第8話 飛行訓練
「兄貴?兄貴なら、飛竜を連れて切株山に向かったわよ。」
リヴィアが落ち着いたので、再度ジン殿の所在について尋ねると、そのような答えが返ってきた。
切株山とは、エルフの森の中央付近にある巨大な一枚岩で、文字通り、木の切り株のような形をしている。
前世で言うところの、テーブルマウンテンというやつだ。
飛竜は翼が傷つく恐れがあるため、植生の深い森では離着陸することができない。
そのため、通常は切株山や湖畔、河川岸など土地が開けた場所で離発着を行う。
もちろん、飛竜の専門家であるダートネス氏族の集落には、森を切り開いて作った離発着場が至る所にあるが、それを使わないということは、未熟な飛竜の飛行訓練をしているのだろう。
集落の離発着場は狭いので、訓練された飛竜でないと使うことができない。
「ありがとう、リヴィア。ジン殿が不在であれば、君に飛竜の飛行許可をもらいたい。」
「別にいいわよ?リヒトだし。せっかくだから、私も一緒に飛ぶわ。」
そういうことで、リヴィアと一緒に飛竜のいる竜舎へと向かう。
竜舎に入ると、扉の手前にいる飛竜が一斉に立ち上がってこちらを見てきた。
だが、私とリヴィアの姿は彼らからしても見慣れたものなので、すぐに視線を戻して、各々、飼料を食べたり、体を横にし始める。
飛竜は本来、とても気性が荒く、誇り高い生き物なため、エルフ以外が乗りこなしたという話は聞いたことがない。
不思議とエルフにだけは従順であり、かつてエルフと飛竜が同じ生命だったという伝説も、少しは信憑性を感じるくらいだ。
「サリア」
私はそのうち、とある雌竜に呼びかけると、すぐに反応して、房の隙間から首を出してきた。
サリアとは、古代エルフ語で『汚れなき白』を意味する言葉で、5年前に飛竜の騎乗技術を学び始めた時、ジン殿が私の専属飛竜として与えてくれた竜に私が名付けた。
新雪のように真っ白な鱗を持つサリアにぴったりだと自負している。
「今日もよろしく頼むぞ。」
房の隙間から伸びてきたサリアの首を撫でてやる。
すると、サリアは目を閉じながら、気持ちよさそうに鳴き声をあげた。
「相変わらず、仲良しねー。」
後ろからリヴィアが呆れたような声で言ってくる。
「そういう君も、カーチスとは仲が良いだろうに。」
「まあね。」
そう言って、リヴィアも自分の専属飛竜――雄竜のカーチスの元に足を運び、同じく首を撫で始めた。
ちなみに、カーチスとは、古代エルフ語で『絶えることなき炎』を意味する。
こちらも、カーチスの赤い鱗によく似合っている。
ひとしきり、自分の飛竜とコミュニケーションを取り、体調を確認した私たちは、竜舎に併設されている離発着場へと飛竜を連れてきた。
私はサリアに鞍と鐙、手綱を装着し、その背中にまたがった。
そして、自分の首に竜笛を下げる。
竜笛とは、エルフが飛竜に細かい指示を伝えるための補助具であり、これがあると騎乗がぐっと楽になる。
「ではいくぞ、サリア。」
竜笛で飛翔の合図をすると、サリアは翼をはためかせ、その場で離陸した。
あっという間に地面から離れ、眼下のダートネス氏族の集落が豆粒のように見える。
隣を見ると、カーチスの背中に騎乗して飛翔するリヴィアの姿もある。
サリアの鞍から信号旗を取り出し、リヴィアに手旗信号で合図をする。
『先手・譲れ』
返答はすぐに返ってきた。
『肯定』
そしてリヴィアは、カーチスに竜笛で指示を出して、その場から離脱する。
私は30秒待ってから、同じくサリアに竜笛で指示を出し、カーチスの後を追いかけた。
竜追いの開始である。
――『竜追い』とは、文字通り飛竜で飛竜を追いかける、騎乗技術向上のための訓練のことだ。
当たり前だが、リヴィアとカーチスは先行しているため、ただ追いかけるだけでは追い付くのは難しい。
だからこそ、エルフと飛竜が一心同体となることが求められる。
『ラー・エリス・ネル・フローレア (世界樹の風よ、追い風を吹かせ給え)』
私は、サリアに騎乗したまま風魔法を発動させた。
すぐに世界樹が応え、後ろから強い追い風が吹く。
「――よし、いくぞ、サリア」
私は竜笛でサリアに指示を出し、追い風に乗ってリヴィアとカーチスを追いかけた。
5分後、竜追いのルールで定められた距離までリヴィアとカーチスに近づいた私は、再び手旗信号でリヴィアに合図する。
『私・勝利』
すぐにリヴィアから合図が返ってきた。
『敗北・無念・敗北・無念・敗北・無念』
何だが強めの合図が返って来たぞ…。
私とサリア、リヴィアとカーチスはその後、5回ずつ竜追いを行い、この日の飛行訓練は終了することにした。




