第9話 不浄の大地
今日もまた、エルフの戒律で定める休息日を迎えた。
いつもであれば、勉強や風魔法の鍛錬、飛竜の騎乗訓練などができないことを嘆くところだが、今日の私にはやるべきことがあった。
「お兄さまー!またルノアお姉ちゃんとピクニックに行こうよー!」
足元に妹が抱きついてくる。
その頭を撫でながら言った。
「すまんな、ユウナ。私は今日、行くべき所があるのだ。」
すると案の定、妹は不満そうに頬を膨らませた。
「えー!やだやだ!じゃあ私も一緒に行くー!」
「悪いがそうもいかない。今日行く場所は、ユウナは連れていけないのだ。」
これは本当だ。
何せ、エルフにとって危険地帯とされている場所だからだ。
「母上、ユウナをお願いします。」
そう言って、駄々をこねるユウナを何とか母上に引き渡し、私は準備を整えて家を出た。
今日、私が向かう場所は、エルフの森の外れにある土地で、エルフの長老たちから“不浄の大地”と呼ばれて、恐れられているらしい。
その名前の由来は、黒い水と黒い土が広がっており、異臭が漂う大地という特徴から来ている。
そこは植生も薄く、森を愛するエルフにとっては、何とも気味が悪く見える場所らしい。
私は先日、たまたま我が氏族の長老と世間話をした際にその話を聞き、大きな興味を持った。
もしかすると、思わぬ宝が得られるかもしれないからだ。
他のエルフたちに見つからないよう、慎重に歩みを進めると、お目当ての場所にたどり着いた。
確かに、長老が言っていた通り、黒い水と黒い土が広がっている。
それに、この場所からでも、微かに鼻をつく臭いがする。
私は近づいて、外套のポケットから布切れを取り出し、黒い水にそっと浸けた。
すると、たちまち布切れが真っ黒に染まる。
そのまま、黒い水のある場所から十分に離れ、真っ黒に染まった布切れを地面に放り投げた。
そして、外套のポケットから火打石と火打金を取り出し、あらかじめ用意しておいた、乾燥させたキノコの火口に着火する。
そして、やや緊張しながら、火口を真っ黒な布切れに触れさせると――
――ボッ、という音と共に、布切れに火がついた。
「――やはり、天然の原油だ。」
この世界にもあったとは。
私は思わず、飛び上がりそうになった。
もちろん、原油を工業的に活用するためには、精製技術が不可欠だ。
そして、そのような技術はエルフはもちろん、人族もまだ持ち合わせていないだろう。
だが、そもそも存在しないのと、将来的な可能性があるのとでは雲泥の差だ。
私は最近、休息日に森の散策と偽って、密かに資源探索を行って来たが、数か月前に見つけた硫黄に勝るとも劣らない発見である。
私は、原油を発見した土地を手元の調査地図に記入し、背中に背負った小型の壺を地面に下ろす。
そして、原油のサンプルをできるだけ採取し、小型の壺に回収した。
「また、定期的に採取しに来よう。」
そう呟いて、集落への道を引き返すのだった。
私が、日没前のぎりぎりで集落に戻ると、自宅に向かう途中でルノアと出会った。
「あー!リヒト、どこにいたの!?せっかくの休息日だから、リヒトを遊びに誘おうと思ったのに……」
ルノアに残念そうな声で抗議される。
よく見ると、銀髪に隠れた長い耳が、下に垂れていた。
本当に残念に思っているらしい。
「ちょっと森の中へ散策にな。ほら、お土産だ。一緒に食べよう。」
私はそう言って、カモフラージュも兼ねて狩っておいた野鳥を数羽、手渡した。
私は弓は不得意だが、風魔法は得意なのである。
「わー!ありがとう!さすがリヒト!僕の幼馴染だね〜!」
ルノアが青い目を輝かせながら、私の手を握ってぶんぶん振り回してくる。
喜んでもらえたようで何よりだ。
「せっかくだ。うちで食べないか?ユウナも喜ぶ。」
「やったー!よーしっ!僕が腕によりをかけて作ってあげるよ!」
ルノアは料理が得意だ。
銀髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、ルノアはスキップしながら前を歩く。
すると、第六感か何かでそれを察知したのか、我が妹――ユウナが家から飛び出して来て、ルノアに抱きついた。
2人とも、笑顔を浮かべながら、何の料理にするか話し合っている。
私は、そんな2人の様子を黙って見つめた。
「………………」
私は、我が種族を――エルフを、滅ぼさせはしない。
守ってみせるぞ。どんな手を使ってでも。
例えそれが、この世界の女神の威光に背くとしても。




