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目玉鬼  作者: 此糸
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九八六

それはそれは暗い、星の明かりも見えない夜のことでした。

男の子と一緒に森に遊びに行った妹は、帰って来ませんでした。

男の子は一生懸命、何日も何日も妹を探しました。可愛い可愛い、大切な妹でした。あのとき、一人にしなければ、と。男の子は何度も、何度も後悔しました。

あのとき男の子は、森の奥の方の木に、あの子が喜びそうな果実が生っているのを見つけました。けれど、まだ幼い妹が進むには、少々危ないと思ったのです。男の子は、妹に安全なこの場所で待っているように、と伝え、果実を取りに行きました。

――安全な場所なんかじゃ、なかったのに。


果実を採って戻ってくると、もう妹はどこにもいませんでした。

男の子は必死に妹を探しましたが、家族は既に諦めていました。


きっと、そういう運命だったのでしょう。

誰が、というのは分かりません。けれど、何のために、というのは誰にでも分かることでした。

あの子の番いか、はぐれものが、あの子の目玉を狙ったのでしょう。

とてもありふれた出来事でした。そんなことがありふれている、世界でした。


ここの住人は、生まれつき片目だけを持って生まれてくるようです。そして世界に1人だけ、自分と全く同じ目玉を持つものがいるのだとか。皆はその相手を、番いと呼んでいました。神の見えざる手によるものだとでもいうのでしょうか、番いは不思議と、大概のものは出会うのだそうです。

目玉を奪わないと早死にする、不幸について回られる、幸せになれない。故に目玉を奪い合う。故に、目玉鬼である。

そう。いつからか、目玉を奪い合うこの風習は、"目玉鬼"と呼ばれるようになりました。


番いの目玉を奪うことが何より一番ではありますが、他者の目玉を奪うことでもその命を繋ぐことはできました。しかし不思議と、番いでない相手の目玉は、幾年かすると朽ちてしまうのです。

それでも、番い以外の目玉を奪うものは、少なからずおりました。その者達を、はぐれものと呼んでおりました。どう見ても"違う"目玉でしたので、はぐれものは一見して分かります。もちろん、いつ己の目玉が狙われるか分かったものではないので、敬遠される存在でありました。


さあ、「鬼」になる為の目玉をかけた鬼ごっこ。生き物として完成する為の進化の過程。命をつなぐための儀式。愛する者や、慈しむべき者を犠牲にし、貴方達は鬼に成りなさい。立ち止まる者には死が待ち受ける。全てを無に帰すか、二つを一つにして残すか、その選択を自由に選びなさい。


――そんなことが、当たり前の世界でした。

男の子は、思ったのです。そんな"当たり前"があってたまるかと。妹がいなくなってしまった事実を、"当たり前"として片付けられてたまるかと。


そんな"当たり前"を壊す方法を探して探して探して、男の子は成長して男になりました。時を重ねる中で己の番いと出会いましたが、愛する相手を犠牲にするつもりは男にはありませんでした。男はこの"目玉鬼"によって誰も犠牲にしなくてもいい方法を、なんとか探そうと日々勉学や研究に打ち込んで、そんな男を女は見守り、支え続けておりました。


「と、まあ、そんな感じで二十年以上かけた努力の集大成が、見事文字通り木端微塵にされたわけなんやけどなー」

「ほんっとすみませんでしたァアアアァアアあああぁあああ!!!?」


今自分がどのような場所にいるのかは分からないが、とりあえず青年は可能な限り低い場所へと勢いよく頭を擦り付けた。所謂土下座に近いナニカである。思いっきり頭を下げたせいで、認識していなかった目の前の座卓で頭を強打し、途中から謝罪の言葉と言うより痛みに悶える悲鳴に変わっていたが。


