第55話 オルデイン飛行場
あっという間に1か月が経過した。
作戦開始を翌日に控えた私は、世界樹奪還作戦の出撃拠点となるオルデイン飛行場を訪れていた。
今日はこの飛行場に泊まり、明日の作戦開始日を迎えることになる。
オルデイン飛行場には、既に大量の物資が運び込まれており、明日に向けての準備が、飛行場の至る所で進められている。
クオンが率いる陸軍についても、既にウルスタインを出立しており、作戦開始の予定地点に到着している頃だ。
明日、我が種族の――エルフたちの運命が、大きく変わることになる。
後の歴史は、私たちの選択をどう伝えるのだろうか。
「リヒト」
オルデイン飛行場にある司令室、そのバルコニーで開戦準備の様子を眺めていると、後ろから声がかけられた。
ジンだ。
そのまま隣に並ぶ。
司令室には他のエルフもいるが、バルコニーには私とジンだけが立っている。
「ついに来たな。この時が。」
ジンが、軍服の襟を締め直しながら話しかけてきた。
「そうだな。ジン――いや、ここはあえてジン殿とお呼びしましょう。ジン殿、あの日から今日まで、私を支えていただき、ありがとうございます。ジン殿がいなければ、今の私は無かったでしょう。もちろん、今のエルフ社会も。いくら感謝しても、感謝し切れません。」
あの日とは、もちろんダートネス氏族の集落襲撃事件のことだ。
全てはあの時、ジン殿を味方に付けて、秘密同盟を締結したことから始まった。
「よせ、これはお前が切り開いた未来だ。確かに、俺はお前に味方したが、それはお前が信じるに値する男だと思ったからだ。そして、それは正しかったと証明された。」
2人して、大勢のエルフが動き回る飛行場を眺める。
「相変わらず、竹を割ったように潔く、気持ちの良い方ですね、ジン殿は。そんな貴方が率いる空軍があるからこそ、私は安心して明日を迎えることができます。」
「そう言われると、明日は何としても作戦を成功させなくてはな。勝利の美酒を、お前と楽しむためにも。」
ジン殿は、お酒が好きなのだ。
今は亡き私の父上と一緒に、よく酒を酌み交わしていた。
「その時は、ぜひご一緒にさせてください。ご存知の通り、私が酒を飲むのは、祖国を再興させてからと決めていましたから。最初の一杯は、どうかジン殿に注いでいただきたい。」
「おうとも!なみなみと注いでやるよ!そして、リヒトが酔い潰れるまで飲み明かそう!飛竜の話を肴にしてな!」
それは何とも、心躍る未来である。
「リヴィアも呼びましょう。彼女も、私に遠慮してか、お酒を飲みませんから。ジン殿の妹なので、きっと強いでしょう。」
「はは!強いだろうな!俺とリヴィアの両親は、どちらも酒が強かった!」
ジン殿とリヴィアの両親は、祖国を失った際に戦死している。
風魔法も飛竜も使えない中、槍と弓で戦ったのだ。
同じような境遇のエルフは、目の前の飛行場で働くエルフたちの中にも、数え切れないほど存在している。
「――リヴィアの件、煮え切らない態度を取ってしまい、申し訳ございません。彼女には、ずいぶんと不安な思いをさせてしまっています。」
無論、リヴィアが私に向ける、思慕の念のことだ。
もし、私が総裁に就任することなく、普通のエルフとして生きていたならば、今頃はリヴィアと夫婦になっていた可能性も十分にあり得る。
今と比べて、貧しく、辛い生活ではあるが、日常の些細な出来事を笑い合い、エルフという種族が最期を迎えるその瞬間まで、共に手を取り合って生きていたかもしれない。
しかし、今の私はエルフ社会における最高責任者――自分の結婚1つ取っても、種族全体の利益と未来を考え、慎重に判断しなくてはならない。
権力には、責任が伴う。
大きな力には、相応の自覚が求められる。
公の幸せを願うなら、私を隅に追いやる必要がある。
自分の感情に蓋をしてでも。
「分かっている。今のお前は、自分の人生すらもエルフ社会に捧げている。それが、リヴィアに対する不義理だとは思わない。もちろん、お前が総裁という肩書に胡座をかき、女を取っ替え引っ替えするようなやつなら、しこたま殴っているだろうがな。」
その時は、私も自分で自分を殴るだろう。
「それに、あいつは警護隊長という形ではあるが、お前と一緒にいられて幸せそうだ。兄として、感謝しこそすれ、責める道理は見当たらないな。」
「―――ありがとうございます。少しだけ、心が晴れました。」
そのまま、自然と会話は途切れた。
私とジン殿の間柄なので、嫌な沈黙ではない。
明日から戦争を始めるというのに、場違いなほど穏やかな空気が、私とジン殿の間を流れていた。
「ジン殿――いや、ジン。」
口調を改める。
「明日はよろしく頼む。活躍を期待しているぞ。」
「ありがとうございます、総裁閣下。私と、私の率いる空軍の翼で、貴方と同胞たちを、必ずや明るい未来へと運び出してみせます。」
私の言葉を受けて、ジンは綺麗な敬礼を捧げた。




