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第三話 久遠と宵闇の狂宴

【ミネルバ】

「…はぁ…はぁ……」


あれから、どれぐらい経った?

あの猫みたいなガキに襲われてから、もう二時間くらいは経ってるハズ…日も傾いてきたしな。

だが、その割には歩いた距離は短い…これじゃ、すぐに追っ手に捕まっちまう。


【ミネルバ】

「クソっ!しっかり動け!」


膝を叩き、力の入らない足に気合いを入れる。が、叩く腕にも力が入らない…。久遠大刀で必死に体を支えるだけで、俺の手足は精一杯だった。


【ミネルバ】

「畜生が…目まで、霞んで来やがった…」


傷口の氷が解けて、また出血して来たな…こいつは、本当にヤベぇな。


【ミネルバ】

「こ、こんなとこで…倒れて、られっかよ…待ってろ、魅尾……必ず、帰る…」


そうだ…俺は、帰るんだ…必ず……


【ミネルバ】

「……魅尾…み、お……ぐっ…」


久遠大刀を握っていた手が滑ったのか、気づくと俺は倒れていた。

あぁ、もう…意識が……




俺は…死んだのか?

いつの間にか、雨が降り出していた…それなのに、少しも俺の体が濡れないし冷たくもないのは、つまりそういう事なのか?

辺りは以前、森の中…だが、さっきより幾分かは明るい…昼間らしい。

死んでどれくらい経った?いや、いいか…死んだんなら、そんなの気にしても仕方ない。別に、俺が死んだって誰が悲しむわけでもない…誰がそれを、知るわけでもない…。

ん?今、茂みの向こうを何か通ったような…気のせいか?まぁ、どうでもいいか。もう、俺は死んだんだからな。


【??】

「魅尾、早ぅこの中に入りぃ。」


っ!


【??】

「でも、お兄ちゃんは…」


【??】

「兄ちゃんは大丈夫や。ほら、早ぅ。」


俺は、弾かれるように茂みの向こうへと走った。

そこには、木の洞に入った女のガキと、その前に体育座りをしているガキがいた。そのガキは…まだ幼い、本当にどうしようもないくらいガキの頃の、俺だった…。

そして、洞の中にいるのは…


【ミネルバ・幼年】

「寒くないか、魅尾?」


【魅尾】

「うん、お兄ちゃん。」


一つ下の妹、魅尾だった。

憶えている…あぁ、憶えてるさ。忘れるはずがない…両親と行ったキャンプ先で、俺たちは森の中で遊んでる内に道に迷っちまった。

当時、魅尾は病弱だった…ガキの俺には病気の事は分からなかったが、時折苦しそうに咳込む魅尾の姿を見ていた俺は、雨が降り出してきた時、魅尾が死んじまうと思って必死だった。やっとの思いで、この木の洞を見つけたんだった。


【ミネルバ・幼年】

「…魅尾、少しだけ待っとき。何か、食べ物探してくるきに。」


【魅尾】

「あ、お兄ちゃん!」


【ミネルバ・幼年】

「そこ動いたらアカンからな。すぐに戻るきにな。」


待て、行くな!

俺は思わず叫んだ…つもりだったが、声にはならなかった。ガキの俺は、そのまま魅尾を残して、雨の中を木の実か何かを探しに、再び森の中へ走って行っちまった。

そこで、この奇妙な走馬灯は終わりを告げた…


【魅尾】

「お兄ちゃーん!」


魅尾の、叫びに似た俺を呼ぶ声だけを、耳の奥に残して…。




【ミネルバ】

「魅尾ーっ!」


俺は叫び、自分のその叫び声で意識を取り戻した。


【ミネルバ】

「…魅尾…くっ、クソっ!こんなとこで、くたばって堪るかよ!」


俺は、脇腹に手を当てて、残り僅かな力を振り絞った。


【ミネルバ】

「ギス・レイザス!」


脇腹の傷口を凍らせ、再び止血する。多少、傷口や内臓が壊死しようが知った事か!俺は…俺はっ!


