第五話 始まる日常
霊夢とミネルバと愉快な仲間たち、彼らの他愛ない日常編です。過度な期待はしないで下さい。
朝陽が昇り、小鳥たちが囀っている。この時間に鳴いているのは、言うまでもなく夜雀ではない普通のスズメだ。
【霊夢】
「……ん…」
博麗 霊夢の朝は早い。曲がりなりにも彼女は巫女だ…朝には朝の御勤めというのがある。つまり禊である。本来は神聖な川や滝などで水を浴び、心身を清めるというものだ。
だが生憎と、幻想郷にはそんなにほいほいと都合のいい川が流れているわけではない。里には水路を引いているが、幻想郷の大きな水場は、妖怪の山か霧の湖しかない。
なので、彼女の禊は井戸で水を汲み、それを風呂場で被るという実にシンプルなものだ。もしシャワーが幻想郷に普及したら、翌日から彼女の禊は朝シャンと同義になるだろう。巫女としての品位が疑われそうだ…。
【霊夢】
「ふぁあ~……眠い…」
言って、霊夢は再び布団の中へ…まさか、二度寝する気か?
……
【霊夢】
「…zzZ…」
……こういう日もある。
一方、ミネルバは…宛がわれた客間で熟すi…してない!というか、いない!?もしや脱走か?いやいや、違う。
この時間、すでに彼は起床して、神社の裏手で軽いトレーニングを行っているのだ。
【ミネルバ】
「…9997…9998…9999……」
…軽く、腕立て伏せをしていた。回数は気にしないでいただきたい。
【ミネルバ】
「…10000…と、ふぅ~。こんなとこだな。よし…」
すると、立ち上がった彼は深呼吸で息を整え、静かに目を閉じた。
…風が吹き、周囲の木々がざわめく。やがて、風が収まり、枝葉の擦れ合うそのざわめきが、止んだ…次の瞬間、ミネルバは右足を斜めに引いて、素早く上体を傾けた。さらに、左足を軸にして時計回りにターンし、勢いそのままに右手で裏拳を放つ。と、今度は素早くジャンプ…両足を大きく広げると、その下には人一人通れそうな高さがあった。着地と同時に、体を深く沈めるミネルバ…伸ばした右足は、すかさず土を擦りながら再度時計回りに、大きく弧を描いていく。曲げた左足を軸にしてのかなり無理のある回転…だが、ミネルバはいとも容易くそれをやってのけ、曲げていた左足を伸ばして、中段後ろ回し蹴りの体勢に移行する。そのまま振り切られると思っていた蹴り…だが、突然ミネルバの動きがビタッと静止し、次の瞬間には、右足は上段へと跳ね上がっていた。
このデタラメな動き…この間、僅かに5秒、いや3秒だ。ここまで頑張ってリポートした自分を褒めてやりたい。今回はもうこれで終わり、撮れ高オッケーだよ、うん。とか気を抜く暇すらなく、素早く体勢を戻したミネルバは左へ飛び、空中で右へ90°…着地と同時に、先程まで自分が立っていた場所めがけ右と左の見事なコンビネーションの二度蹴り。さらにはその方向に右手の平を…左貫き手を自身の右方へと向ける。
二度蹴りの僅かな跳躍から着地し、今度は一転ゆったり時間のみが経過…同じ5秒程度の時間が、一分に感じるほど目まぐるしいスピードで繰り広げられた、ミネルバのイメージトレーニング。
【ミネルバ】
「すぅー…ふぅ……」
大きく深呼吸…それからやっと、ミネルバは開けた。
【ミネルバ】
「完全復活、だな。」
自身の体の調子を見て、そう呟くミネルバ…霊夢との同居を始めて、今日で三日。ミネルバはすでに、この環境に順応していた。
朝の鍛練、朝食後は境内の掃除を手伝い、午後からは里に出向き、買い出しや…何か手伝える仕事はないかと職探し、朝も早いので夜は早めに就寝と……何だかミネルバのイメージが大きく崩れていく気がするが、当人にとって今の暮らしは快適だった。何より、精神的に充実していた。
【ミネルバ】
