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エルフが築く世界帝国 〜滅びの運命から始める反逆記〜  作者: 神田川 秋人
第3章 岩窟で笑う王

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第52話 墓参り




休日の1日目は母上と妹と過ごし、早くも2日目を迎えた。


この日、私は風力自動車で中央飛行場へと向かい、愛竜あいりゅうのサリアを連れて竜舎りゅうしゃから離発着場へと向かっていた。


すれ違う空軍兵士たちは、私の姿を見ると驚いたように立ち止まり、慌てて敬礼をする。

今日の私は休暇なので、軍服を着用していない上に1人きりだ。

大変に珍しい姿なので、近くまで接近しないと私だと分からなくても無理はない。

少しだけ、驚かせてしまったかもな……。


そのまま、いつも通りにサリアへくら手綱たづなあぶみを装着して、竜笛りゅうぶえを首にかける。

そして、サリアへと離陸の合図を出した。






ウルスタインを出た私は、進路を南へと進み、1時間ほど飛行を続けた。


季節は冬ということもあって、遠くに見えるクリムト山脈の上には白い雪が積もっていた。

あの山脈を越えると、人族の領域――ハイマール連邦の領土となる。


ハイマール連邦とエルフの森をへだてるクリムト山脈は標高が4,000m近くあり、例え夏季であったとしても山脈を越えてハイマール連邦の人族がエルフの森に侵入してくることはない。

かなりの遠回りとなるが、ローレシア王国を経由し、山脈を迂回してやって来ることになる。


腹立たしいことに、この世界におけるエルフ狩りは、私の前世におけるゴールドラッシュのような扱いをされており、ハイマール連邦はおろか、遠くグラン・シエル帝国からも一攫千金を狙った冒険者がやってくる始末であった。

まあ、そのおかげで冒険者を返り討ちにした際、両国の通行証を回収することができ、諜報活動に活用できているのは皮肉だが。


ちなみに、飛竜はその気になれば5,000mくらいまで高度を上げられるため、山脈の中腹で1泊して高度順応こうどじゅんのうを行うか、高山病こうざんびょうのリスクを背負って一気に飛行すれば、クリムト山脈を越えることができる。


