし」
「あ………ああ」
若干、肩透かしを食らっていた英光は、とりあえず対面するような場所へ、パイプ椅子を取りに行こうとした。
すると、島崎がスッと立ち上がり、そのままの表情でパイプ椅子が立てかけられている場所に向かうと、其れを開いて英光に視線を向けた。
そこで気付く。英光の右腕は今使えないから、パイプ椅子を広げられなかったのだ。
「あ、ありがとう」
小さく頷き、島崎はスッと椅子に戻っていった。意外と優しいんだな、と思いながら英光はその椅子へと、腰を掛ける。
そしてそのまま、沈黙が十秒ほど、続いた。
英光から見れば、聞きたい事はたくさんあるのだが、何分目の前の相手は、今日初めて顔を見合わせたような相手だ。そして、異性である。
話しかける言葉が、見つからないのだ。
(と、とりあえず、助けてくれてありがとうと言うべきか? っていうか、あの封筒って、結局どっちが? って、そうじゃないだろ、俺! ったく、こういう性分だから―――)
一分も経たない内に、様々な事を考えてしまった英光だったが、口の中はもうからからで、水分がない。
分からないようにため息を吐いた英光へ、声が掛けられた。
「………なんか、聞きたい事ないわけ?」
これまた意外な事に、言葉を掛けてきたのは琥河だった。
琥河に促され、英光はしばらく声にならないうねり声を上げていたが、やがて諦めたように口を開く。
「あー? 琥河さんと島崎さん、だな? 二人は、軍人なのか?」
とりあえず聞きたい事、という事で思い浮かんだのが、其れだった。元々この島は日本最大の基地がある関係上、軍関係者の子供が此処で教育を受けることも少なくない。
「………その、ね」
しかし、琥河は眉をひそめると、少しだけ機嫌を悪くした様子で、言いよどんでいた。
其れを見て、英光は慌てて手を振った。
「悪い。言い方が悪かった。軍関係者か、と聞いたほうがよかったよな」
(軍人か? って変な聞き方だよな。実際、学生だし)
英光自身、へんな言い方をしてしまったと感じる。そもそも軍関係者でなければ此処にいるわけがないし、軍隊の要請を得て英光を呼び出す事などするわけがない。
琥河と島崎両方が、それぞれ嫌そうな表情を浮かべていた。
それでも、英光の言い直しに納得したのか、琥河は事も無げに告げる。
「別に軍人って訳じゃないわよ。私も芳乃も」
琥河の言葉に、島崎も頷く。
「………民間協力者」
ぼそりという、と形容するべき言葉遣いではあったが、不思議とよく通る声だった。英光からしてみれば、ほぼ初めて聞いたその声に、そう評した。
琥河は、若干威圧をするように言葉を続けた。
「まぁ、あれの事もあって、一般人とは少し違う場所にいるだけだけどね。別に軟禁や拘束されているわけじゃないし」
二人とも余りにも軽い感覚なので、英光もそうなのか、と納得した。正確にいえば、そう思わざるを得なかった、といった方がいい。
正直にいえば、想像できたことでもあった。
身体の痛みも酷かったが、とりあえず緊張が解れた英光は、続けて言葉を続けた。
「あぁ、その………。二人も、『フォディスト』って奴なのか?」
英光としては、もっとも聞きたかった事だが、一番聞きにくい質問だった。
目の前の、同級生が『超能力者』であるという現実。
事実は、すでに眼にしている。琥河も島崎も、目の前で異形の物質を身体に纏い、出てきたのだから、疑いようもない。
結局は、ただの確認だった。
「ええ」
「うん」
同時に答えた二人の目には、何の淀みも躊躇いもない。
つまり、自分達がそういう存在であり、それに対して様々な人から尋ねられ、そう答えて来た、という事だ。
「そっか………」
