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第三章 フォディス





 まず聞こえたのは、金属がすれるような音。それと共に手に伝った感触は、瓦礫の崩壊していく重々しい音と、揺れだった。

 ずれ落ちている建物の天井を、巨大な左腕の手甲で薙ぎ払うように、吹き飛ばす。崩れていく瓦礫の中で、彼女は脚を付いた。

 二匹の影を屋上に出ている建物ごと斬った彼女は、小さく息を吐く。

 浅い、と小さな声で呟くのが、分かった。

「ったく、昨日といい、今日といい、狙われすぎでしょうが」

 そういいながら、琥河は英光の隣を歩くと、残っている『影』に近付く。

しかし、その声は英光に向けるものではなく、独り言のようなものだったので、彼女は返答を待っていない。

 服装は、英光も眼にしていた学生服だが、肩には大袖と呼ばれる肩当てが湾曲して浮かんでおり、栴檀板せんだんいた鳩尾板きゅうびいたが、肩当てと身体の間に浮かんでいる。

 そして、それらの根元に、大きな輪が浮かんでいた。

 異様な光景だった。二周り以上大きな手甲も浮かんではいたものの、手は通しておらず、彼女は腕を組んでいた。

 浮かんでいる大きな手甲は、大刀を握り、構えている。彼女の身長以上の刀は、良くみれば刃が欠けており、切れ味は良くなさそうだ。

 それでも、コンクリート製の建物を両断したという事実が、ある。

 みればみるほど、異常な光景だった。

 上半身だけの、武士鎧。それが、琥河の身体に纏わりついているのだ。

 琥河は辺りを一瞥すると、舌打ちする。腰を抜かしたように倒れる英光の向こうで、体の前に切り傷を作った『影』がいた。

 琥河は、眉間にしわを寄せながら、呟いた。

「………異様に多いわね」

 腕組みを外し、琥河は手甲に手を通す。それと同時に手甲に力がこもり、大刀が僅かに揺れた。

 その時、残っていた一匹の『影』が動き出す。

 英光から琥河へ、注意を向けたのか、警戒しながら距離をとるように、飛び下がる。屋上の縁に飛び乗った『影』が、体勢を立て直そうとした時。



 ―――頭が、弾け飛んだ。



 一瞬だけ遅れて聞こえたのは、発砲音。次いで聞こえたのは、空気を切るような音だった。

 その音が聞こえるのを待っていたかのように、頭部を吹き飛ばした『影』は、ゆっくりと縁の向こうへ、倒れていく。

 そして、英光が見上げた先に居たのは、これまた異質な存在だった。

 居たのは、人に感心のない、色の篭っていない眼差しを持つ、黒髪短髪の女の子。

 島崎 芳乃。琥河同様、島崎の肩の部分には丸い円盤が左右それぞれついており、その円盤の中心近くから帽のようなものが突き出され、その先には噴射機のような機械が付いていた。琥河のとは違い、機械に近いものであり、島崎の胸の辺りには体を覆い尽くすプレートが、あった。

 そして何より眼を引くのは、その両手の辺りに浮かぶ、巨大な砲身。持ち手は琥河のように手甲のようなもので覆われているが、琥河よりも鎧の部分は少なかった。

 空を飛んでいたのは、肩から伸びた噴射機のお陰のようで、彼女は思った以上に静かな音を立てながら、屋上へと降り立つのであった。

 その時、視た不思議な光景を、英光は忘れられない。




 異常な、その風景に。




 やがて、二人は英光に、向き直った。英光は、いつの間にか膝を突いて立っている格好になり、右腕を無意識に庇うように、抱いていた。

 そして、琥河の口が、動いた。

「………どうしよ」

「………ね」

 困ったようなその声に、島崎は小さく答えるのであった。

 その時、轟くようなモーター音が鳴り響いた。その音に驚いて視線を空に向けると、そこには四つのヘリがそれぞれ等間隔に飛んでおり、その間には垂れ幕のようなものが伸びていた。

 そして、その垂れ幕が、屋上を一気に覆う。それと同時に、ロープ降下してきた存在が、居た。

 降りてきたのは、独特な迷彩服を着た男達。長い棒を持って降りてきた彼等は、手馴れた様子で屋上の四隅に棒を立てると、垂れ幕を固定し初めたのだ。

 さらに驚いたのは、その背中に背負われている実銃の存在だった。

顔を完全に隠している所為で人間性を感じないほど、その動きは早く、的確だった。

 そこで、気付く。独特な迷彩服は、入学式に祝辞を述べた軍の責任者の近くに立っていた若い兵士が着ていたもの、そのものだったのだ。

(ぐ、軍隊?)