「さてと…そろそろ霊夢も起きて、朝の禊を終えた頃だな。」
いつも、だいたいそのくらいの時間を見計らって鍛練を切り上げ、彼女と交代という形で風呂場で水浴びをするミネルバ…しかし今日は、霊夢未だに夢の中である。
そんな事とは知らず、井戸の水を汲み上げにかかるミネルバ…
【ミネルバ】
「ん?何だ?」
何やら違和感を覚えるミネルバ…釣瓶に一杯の水にしては、やけに重い気がしたのだ。
まぁ、きっと疲れているんだなと自分に言い聞かせ、釣瓶を引っ張り上げるミネルバだったが…引き上げた釣瓶を見て思わず固まってしまった。
【ミネルバ】
「……」
【??】
「……」
そこには、何やら緑色の髪に襦袢を着た小さな女の子が、ちょこんと入っていたのだ。
ミネルバをじっと見上げている少女…自然、ミネルバと目が合うわけで、固まっているミネルバと見つめ合うこと数秒…
【??】
「…んちゃ!」
少女は、右手を上げて元気よくそう言った…某ロボット少女みたいに。
瞬間、ミネルバは持っていた綱を放してしまった。当然、釣瓶と少女は真っ逆さま…
【??】
「ああぁぁ~っ!」
ザップーン
少女の悲しげな叫びと水音が、井戸の底からこれまた悲しげに反響してくる。
【ミネルバ】
「……今のは何だ?」
目頭を押さえ、大きく頭を振るミネルバ…気を取り直してもう一度、釣瓶を引き上げてみた。
【??】
「……」
【ミネルバ】
「……」
少女は、かなりぐったりしていたが、やはりそこにいた。まぁ、最初から幻とか見間違いでないのは確かだったんだが、彼が疑うのも無理はない。
普通、井戸から少女が釣れる事はない。
ミネルバは釣瓶を手繰り寄せ、井戸の淵に置いた。少女はさっきの落下のショックで、気絶しているようだ。仕方ないので、ミネルバはその子を抱っこして、母屋へと向かった。
【ミネルバ】
「霊夢ーっ!」
…さすがに、この状況は彼の想定を遥かに越えていたようだ。
あの後、霊夢を叩き起こし事情を説明…朝食前の博麗家の食卓にて、物々しい会議が開かれた。
【霊夢】
「……」
惰眠を貪っていたのであろう霊夢は、少し機嫌が悪そうだ。
その正面に座るミネルバも、頬を赤く腫らしてブスッとした顔で座っていた。何があったかは想像に任せる。
問題の少女は…ミネルバに落とされたのがショックだったのか、霊夢の背中に隠れながら彼の様子を窺っている。
【霊夢】
「…で、キスメ?家の井戸で何してたの?」
【キスメ】
「……ヤマメ……」
【霊夢】
「ヤマメ?あいつがどうしたの?」
【キスメ】
「……ケンカ……」
それだけ言うと、キスメというその少女はシュンとしてしまった。
何とも少ない単語とこの状況から察するに、このキスメという少女、どうやら家出少女らしい。
家出少女というと、ごはんでもゴチソウしてあげれば即…なんて邪な考えをする男もいるだろう。邪と言えば、目の前にいるこのミネルバも相当に邪悪な男だ。霊夢の後ろに隠れているキスメの判断は、非常に正しいのかも知れない。
【ミネルバ】
「…はぁ~…つまり、そのヤマメってヤツとケンカしたのか?」
ミネルバが喋り出した途端、サッと頭を引っ込めてしまったキスメだが、ミネルバの質問に恐る恐る顔を出して首を縦に振った。
【ミネルバ】
「そのヤマメってのが誰かも、何があったかも知らねぇが、その様子じゃ自分も悪かったって自覚あんだろ?」
【キスメ】
「……」
【ミネルバ】
「だったら、謝りに行けばいいだろ?ちゃんと話し合いに行きゃあいい。行けるうちに、な。」
キスメは黙ったまま、霊夢の背中にぎゅっと抱きついた。どうやら、泣き出してしまったようだ。
【霊夢】
「アンタねぇ、泣かしてどうすんのよ?」
【ミネルバ】
「泣き止んだら、ちゃんと会いに行けよ?」
