お別れ会をしませんか?
『お別れ会をしませんか?日曜日の10時、いつもの場所で待ってます。』
別れた彼女から来た、3日ぶりのメール。
お別れ会?俺から振ったのに…。今さら何をする気だ?
そんな思いを抱えながらも俺はメールの場所に来ていた。
そこは付き合っていた頃にいつもの待ち合わせしていた場所で、丁度別れたあの日もここで待ち合わせてた。
5分前に着いた。待ち合わせ場所は俺たちの両方から近くにある公園で、大きな日時計の前だった。
行くと、もう彼女は来ていた。俺の来る方向と全く逆の方向を見て、俺を探していた。
「ごめん、遅くなって…早かったな…」
俺が声をかけると、彼女はいつものような無邪気な笑顔で、
「来てくれたんだ!私は全然待ってないよ。じゃ、行こっか?」
と言いながら俺の服の袖を引っ張り、歩き始めた。
俺は詳しく聞かなかった。
なんでお別れ会なんてものをするのか、これからドコへ行く気なのか…。
やがて彼女は服の袖から手を放し、俺の横を歩いた。でも手を繋ごうとはしなかったし、前より少し離れて歩いている。
彼女に別れを告げたのは俺だ。
俺たちは、このまま一緒にいても良い方向へ行くとは思えなかった。このままぐだぐだ付き合っているぐらいなら、友達に戻った方が良い…そう思った。
別れを告げても、彼女は笑顔だった。いつものような無邪気な笑顔ではなかったが、その時彼女にできる精一杯の笑顔だった。
彼女と俺はバスに乗った。…行き先は分かった。
冬目前の、11月には不似合いな場所だった。
バスは、俺たちしか居なかった。
「貸しきりみたいだね」
彼女はそう言って少し笑った。
俺も笑った。
ゆっくりと揺れるバス。途中で乗り込む客は無く、俺たちだけ。
バスでも、俺たちは無言だった。どちらもあまり話さない方だったが、前はもう少し話せたかな…。
ふと隣に座る彼女を見る。
あれっ…。
こんなにまつげ、長かったっけ?
指も細い。
背は低い方ではないハズだけど、こんなに小さかったっけ?
…彼女が変わったんじゃない。
3日で変わるハズない。
俺がちゃんと見てなかっただけだ。
何だか、彼女の彼氏だったという事に自信が無くなった。…俺は彼女の事…何も分かって無かった…。
バスが目的地に着いた。
俺たちは降りる。
着いたのは、海だった。
潮風が冷たい。
俺たちは砂浜に腰かけた。お互い少し離れて座った。
「ちょっと寒かったかな…ここ来るって分かった?」
彼女は笑顔で聞いてくる。
「…うん。バスに乗ったから…」
…ちょっとそっけなかったかな…。
言った後に気づいたけど、彼女は動じていなかった。
「そっかぁ…」
彼女はそう言って海を見た。
俺も海を見た。
「はじめてのデート…覚えてる?去年の夏のはじめ…7月ぐらいかな…こんな風に海岸に座ってたよね…人は…もう少し居たかな…」
確かにその時、何組かのカップルが居た。まだ付き合いはじめの俺たちは、雰囲気に耐えきれず、スグに帰ってしまった。
「なんか…懐かしいね…」
ボソッと彼女が呟く。
「…あのさ…」
俺は彼女に少し近付いて言った。
「お別れ会って…コレ?昔の思い出を振り返る会なのか?」
なぜかケンカ腰の俺。
すると、彼女は俺をジッと見た。そして少し微笑んで言った。
「本日を持ちまして、私は正式にアナタの彼女では無くなりました。今までありがとうございます。これからは、良い友達になって下さい」
彼女は一気にこれだけ言うと、急に立ち上がった。そして俺に背を向けて言った。
「今日は日曜日にも関わらず、私のワガママに付き合ってくれてありがとうございました。…でも…」
振り返る彼女。
「私…アナタの彼女で良かったです…」
大きな可愛らしい瞳から、大粒の涙がこぼれる。
俺はその場から動けない…。
「誠に勝手ながら、以上を持ちまして、お別れ会を終了致します。ありがとうございました」
彼女はそう言って笑った。
笑っているハズの目から、まだ涙が止まらない。
俺は言葉を無くした。
頭のなかが真っ白だ。
でも…一つだけ確かな感情があった。
…こんな一方的な会…認めない…。
俺は再び背を向けて、帰ろうとする彼女の手を掴んだ。
「何がお別れ会だ!未練ありすぎなんだよ!俺は認めない!」
そう言って俺は気がつくと、彼女を抱き締めていた。
「…別れたくないなら…ちゃんと言えよ。こんなの…ズルイよ…俺が悪者みたいじゃん…」
すると、黙っていた彼女は話はじめた。
「…ならさ…言うよ。私、別れたくない。もっと一緒に居たい…。私…まだ好きなんだよ…。」
震える声で…でも一生懸命に言う彼女。
その姿がたまらなく愛しい。
「好きだよ…」
彼女は驚いた目で俺を見上げる。
俺は彼女を見る。
「…また…やり直そうか…?ちょうど海に居るしさ…」
俺は照れながら言う。
彼女はまた、あの頃の笑顔で俺に笑いかける。
俺らのお別れ会は失敗に終わった。
そして…俺たちは2度とお別れ会をする事は無かった。