第7話 飛竜と一角獣
氏族長会議の決定を受けて、集落が移転して1か月が経った頃――
この日、私は飛竜の騎乗技術を学ぶため、ダートネス氏族の集落を訪れていた。
エルフには17の氏族があるが、そのうち特殊な氏族が2つある。
飛竜の騎乗技術を伝承する“ダートネス氏族”
一角獣の騎乗技術を伝承する“アルリオン氏族”
この2つだ。
飛竜とは、空を飛翔する能力を持つ竜のことであり、一角獣とは、大地と水面を駆け抜ける能力を持つ馬のことである。
これは、エルフの古い伝説の話ではあるが、太古の昔、エルフと飛竜、一角獣は全て同じ生命だったらしい。
伝説では、原初の生命――エルフはこれを“精霊”と呼ぶ――は世界樹にそれぞれ願いをしたという。
ある精霊は、風を操る力を願い――
ある精霊は、空を自在に飛ぶ力を願い――
そしてある精霊は、大地を踏破し、山岳を越えて、水面すらも駆け抜ける力を願った。
それに応えた世界樹が力を与え、それぞれエルフ、飛竜、一角獣になったのだという。
だから、エルフにとって、飛竜と一角獣は根源を同じくする生命として、特別な地位にある。
この3種族をまとめて“精霊の民”と呼ぶくらいだ。
そういった背景もあり、エルフと飛竜が力を合わせて空を飛ぶこと、そしてエルフと一角獣が力を合わせて大地と水を駆け抜けることは、原初の生命に回帰するとして、世界樹に祝福される尊い行いだと認識されている。
そのため、エルフの祭祀として、飛竜と一角獣の騎乗技術が代々伝承されている。
それを管理するのが、ダートネス氏族とアルリオン氏族という訳だ。
当たり前だが、私はエルフの伝説に感動して、敬虔な祭祀の承継者になるためにダートネス氏族を訪れている訳ではない。
我が種族の文化は最大限尊重するが、さすがに限度というものがある。
エルフ社会では、飛竜の騎乗技術は祭祀目的でのみ用いられる。
――はっきり言おう。これほど馬鹿らしい話はない。
例えば、飛竜の騎乗技術を活かし、空からエルフの森の近くにある街道を哨戒するだけで、冒険者の侵入を事前に察知することができる。
この世界には、航空機などの航空戦力が存在しないため、弓矢や投石機などが届かない高所から哨戒すれば、ほぼノーリスクで実行可能だ。
私は5年前、飛竜の存在を知ったその瞬間に、父上に飛竜の活用について直訴した。
だが、返ってきた答えは――
「リヒト、それは無理と言うものだ。祭祀目的の飛竜を、それもエルフの住まう森の外で飛行させるなど、保守的な氏族長が黙ってはいない。必ず、氏族長会議で否決される。」
そのように、聞き分けが悪い子供を叱るような口調で諭された。
私はその日の夜、この世界に転生して初めて涙を流した。
我が種族を迫害する人族への憎しみに――
それを看過するこの世界に――
そして、それでもなお、変わろうとしないエルフ社会に――
私の涙は一晩中流れ続け、嗚咽を堪えるために爪を地面に突き立てた。
翌朝、目の周りを真っ赤にさせた私を見て、母上が悲鳴を上げたことを覚えている。
だが、私は諦めた訳ではない。
いつか、私が権力を握った暁には、飛竜をエルフの繁栄に活かすため、今は耐え忍んで騎乗技術を学び、その活用について研究するのだ。
そのために、父上を説得して、我らがアドランシェ氏族は、ダートネス氏族の飛竜騎乗技術を広める活動に全面的な支援を行っている。
その甲斐あってか、アドランシェ氏族とダートネス氏族は、エルフ17氏族の中で最も親密な関係にあると言って良い。
「すまない、ジン殿はいるか?」
私は、ダートネス氏族の氏族長を務めるアルビオ・ダートネス家のテントを訪れ、氏族長であるジン殿を呼び出した。
すると――
「はいはーい、どちら様ですか?――ってリヒト!?」
テントの前幕を開けて、赤い髪と金色の目が特徴の少女が出てきた。
ジン殿の妹であるリヴィアである。
すると、急に髪を梳かし始めた。
そして、乱れていた服を整える。
「リ、リヒト!来るならそう言ってよね!こっちにだって、その……じ、準備ってものがあるんだから!」
何だか顔を赤くしながら、抗議された。
私は飛竜に乗りに来ただけなんだが……。
私の自惚れでなければ、どうやらこのリヴィアという少女は、私に懸想しているらしい。
私は5年前から、飛竜の騎乗技術を習得するため、定期的にアルビオ・ダートネス家を訪れているが、初めてリヴィアに会った際は、むしろ嫌われていると感じていた。
だが、2年ほど前から様子がおかしくなり、1年ほど前からは、はっきりと分かるほど恋慕の念を感じるようになった。
理由は、はっきりとは分からない。
ジン殿の下で、共に飛竜の騎乗技術を学ぶうちに距離が縮まったのか――
あるいは、2年前、一時的なスランプに陥っていた彼女を私なりに励まして、二人三脚でスランプを脱したことで特別な感情を抱くようになったのか――
もしかすると、単純に氏族どうしの関係強化の一環として、水面下でジン殿からリヴィアに、私との政略結婚の打診があったなんて可能性もある。
まあ、こればかりは、彼女の心を覗きでもしない限り分かるまい。
私は、目の前で赤くなっているリヴィアを眺めながら、彼女が落ち着くのを待った。




