第1章 負の世界
第1章 負の世界
第1話 違和感
鎮也らは、イズミでブラックホールの中心へ空間転移をした。
サーランも一緒に乗船していた。
全乗組員14名だ。
そこには、やはりワームホールが待っていた。
そして、異世界へと旅立った。
異世界に着いた鎮也らは、違和感を覚えた。
感覚が、おかしいのだ。
意識は、はっきりしている。
いや、意識は鮮明過ぎるほど、鮮明だ。
イズミに搭載している人工知能『ケント』が、最初に気付いた。
「この世界は、全てが負です。
距離も、平面も、空間も全てが負で構成されています」
『ケント』は、第5世代人工頭脳だ。
鎮也らの世界で禁忌とされている「13個のクォ‐ク」を使って作られている。
精神を持つ人工頭脳だ。
ある惑星で、巨大な精神エネルギーと融合している。
『STA』装置が作動した。
この装置は探査装置だ。
この艦の制御は、平時『ケント』が全てを行う。
『STA』装置は、最初正常に機能しなかった。
負の世界など想定されて作られていない。
『ケント』は、アジャストした。
『ケント』には、朝飯前だ。
『STA』装置は、再度走査した。
この世界の構造が解った。
値が負をとるだけで、物質構造は元の世界と同じなのだ。
だが、第3の座標軸だけは負でないようだ。
不思議な空間だ。
『ケント』は、全ての機器をこの世界にアジャストした。
鎮也ら14名の感覚は、直ぐにはアジャストできなかった。
第2話 遭遇
この世界を走査した結果、大きさは地球の10倍程度だった。
だが、大きさは意味を持たない。
負の世界なのだ。
だが、絶対値をとるとそのくらいの大きさだ。
そして、平面の陸地だけらしい。
海はないようだ。
陸地の果てはない。
延々と繋がる円のようだ。
ワームホールから辿り着く異世界の広さは、皆小さいのだろうか?
妖精達の世界も狭かった。
自分達の世界は、最初果てしないと思えるほど広かった。
この世界の自然は、不自然なほど美しかった。
全ての調和がとれているように見える。
気味が悪いほど美しかった。
イズミから村落らしきものが見える。
鎮也ら数名は、その村落へと向かった。
反重力装置を持つ搭載機で向かった。
村落の者達は、怯えた。
神官か貴族の来訪だと思ったのだ。
この世界には、身分があった。
最高の身分は、神官だ。
次いで界王族、貴族となって行く。
神官は、特別な力を持っていた。
皆、それを「カガク」と呼んでいた。
神官が、いつこの世界に来たのか解らない。
この世界の歴史は、書き換えられていた。
伝承と歴史書が、甚だしく違うのだ。
界王族は監禁され、貴族は神官に籠絡させられていた。
神官は、10人いるらしい。
この村落の村人は、最悪ではないらしい。
最悪なのは、神殿に連れ去られた人々らしい。
その人々は、奴隷とされていた。
神官の望みを叶えるためならば、奴隷は命さえ奪われるらしい。
第3話 村落
この村落の村人は、親切だった。
鎮也らが、他の世界から来た事を知ると驚いた。
一人が聞いてきた。
「カガクを知っているか?」
「カガク」とは、科学の事だろうか?
