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カイダンが泣く

作者: 月見酒杯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  うちの学校の音楽室、出るらしいよ。コンテストに出られなかった、吹奏楽部の幽霊が。

 ―この学校の吹奏楽部はコンテストの常連だけど。

 地下の理科室あるじゃない。あそこにある人体模型が走り回るんだって。

 ―うちの人体模型は上半身だけのやつだ。

  保健室にさ、血まみれの女保険医がいて。

 ―保健委員でよく保健室にいるけど、一回も見たことがない。

  三回の女子トイレ、一番奥だけ鍵がかかってて、開けると引きずり込まれるって噂だよ。

 ―この前女子が、奥のトイレにトイレットペーパーが無かったって怒ってた。

  美術室にある石膏の置物が、血の涙流して、翌日血の海になってることがあったみたい。

 ―絵具でもこぼしたんじゃないの。

  校庭でね、首のない子が走り回るのを見たって子が……。

 ―この学校にグランドはないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ、こんな話で怖がるなんて、いつの時代?

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、ここの生徒が言ってたんだよ。あれ、ぐさっときた」

「仕方がないだろ。本当のことだ」

 とある夜の高校、裏階段。誰もいないはずの学校に三つの影が揺らめいていた。一見生徒が学校に忍び込んでいる図に見えなくもないが、「見える人」がいたならば、きっと

「幽霊!」

 と叫んだことだろう。間違ってはいない。彼らには実態がないし、ほとんどの人には見えない存在だ。しかし、もっと細かく位置付けるならば、そう、怪談というのが一番正しい。だが、その怪談たちはおどろおどろしい活動をするわけでもなく、雑談をしていた。いや、雑談というのは彼らから失礼だと抗議があがる。涙を流すものすらいるここの、どこが雑談なのかと。

「おい、もう泣くなよ、音楽室……」

「泣くわよ、いくらでも!もう何年落第してると思ってるの!」

 涙ながらに叫ぶ彼女。その名の通り、彼女は音楽室の怪談だ。そんな悲痛な心情を吐露する仲間を慰めるのは部室棟と美術室。

「泣いたってどうにもなんねーぞ」

「そんなの百も承知してるわ。それでもね、泣きたいときが人にはあるのよ!大体あんたなんでそんなに冷静なの!校庭の怪談の癖に、部室棟に移動されて思うことはないの!」

「別に。この学校にはグランドないし、怪談科の卒業試験は原則六人一組での行動なんだから移動するしかないだろうが」

「音楽室も部室棟も落ち着いて……」

 美術室が疲れ果てた声でたしなめるが、言葉のドッジボールはますます加速していく。はあ、と深いため息をついた美術室は今留守にしている三人の怪談仲間に助けを求めた。せめて音楽室と波長のあう女子組―女子トイレと保健室―がいてくれればいいのに。いや、紳士的な理科室でもいい。自分では女の子の慰め方が分からない。そうは思いつつも相槌をうつことは忘れなかった。

「大体、あの子さえいなければ、私たちはとっくに怪談になれていたのよ!」

「しょうがないじゃないか。どこの時代にでも俺たちが見える奴はいるんだから」

 泣き叫びながらもなんとか冷静を保とうとしていた音楽室がその言葉を聞いてついに切れた。

「確かにね!見える奴はいたわよ!けど、バット振り回して追い回す子がいた?」

「いないな」

 部室棟の冷静な一言に撃沈した音楽室は今度は静かに愚痴を並べだす。

「大体なによ、その学校で噂がたたなきゃ怪談になれないなんて……。そんな最終試験提案したの、誰?」

「うちの大学」

 部室棟と美術室の声がきれいにそろった。

「嫌いよ、こんな卒業試験作った大学なんか。大体、第七怪談が永久欠番になったのだって、七番は隠れた存在で、知ったら死ぬなんて噂がたったからじゃないの。あれで怪談世界がどれだけ動揺したと……!」

