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もう一度、人生を

ひとりだった私が、エルフの森で母になるまで

作者: かめぽん
掲載日:2026/04/06

はじめまして。

初投稿になります。


異世界でひとりだった女性が、居場所と家族を見つけるまでの短いお話です。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 寒い。


 目が覚めたとき、そこは知らない森だった。


 見上げた空はやけに高くて、息を吸うたびに、冷たい空気が肺に刺さる。


「……ここ、どこ」


 声に出してみても、返事はない。


 風に揺れる葉の音だけが、やけに大きく聞こえた。


 頭が、うまく回らない。


 ここがどこなのか。

 どうして自分がここにいるのか。


 ——何も、わからない。


「……日本、だったよね」


 ぽつりと呟く。


 家の中で、スマホを見ていた気がする。

 寝る前、ぼんやりと小説を読んでいた。


 異世界転生。


「……もしかして」


 自分の手を見る。


 ——あれ、こんな手だったっけ。


 なんだか違う。


 指先も、体も、妙に軽い。


 こんなに細かっただろうか。


 見慣れない指先に、違和感が走る。


「……死んだ?」


「……異世界転生、とか?」


 その言葉は、不思議とすんなり落ちた。


「……これから、どうしよ」


 考えても仕方ない。


 ——とりあえず、生きる。


 それだけを頼りに、私は立ち上がった。



 森は、どこかおかしかった。


 風が吹くたび、葉の間で淡い光が揺れる。

 小さな粒が、空を漂っているみたいに。


 昼はまだよかった。


 問題は、夜だ。


 暗闇の中で、音だけが大きく聞こえる。


 遠くで何かが鳴く。

 近くの草が揺れる。


 すぐそばで、何かが動いた気がした。


「……やだ、怖い」


 火も起こせないまま、木の根元で体を丸める。


 寒い。

 怖い。


 眠れないまま、ただ朝を待つ。


 ——こんなの、無理。


 それでも、朝は来る。


 何日経ったのかもわからない頃。


 吐く息が白くなり始めて、私は理解した。


 ——冬が来る。


 そのときだった。


 茂みの奥から、小さな気配。


 現れたのは、鹿に似た動物。


 額には淡く光る模様。

 足元で、見えない風がやわらかく揺れている。


「……ついてこい、ってこと?」


 振り返るその背中に、私はすがるように歩き出した。



 限界だった。


 不思議な鹿が、ちらりと振り返り、消えた。


「……もう、無理」


 木の根元に崩れ落ちる。


 異世界転生。

 森スタート。

 冬目前。


「チート……とか、ないのかな……」


 そんなことを呟いて、私は意識を手放した。



 目を覚ますと、木の家の中だった。


 ——知らない天井、ってやつだ。


 薬草の香り。

 淡く光る石。

 宙に浮いた小瓶。


 火はないのに、部屋は明るい。


 ——魔法?