小さく頷く、英光。何度か頷いた後、二人に顔を上げた。
「ま、なんにせよ、助けてくれてありがとな。ほんと、死ぬかと思ったよ」
其れは、裏表のない英光の言葉だった。
琥河は軽く手を上げ、ひらひらと揺らしながら満足そうに頷き、島崎は伏し目がちに頭を左右に振った。
其れを聞いた二人の態度は、それぞれの性格を如実に現しているように思えた。
(琥河って、なんだか真面目そうだな。島崎は人見知りしているようだけど、意外と優しいし)
二人の性格をそう評価しながら、英光は苦笑しながら背もたれに寄りかかる。痛む右腕をさすりながら、未だに無くなってしまった奥歯に眉をひそめつつ、告げた。
「でもまぁ、かなり強いよな、あれ。体格はしっかりしている俺で突き飛ばせても、最初の一撃で腕が折れたわけだし」
英光の苦笑と共に出た言葉に、琥河は少し微笑むと、口を開いた。
「それだけですんで儲けモノ、って思ったほうがいいわよ。軍人だって勝てないんだし」
「そりゃ、相手が悪かったわ」
ハハハ、と苦笑すると、琥河は厳しい眼差しを向けてきた。その眼差しに怯んでいる英光へ、琥河は厳しい口調で告げた。
「その悪い相手に、なんであの場でとどまろうと思ったわけ?」
その琥河の言葉に、目を伏せていた島崎も視線を向けてきた。二人の視線には、怪訝な色と同時に侮蔑にも近い色が混じっているようで、少なくとも英光の行動にいい感情は抱いていなかったようだ。
雰囲気に気おされながらも、英光は頬を掻いた。
あの時、屋上の扉を閉めたのは、足止め以外の何物でもなかった。少なくとも自分が逃げれば、下にいた生徒に被害が出ていたかもしれない。
しかし、英光は言葉を濁した。
「ま、まぁ、なんていうか………。あ、あれだ。俺でも行けるかなって」
「―――――あっそ」
溜息を吐いて、琥河と島崎は視線を逸らした。呆れられたようだ、と英光は思い、溜息を吐いた。
(………ウソ、ね)
(そうだね)
溜息を吐いている英光の後ろで、琥河と島崎は視線を交わしていた。
先ほど、軍人の前で切った啖呵。怒った理由などを考えても、少なくとも自分から退路を断つ理由を察するのは難しくない。
琥河も軽い調子で笑う。島崎も小さく笑ったようだったが、顔が伏せ気味なので、良く分からなかった。
空気も軽くなったようなので、英光は思い出したように質問を続けた。
「聞きたいんだけどさ、いいか?」
「何よ?」
怪訝な表情を浮かべる琥河へ、英光は言い辛そうに口を開いた。
「いや、さ。結局、『フォディス』っていうのは、どういうものなんだ? その、なんていうか――――」
英光の問いかけに、琥河が納得した様子で何度か頷くと、答えた。
「つまり、『フォディス』ってのが私達から見てどういう奴なのか聞きたいわけか」
「………まぁ、そんな感じ」
樋上の説明を聞いただけでは、『フォディス』を結晶化して操ることができるというが、疑問は生まれる。
まず、『フォディス』は通常何処にいるか、という疑問だ。
英光の言葉を拾ってくれた琥河は、何となく誇らしげに頷くと、その場で立ち上がり、少しだけ離れた場所に立った。
英光のほうに振り返ると、不敵な表情で告げた。
「『フォディス』ってのは、基本的に四次元生物のことを指すけど、生物だけじゃなくて、それ以外の物もあるのよ。例えば、武器とかね」
「ほう」
其れは、英光にも興味をそそられる内容だった。最初に受けた説明では、生物だけ、という印象があったからだ。
英光の興味を引いたところで、琥河は腕を組んだ。不敵な表情で口を開く。
「別に精神を圧迫されているわけじゃないし、普通の人と変わりはない。ただし、力は強くなるし、ものによっては視覚や聴覚が敏感になることもあるけどね」