【ミネルバ】

「帰るんだ!何が何でも!待ってろ、魅尾…」


俺は、再び歩き出した。

だが、一歩踏み出した瞬間、何か違和感を覚えた。何かがおかしい…俺の第六感がそう訴える。


【ミネルバ】

「…静か、だな…」


ここは森の中、今はもう日も沈んでる。静かなのは当たり前だが…草木の葉が擦れ合う音すら止んだ、この静寂は…明らかに異様だ。

だが、この感覚…何処かで味わった事がある。いや、むしろ身近にあった感覚だ。

そういえば、あの霊夢って女、昼間戦った時に言ってたな…確か、


【霊夢】

『…妖怪の跋扈するこの幻想郷で、伊達に十年も巫女やってないわよ!』


妖怪、んなモン見た事もねぇが…似たような存在、或いはそういう存在に成り下がった連中なら知ってる。その軍勢を率いていたんだからな。だから想像はつく…その手の類の奴らは、夜にこそ活発に行動するはずだ。

だとしたら…こんなに静かなのはやはりおかしい。


【??】

「貴方は、食べてもいい人類?」


【ミネルバ】

「っ!?」


…あぁ…そうか…そういう事かよ!

なんて事はない、思い出した…この静寂に包まれた空気、他でもない俺が…俺らが戦場で作り出していた空気だ。

怒号に包まれる前線だろうと、俺が出れば一瞬で静まり返った。部下は退き、敵は絶望し、喧騒が支配した戦場は、途端に葬儀場の如く静かになる。


【??】

「貴方、とってもおいしそうな匂いがする…食べてもいいのか~?」


あの空気と同じだ…次元の違う強者の出現…ただ一つ違うのは、あの頃とは俺の立場が逆って事だ!

声のした方を見上げれば、黒い服を着た金髪のガキが…両目を赤くギラつかせて、口の端を吊り上げ笑ってやがった。その表情も知ってる…俺らが、獲物を見つけた時に見せる表情だ!


【ミネルバ】

「チィッ!ギス・レイザス!」


俺はせき立てられるようにして、威力も儘ならないレイザスを放っていた。


【??】

「…クスッ…」


【ミネルバ】

「!?」


直撃した、その確信を得たのと同時に、俺は…絶望した…。




normal side


博麗 霊夢は、夕食の後片付けをしていた。割烹着姿で台所に立つ姿は、たぶん何処かのマニアにはバカ受けしてくれるんだろうが、数字を取るならそれよりもはだk…ゲフンゲフンっ!