 目まぐるしく変わる現状に混乱している英光。動けないでいると、英光の回りに誰か居ることに気づいた。

 琥河と島崎が、いつの間にか歩み寄っていたのだ。琥河は、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべると、英光に向かって口を開く。

「ああ、色々といいたい事はあると思うけど、とりあえず黙ってて。ちゃんと説明するから。とりあえず、さ、怪我見るから、こっち来なさいよ」

「あ、ああ」

 顎をしゃくることで、行動を促す。それに身体が勝手に反応したのか、それとも自分で考えての行動なのか、英光本人には分からなかったが、とりあえず立ち上がった。

 聞きたい事は、たくさんあった。アイツは何だったのか、お前たちのアレはなんだったのか、何故自分が怪我をすることになっていたのか。

 しかし、そのどれも、聞くことは出来なかった。

 口の中が痛いし、何より折れているであろう右腕が、非常に痛かったからだ。

 そのまま、英光は琥河と島崎と共に、唯一屋上に降り立ったヘリへと、足を伸ばしたのであった。

 ヘリに乗ったとき、英光は意外に広いことに驚いた。

ヘリの中は対面するように六人ほど座れる椅子があり、向かいの真ん中には、無精髭を生やした、黒肌の体格のいい男が座っており、その奥には金髪で白い肌の女性が、座っていた。

 男性の服装は、下は軍服で、上はまだ肌寒いのにタンクトップという服装だ。そのタンクトップから覗く筋肉は、見てわかるほど隆起していた。

 女性はその男性とは対照的に、スレンダーで背の高い、外人の顔立ちを持つ人だった。彼女は、英光の姿を見ると、隣の椅子に用意していた緊急箱を引っ張り出していた。

 英光は、琥河に促されるように、男性の前に座った。奥の女性が英光の隣に座ると、優しい笑顔を浮かべる。

「大変でしたね。救急処置をしますので、右手を出してください」

「あ、はぁ………」

 呆気にとられている英光の右手をとった彼女は、手馴れた様子で英光の上着を破り、傷口を消毒する。その消毒液が染みた時に軽い悲鳴を上げたところで、ヘリが動き出した。

 視線を向けると、琥河と島崎は何かを見下ろしていたようだった。その二人は、近くの武装兵員に声をかけられると、縁の方に視線を向けて、まっずぐ歩いてきた。

 琥河は、英光の向こう側に座る。英光を挟むように島崎が座ると、彼女は扉に手をかけた。

ヘリの扉を閉めたところで、男が口を開いた。

「さて、今回は災難だったな、少年」

 口火を切った男の言葉に、英光は意識を切り替えた。痛みも、混乱もあるが、とりあえずそれらの感情を、押し殺す。

 とはいえ、何の反応がないのも不味いので、軽く頭を下げておく。

 ただ、流石に自分がとんでもない状況に陥っていることだけは、解かっていた。そうでなければ、明らかに強力な組織が、自分を抑える事はないはずだ。

 日本軍。戦後、たった一度の侵略戦争をも許さない、世界でもトップクラスの軍隊であり、日本の治安を守る最大の組織。

 その存在が、眼の前にいるのだ。

 はっきり言えば、それほど見慣れない存在、というわけではない。町のいたるところにいる警察も、軍隊の下位組織なのだから。

 しかし、本物の軍隊を見たのは、初めてだ。警察とはやはり違う雰囲気を、感じとっていた。

 男は、不敵な笑みを浮かべると、口を開く。

「まずは、自己紹介だな。俺は『日本軍特殊兵装部隊』隊長、樋上 爾だ。階級は少佐だが、少年は民間人だから、敬語などは気にしなくて良い」

「――――そう、すか」

 うすうす感じていたとはいえ、目の前の人は軍人のようだ。それだけではなく、少佐と言う将校クラスの人間だということに、英光はむしろ内心で、驚きの声をあげることになった。