 うわあああと声をあげて泣く音楽室に、理科室と美術室はお手上げ状態だった。この際気持ちが落ち着くまで泣かせてやろう。泣きたいのは同じなのだ。

 幽霊がいないとは、彼らから言わせれば所詮見えないものの一方的な説らしい。しかし、仮に存在を認めたとしても、誰が考えただろう。幽霊にも学校があるなど。にわかには信じられないかもしれないが、彼らは正真正銘、三途大学の学生だった。

 三途大学は名前から想像出来る通り、幽霊専門の学校だ。怪談として成り立つために通うこと必須の大学。現代社会に疲れて死にたい、などと言うものには、瀕死状態にでもなってこちらの世界をのぞきに来てほしいとは幽霊一同の意見。幽霊には幽霊なりに苦労があるらしい。彼らのように。

「うう、小学生相手なら楽勝だと思ったのに、なんなのよ」

「それには同意するぜ、舐めちゃいけなかったな」

  今から数年前、彼らは卒業試験を受けた。指定された学校で「怪談」として噂され、居場所を確保出来たなら、無事卒業となり、そのまま階段として定着できるという試験。当時、対初等部怪談科に所属していた彼らの相手は子ども。相手が相手なので、舐めてたというのは否定しきれない。事実、噂は順調に成立し、もう少しで定着できるというところまではいった。だが、そのあとで問題が起きた。悪魔が現れたのだ。ちなみに悪魔とは角が生え、羽があると想像されるあれではない。一人の、人間の子どもだった。

  その子どもはいわゆる「見える人間」だった。怪談科の人間にとって、見える人間と出会えるというのは一種の幸運だ。その人間が、

「あ、ここにいる」

 と言ってくれれば、それだけでたちまち噂となるからだ。火のない所に煙は立たぬというが、そういう人間はまさに火を点けてくれる存在。だから、出会った当時はなんて運がいいのだろう、もう卒業したも同然だと喜んだ。それこそ精一杯脅かしたし、その子どもを証人に仕立て上げることに尽力した。今思えば、それが間違いだったのだ。

「誰が想像したよ?バット振り回して襲ってくるなんて……」

 今思い出しても恐ろしい。盛大に脅かした翌日の放課後。その子どもが再び目の前に現れた。手には木製バット。何をする気かと思えば唐突にそれを振り回し始めたのだ。さらに驚いたのは当たらないはずの物理攻撃が当たったこと。腹に一撃、脛に一発。なんで!?と驚く怪談候補一行の目の前に立ちはだかった子供はその歳に似つかわしくない嘲笑を持って吐き捨てた。

「あんたらがぼくにきがいを加えられるのに、ぼくがあんたらにきがいを加えられないわけあるか。ぶつりこうげきじょうとう」

 怪談たちの間では、自分たちを否定する輩を屈服させてこそ、怪談である。という風潮が存在していた。だからこそ、初めは頑張った。それはもう、しつこく脅かす、付け回す。しかしそのたびに返り討ちにされる。そしてその決戦が一年になろうかという頃、彼らの精神はズタズタになっていたのだ。

「今思えば、あそこで対高等部怪談科に転科したのが間違いだったね」

 色々と限界に達した彼らは対初等部怪談科をやめ、転科。六人は傷を癒しながら一からやり直した。単位の引き継ぎは出来ないので最初から学びなおすことにはなったが、穏やかな日々を取り戻した彼らには些細なことだった。三途大学では留年も珍しくない。気分も一新し、次こそはと挑んだ卒業試験。まさかその会場となる学校にあの悪魔が進学していると、誰が想像しただろう。

 

「あのあとは本当に地獄だったわ……」

 音楽室の目は遠い。もはや語るのも嫌になる望まずの再会を思い出しているのだろう。好敵手と呼べば聞こえはいいが、実際は連戦連敗している厄介な相手。そんな相手に再会した彼らの心情は想像に難くない。