ミネルバがそう言うと、泣きながらもキスメはこくこくっと頷いた。
それを見て、いつの間にか歩み寄っていたミネルバは、キスメの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
【??】
「おーい、邪魔すんよ?」
そんな声と共に、床をズシン、ズシンと踏み鳴らして歩いてきたのは、額から赤い角を生やした女性だった。身長180はありそうだ。女子バレーの選手…いや、がっしりした体躯をしているので、女子プロレスラーと言った感じか。
【霊夢】
「あぁ、勇儀。ちょうど良かったわ。」
【勇儀】
「あぁ、やっぱりここに来てたのか。」
星熊 勇儀…萃香と並ぶ、鬼の四天王だ。地上に出てきた萃香と違い、今も地底でひっそり暮らしている。が、たまに宴会に参加しに出てきたりもしている。
姐御肌で面倒見がいいのだが、何せ鬼の上に、その鬼の中でも郡を抜いて力が強いため、同族からも恐れられている。腕力だけなら、紛れもなく幻想郷ナンバーワンだ。ミネルバでも…かなり厳しいだろう。
【勇儀】
「おい、キスメ。帰るぞ。ヤマメがゴメンってさ。」
こうして、キスメは勇儀と共に地底へと帰っていった。
勇儀に肩車されながら、こっちに手を振っているキスメ…そんな彼女に手を振り返しながら、ミネルバは優しげに微笑んでいた。
【霊夢】
「…アンタ、ひょっとしてロリコン?」
そんなミネルバに、霊夢は単刀直入にそう聞いた。
【ミネルバ】
「ブッ殺すぞ、テメェ…ただ、生き別れた頃のあいつに、何となく重なって見えた。それだけだ。」
【霊夢】
「…そう…」
『あいつ』というのが誰かは、聞かずとも分かった。妹の魅尾のことだろう。
【ミネルバ】
「病弱で、気が弱くて…いつも俺の後ろに隠れながら、引っ付いて歩いてたんだ。」
そんな記憶の中の妹と、霊夢の後ろに隠れているキスメの姿が何となく重なったんだろう。
【霊夢】
「…ごめん…」
【ミネルバ】
「あ?何を謝ってんだ?」
謝罪される心当たりの無いミネルバは、バツの悪い顔をして佇む霊夢を置いて、母屋へと向かった。
【ミネルバ】
「それより、霊夢…」
ぐ~っ、という腹の虫が鳴く音…
【ミネルバ】
「飯、まだか?」
考えてみると、まだ朝食前であった。起きてからあれだけ運動していれば、ミネルバの空腹も限界である。
元々の信条もあり、なるべく世話になりたくないと思っているミネルバだが…如何せん、料理の腕だけは壊滅的なのである。どのくらい酷いって…満足に米も炊けないし、味噌汁も作れないほどだ。
【霊夢】
「ぷっ!ふふ…すぐ作るわ…くく……」
【ミネルバ】
「チッ、何がおかしい?」
まぁ、最初の時の彼に比べれば、笑いが込み上げるのも無理はない。同じ人間には思えないのだから…そこには、単におかしくて笑うというだけではない、別の意味の笑いも含まれていた。
朝食を終え、二人は境内の掃除をしていた。
箒の扱い方も、だいぶ板についてきたミネルバ…そんな彼が近くにいることにも、慣れ始めてきた霊夢…二人の生活も、もはや日常となりつつあった。
しかし、この幻想郷には度々、異変と呼ばれる非日常が襲い来る…。それは決まって、こういう穏やかな日常の風景を切り裂いて現r…
【紫】
「おはよう、霊夢♪元気?」
…本当に、風景を切り裂いて現れる事はないのだが…。
スキマ妖怪にして、この幻想郷の管理者である八雲 紫が、何の前触れもなく彼女特有のスキマを開いて現れた。
普通なら、彼女のような大妖怪が目の前に突然現れたら絶叫ものなんだろうが、霊夢は大して驚く素振りを見せなかった。まぁ、彼女の出現に関しては、いちいち驚いてる方がバカらしくなるんだが。
【霊夢】
「あら、紫。早いわね?まだ昼前よ?」