「成程」
それも、初耳だった。よくよく考えれば、知っている事などないのだから当たり前だが、だからこそ、今までの常識を当てはめてしまうのだ。
(………其れだけ、今までの常識が当たり前すぎた、って事か)
等と自己解析している英光の前で、琥河は右の一指し指を一本上に向け、左手で右手をつかみながら、説明を続けた。
「でも、私達からしたら、『フォディス』はそこに「在る」のよ。別に威圧感とか、存在感とかあるわけじゃないし、邪魔じゃないけど、「在る」。なんとなく、だけどね」
そういい、組んだ腕を下ろした瞬間。
琥河の身体が、淡く発光しはじめた。翡翠のような、緑の光はやがて琥河の上半身―――特に、首周りから腕の外側を通って、腕の先まで広がっていった。
そして、緑から白い色に変色すると、それがはじけた。
現れたのは、先ほどとは外見の違う、琥河の姿。
首の周りに細い、大きな円が浮かんでおり、そこから二枚の栴檀板と鳩尾板が垂れ下がり、両肩にあたる部分に肩当てと手甲が、琥河の腕に通されていた。
そして、腰の辺りに浮かぶ、二振りの大刀。
全体的に朱色を持つその姿は、初めてすれ違った時、彼女が身に纏っていたものだった。
「――――あれ?」
そこで、違和感があった。何だろう、と小首を傾げていたが、やがて気付いた。
「大きさ、違くないか?」
英光の言葉に、琥河が「良く気付いた」と眼を大きくし、少し嬉しそうに口を開いた。
「『フォディス』には、それぞれに『能力』があるの。私のは、大きさをある程度変えられる。ま、他の『フォディス』も、大きさを替えることはできるし。本当の『能力』は秘密だけど」
そう説明する琥河は、腕を真っ直ぐ伸ばすと、力を込める様子を見せる。
それと同時に手甲が一回り大きくなった。其れは手甲だけではなく、腰に浮かんでいた大刀まで巨大化していた。
英光が興味深そうに見ていると、「触ってみる?」と、琥河が聞いてきたので、彼は頷く。
さっさと歩み寄ってきた琥河が差し伸べた腕についた手甲に、触れてみる。
触感は、鉄のそれだった。ひんやりとした其れは、かなりの重厚感があり、女性では持つことすらできそうにない。
ある程度触られた琥河は、腕を引っ込めると其れを消す。消えるときは簡単なもので、一瞬で掻き消えていた。
近くの自分の椅子に座った琥河は、言葉を紡いだ。
「私の『フォディス』、名前は《メドキ》。多分、見ての通り鎧だと思うんだけど………よくわかんない。普通の『フォディス』は話しかけて来るっていうのがほとんどだけど、聞いた事無いし」
肩をすくめる琥河に、英光は彼女の言葉の意味を知った。
(ああ、生物だけじゃないっていうのは、そういうわけか)
本当に生物だけが出てくるのなら、琥河の『フォディス』―――《メドキ》が不自然な事になる。どうやら、生物の場合も二人のように一部分だけ出てくるが、声を掛けてくるそうだ。
ずっと黙っていた島崎のほうに、英光は顔を向けた。
「島崎さんは、どんなの何だ?」
「………《ジクス》」
小さく呟いた後、島崎は立ち上がる。そのまま歩きだし、少し離れたところでまた振り返ると、琥河と同じ現象が起きた。
白い光が解けた先にいたのは、空から降りてきた時の島崎の格好だった。
大きな円盤状の肩の装甲に、そこから伸びる推進器。琥河に比べ、細い両腕の装甲に、長い砲身をもつ銃。そして、身体の前を覆う薄い装甲板が張り付いていた。
えらく近代的な其れは、琥河の《メドキ》を見た英光には、違和感があった。
島崎は、少しだけ顔をあげると、何を思ったのか――――
「って、あぶねぇッ!?」