鎮也は答えた。
「自分達の知る科学と同じものなら知っている。
違うものなら知らない」
村人は、期待もしたが、落胆もした。
伝承によると、この世界は、かつて平穏だったらしい。
『精』と共に暮らしていたらしい。
それが、何代前の事なのか、定かではないようだ。
この世界の歴史書では、遥か古代より、神官が統治していた事になっている。
この世界は、10の国に分かれているようだ。
ここは、「サタルナ」という国に属するという。
この国では、神官の一人が最高権力者だという。
そして、界王族の一人「サンタ」が象徴として居る。
「サンタ」は、この世界の現界王の第9皇子だ。
この国は、12の地域に分かれている。
この地域は、「リサリ」という。
そして、「リサリ」は、籠絡された貴族の一人が治めている。
この村人にとって貴族は、脅威だ。
貴族は、村人達を一瞬にして破滅させる事ができる。
この村落は、地域を更に分割した地域の一つに属する。
年に一回、徴収が行われる。
その季節は、直ぐ目の前に迫っている。
第4話 徴収
この村落の主要な産業は、農業だった。
大麦に似た作物を育てていた。
だが、今年は不作らしい。
徴収の時、決められた分を収められないと酷い目にあう。
軽ければ、村人の何人かが奴隷として連れ去られる。
酷い時には、村落が破滅させられる
マリヤは、目覚めた能力を使って見た。
1回目の能力発動では、うまく行かなかった。
この世界は、負の世界だ。
能力の調節が必要だった。
マリヤは、「妖精」と同じ能力を目覚めさせている。
2回目の能力発動は、うまく行った。
大麦は、活力を与えられ大きく変化した。
豊作になりそうだ。
不思議なのは、自然界を構成する形だ。
どこを切り取っても同じような形態を示す。
ただそれは、平面に限っての事だった。
立体状にすると、やはり部分は、異なるのだ。
自然が美しく見えるのは、連続した同じ形が影響しているのかもしれない。
見事に調和がとれている。
このマリヤの能力は、近隣の村落に伝わった。
近隣の村落からは、マリヤに「願い」を持って、訪れるものが多くなった。
近隣でも凶作が予測されていた。
マリヤは心よく引き受けた。
心よくないのは、この地域を統括する地方官だった。
第5話 地方官
地方官は、今年の凶作を楽しみにしていた。
徴収の時の悲壮な村人達の顔を見るのが楽しみだった。
大手を振って、村人達に刑罰を与えられる。
この地方官は、貴族でも位の低い親の三男坊だった。
出世の道は、閉ざされている。
楽しみは、自分より弱いものを虐げる事だけだった。
地方官になれば、神官の持つ「カガク」の一部が貰える。
それは、村落のものに恐怖を植え付ける。
突然、管轄する地域の大麦が活性化し出した。
これでは、悲壮な村人達の顔を見る事が出来ない。
彼は、下僕に調査を命じた。
この時、イズミは大気圏の遥か彼方にいる。
この世界の住人に気付かれる事はないだろう。
下僕は調査を始めた。
そして、突き止めた。
その活性化は、突如として現れた数人の者の仕業だった。
だが、何処の誰かまでは分からない。
下僕は、地方官に報告した。
地方官は、その者達を捕縛するように命じた。
鎮也らは、取り囲まれ捕縛された。
鎮也には、この世界の実情がよく飲み込めていない。
争う事は、今の段階で得策ではない。
地方官は、鎮也らを罪人として牢獄に閉じ込めた。
地方官は、神官から「銃」を授かっていた。
この銃に抵抗しきれた者は、かつていない。
地方官は、鎮也らを牢獄から引き摺り出した。
刑罰を言い渡すためだ。
刑罰は、「奴隷」にしようと思っていた。
この世界に法律はない。
全てが管理する者に委ねられている。
ロバートが抗議した。
銃が発射された。
問答無用だ。
ロバートは、悶絶した。
ただの銃ではない。
第6話 銃
鎮也らは、NDスーツを着用している。
これは、ダイバリオンで作られている宇宙服だ。
どのような物質でも、どのようなエネルギーでも跳ね返す。
もちろん、ロバートも着用していた。
そのNDスーツを「銃」の発射したものが貫通し、ロバートを悶絶させている。
「銃」は、何を発射したのだ?