 なにより、若い。イメージに在る将校と言うのは、どの人物も相応の年を取っていると思っていたからだ。

 しかし、目の前の相手は、どんなに高く見積もっても20代後半だろう。そんな人物が少佐だ、といわれても、信じようはなかったが、今現在、疑いはもてない。

 英光の驚きをおかしそうに笑いながら、樋上は頷く。その樋上に続くように、隣から声を掛けられた。

「私は、同隊参謀長、クリス・木村、大尉です」

 応急処置をしてくれている人は、大尉だという。見たところ、二人はそれほど年が離れているようには見えなかったが、階級から視れば若いように見えた。

 英光は、その空気に若干飲まれながらも、警戒心を込めながら口を開く。

「古川 英光。………一応、そこの二人と同じ高校生です」

 琥河と島崎のほうに向きながら、そう答えた。今の状況を考えれば、琥河と島崎は明らかにこの二人と通じていることはわかりきっていることだ。

 英光の言葉に、樋上は小さく頷くと、腕を組んだ。少しだけ疲れたようなため息を吐いた後、口を開く。

「今回の事は、こちらの不手際としか言いようがなかった。少年に危険が及ぶ前に保護できていればよかったんだがな、確証がない以上、確保という方法は取れなかった」

 樋上が、恐らく現状の説明をしてくれている事は、わかった。

しかし、それが何で、そして今の状況になったのはどういう意味なのか、英光には解からなかったのだ。

 当たり前だった。まだ、アレが何なのか、説明されていないのだから。

「………単刀直入に聞かせてもらいますが、アレは、何すか? 実験動物か、何かで?」

 はっきり言って、内心怯えていたが、精一杯の虚勢を張る。久し振りに喋ったせいか、唇がパリパリと音を立てたが、気にしていられなかった。

 言葉も、ありえそうなことを考えて発しただけだ。どこかの国では生物兵器を作っていた、という話もあるのだから、日本に送り込んできてもおかしくないと思ったに過ぎない。

 その英光の問いかけに、樋上は、しばらく言葉を選ぶように眼を閉じると、やがて見を開き、告げた。


 そして、その言葉は、英光の人生を大きく変えることになった。



「あいつらは『四次元生物』―――通称、『フォディス』と呼ばれる、異次元生物だ」



 その言葉を、英光が理解するよりも早く。



「――――はぁ?」

 素っ頓狂な声を、英光は上げてしまった。その英光の様子を苦笑してみていた樋上は、疲れたように相好を崩すと、事も無げに、言葉を放つ。

「俺達は、もう何年も前から異次元からの侵略者と、戦争していたんだよ」

 世界の真実を、軽々しく。


「―――1943年、12月3日。未曾有の被害を被った『日本大震災』から数ヶ月がたったある日、とある生物が、新しく生まれた島、『高天ヶ島』にて観測された。それが、今日少年があった原生生物、通称『キマイラ』だ」


 英光を襲った生物、通称『キマイラ』。


 世界で初めて観測されたその生物は、旧日本軍との激しい戦闘により死亡を確認された。

 しかし、死亡を確認したものの、その死体を手に入れる事はできなかった。

 消えたのだ。目の前で、蒸発するように、唐突に。

 それからしばらく、『キマイラ』のみが観測され、その度に軍へ襲撃して来た。

当初は某国が開発した生物兵器か何かかと思われていたが、全く死体を残さないことと、全世界から見ても日本の『高天ヶ島』だけでしか発見されていないという事実により、可能性は狭まれていった。

 しかし、最後まで四次元生物といわれる事は、なかった。何故なら、其れまでの科学では、四次元とは縦と横、高さという次元に、時、時間と言う概念が加わることだといわれていたからだった。