と、冗談はさておき…茶碗を洗いながら霊夢は、もう何度目になるか分からない溜め息を吐いた。まぁ、今日はいろいろと大変だったし、疲れているのだろう。


【霊夢】

「はぁー…何だったのかしらね、今日は…それに、結局アイツの事は何も分からず仕舞いだし。」


そう言い、霊夢は自身の肩に触れた…昼間の、ミネルバとのやり取りを思い出し、ついぼーっとしてしまったようだ。

初めて感じた、自分たちとはまるで違う大きくごつごつした手の感触…そこまで思い出して、霊夢は慌てて頭を振って思考を止めた。


【霊夢】

「な、何を考えてるのよ私は!アイツは敵!幻想郷の敵なんだから…」


などと独り言を言っていた矢先に…突然、強大な妖気が神社の結界を突き抜けて、霊夢のいる母屋の中にまで迸ってきた。


【霊夢】

「え?な、何っ!?この妖気…しまった!今日は…」


霊夢は暦を確認し、血相を変えて神社を飛び出していった。今日は文月の三十日だった…。

この時間、本来なら妖怪たちが活発に動き回っているはずなのだが、月に一度…新月の夜だけは、妖怪たちですら絶対に動かない。代わりに、もっと恐ろしいヤツが暴れるのだ。


【霊夢】

「まずは人里に行って、守りを強めないと…アイツのせいですっかり忘れてたわ!」


全速力で人里へ向かう霊夢…間違っても、里の人間が出歩いているわけはないが、放ってもおけない。


【霊夢】

「やっと着いた。あ、慧音!」


…彼女が見つけたのは、里の入口前に佇む青い服と、水色の髪の女性…ちょこんと小さな帽子が頭に乗っている。

上白沢 慧音…この人里で寺子屋を開いている、ワーハクタクの獣人である。ただし、変身できるのは満月の夜のみだ。


【慧音】

「霊夢、大丈夫なのか?昼間の事は聞いてるが…」


駆けつけた霊夢の姿を見て、慧音は心配そうに尋ねる。


【霊夢】

「平気…ではないけど、放ってもおけないし…」


【慧音】

「無理はするな。里の方は私が何とかする。」


【霊夢】

「頼める?私は…大元を何とかしに行くわ。」


そう言い、霊夢は表情を今まで以上に引き締めて飛んで行った。

その後を追おうとしたのだが…


【慧音】

「待ちたまえ、藤堂先生?」


…がしっと、後ろから慧音に掴まれてしまった。




ミネルバside


最悪だ…何なんだ、こいつは?


【??】

「ふー…一月ぶりの宴の夜だ。楽しませてもらうよ?」


さっきまでガキみたいなナリしてたのが、いきなりデカくなりやがった…しかも、力も半端ねぇな。

俺には神通力の数値は測れねぇが、俺より数段上ってのは分かる。たぶん、ケタも違うな…全快してたとしても、まともにやり合ったら殺されるぞ、こりゃ…。構えも何もしてねぇのに、ビシビシ伝わってきやがる…こいつの威圧感と殺気が…。


【ルーミア】

「あたしはルーミア。宵闇を彷徨う、闇喰い妖怪…あんたの闇も、喰わせてもらうよっ!」


【ミネルバ】

「チッ!」


動けて三分…それ以上は無理だ!何とか隙を見て、アレでケリをつけるしかねぇっ!


【ルーミア】

「はっはっはぁっ!さぁっ、楽しませておくれよっ!」


と、言い終わる前に、ヤツの影が鋭い槍になって迫って来やがった。数は…五までで数えるのを辞めた。多すぎる…捌き切れねぇ、右に跳んでカノンで反撃を…


【ミネルバ】

「カノ…」


【ルーミア】

「遅いっ!」


ブシュッ


【ミネルバ】

「なっ!」


何が起きた?左肩の肉が…毟り取られた?鎧ごと?何に?

混乱する俺が次の瞬間に見たのは、ヤツの全身から飛び出してくる黒い闇色の腕の群れだった。さっきの槍の比じゃない…数も、スピードも……


ブシュッグチャッメリメリッ…


【ミネルバ】

「がっ、ああああああああっ!」


痛ぇいてぇイテェっ!全身の感覚が、痛覚に支配されたみたいだ…打撃とも、斬撃とも違う、今まで味わった事のない激痛の嵐…駄目だ、これじゃ三分どころか一分と保たねぇ……


【ルーミア】

「弱いねぇ、アンタ…ま、その傷じゃ仕方ないか。」


攻撃の手が止まり、俺は久遠大刀を支えにしながらがっくりと膝をつく…痛みはまだ退かねぇが、どうやら油断してくれてるみてぇだな。チャンスは、今しかないっ!

歩み寄ってくるヤツの姿を捉えながら、俺は意識を集中させて呪文を唱え始めた。


【ミネルバ】

「…久遠とは、時の最果て…光届かぬ凍てつく園…時さえ凍てつく、その遠き闇の裾野へと、導き給え…誘い給えっ!」


【ルーミア】

「?」


地面に刺した久遠大刀から、ヤツの足場へと伸びた黒い閃光…そして、ヤツを中心に広がる紋章…成功だ!


【ミネルバ】

「鬼神吼砲…久遠渡航。」




霊夢side


人里の方を慧音に任せ、私はアイツの…ルーミアの下へと向かった。

ルーミア…私の両親の古くからの友であり、仇でもある…。幻想郷でも珍しい、生粋の人喰い妖怪だったルーミアだけど、何故かよく神社に顔を出し、母と縁側でお茶を飲んでいた。幼いながらに、変な妖怪だとは思いながらも、私も割と懐いていたんだというのは、後になって紫から聞いた。

だけど、そんなルーミアも人喰いとしての性質には逆らえず、不定期に暴走を起こし里の人を襲うようになった。その為、私の両親が命を賭して、ルーミアの力を封印したので。でも、完全にとはいかなかったらしく、新月の夜にのみ、かつての力を取り戻してしまうのだ。


