第62話 領都の混乱
「おいっ!!消火用の水はまだか!?」
「早く消せ!!」
領都レスターにある第3兵舎では、昨日の夕方に発生した火災を消し止めるべく、夜通しでの消火活動が行われていた。
「くそっ!くそっ!なんだ!なんなんだよ!あのトカゲどもはっ!!」
兵士たちは、昨日から一体何度叫んだかも分からない言葉を再び繰り返した。
「空から何かが降ってきたと思ったら、建物に命中して、いきなり大火事だ!意味が分からない!」
そして、周囲の兵士たちは、自分たちが見たものを誰かに否定して欲しいのか、あるいは泣き言でも言わないとやっていられないのか、うわ言のように被害を呟いていた。
「辺境伯さまのお城も燃えちまったしよぅ……。兵舎も、武器庫も……。」
「箝口令が敷かれているが、騎士団本部も全焼らしいぜ……。厩舎までやられて、馬たちも丸焼けだとか……!」
「そりゃ、あれだけ燃えていれば、箝口令もクソも無いだろ!俺たちはおろか、一般市民の子供だって分かるぞ!!」
そんな彼らの元に、ようやく追加で手配した消火用の水が届いた。
それを見て、彼らは泣き言はここまでだと気持ちを切り替え、必死の消火活動を再開するのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……やっと、鎮火したぞ……!」
夜が明けて、東の空から太陽が登る頃、兵士たちの懸命な努力の甲斐があり、ようやく第3兵舎の火災を鎮火することに成功していた。
「よし!生存者の確認と、まだ使える武器があれば回収する!武器庫が全焼した以上、少しでも装備が必要だからな!」
その場の兵士を取りまとめる者が指示を出し、半焼した兵舎の焼け残った部分に続々と兵士たちが入っていった。
そして、兵舎内の捜索活動を行う。
そのまま、しばらくが経過した時――
「―――ん?」
第3兵舎の外で休憩中の兵士が、それに気が付いた。
「なんだ……?上空に黒い影がたくさん……ま、まさか……!?」
その兵士は、不吉な予感に立ち上がり、上空に現れた影を凝視する。
すると、その影はどんどんと大きくなって来ており、明らかに自分たちのいる場所――第3兵舎に目がけてやって来ていることが分かる。
そして、その影の姿形がはっきりと視認できるようになると、彼は大声で叫んだ。
「ト、トカゲだっ!!また、あのトカゲが来たぞ!?」
兵士は、必死になって周りで作業をしている兵士に情報を伝え、第3兵舎の中にいる仲間たちにも避難するべく呼びかけた。
外にいる仲間たちは、昨日の空飛ぶトカゲの群れが接近していることに気が付き、恐慌状態となる。
その場から全力で逃げる者。
思わず腰を抜かして座り込む者。
第3兵舎の中にいる仲間を助けるべく、焼け残った建物へと突入する者。
「あ!おいっ!お前ら!?勝手に持ち場を離れるな!!」
その場にいる兵士を取りまとめている者が必死に状況をコントロールしようとするが、混乱は増すばかりで、とても組織的な行動が取れる状態ではなかった。
そうこうしている内に、第3兵舎が風爆の射程圏内に入った。
「あがぁぁぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉあ!?」
半焼となった第3兵舎に、風爆が次々と命中し、火災で脆くなった建物を衝撃波が襲う。
そして、砕け散った残骸が舞い上がり、雨のように周囲へと降り注いだ。
その中には、兵舎の中で作業していた、兵士たちの姿もあった。
ある者は地面に勢いよく叩き付けられ、ある者は手足を吹き飛ばされ、ある者は崩壊した兵舎の下敷きとなった。
あっという間に、第3兵舎の周りが地獄と化す。
そして、その地獄はまだ始まったばかりであった。
外にいる兵士たちが、突然目の前に現れた地獄に呆然としていると、兵舎目がけて落下してくる何かが視界に入った。
その物体は勢いよく兵舎にぶつかり、液体のようなものを周囲に撒き散らす。
そして、あっという間にその液体が勢いよく燃え上がり、第3兵舎の一部が再び炎上し始めた。
同じような光景は、第3兵舎のあちこちで見られ、一晩かけて鎮火した兵士たちの努力を嘲笑うかのように、あっという間に兵舎は炎に包まれる。
「あぁ……あぁ……あぁ……」
何もかもを燃やし尽くす炎を目の前に、兵士たちが声にならないうめき声を発した。
その時、先ほどの爆発でたまたま飛んで来たのか、近くに弓矢が転がっていた。
1人の兵士がその弓矢に飛び付き、上空を飛行するトカゲに向けて弓を構える。
「こ、この……トカゲ風情がぁぁぁ!!」
そのまま思いっ切り弓を引き絞り、勢いよく矢を放つ。
しかし――
「そ、そんな……嘘だ……」
放った矢は、空を飛ぶトカゲのはるか下で放物線を描き、地面へと突き刺さった。
上空を飛行する飛竜には、到底届かなかったのだ。
「お、終わりだ……もう……この街は……領都レスターは……」
矢を放った兵士は、がっくりと地面に膝を付き、勢いよく炎上する第3兵舎を、生気の失せた顔で見つめていた。