気がついたときには、島崎は英光に腕の銃を向けていた。慌てて両手を挙げる英光へ、島崎はボソッと呟いた。
「―――ぞ」
「は、はい?」
小さすぎて聞こえない島崎の言葉に、思わず聞き返すと、彼女は顔をあげて告げた。
「どうぞ」
その言葉に、英光は眼をパチクリさせていたが、やがて思い至ると、おずおずと口を開いた。
「もしかして………触っていいの?」
小さく頷いた島崎に、英光は恐る恐るといった様子で銃身に触れた。
琥河のものと違い、整えられた鉄の触感に驚くが、今の英光に実感する余裕はない。
(………恐ぇ)
傍から見れば、島崎に銃を突きつけられている格好なのである。彼女が引き金を引けば、丁度英光の心臓に当たるのだ。腰が引け、怯えながらも銃身を触る男と言うのは、かなり滑稽な格好だろう。
「ぷ、ぷぷ………」
琥河が笑うぐらいに。
口元を押さえ、肩を弾ませている琥河へ、恨みの視線を送りながら、英光は島崎に向かって、感謝した。
「あ、ありがとうな、島崎さん」
感謝の言葉に島崎は満足した様子で頷くと、それらを消して自分の席へ座った。
英光は、一旦息を整えると、椅子に座りなおした。
「まぁ、『フォディス』っていうのがそういうのだっていうのは、分かった。確かに、軍人より強そうだ」
『フォディスト』を軍が欲しがるという事が、おぼろげながらも理解できた。
一見すれば手ぶらでも、次の瞬間には武装している。日本は戦争をしているわけではないが、抑止力として『フォディスト』は、十分期待できるようだ。
肩を竦めあげた琥河は、少し疲れたようなため息を吐きながら、告げた。
「ま、日本だけの超人集団が作れるわけだから、政府も此処を封鎖するわけにはいかない、ってわけ。適合する条件は、軍でも分かってないのよ」
どういう人間が『フォディスト』になるか、其れは誰にも分からないそうだ。
事実、琥河と島崎にはそれほど共通点はないという。唯一あるのは、この『高天ヶ島』で生活していた、ということだけだった。
今、現時点で『フォディスト』は、この島に千人近くいる、と琥河は説明した。
「もちろん、全員が軍に所属しているわけじゃないし、一番多いのは精々、身体能力が上がるだけだから、放って置かれているのよ」
琥河の説明に、英光はへぇ、と頷いた。
「そりゃ、いきなり人生が決まったら、可哀想だよな。っていうか、今まで全く知られていないんだから、ある意味空恐ろしい」
英光の本音は、まさに其れだった。
今、国会や病院などでは情報開示等を求められることが多く、マスメディアも視聴者の興味を引くようなものなら、危険も辞さないことが多い。それがいい事か悪い事かは判断できないが。
英光が十何年も生きてきて、言葉の破片も知らなかった『フォディス』という現象。戦争がずっと続いていた、という言葉は、今なら実感できるが、ここに来る前の自分は絶対に信じることはできないはずだ。
それだけ平和だった、ということだろう。神妙な表情を浮かべる英光へ、琥河も苦笑しながら口を開いた。
「ま、実際そんなものよ。私と芳乃は中学からここの付属学校に居るけど、本当に一年に一度、キメイラが出るかどうかだし。今回初めて学園エリアで見たし」
琥河の言葉に、英光も納得した。一年に一度、しかも琥河が一瞬で切り伏せられる相手ならば、確かに危険度は低いかもしれない。
とはいえ、今の疑問はそこではない。
「キメイラ? キマイラじゃなかったっけ?」
「………キマイラ」
英光の疑問の言葉に、島崎が答える。今まで流暢に喋っていた琥河が動きを止め、その姿を見た島崎が続けて口を開く。
「麻衣、英語に弱いから」
島崎の言葉に、英光は動きを止めた琥河をしっかりと見て、半眼で告げた。
「………見た目どおりだな」