【霊夢】

「本当に、今日は厄日ね…」


紫や幽香ですら手に余る相手だ…もし負けたら、里が襲われかねない大事な真剣勝負。

救いなのは、ルーミアが理性を失くしてない事…暴走はしていないので、スペルカードルールで戦ってもらえる事だ。

とはいえ…


【霊夢】

「…さすがに、今夜は自信ないわ…」


昼間の消耗が響いてるし、本気でマズいわね…。


【霊夢】

「って、あれ?」


何だか、さっきからルーミアの妖気が激しく動いてるような…これって、戦闘中?でも、一体誰と?今夜は、絶対に誰も表に出たりしないはず…ルーミアと遭遇する可能性がある人間や妖怪なんて…


【霊夢】

「まさか!?」


その考えに思い至り、私は無意識にスピードを上げようとした…何故かは分からない。本当に無意識だったから…でも、次の瞬間には、私は急ブレーキをかけざるを得なかった。


ドォーンッ


【霊夢】

「きゃあああっ!な、何?」


もの凄い衝撃に、危うく吹き飛ばされそうになった…辛うじて目を開けて、その光景を目の当たりした私は思わず絶句した…辺りを半球状に覆う闇が、どんどんと広がっていく。森の木々がどんどんと薙ぎ倒されたかと思うと、闇の中へ吸い込まれていく…。


【霊夢】

「…これって、ルーミアの技じゃない…わよね?」


見た事のないスペルカード…いや、きっとスペカじゃない!これはたぶん、いや間違いなく…アイツの技だ。




ミネルバside


鬼神吼砲…かつて俺が闇の将として戦っていた世界で、魔法使いが禁忌とした魔法の総称。通常の魔法とは術式から何から全く異なり、破戒の魔導師たちが独自に組み上げた魔法だ。そいつを参考に、俺が無理矢理ながらも編み出した魔法…というか技が、この久遠渡航だ。

このドーム状の闇は、外からは周囲を巻き込みながら肥大化しているだけに見えるだろうが…中はそれだけじゃない。中は空間と一緒に、内容物まで肥大化しているのさ。ちょうど、真空保存容器にマシュマロを入れて、中の空気を抜いてくみたいにな。もっとも当人にその自覚は無い…無いが、肥大化と同時に中には収縮する闇空間もある。そいつが、中で肥大化し続ける対象を押し潰すってわけだ。相反する二つの性質の闇に挟まれ、藻掻く事も出来ずに潰されるがいい。


ビシッ


【ミネルバ】

「なっ!?」


闇に、亀裂…?


ドォーンッ


【ミネルバ】

「ぐあああっ!」


何だ?内部からの爆発!?そんなプロセス、この技にねぇぞ!


【ルーミア】

「…ふぅーっ。今のは中々だったよ。でも、相手が悪かったね。」


【ミネルバ】

「…あ…ぁ……」


う、嘘だろ?久遠渡航を…強引に吹き飛ばしやがった…。


【ルーミア】

「言っただろ?あたしは宵闇の妖怪…闇そのものなんだよ。」


ダメだ…もう力が…逃げる余力も……立ち上がる力すら残ってねぇ…。こ、ここまでかよ……


【ルーミア】

「…それじゃあ、いただきまぁす♪」


…魅尾…すまない……




霊夢side


ドォーンッ


【霊夢】

「今度は何よっ!」


再び爆発が起こり、半球状に広がっていた闇が吹き飛んだ。もう、何が起きてるのかさっぱりよ!本当に今日は厄日なんだから!まぁ、おかげで近づけるようにはなったけど…一体、どんな状況なのかしら?