「わ、わー。大丈夫なん自分?冷やすもの持って来ようか?」

「~~~ッ、だ、だいじょぶ、です、はい、も、申し訳ないですし」

「そこは気にせんでええんやけど…。ちゅーか謝って貰っても戻ってこんしなあ」


あははーと乾いた声音から、彼女が空笑いしているのだろうことがよく分かる。既に青年の着物は変な汗でじっとり湿っていた。


「それより聞きたいことがあるんよ、ね?」

「は、はいィ!何なりと!!」

「そんな固くならんでええのに。えっとな、暗くん、やったっけ?」


心なしか、微妙な顔をされつつ名前を確認される。頷きながらも、そんなに変な名前かなぁ、と青年は思った。


「君、今目玉ないやん?」

「は、はい…そうっすね…」


笑顔でにっこり、彼女は問いかけた。


「なのに、なんで生きてるん?」



*****



アキトと名乗った男と、五十鈴と名乗った女、その二人に色々と尋ねられ姉からなんとか目玉を返してもらい、青年が帰路についたころには、もう空の青は橙色に浸食され始めていた。


「けどなんで生きてるのとか初めて聞かれたし……というかそんなことおれに訊かれてもどう答えろと」


ぶつぶつと言いながら歩いていく。返して貰った目玉のおかげで障害物もなんなく避けられるわけだが、今日散々質問攻めにされたおかげで少し不思議にも思えてきた。何故取り出した目玉を嵌めてものが見えるのだろうと。

どんどん繰り出される質問の嵐に多少面喰ったが、なんだかんだ言ってあの二人も悪い奴というわけではなかった気もする。ちゃんとお茶もお菓子も出してくれたし、大惨事を引き起こしたにも関わらず、代わりに求められたのは彼らのしている研究への協力くらいで、それも今日みたいな質疑応答のようなやり取りが中心になるだろうという。

ほっとすると同時に、何か裏があるんじゃないかと邪推してしまうところも正直あるが、でも自分に何か狙えるようなものとかあるわけでもないし、考え過ぎかもしれない。


思考に耽りつつああった青年の正面からしゃくしゃくと草を踏む音が規則正しく聞こえる。見覚えのある、両目を目隠しで覆ったふんわりとした長い茶髪の女を見て、あ、と青年は声を漏らした。


「杏さん」

「あら、あーくん。こんにちは、こんばんは?空気がひんやりしてるから、もうこんばんはの時間なのかしら」


はんなり微笑んだ少女には、当然ながら周囲の風景はなにひとつ見えてはいない。目を取られてしまうと動けなくなる自分とは大違いだなあと青年は思った。


「そうっすね、わりとこんばんわでいい気もします」

「ならこんばんは。お散歩?それとも灯ちゃんと追いかけっこの最中なの?」

「あー………なんかまあ、いろいろあって、うん。えっと、杏さんの方は?」

「辛いもの扱う美味しいお店、あるって聞いて、食べてきたの。悠栖は自分が嫌いなものは、私に買ってきてくれないから。私がいつでもお饅頭やお団子だけで満足すると思わないでほしい。兄さんと違って気が利かないんだから、もう」


甘いものは好きだけど、ずっとそればっかりじゃ飽きちゃうって言ってるのに。

そう言ってぷくりと頬を膨らませている女の目玉を奪った相手の名前が悠栖と言うのだと以前に聞いたことがあった。すごいなあ、と改めて青年は思った。

目玉は奪った方が奪われた方よりも強くなる。力なんかもそうだが、視界のハンデもやっぱり大きい。だからこそ、青年は姉に9割9分の確率で敗北しているのだし(一分くらいは勝てる確率があってもおかしくないと青年は信じている)。


でもぶっちゃけ、目の前の女の場合、番いの男よりも女の方が力関係的に上位だった。相手方の意向を意にも介さず好き放題している様子からそれは明らかだ。普通は自分に害を成した相手に対して脅えたり恐がったりするものだろう、普通は。