【紫】
「や~ね、人をぐ~たら妖怪扱いして。」
【霊夢】
「何の用?ミネルバなら、変わりないけど?」
彼女が訪ねてくる理由なんて他に思いつかない霊夢は、落ち葉を捨てに行ったミネルバの様子を手短に…数文字に纏めて報告した。
【紫】
「そうみたいね…はぁ~、ダメよ霊夢。最近は外の世界じゃ、女が男を喰うくらいの勢いなんだから…肉食系女子っていうらしいわよ?」
【霊夢】
「ば、バッカじゃないの!アンタ、私をどうしたいわけ!?」
【紫】
「大丈夫よ。いくら私でも、覗いたりしないから。」
【霊夢】
「帰れっ!」
霊夢は箒を振り回し、紫を追い払おうと躍起になった。しかし、竹箒では彼女を祓う事は出来なかった。まぁ、当然だが…。
【紫】
「フフフ♪まだまだね、霊夢。」
【霊夢】
「はぁ…はぁ…うっさい!」
息を切らしながら、紫を睨みつける霊夢…そんな険悪な雰囲気の中、落ち葉を捨てに行っていたハズのミネルバが帰って来た。
【ミネルバ】
「戻ったぞ。ん、お前は…」
【紫】
「あら、すっかり元気そうね?」
紫はミネルバを見て一目で、彼が本来の力をほぼ取り戻しているのを見抜いた。
【紫】
『変わりない、ね…その気になれば、もういつ暴れられてもおかしくない状態なのに、この子ときたらまるで危機感がありゃしない。』
【ミネルバ】
「紫、っていったか?まだちゃんと礼を言えてなかったな。」
【紫】
「…は?」
【ミネルバ】
「ありがとよ。魅尾の事…」
予想外のミネルバの言動に、またも紫は面食らってしまった…目をぱちくりさせて、信じられないものを見るような目をしている。
【霊夢】
「言ったでしょ?変わりないって。」
【紫】
「いや、変わりすぎでしょ!誰よ、この子!?」
【霊夢】
「誰ってミネルバじゃない。そんな事より、本当に何しに来たのよ?」
【紫】
「いやいやいや、全然そんな事で済むレベルじゃないから!本題が何だったか忘れちゃったわよ!」
【ミネルバ】
「…そんなに変か、俺?」
これだけ人が変わっていながら、自覚が全く無いのも凄い気がする…。
まぁ、ミネルバの変わり身については、今は置いておくとして…紫がここに来た本来の目的とは何なのか?
【紫】
「ちょっと、結界の調子が悪いみたいなのよ。何しろ、あれだけ派手に攻撃されたのは初めてだったし…」
【霊夢】
「あぁ…」
霊夢と紫は、揃って視線をミネルバに向ける。
【ミネルバ】
「?」
結界というのは、言うまでもなく博麗大結界の事だろう。それが派手に攻撃されたのは、つい先日のミネルバが起こした騒動を言っているに違いない。中でも、彼の必殺技とも言えるギス・レイザスは、結界に見えない所で相当のダメージを与えていたはずだ。もし、魔理沙のマスタースパークで軌道を逸らされずに直撃していたら、本当に破壊されていたかもしれない。
【ミネルバ】
「…もしかして、この間の俺のアレか?」
二人の何とも言えない視線を受け、ミネルバも状況を察したようだ。まぁ、二人のチクチクと痛いこの視線を浴びて、気づかないはずもないのだが…。
【ミネルバ】
「そうか…すまん、俺のせいで迷惑を…」
【紫】
「っ!ねぇ、霊夢!本当に誰、この子!?」
困惑を通り越して、紫はむしろ恐怖すら感じ始めていた。
そんな困惑しっぱなしの紫を引き連れ、霊夢は結界の修復作業に出かけて行った。ミネルバも手伝いを申し出たが、さすがに結界術の専門知識は無かったので断られた。それに、紫の調子が狂ってしまうというのもある。
【ミネルバ】
「境内の掃除も、母屋の掃除も粗方した…本殿と霊夢の部屋は無断で入るわけにもいかないし、さて…何をするか?」
霊夢のように、縁側でお茶飲んでぐーたらするという選択肢は無いのだろうか?