接近を試みた私が目にしたのは、完全に覚醒しているルーミアと、案の定…アイツがいた。全身血まみれで、ボロボロになって倒れ込んでいる…突然、私の目の前に現れた男、ミネルバ…。


【ルーミア】

「…れじゃあ、いただきまぁす♪」


口の端を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべながら、ルーミアがミネルバに歩み寄る。

…私は咄嗟に、ルーミアめがけ札を放った。今の私には夢想封印一発分くらいの力しか残っていない…後は通常弾幕で渡り合うしかないのだ……ハッキリ言って絶望的よね…。

正直、さっきまでは逃げたかった。巫女としての役目なんて投げ出して、蒲団の中で朝になるまでぐっすり寝たかった…だけど、何故だろう?ミネルバ…彼が、ボロボロになって倒れている姿を見て…彼を今まさに食べようとしているルーミアを見て…そんな考えは、何処かに飛んで行ってしまった。


【ルーミア】

「ん?」


お札は、ルーミアの体から飛び出してきた無数の腕に捕らえられ、破り捨てられた。


【ルーミア】

「おぉっ、霊夢!やっと来てくれたな。」


ニッと、快活そうな笑みを浮かべてこっちを見上げてくるルーミア…あまり記憶に残っていないが、昔はきっとこんな笑顔を見せていたのだろう。紫や、幽香とも違う…どちらかと言えば、母の笑顔に、よく似ている…。


【ルーミア】

「今夜は来てくれないのかー、って思ってたところだ。」


【霊夢】

「来ないわけにいかないでしょ?私は、博麗の巫女よ…幻想郷一危険な、新月の夜のアンタを、野放しにしておけないわ。」


【ルーミア】

「そりゃそうだ。放っておかれたら、それこそ人間でも妖怪でも見境なく喰わせてもらうし、里も襲うよ?」


ゆっくりと、ルーミアが上がってくる…私と同じ高度まで上がってきたところで、後悔の念が鎌首をもたげてきた。

死ぬかもしれない…そんな思いを抱きつつ、私達の、真剣弾幕勝負が幕を開けた。


【ルーミア】

「ムーンライトレイ!」


左右から迫ってくる光線、極太で迫力もあるけど、これはフェイク…飽くまで私の動きを制限させる為のもの。本命は、ルーミアを中心に四方八方…全方位に撃ち出される無数の小弾幕だ。

これを躱し、私も負けじとお札で反撃する。でも、ルーミアの弾幕によって撃ち落とされ、全く届かない…。


【ルーミア】

「どうした、霊夢?疲れてるのかい?」


【霊夢】

「…まぁね…でも、まだまだっ!」


絶対に勝たなきゃ…ここで負けたら……私はチラリと、地上で倒れ伏すアイツの姿を一瞥した。ここで私が負けたら、彼はルーミアに喰い殺されてしまうだろう。それだけは、何としても阻止しないといけない…私の勘が、そう訴えているから。


【ルーミア】

「ナイトバード!」


扇状に広がる弾幕が、左右交互に放たれ迫ってくる…距離を取り、確実に弾幕の隙間を見つけて躱していく…一列、二列…三、四…五……札を握り、最後の弾幕を抜けると同時に札を放つ。


【ルーミア】

「っと!」


躱されたけど、これなら何とかなるかもしれない。スペルカードルールは、要は躱したもん勝ちだ。全てのスペカを躱し切れば勝ち、被弾しても耐えしのげば相打ち…ぐぅの音も出ないほどボロボロにされたら負け…平たく言えばそういうルールだ。皆がどう解釈してるか知らないけど、立案に関わった私が言うんだから間違いないわ。

とはいえ、弾幕は当たり所によっては致命傷になる場合もあるから、人間である私達にとってはまだまだ、十分に危険なんだけどね。ましてやルーミアの弾幕は、手加減されてても威力が半端じゃない…死ぬほど痛いんだから。まぁ、死にはしないけど…


【ルーミア】

「じゃあ、次で決めるよ…ミッドナイトバード!」


…あ、死んだかも…。

目の前を埋め尽くす弾幕…それはまるで、大きく翼を広げた怪鳥のような形をとって迫ってきた。あれ?本当にこれ弾幕?避ける隙間、無いよ?


ピチューン




ルーミアside


落下していく霊夢…あれ?勝っちゃった?