正体が解るまで、迂闊に動けない。
全てが未知数だった。
サムは、テレポートして逃走する事を提案した。
鎮也は、その逃走によって、村人に与える影響を考慮した。
サムの提案は退けられた。
リーが提案した。
リーは、転送者だ。
「あの銃を奪い、イズミに転送したらどうか?」
鎮也は、それを受け入れた。
イズミには、アインが待機している。
アインに「銃」の分析を依頼する事にした。
イワンは「銃」を奪いとった。
イワンはPKだ。
この時、イワンは違和感を覚えていた。
自分達の世界より、この世界の方が、PKが強く働く。
危なく「銃」を窓の外に放り出すところだった。
「銃」はイズミに転送された。
第7話 この世界
アインの手に「銃」が転送されてきた。
アインは科学者だ。
アインは「この世界」を考察していた。
いくつか、解った事があった。
それは、距離はマイナスをとる。
そして、平面は「虚数」座標で構成されている。
3次元を構成する最後の座標軸だけがプラスを示す。
自分達の世界で、
「精神波は虚数を含むのではないか?」
と、仮説を立てた。
この世界で立証できるかもしれない。
自然が美しく見える理由も解った。
平面的には、フラクタルなのだ。
平面的に拡大、縮小しても同じ幾何模様を現出する。
平面的には、大小が複雑にならない。
いわゆる「平面的単純性」を保持しているのだ。
予測される事がある。
精神は、この世界で存分に能力を発揮できる。
物質は、精神エネルギーに簡単に崩壊させられる。
送られて来た「銃」も、その原理が応用されている可能性が高い。
この世界の武器は、そういう意味で未知数だ。
物質を上回る精神力に、対応しなければならない。
『ケント』にも、この事を伝えた。
『ケント』は、イズミの再調整に入った。
アインは鎮也に、
「迂闊に行動しないよう」
に警告を発信した。
未だ、考察しなければならない事が、多く残っている。
第8話 地方官の逃走
「銃」を失った地方官は逃走した。
「銃」が無ければ、無力に等しい。
地方官は上司の所へ向かった。
鎮也は、今後の対応に悩んだ。
アインからは、
「迂闊に行動するな」
と警告されている。
しかし、この地域の住民への対処が必要だ。
逃げた地方官の上司がこの地を調査するのは確実だ。
困るのは、住民だった。
未久は、予知能力者だった。
鎮也は、未久に相談した。
しかし、この世界で未久は能力を発揮できなかった。
未久の能力は、物質と関係あるのだろうか?
レオに相談した。
レオは、立案者だ。
多くのアイデアはレオから出る。
「新和の結界を使っては、どうだろうか?」
鎮也は、同意した。
しかし、この世界で新和の結界がどの程度威力を発揮するのか未知数だった。
新和は結界を張った。
威力は、想像をはるかに上回っていた。
強力な結界が張られた。
しかし、威力は相対的なものだ。
攻撃する側の威力次第で効果は変わる。
やはり、未知数なのだ。
この時、イズミに待機しているのは、アイン・ポセイ・幸だった。
第9話 巡察
逃走した地方官の上司は、報告を本気で信じていなかった。
その地方官が何らかの失態で「銃」を紛失したのだと思った。
その言い訳を聞いている暇はない。
その地方官は、直ぐに罷免された。
だが、少しだけ気になる。
下僕をその地に向かわせた。
その下僕は、その地に辿り着けなかった。
不自然なところはないのに、目的地に辿り着けない。
下僕は困った。
「何と報告すればいいのだ?」
その時、下僕は結界の中に引き摺り込まれた。
結界の外を見張っていた鎮也は、情報を得る事にした。
この結界は機能しているようだ。
少なくともこの下僕には機能しているようだ。
サーランによって、下僕が強制暗示にかけられた。
下僕の知る限りの情報を得た。
下僕の上司の3段階上の上司が神官の1人のようだ。
「銃」が、何なのかは知らないらしい。
「銃」は、官が任官する時に神殿に赴き、直接神官から渡されるらしい。
神官から官に教えられるのは「銃」の使い方だけだ。
「カガク」の秘密は、神官以外には、伝えられない。
下僕の記憶を消し、結界の外に放った。
「上司には、異常なし」
と報告するよう暗示がかけられていた。
これで、少しの時間が稼げる。
アインは急かされる運命にある。
鎮也は、待つ事になる。
積極的に動けない。
第10話 結界の拡大
新しく任官した地方官がこの地に来た。
いや、来る事は出来なかった。
下僕と同じようにさまよった。
この頃、鎮也は決断していた。
「いつかは、神官と対決しなければならない。
ならば、向こうからこちらを攻撃させよう。
そのために、新和の結界を拡大しよう」
この決断には、根拠があった。
アインと『ケント』の議論した結果が出ていた。
アインの報告は、
「座標軸が違うのです。
平面を構成する座標軸が、我々の世界と反対方向に向かっているのです。
第3座標軸は、我々の世界と同じです。
そのため、平面は虚数で構成されています。
その影響で、精神には優しく働きます。
そして、精神エネルギーを存分に発揮できる環境です。
虚数と精神の関連性は、考察中です。
しかし、これだけは、はっきり言えます。
『この世界では、物質より精神の方が優位だと』
神官の持つ「カガク」がどのようなものか?未だ推測できません。
慎重に行動してください」
結界対象となる領域の地方官は、所持する武器を全て没収され、追放された。
その後に、新和の結界が張られた。
結界の中の人々は、平穏になった。
神官の1人との対決が迫る。