掃除用具をしまい終えたミネルバは、次なる行動に移る事にした。
【ミネルバ】
「よし、また人里にでも行って、何か仕事でも手伝うか。」
悪の限りを尽くしてきた彼だが、根は意外と働き者の好青年だった。
…と、そろそろ時間か…。
ミネルバside
俺は神社を後にした。鍵は持ってないから掛けられないが、まぁ盗まれて困るようなモンなんて無いし大丈夫だろう。
長い石段を下り、これまた長い神社と人里を結ぶ参道を歩く。一体、何でこんなに無駄に距離を置いてるのやら…常人には、行き来するだけで大変だろうに。ま、ほぼ完全に回復した今の俺には、どうという距離でもないが。
【ミネルバ】
「参拝客が誰も来ないわけだ…霊夢のやつ、今までどうやって生活してきたんだ?」
俺が神社に住み込んでから、もう三日…俺が知る限り、賽銭箱に賽銭が入っていた事はない。当然、賽銭が無ければ霊夢は全くの無収入で生活している事になる。監視の為とはいえ、俺なんかを置いといて家計が平気なわけがない。やはりここは、居候として俺が稼がなければ…。
【ミネルバ】
「とはいえ、いまいち安定して金になりそうな仕事も無いんだよな…」
人里は確かに人間が集まっている。それもかなりの数だ。店も多く並び、よく賑わっている方だと思う。だが、新たに人を雇うほどの賑わいというか、儲けを出している店などはほとんどない。酒屋が繁盛しているらしいが…人手は間に合っているらしい。
俺なんかに出来るのは、やはり体力勝負の仕事ぐらいだろう。
【橙】
「にゃっ!?」
【藍】
「おや?」
【ミネルバ】
「ん?」
人里を歩いていると、見知った二人…いや、二匹とばったり遭遇した。
【ミネルバ】
「お前らは、確か…」
【橙】
「シャアーッ!シャアーッ!」
黒い猫耳を生やしたガキが、狐の尻尾を何本も生やしている女の後ろに隠れながら、こっちを威嚇している。やれやれ、相当嫌われたもんだ…。
【ミネルバ】
「奇遇だな、こんな所で会うなんて…」
【藍】
「あぁ。橙と一緒に買い物に来たんだ。」
【ミネルバ】
「そうか。もう具合はいいのか?」
確かこいつは、八雲 藍…ガキの方は橙か。最初会った時にこいつを凍らせて、このガキが仇討ちに来たんだったな。深手を負ってたとはいえ、ガキのくせに中々やるから驚いたぜ。
【藍】
「まぁね。そっちこそ、脇腹は平気なのかい?」
【ミネルバ】
「ん?あぁ、まぁな。あの竹林に住んでる…永琳っていったか?あの女医のおかげで、この通りだ。」
【藍】
「そうか。お互い何よりだ。」
何より、か…少なくとも、後ろに隠れているガキはそう思ってないようだが?
【橙】
「シャアーッ!」
まるっきり猫だな…。
【藍】
「ここには、もう慣れたのかい?」
【ミネルバ】
「そうだな。昔に比べれば、快適に過ごさせてもらってる。安定した仕事が見つかれば、文句無しだな。」
【藍】
「フフフ…君がここに来る少し前、同じような事を、同じ外来人の男が言っていたな。」
外来人?あぁ、外から来たっていう、俺みたいな奴の事か。霊夢以外にもう一人いるっていう巫女も、確か外来人だって聞いたな。その男といい、一度会ってみたいもんだ。外の世界…帰る気はないが、未練がないといえば嘘になる…。
【藍】
「確か彼なら、今日は寺子屋にいるはずだよ。話を聞けば、何か参考になるかも知れない。」
【ミネルバ】
「寺子屋?」
確か、学校や塾みたいなところ…だよな。にしても、古い言い方だ。外から隔絶されて、それだけ長いって事なのか?
【藍】
「ちょうどいい、案内してあげよう。」
【ミネルバ】
「あ、あぁ…でも、いいのか?」
【藍】
「勿論。何たって君は…アイラブシスター同盟の同志なのだから!」
【ミネルバ】
「そんな同盟組んだ覚えねぇよ。」
そうじゃなくて、お前の後ろでずっと毛を逆立てて威嚇している橙はいいのかって事なんだが…しがみついてて、見るからに歩きにくそうだぞ?