慌てて霊夢の体を掴み上げ、そっと地面に下ろしてやる。どうやら、本当に疲れていたらしい。あの程度の弾幕も避け切れず、被弾しただけで気絶なんて…この子らしくもない。

それとも、単に修業不足で鈍ってしまったのかー?だとしたら、スキマたちに鍛え直してもらう必要があるだろうな…何しろ、この子は博麗の巫女だ。強く在らねばならない…あたしよりも、誰よりも…。


【ルーミア】

「…にしても、霊沙にそっくりになってきたわね。小さくて、真ん丸顔で、食べちゃいたいくらい可愛かった霊夢が…今じゃ霊沙がこの子を身篭った歳になったんだから、時が経つのは早いわ。」


と、つい年寄りくさいこと言っちゃったわ。

でも、普段は憎まれ口ばっかだけど…寝顔は可愛いもんね。ほっぺプニプニしてやる♪


プニプニっ♪


【ルーミア】

「…さて、あたしはそろそろ行くよ。後は頼んだよ…萃香。」


【萃香】

「ん?バレてた?」


霧状にしていた体を元に戻して、小さな酔っ払い親父こと萃香が現れた。


【萃香】

「久しいね、宵闇の。とは言っても、ちっこい時の方の姿は、よく見かけるけど。」


【ルーミア】

「お前にだけは、ちっこい言われたくないね。」


【萃香】

「ふぅーっ、にしても今日は忙しい一日だね。紫に続いて、霊夢も運ばないといけないとは…」


【ルーミア】

「紫を?冬眠には早いでしょ?」


そもそもスキマなら、能力で自在にマヨヒガに帰れるハズ…それを萃香が運んだという事は、よっぽどの事があったんだろう。


【萃香】

「話すと長いんだけど…そういや、ちっこい方のお前…」


【ルーミア】

「ちっこい言うな、角折るぞチビ鬼。」


【萃香】

「分かったよ…藤堂、知ってるだろ?普段の方のお前が仲良かった氷精、あいつの親父さん。」


【ルーミア】

「あぁ、あの屍人か。マズそうな感じの。」


【萃香】

「そのマズそう…じゃなくて藤堂、あいつにやられてね。とりあえず大天狗に匿ってもらってる。藍たちも、今は永遠亭だから。」


【ルーミア】

「そーなのかー。なら、落ち込んでるだろう紫の顔でも拝みに行きますか♪」


【萃香】

「止めとけ、マジで。」


萃香は、割と本気で止めてきた。勿論、振りほどいて行くのは訳無い。でも、ここまで真剣に止められるって事は…


【ルーミア】

「…そんなに?」


よほどの有様なんだろう。


【萃香】

「だからこそ、大天狗に任せたんだよ…」


【ルーミア】

「そう…なら、久し振りに幽香のハーブティーでも飲みに行こうかな。」


あたしは霊夢を萃香に任せ、夜の帳へと飛び立った。




normal side


…何とか慧音の手から逃れ、騒ぎになっていた林の中へとやって来れた。

そこには、ズタボロになって倒れているミネルバと、気を失っている霊夢の姿があった。その傍らに立っている萃香は、小さな体で霊夢を担ぎ上げようとしていた。が、どうしても身長差の為に引きずる形になってしまうのが悲しい。いっそおんぶの方がいいのでは?と思ってしまう。


【萃香】

「全く…人間ってのは、成長が早いねぇ。こっちにとっちゃ、泣いてばかりの赤ん坊だった頃が、ついこの間のようなのにさ。」


【霊夢】

「う…ぅ、あれ?」


【萃香】

「お、霊夢。気がついた?」


どうやら霊夢の方も目が覚めたらしい。


【霊夢】

「萃香?あれ、ルーミアは?」


【萃香】

「あいつなら、もう満足したみたいで、大人しく帰ったよ。」


【霊夢】

「そう…」


何となく腑に落ちないという表情の霊夢だったが、さすがにもう疲労困憊でそれ以上は思考が働かなかった。


【萃香】

「にしても、こいつしぶといね。まだ息があるよ?って、うわっ!」


萃香のその発言を聞いて、霊夢の意識が覚醒した。


【萃香】

「もう、霊夢!いきなり何するのさ!?」


霊夢が跳ね起きるような勢いで真っすぐ起き上がったもんだから、霊夢の腕をしっかり持っていた萃香は、逆に後ろへ引っ張られるようにして尻もちをついてしまった。

憤慨する萃香を他所に、霊夢はミネルバへ駆け寄った。


【ミネルバ】

「……」


重傷の上、気絶しているが…確かにまだ息があった。息さえあれば、何とかなるかもしれない。


【霊夢】

「萃香!」


【萃香】

「ん?って、霊夢…何してるの?」


霊夢は、ミネルバの腕を持ち上げ、必死に立たせようとしていた。しかし、彼女の細腕…まして力を使い果たしたと言っていい今の彼女に、大の男を持ち上げるなど無理な話であった。