全く周囲が見えないというのに、女は食道楽ご用達の雑誌を手に外をふらふらしているのだから大した度胸である。

まあしかし、無い物ねだりなのはわかっていても、だ。「いいなあ」と青年は漏らした。「なにがです?」と女がこてりと首を傾げる。


「いや、俺…や、僕の姉貴もそんな感じで僕の我が儘聞いてくれるようなイキモ…ナマモ…ごほん。そういう番いだったらよかったのに、と」


どちらかというと青年が常に姉の我が儘に振り回されている立場である。涙出そう、と青年は心のうちで呟いた。


「そういえば、どういうひとなんですか、いや鬼なんですか…?その、杏さんの番いは」

「……?それは、どういう意味ででしょう」

「ど、どういう…?」

「見た目、という意味では存じあげないんです。なんといっても、ちゃんと認識する前に目玉を奪われてしまったもので」

「えっ」

「ああ、でも目の色は…幼い頃は兄が夕陽の色、と称した記憶がありますね。」


口許に微笑みを湛えつつ女は言った。夕陽の色がなにいろだったか、もうおぼろげなのですけれど。


「ああ、でも。きらきらしていた気がします。きらきらとても綺麗にひかっていて、かみさまに食べられてしまうのかしら、と一瞬」

「きらきら?えっと、なにが?」

「さあ?」

「さあって…」

「きらきらしていて、眩しくて目を瞑ったら、もう真っ暗だったので。太陽を見てしまったのかしら、とも。夜なのに」


くすくすと、可笑しそうに女は笑った。青年は困ったように眉を下げた。一体、どう反応を返したものかと。


「あら、ごめんなさい。困らせてしまいましたね」

「えっ、いえ、そんな」

「気にはしてないんですよ。確かに目玉は取られてしまいましたけれども、でも私は元気ですし、美味しいものは食べられますし、それに安全です」


そして、なんの疑いも躊躇いもなく、さらりと女は言った。


「悠栖よりも強い鬼なんて、いないようなものですもの」

「すごい…その、自信ですね」

「そもそも鬼自体がそんなにいない、っていうのもありますけど。なんにもできないくせに、なんでもできるんです、あのひと」

「はあ」

「灯ちゃんはそうでもないんですか?私、てっきり鬼に成れたらそういうものになるのかと思っていました」


だって、目玉が二つ揃った、いわば――完成品、ですものね。そう言って、女は微笑む。完成品、と青年は小さく呟いて、すぐさま「ねえな」と思った。完成品のうしろに(笑)がつくのが関の山だ。


「あら、私は勘違いしてたのでしょうか…たまに辛いお料理を差し入れてくれる方も鬼で、器用貧乏というか万能型というか、結局はなんでもできる方だったのでてっきり。」

「いやあうちの姉貴ダメダメなんで」

「そんなことはありませんよ、灯さんの意思や肉体の強い方だと思います……あーくんの話を聞く限り」

「その強いところの使い道もう少し選んでくれればね!!いいんすけどね!!!」

「ふふふ。まあ、なんというか、悠栖は結構あっちこっちに喧嘩売ってますが、なんだかんだ負けていないようなので、やっぱり、強いと思うんですよ」

「思ったより物騒!!」

「とばっちりで私も狙われたことがありますが、ちゃんと守ってくれたんです」


女は微笑んでいる。


「だから、大丈夫なんです。私は安心して好き勝手できるんですよ」

「いやその狙われている身の上でふらふらできるって逆にすげえ!?なんか信頼感とかの問題突き抜けてるよね!!?」


うふふ、と笑っている女と別れて青年はすごいなあと思った。いや悠栖とかいう鬼の強さだけど、そんだけ強い鬼を尻に敷く眷属ってなんなのと。眷属の意味を調べ直すべきだろうか。


「それにしても、」


青年は誰にいうでもなく呟いた。


「結構なんだかんだ言って鬼も生きてる眷属も、そんなの同じ杏さんたちもいるってのに、なんだって珍しがられたんだ、おれ」


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