 正体はわからないものの、日本に生まれた新しい島に現れた生物を、軍は全力を持って排除することを決めた。幸いにも、彼等には現代兵器でもある程度ダメージがあったのだ。

 そして、多くのそれらを狩り続けた結果、存在が居なくなったのは、一年たったころだった。

 正体がわかったのは、それから四十年以上たった後、1988年頃となる。

Fourth dimension spirit crystal ability―――――四次元精神結晶物質変換能力。

 通称『フォディスト』と呼ばれる能力者。異次元に存在する『フォディス』を召喚する能力を持つ人間が、現れたのだった。

 彼等は、異次元に存在する『フォディス』を呼び出すという、人類初の超能力と呼べるものを、先天的に引き継いだ存在だった。

 四次元生物の強さは桁が違い、軍隊のあり方を変えるほどのものであった。そして、その能力は何故か日本人の血脈を持つものが多く発現し、日本軍はその解析に終われることとなった。

 そして、その『フォディスト』は、様々な変化を及ぼすこととなった。

 軍への加入、その力の立証、そして、四次元生物の証明に、その危険性。

 それらの説明を続けていた樋上が、突然言葉を区切る。今まで説明していた時とは違い、鋭く強い眼差しを向けると、口を開いた。


「―――事実、俺達は1944年から常に、戦争を続けているんだ。異次元からの侵略に対する、防衛戦争を、な」


 その言葉は、英光にとって衝撃的な言葉だった。


 日本は、世界でも有数の治安が良い国家である。犯罪率の低さに、テロの発生率、内外で行われる紛争回避の為の、日本軍の存在。

 軍を保有していても、侵略しているわけでもなければ、攻められているわけではない。

隣国は危険だ、と騒がれてはいるものの、四面を海に囲まれている地形の条件と世界でも有数の精鋭である日本軍が、その安全を裏付しているものだと、思っていた。

 その最前線に居るはずの軍人からもたらされた、事実。

簡単に信じられる訳がない。

「第二次世界大戦では、『日本大震災』で戦争継続が不可能になった、とか言っているが、事実は違う。そもそも、地震大国である日本が、太平洋側ならともかく、日本海側で起きた地震で、機能を完全停止するとでも思っていたのか? まぁ、基地に大打撃を受けたのは間違いないし、北の守備力が下がったのは事実だけどな」

 樋上の言葉に、英光は息を飲む。口の中が乾き、また唇が張り付いていることに、そこでようやく気付くことになった。

 その様子を気にするわけもなく、樋上は言葉を続けた。

「まぁ、そのことも良い。要は、第二次世界大戦が終了して以来、日本軍は『高天ヶ島』を領土にするために進軍し、南半分を占拠した。同じ頃に、四次元生物の先導である『キマイラ』を発見、殲滅して、文字通り占領したんだ」

 占領してから、この島は基地の開発を行うことになった。正確に言えば、日本軍本拠地の整備となった。

 大陸から近く、十分な面積があったこの島が前線基地として整備されるのは当然であり、世界情勢が落ち着いている今でも、大陸への監視と窓口として機能してきた。

 窓口として機能しているということで、次は貿易関係の会社が島に来ることになった。それから様々な企業がこの島に移り住み、「第二の東京」と呼ばれるまでとなった。

 その間、『キマイラ』を筆頭とする『フォディス』の存在は、『フォディスト』が呼び出すもの以外、観測されなかった。

 軍は『フォディスト』により強化され、『高天ヶ島』は発展していく。その頃にはすでに敗戦の傷を癒した日本は、世界でも有数の国家へと成長していった。


 しかし、平和は長く続くことはなかった。


 二度目の地震が、その島を襲ったのだ。


「1988年、『高天ヶ島大震災』が起きて一ヶ月が経った頃、『キマイラ』が観測され始めた。そして、1996年、この島が全ての機能を回復し、今日に至るまで――――」


 【襲撃】が、始まった。


 今までとは比べ物にならないほどの、『キマイラ』の発見報告。

それと共に年々僅かに増加し初めた、新種の『フォディス』。

 そこまで話して、樋上は息を吐いた。ぼさぼさの髪の毛を軽くかきながら、言葉を紡ぐ。

「だからと言って、人間が手をこまねいていたわけじゃない。1977年頃から本格的に配備され初めた『フォディスト』によって、『フォディス』は撃退したんだよ。まぁ、大地震でかなりのダメージはあったがね」