【藍】
「アハハ、橙は怖がりさんだな~。」
瞬間、俺は理解した。
この女狐、橙が自分にしがみついて離れないよう、俺を利用してやがるな…俺が近くにいる限り、橙は自分にしがみついたままだろう。だから世間話して会話を引き延ばしたり、道案内まで買って出てきたわけか。
にしても…なんつーニヤけ顔だ…。同志だって?頼まれても御免だぜ。
と、まぁ道中ずっと橙は俺を威嚇しっぱなしだったが、藍は超が付くほど終始ご機嫌のようだった。そんな二人(二匹?)と共に、俺は上白沢塾という寺子屋へやってきた。窓から中の様子を窺うと、ざっと見で40人ほどの生徒を前に、教壇に立っている男がいた。なるほど、あいつが藍の言う外来人の男…藤堂か。
黒板には、見てるだけで頭の痛くなりそうな数字がぎっしり書き込まれている。どうやら、算術の教師らしい。
【藍】
「彼は、そろばんを教えているんだ。」
【ミネルバ】
「そろばん?そりゃまた、随分と古風な…」
【藍】
「ここの基礎教養は読み・書き・そろばんだからね。」
【ミネルバ】
「なるほど…だが、読み書きが基礎教養って言う割には、お世辞にもガキどもの字は綺麗とは言えないな。」
窓際に座っている生徒たちの手元にあるノートには、随分と下手くそな字が並んでいた。
【ミネルバ】
「そんなに読み書きが大事なら、もう少しちゃんと教えてやった方がいいだろうに。」
【藍】
「おや?面白いところに目をつけるじゃないか。確かに、そろばんや算術に関しては、彼が専門で教えているけど、読み書きは専門の講師がいないのよ。」
それでよく基礎教養を謳えたもんだ…読み書きってのは、教養云々の前に、人間にとって最低限必要な能力の一つだっていうのに。事実、まだガキだった俺が異世界にぶっ飛ばされても生きられたのは、文字を読んで学んで、新しい言葉を覚え理解する…それが出来たからだ。基礎がなってなきゃ出来ない事だ…幼い内から文字の読み書きを教えてくれてた両親には、今となっては本当に感謝してる。
【ミネルバ】
「……そうか…」
【藍】
「どうした?」
【ミネルバ】
「フッ、いや…俺にも、ちゃんと有ったなって思ってよ。」
霊夢の世話になるようになって、ずっと考えていた。俺はこの手で、多くのものを奪ってきた…そんな俺に出来る事、この手で返せるものは何なのか…。
【ミネルバ】
「感謝するぜ。おかげで、色々と見つかった。」
【藍】
「そうか。お役に立てたなら何より。」
藍は橙に抱きつかれたままだったので、すっかりご機嫌のようだ。橙は相変わらず、毛を逆立てたままこっちを睨んでいる…。
俺はそっと近づき、膝を折って目線の高さを合わせると、橙の頭を撫でてやr…
【橙】
「シャアッ!」
…おうとしたら、思いっきり引っ掻かれた。そういや猫って、上から手を翳すとダメなんだったか?そんな話を聞いた事があるのを思い出し、今度は下から手を上げて橙の頭に近づけた。
【橙】
「……」
警戒しているようだが、今度は払われる事はなかった。そのまま撫でてやると、不機嫌そうに、くすぐったそうに目を閉じながらも、大人しく撫でられてくれた。
なるほど、アイラブシスター同盟…俺も相当な素質があるらしい…。
~おまけ1・キャラ設定~
キスメ~恐るべき井戸の怪~
年齢:??
身長:76㎝
能力:鬼火を落とす程度の能力
釣瓶落としという妖怪の少女。釣瓶桶の中に入って頭だけ出しているその姿が愛らしいと評判で、今や地底世界のマスコットになっている。
星熊 勇儀~語られる怪力乱神~
年齢:??
身長:182㎝
能力:怪力乱神を持つ程度の能力
鬼の四天王の一人。地底世界・旧都の主と言ってもいい。クセのある者が多い地底で、皆を取り纏める事が出来る唯一の存在だ。
~おまけ2・東方異聞録小劇場~
…引き上げた釣瓶を見て、ミネルバは思わず固まってしまった。
【ミネルバ】
「……」
【キスメ】
「……」
そこには、何やら緑色の髪に襦袢を着た小さな女の子が、ちょこんと入っていたのだ。
ミネルバをじっと見上げている少女…自然、ミネルバと目が合うわけで、固まっているミネルバと見つめ合うこと数秒…
【キスメ】
「…んちゃ!」
少女は、右手を上げて元気よくそう言った…某ロボット少女みたいに。
瞬間、ミネルバは持っていた綱を放してしまった。当然、釣瓶と少女は真っ逆さま…
【キスメ】
「ああぁぁ~っ!」
何かの間違いだと思ったのか、ミネルバはもう一度釣瓶を引き上げてみた。
やはり、少女はそこにいた…。
【キスメ】
「オッハ~♪あ、あぁ~っ!」
落下する少女…三度目の正直とばかりに、もう一度引き上げてみると…やっぱりまだ居るではないか。
【キスメ】
「オハ☆ラッキー♪あ、あ、あぁ~っ!」
三度落下する少女…。
彼女の悲鳴を聞いていたミネルバは…
【ミネルバ】
『…お、おもしれぇ。』
ヒールな頃の自分に戻ってしまっていた。むしろ、何かに目覚めたようだった。
もしミネルバが寺子屋ではなく、守矢神社に向かっていたら…早苗ルート確定だったんですけどね。w
彼女の出番は、まだ当分先になりそうです。