【霊夢】

「見てないで、手伝いなさいよ萃香!」


【萃香】

「手伝えって、何を?どーするっていうのさ?」


【霊夢】

「助けるのよ!決まってるでしょ!」


【萃香】

「はぁ?いやいやいやっ!放っときなって!昼間の事、忘れたわけじゃないだろ?そいつは、そこらの妖怪より遥かに危険なんだよ!力は鬼の私と互角だし、マスパと正面から撃ち合ったり…ヤバいって!紫にバレたらどーすんのさ?」


しかし、萃香の言葉など耳に入らないと言うように、霊夢は必死にミネルバを担ぎ上げようと奮闘した。


【萃香】

「霊夢!」


【霊夢】

「そんな事、分かってるわよ!」


【萃香】

「れ、霊夢?」


何故だろうか…霊夢は、涙を流していた。それを見た萃香は驚愕のあまり、呆然としてしまった。


【霊夢】

「何でかなんて分かんない…けどっ!ここでコイツを死なせちゃダメだって、私の勘が言ってんのよ!」


巫女の勘…それは幻想郷において、圧倒的な暴力並に正しいものなのである。


【萃香】

「…分かったよ。その代わり、紫にバレても知らないからな。」


萃香も渋々ながら、ミネルバを永遠亭まで運ぶのを手伝うのだった。




~おまけ1・キャラ設定~


ルーミア~宵闇を彷徨う闇~

年齢:??

身長:116㎝

   171㎝

能力:闇を操る程度の能力


先代の巫女の古い友人。最強の妖怪だが、今は封印によって新月の夜以外は10分の1(夜)から20分の1(昼間)程度の力しか出せない。

…追記、娘のお友達の一人。



上白沢 慧音~人里の守護者~

年齢:??

身長:168㎝

能力:歴史を食べる程度の能力


白沢の獣人で、人里で唯一の教育施設である上白沢塾の塾長。専門は歴史で、歴史を食す能力を持つ。歴史が大好きな、いわゆる歴女(?)である。

…追記、私の上司。



藤堂 実継~ろくでなしの人でなし~

年齢:??

身長:??

能力:欺く程度の能力


幻術師で、動く死体…飲んだくれて、気がついたら幻想郷にいた。偶然出会った氷精を娘にし、パパと呼ばせたり、かなり危ない中年のおっさん。上白沢塾で、そろばんを教えている。

…追記、親バカではない。普通だ!




~おまけ2・東方異聞録小劇場~


【霊夢】

「な、何を考えてるのよ私は!アイツは敵!幻想郷の敵なんだから…」


などと独り言を言っていた矢先に…突然、強大な妖気が神社の結界を突き抜けて、霊夢のいる母屋の中にまで迸ってきた。


【霊夢】

「え?な、何っ!?この妖気…しまった!今日は…」


霊夢は暦を確認し、血相を変えて神社を飛び出していった。この時間、本来なら妖怪たちが活発に動き回っているはずなのだが、月に一度…新月の夜だけは、特別だった。


【霊夢】

「急がなきゃ!」




【ミスティア】

「みんなー!今夜も盛り上げていきますよー♪」


【観客】

「「「「「みすちー!」」」」」


新月の夜、人里から博麗神社へ続く道の一角で、幻想郷の歌姫であるミスティアのライブがあるからだ。この日は、妖怪も人間も関係なく、ミスティアの歌で夜通し盛り上がるのである。


【霊夢】

「みすちー♪」


何故か、霊夢もノリノリである…。




【ルーミア】

「…ぐすっ…何かね、最近ね…霊夢がね…あんま相手してくんないの…」


【紫】

「絶対、ウチの藍の氷像出せば人気出ると思うのに、外の世界の人間は頭固すぎなのよ!」


【幽香】

「いくら愚痴っても、ウチはハーブティーしか出さないわよ。」

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