「………ちょっと、まてよ」

 その時英光は、長い間呼吸していないことに、初めて気付いた。肺に空気を取り入れた瞬間、額に脂汗が噴出し、手の中に冷たい汗が、流れていく。

 『高天ヶ島』に現れた、侵略者。そして、ずっと続いているという侵略者との戦い―――その二つの真実が、意味する事は一つしかない。

 ジッとこちらを見ている樋上に、英光は口を開いた。

「――――つまり、今日のやつらがこの島にうろついているって、ことなのか………?」

 化け物が、今日自分を襲った化け物が、この島を徘徊している。

 その英光の言葉に、樋上はため息を吐きながら、頭を垂れた。どう説明するか悩んでいるようだったが、やがて顔をあげると、頷いた。


「そうだ」


 その樋上の言葉に、英光の眼が、見開かれた。

「確かに、君の言うとおり、此処には侵略者は居る。君を襲ったのは、過去でもっとも多くの目撃情報がある、『キマイラ』と呼ばれるものだ。今回は人型だったが、場合によっては犬の形を持ったり、鳥の形を持ったりと、不定形な事が多い。………まぁ、今は、其れはいい」

 樋上が何かを言おうとした時、黙っていた英光が、突如立ち上がった。

「………つまり、意図的に情報を規制しているってことかよ」

 絞り出すような、英光の言葉。面倒くさそうに手を伸ばしてきた琥河の手を乱暴に振り払いながら、英光は相手を、にらんだ。



「ふざけんじゃねえ!!!」



 その英光の言葉に、その場の空気が固まった。


 ひんやりとした空気の中で、まっすぐと視線を向ける樋上、上司の身を守るべきクリスは不穏な空気を察し、僅かに腰を浮かしていた。

 どちらも、軍人のように厳しい眼差しを向けている。それを一身に受けながら、英光はそれでも睨んでいた。

 琥河は怪訝な表情で厳しい眼差しを向け、島崎は顔を伏せている。それらの視線を感じていても、英光は怯むことなく、仁王立ちしていた。

「………何が言いたい?」

 樋上の言葉を聞いて、英光の眼が見開き、叫んだ。

「何で公表しねえんだよ!?」

 突然の、大声。それに驚いたのは目の前の樋上だけではなく、琥河、島崎、クリスと、乗っている全員が、英光を見ていた。

 その英光の眉間には、深い皺と憤怒の表情が、張り付いていた。怒りの篭った眼差しで、言葉を紡いだ。

「異次元生物の襲撃とか、戦争とか、隠して良いもんじゃねぇだろ! 何も知らないでこの島に来た奴等が、命の危機に陥っているのに、てめぇらは何をしているんだ!」

 『フォディス』、【襲撃】、戦争等、この島に来るまでに聞いたことのない単語だらけだ。信じろ、といわれてすぐに信じられる者など、居るはずがない。

 だが、今の問題はそこではない。嘘や本当などは、関係なかった。

存在が確認されている相手が、侵略戦争を仕掛けて来ているのである。其れは、どれほど眉唾なものでも世間に公表し、対抗策を取らなければならないはず――――。


 詰るところ、英光の怒りは、情報を隠匿している日本軍へ向いているのだ。


「………言いたいことはわかる。そして、其れは正しい」

「だったら!」

 英光の言葉が、彼に届くと同時に。

 ジャリ、と。こめかみに鉄の冷たい感触が、張った。

 突きつけられているのは、銃。突きつけているのは、クリスのようだった。何時の間に、と思いながらも、睨み返すことは忘れない。

 無論、予想できなかったことではなかった。

日本軍はその日本軍法において、統治権と執行権を持っている。

 その気になれば、一般人でも軍法会議に掛けることができ、処分することも出来るのだ。無論、一般人を軍法会議に掛けるには、それなりの時間と労力はあるのだが。

 しかし、今は違う。この場所は、いわゆる法権の及ばない場所である。そして、眼の前の少佐という将官級の命と英光の命は、少なくともこの場所では対等ではないのだ。