 そんな言葉が頭に浮かぶ。


 ふと、何かがわずかに動いた。


 それに呼応するように、空気がやわらかく揺れる。


 何かの気配。


「……精霊の力よ」


 女性の声が静かに言った。


「目が覚めたのね」


 長い耳の女性が、穏やかに微笑んだ。


「私はリゼ。薬師よ」



 それから、私はこの集落で暮らすことになった。


「……ナナ、です」


 自分の名前だけは、なぜかすんなり出てきた。


 言葉はわかるのに、うまく話せない。


「これ……手伝う、しても、いいですか」


 そんな私でも、リゼは笑って受け入れてくれた。



「あんたがナナかい」


 ある日、声をかけてきたのは、少し年上の女性エルフだった。


「リゼから聞いてるよ」


 気さくな声に、少しだけ肩の力が抜ける。


「私はマルタ。困ったことがあったら、なんでも言いな」


「……は、はい」


 うまく目は合わせられないまま、それでも小さく頷く。


「ほら、それはこっちだよ」


「……あ、はい」


 言われた通りに動く。


 それだけなのに、少しだけ“ここにいていい”気がした。



 外に出ると、子どもたちが走り回っていた。


 軽やかな足音と、弾むような笑い声。


 その中のひとりが、足をもつらせて転ぶ。


「あ……」


 思わず駆け寄る。


「だ、大丈夫?」


 ぎこちない言葉で声をかけると、子どもは少し驚いた顔をした。


 けれど、すぐに小さく頷く。


 その様子に、ほっと息をついた。



 朝になると、外から歌声が聞こえてくる。


 誰かが精霊に語りかけているらしい。


 水を汲む音や、木の実を選ぶ音。


 静かなのに、確かに人の気配がある。


「あの子が例の人族?」


「ええ、リゼが拾ってきた子よ」



「少しやってみる?」


 リゼに言われ、精霊魔法を試す。


 意味は、なんとなくわかる。


 ——風よ、巡れ。


 けれど。


「……あれ」


 音が、ずれる。


 何も起きない。


「……な、なんで?」


「珍しいわね」


「……え」


「ここまで音が外れるのは」


「そんなに!?」


 思わず顔を上げる。


 リゼは楽しそうに、同じ言葉を紡いだ。


 透き通るような声。


 その瞬間、薬草がふわりと浮かび上がる。


「精霊は音に敏感なの」


「……なるほど」


 納得しながらも、少しだけ落ち込む。


 言っている意味は、なんとなくわかるのに。


 どうしても、うまくいかない。


「……難しい、ですね」


「ええ。でも大丈夫」


 リゼは、あっさりと言った。


「あなた、力は強いもの」


「いずれ、できるようになるわ」


 そう言われても、いまいち実感はない。


 けれど——


「……そのうち、ですね」


 苦笑いしながら、私はもう一度だけ口を開いた。



 日々は続く。


 リゼに簡単な薬の作り方を習っていた。


「……あ、やりすぎた」


 少し力を入れすぎて、薬草が潰れすぎる。


「手先は器用なのに、少し雑ね」


 リゼの言葉に、苦笑いする。


「……つい」


「大丈夫よ。慣れればできるわ」


 あっさりとした言い方に、とほほと肩の力が抜ける。



「こら、走るんじゃないよ!」


 マルタの声が響く。


 子どもたちが一斉に散っていく。


 その様子に、思わず笑ってしまう。


「あんたも気をつけな」


 そう言って、マルタは私の肩を軽く叩いた。


 少しだけ、ここにいるのが当たり前になっていた。



 異変に気づいたのは、その頃だった。


 最初は、ほんの些細なことだった。


 朝、薬草の匂いに、ふと顔をしかめる。


「……あれ」


 今までは平気だったはずなのに、妙に気持ち悪い。


 胸のあたりがむかむかして、思わず手で押さえる。


「……ちょっと、無理かも」


 その日は作業を早めに切り上げた。


 疲れてるだけだと思った。


 でも——


 次の日も、その次の日も。


 同じように、体が言うことをきかない。


 匂いがきつい。

 急に気分が悪くなる。


「……なにこれ」


 戸惑いながらも、どこかで心当たりがあった。


 考えたくなくて、目を逸らしていたそれ。


 そして——


「子どもがいるわ」



 その夜、眠れなかった。


 どうすればいいのかわからない。


 一人で生きるだけでも、精一杯だったのに。


 やっと、少しだけ安心できる場所を見つけたばかりなのに。


「……無理」


 小さく呟く。


 子どもなんて、育てられるわけがない。


 自分のことすら、ちゃんとできないのに。


 逃げたい。


 知らなかったことにできたらいいのに。


 そう思って——


 気づけば、お腹に手を当てていた。


「……」


 何も感じない。


 それでも。


 そこに“いる”と、わかってしまう。


 ふと、断片がよぎる。


 誰かと一緒にいた記憶。


 隣にいたはずの人。


 顔も、名前も思い出せない。


 それでも——


 あたたかい記憶だけが、残っている。


「……もしかして」


 かすれた声で、ぽつりと、言葉がこぼれた。


「一緒に、来たの……?」


 答えはない。


 ただ、胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 ここは知らない世界で。

 私は、ひとりで。


 ——そう思っていた。


 けれど。


「……ひとりじゃ、ない」


 今度は、はっきりと口にした。


 怖い。


 どうしようもなく、怖い。


 それでも——


 この小さな命を、手放したいとは思えなかった。


「……産む」


 静かに、決める。


「……一緒に、生きよう」



次の日。


 意を決して、リゼに話した。


 うまく言葉にはできなかったけれど、それでも自分の決意を伝える。


「ひとりでやらなくていいの」


 リゼの優しいその言葉に、私は泣きそうな笑顔で頷いた。



 やがて、時は過ぎ。


「ナナ! しっかり息をして!」


「大丈夫、もう少しだよ!」


 声が重なる。


 マルタが背を支え、誰かが手を握る。


 歌うような声が、部屋に満ちる。


 精霊に語りかける旋律。


 その声に包まれて、ふっと痛みが遠のく。


「……っ」


 息が、少し楽になる。


 怖さも、わずかに和らぐ。


 けれど——


 次の瞬間。


 再び、痛みが押し寄せる。


 息がうまくできない。


 怖い。


 逃げたい。


 無理だと思う。


 やっぱり、無理かもしれない。


 ——こんなの、ひとりじゃ無理だ。


 その瞬間。


「ひとりでやらなくていいの」


 リゼの声が、胸の奥で響く。


 周りには、人がいる。


 支えてくれる人がいる。


 そして——


 意識を向ける。


 ここに、いる。


 私と一緒に、ここにいる。


「……っ」


 息を吐く。


 怖いままでもいい。


 逃げたくてもいい。


 それでも——


 ひとりじゃない。


 その事実だけで、耐えられた。


 やがて。


 小さな泣き声が、響いた。



 腕の中の命は、温かかった。


 どこか、懐かしい温もり。


「……ありがとう」


 周りには、人がいる。


 ここには、居場所がある。


 私はもう——


 ひとりじゃない。


 腕の中の小さな温もりが、ふにゃりと笑った。


 この世界での、私たちの時間が——


 そっと動き出す。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


初めての投稿で拙い部分もあったかと思いますが、ナナの物語を書き切ることができて、とても嬉しいです。


この先のお話も少し考えているので、またどこかで続きを書けたらと思っています。


もしよければ、感想などいただけると励みになります。

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