「なんであそこで対高等部怪談科にうつったんだよ」

「仕方がないじゃないか。初等部はトラウマだし、中等部は空きなし。対電子怪談科は倍率高すぎてだめ。じゃあどこって言われたら人気の少ないここしかなかったんだ」

「それで納得した自分が馬鹿だったんだわ。あの子が卒業するんだから、そのまま対初等部怪談科に居ればよかった」

「お前、あれを思い出してもそれを言えるのか」

 そういう部室棟の顔色は青を通り越して真っ白だ。

 実はあのあと、悪魔と話し合いの場が設けられたことがあった。設けたと言っていいのかは分からないが、悪魔が来て一言

「話がある」

 いつもは一方的な暴力という名の話し合いだったが、そのときにはお得意のバットも登場せず。びくびくする一同を前にその子どもはにこりと笑って言った。

「僕、もうすぐ卒業なんだけど。だからって安心してこの学校に居ようなんて思ってないよね?」

 この子は普通に笑うことが出来ないのか。どこまでも腹黒い笑顔は、怪談たちをすくみ上らせるのに十分な威力だった……。

「今思い出しでも背筋が……」

 震える美術室を一瞥し、音楽室はぽつりとつぶやく。

「あぁ、最初から電子科にすればよかったんだわ」

「そういうなよ。電子の連中だって大変らしいぜ」

 ここ数年のデジタル化や電子機器の成長に伴い人気が出てきたのが対電子怪談科だ。それに比べ、人気が今一つなのが対高等部怪談科。怪談を信じやすい初等部、そしてまだ恐怖心があり半信半疑で信じてくれる年頃の中等部と違い、高等部はやりにくいことこのうえない。ある程度現実を知ってくる頃なので、噂に踊らされてくれないのだ。

「大丈夫だよ、音楽室。あいつももうすぐ卒業だし、今度こそ僕たちも卒業できる」

 美術室の意見に部室棟が賛同する。

「そうだぜ。あいつ、今度大学生か社会人のどちらかになるんだろ?俺たちが転科しない限り、再会することはない。今度こそいけるさ」

 そう、あと三か月ほどで卒業式だ。彼らは彼の悪魔―いや、もう悪魔というレベルではない。魔王だ―がいる間、ずっと噂が立たぬように行動を控えていた。再会してすぐ、脅しにかかられたら自重したくもなる。怪談としてのプライドはわずかに、いや、かなり傷ついたが、身体的な怪我を負うのも嫌だ。木製バットの打撃は案外痛い。

「そう、そうよね」

 音楽室に笑顔が戻る。あいつが卒業してしまえば、邪魔する奴は誰もいない。今度こそ、怪談のプライドにかけて合格する!

「あいつがいなくなったら、どうやって噂たてようか?」

「そうね……。見える人がいればやりやすいのだけど」

 そう、魔王が例外だっただけで、本来ならばあのような真っ向勝負になることはまずない。過去の経験からあまり関わりたくないと思ってしまうが、いたらいたで試験は楽になる。といっても見えるのは幼少の頃だけという人もいるし、見える力を制御して日常生活では見えないように出来る人もいるため、出会うのはなかなか難しいのだけれど。

 それから数年後。魔王が卒業してもなんだかんだ合格出来ずにいた怪談たちに吉報が訪れた。

「そういえば理科室が言ってたんだけどよ。今度ここに見える奴が入学してくるみたいだぜ」

「え!それ本当?」

「見学に来てたらしい。ついでに理科室を見て顔色悪くしてたって話だから、見えることは間違いない。ただ……」

「問題は、入学してくれるのかってことよね」

  確定ではないが、今はその人物がこの上ない希望に感じた。あいつが出て行って、また見える人間が現れる。今度こそ運が向いてきた。早く、入学してきてほしい。少し怖い目にあわせてしまうかもしれないけれど、噂さえ立ててくれたら、あとはなにもしない。むしろ味方になるぐらいの気持ちでいるからどうか!

 

 のち、その頼みの綱が無事に入学してくることになるが、それが怪談候補六名にとって幸運だったかどうかは分からない。ただ一つ、彼らの審美眼は宛にならなかった、と現段階では付け加えておこう。

 

 今日も怪談は段差になれず、一階の踊り場にて涙する。


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