 唯一動かせる左手を上げ、無抵抗の意を伝えると、樋上が声を荒げた。

「止めろ、クリス」

「はい」

 そういいながら、彼女は銃を離す。離したところで彼女の眼を見たが、その眼は初めて見た時の優しい色はなく、どこまでも冷たい、軍人の色を宿していた。

 対した樋上は、酷く頭が痛い様子だった。恐らく、英光の言動までも予想していたのだろうが、クリスの対応にまで考えが至らなかったのだろう。

(高校生に実銃を突きつけんなよな………)

 そう思い出しながら、今までよりも小さな声で、告げた。

「此処は、日本における防衛ラインだ………。軍以外を本州に下げる方法もあるが、上層部は現状維持をご命令だ」

「………何故?」

 英光の当然な疑問に、樋上は答えた。肩をすくめ上げながら。




「簡単なことだ。今現在、襲撃者が脅威になりえないからだ」




「………は?」

 またもや素っ頓狂な声を上げてしまった英光に、樋上はとうとう苦笑した。彼から見れば、英光の言葉は予想していたものばかりなのだろう。

樋上は頭を振るう。腕を組み、背もたれに寄りかかると、英光を真っ直ぐ見て、言葉を紡いだ。

「実際、『キマイラ』を皮切りに、多くの『フォディス』が確認されていて、今も戦闘は起きうるが、それらは全て廃墟エリアだけに出てくるのだけ。理由は、未だに良くわからないんだがな」

「でも、俺は確かに―――!」

 実際に襲われた英光にとって、樋上の言葉は、信じられるものではなかった。其れは当然と、小さく頷いた樋上は、難しい表情を向けて口を開く。

「そう。少年は確かに襲われた。しかも、『キマイラ』に、二回もな」

 樋上の言葉に、英光は思い出した。昨日襲い掛かってきた影も、『キマイラ』と呼ばれる物であったと。

 しかし、昨日と違うのは、今日は襲われた、と言うことだ。見た目も何もかも一緒だというのに、突然現れた其れは、目的が違うようだった。

「廃墟エリアに近い基地エリアなら、出現するのはわかる。もとより、廃墟エリアから逃がさない為に配置されているんだからな」

 廃墟エリアを演習場に指定したのも、その近くに基地エリアがあるのも、全ては『フォディス』が廃墟エリアから出さない為だった。

 現に、2005年の昨日まで、一体も出すことはなかった。

「しかし、入学式以来、多くの『キマイラ』が、学園エリアで確認されることになった。そのため、在学中の『フォディスト』に協力を仰ぎ、原因――――いわゆる特異点を探していた」

 英光は、琥河と島崎のほうに、視線を向けた。

 琥河は、英光のほうを向いて、黙っている。その視線には敵意はないが、ほんの少しの興味が宿っているように思えた。

 島崎もこちらを窺っているようだが、余り視線を向けては来なかった。それでも、時々こちらを見ている事が、わかった。

 話の流れから、二人が『フォディスト』だという事は、わかった。何故軍に協力しているのか、色々な事を聞きたかったが、今はそれどころではない。

 英光は、樋上に視線を戻し、口を開いた。

「その特異点とやらが、俺だというのか?」

「現状では解かっていない。ま、そこの二人が、お前が襲われているのを見て、助けるのと同時に話を聞こうと、今日呼び出してもらったんだ」

 英光が、何かを言おうとした時、ヘリが大きく動いた。立っていた英光は、その揺れに足を取られ、そのまま長椅子に、倒れこんだ。

 樋上は顔をあげ、口を開いた。

「着いたか。島崎嬢、ドアを開けてくれ。そして、ようこそ、少年」

 島崎が立ち上がり、扉に手を掛けて、開いた先には。




「日本でもっとも危険な基地、『日本軍高天特殊基地』へ」





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