「な! わ、私が馬鹿だって言いたいわけ!?」
英光のあまりな物言いに、琥河が顔を真っ赤にして反論する。バン、と大きな音を立てて長机が跳ね、身を乗り出してきた。存外に近くまで顔を寄せてきた琥河に対し、英光は苦笑交じりに言葉を紡いだ。
「いやいや、別に琥河さんの事が頭いいかどうか分からないから! 近い近い!」
「いーやッ、絶対に馬鹿にしてるでしょ!?」
「いやいやいやいや、見た目通り日本人だなって思ったんだよ!」
英光の弁明に納得した様子もなく、更に詰め寄ろうとした琥河が身を乗り出した瞬間だった。
部屋の扉が開いた音が、響いた。
「いやいや、悪かったな、若人達! 上の連中が使用許可を出し渋っていたから遅くなった!」
そういいながら入ってきた樋上は、両手に缶を持っていた。部屋に入ってきた樋上は、そこで動きを止めることになる。
密室の部屋に居る二人の少女と、一人の少年。一人が長机から身を乗り出し、かなり近いところで、少年と共にこちらを見ている。そして、もう一人は、少女のことを腰のところを抱くようにして引き止めていた。
その様子を見て、樋上は不敵に笑った。
「はっはっは、すぐに打ち解けたようだな。さすが、若者だ」
そういいながら、長机の開いている場所に缶を並べ初めた。その頃には琥河が恨めしそうな表情で睨んでいたが、英光はできる限り見ないようにしていた。
見慣れたパッケージの缶が並べられていくのを見ていた英光へ、樋上は言葉を掛ける。
「まぁ飲め。流石にのどがカラカラだろ?」
その言葉に、英光は心底感謝した。彼のいうとおり、すでに喉がカラカラで、いい加減何か飲もうと思っていたのだ。
「あ、ありがとうございます」
飲み物を持って来てくれた樋上に感謝しながら、五つほど並んでいる缶から、赤いパッケージの缶を貰った。
その様子を見ていた琥河は、青い缶を手に取ると、プルタブを持ち上げながら口を開く。
「あんた、コーラなんか好きなの?」
「コーラは譲れん」
そう断言する英光は、プルタブを引き上げると、一気に飲み込む。喉がゴクゴクと音を立て、炭酸の強い発砲音が喉を叩く。
込み上げてくる二酸化炭素を、砕くようにして吐く。ゲップをするのは流石に恥かしかったのだが、慣れた炭酸と味が、自分をようやく落ち着けてくれた。
(本当に助かった………)
なんだかんだいって、ずっと緊張していたのだ。ようやく水分補給できたので、口の中にも潤いが戻って来ていた。
その頃になってようやく、琥河と島崎が飲みはじめ、樋上が椅子を引っ張り出し、長机の先端のほうに椅子を置くと、そこに座った。
片手で残っていた缶を開けると、口をつけた。口を湿らせた後、樋上は口を開く。
「さて、少年。君を此処に連れてきたのは他でもない、今後の事だ」
「今後の事?」
樋上の言葉に、英光が怪訝な表情を浮かべた。缶に口をつけながら、彼は言葉を続ける。
「軍の意向で、もっとも譲歩しても、この島から出さないってことだな。んでもって、他の生活者に隠れておく。しかし、向こう側が何で少年を狙ったのか、分からない」
成程、と英光は納得した。
軍としては、英光を確保したい、というのが実状だった。しかし、未だに英光が狙われているという明確な理由が判明しない現状では、確保の理由がない以上、認められないのが現実だ。
しかし、以前は一年に一度程度しか襲ってこない『キマイラ』が、二度も襲ってきた。其れを見捨てるわけには、いかない。
と、そこまで考えが回った英光に、正確に言えば英光と琥河、島崎の三人に向けて、樋上が口を開いた。
「つうわけで、琥河嬢、島崎嬢。二人で少年の護衛をしてくれ」
――――爆弾発言を、零してくれた。