――などと考えているうちに、目的地近くの湖が見えてきた。


私はそのまま湖畔にサリアを着陸させ、その場で待機するよう指示を出す。


そして、湖畔から森へと入っていった。






季節は冬なので、広葉樹は落葉しており、森の中はいつもより見通しが良かった。


私は前を見ながら、黙々と足を動かす。


時折吹いてくる冷たい北風に肩をすくめつつ、1時間ほど歩くと目的地に到着した。






その場所は、何も知らない人が見れば、ただの森に見えるだろう。

だが、よく目を凝らすと、あちこちに竈門かまどのように組まれた石が転がっていることが分かる。


――そこは、今から45年前、冒険者による襲撃事件があった、ダートネス氏族の集落跡だった。




私は、集落跡の外れにある、地面に刺さった石の前へとやって来た。


背嚢はいのうを開けて、中から冬泉花とうせんか――この世界に咲く、アイリスに似た花を束ねたものを取り出す。

そして、石の前に花束を置き、そっと祈りを捧げた。


この石は、45年前に同胞を守って死んだエルフ――私の父上の墓だ。




本来、エルフ社会に“墓”という概念はない。

亡くなったエルフは火葬され、その灰を地面に埋めることで、世界樹の根に吸収され、再び世界樹の元に還ると信じられているからだ。


故に、エルフにとっての墓とは、ある意味で世界樹そのものであり、私が父上の遺灰を埋めた場所に石を突き刺した時は、周りからずいぶんと不思議がられた。


だが、前世の記憶を持つ私にとって、どうしても父上の生きた証を、この地に残しておきたかったのだ。

感傷と言われれば、それまでだが。


私は、持ってきた短刀で、墓に付着した苔を丁寧に取り除いた。

すると、そこにはエルフ語で次のように書かれていた。


『最後まで戦い、同胞を守り抜き、その命を未来へと捧げた男のあかし、ここにしるす。死後の彼に、世界樹の導きがあらんことを。』


45年前、私が掘った文字だ。






「父上、すっかり寒くなりましたね。」


私は、石に向かって語りかけた。


「かつては、冬のすきま風に耐え、テントの中で身を寄せ合うように暮らしていた我らも、仮初かりそめではありますが、ようやく安住の地を得ました。信じられますか?いまでは、翌朝に一家全員が凍死しているような悲惨な光景も、すっかり見なくなったのですよ。」


「父上が助けた2人の幼いエルフですが、今では立派な大人になり、陸軍と総裁公邸でそれぞれ働いています。あなたが守り抜いた新芽は、しっかりと花を咲かせ、今では守られる側から守る側へとなりました。」


「エルフたちは、確かに平和を手に入れました。しかし、私は知っています。この平和は、砂の上に築いた城のように、もろくてはかないものであることを。」


「今は、深い森林が大規模なエルフ狩りを防いでいますが、やがて人族が致命的なエルフ不足に陥り、その国を動かす権力者の元にまでエリクサーが回って来なくなった時――人族は必ずや、国を傾けてでも山や森を切り拓き、血眼になって我々を探しに来るでしょう。」


「この世界に、自らの生命を永らえることのできる手段がある。あるいは、愛する人の死を回避できるだけの万能薬がある。人族は、そのことを知ってしまいました。既に、悪魔のささやきに屈したのです。今更、正気に戻ることはないでしょう。」


私の前世でもそうだった。

不老不死を求め、周りを巻き込みながら、おかしくなっていった権力者は数え切れない。


不老不死の薬を探して国を傾け、最後は猛毒の水銀を飲んで死んだ者。


賢者の石を求めて錬金術に傾倒し、全てを失った者。


若返りの泉を求めて征服を繰り返し、多くの国を滅ぼした者。


「何より、未だ人族に囚われ、奴隷に落とされている同胞も無視する訳にはいきません。彼ら、彼女らのことも、救わなくてはなりません。」


あまり時間をかけ過ぎると、耐え切れなくなった人族たちが、生きているエルフをどんどんと殺して、片っ端からエリクサーにしてしまうだろう。






「ゆえに、私は作り上げなければならないのです。致命的な“その時”がやって来るまでに、人族が束になっても敵わない、世界に君臨する一大強国を。そして、もう誰にもおびやかされることなく、エルフたちが『種族の滅亡』という言葉を完璧に忘れ去ったその時――私の理想郷は完成するのです。」


その時、ひときわ強い風が吹き、墓前に供えた冬泉花の花びらが1枚、風に乗って空へと舞って行った。

私は、その花びらを目で追いながらつぶやく。






「父上には、謝らないといけないことがあります。」


「あの日、父上が幼いエルフを守って死んだ時――私はとても悲しかったですが、同時に、少しだけ安心したんです。」


「父上。私はあの時、将来自分がエルフ社会において確固たる成果を出したあかつきに――その成果を手土産に、あなたに氏族長の引退を迫るつもりでした。」


「エルフ社会を根底から改革するためには、どうしても氏族長という地位が必要でした。そのためには、実の父親すらも犠牲にして、その地位を奪おうとしていました。全く、酷い息子ですね。」


「だから、父上が亡くなった時、自らの手を汚さずに済んで、安心したのです。ああ、これで、私が氏族長になれる……と。」


もしあの時、私が強行的に父上から氏族長の地位を奪っていた場合、おそらく各氏族長からの反発は、実際よりも遥かに大きかっただろう。

実の父親にまで牙を剥くやつに、エルフの未来を任せることはできない――と。




「申し訳ございません、父上。」


私は、父上の墓前に深々と頭を下げる。


その時、私の頬に冷たい物が当たった。

頬に手をやると、手の平に雪の結晶が貼り付いていた。

わずかではあるが、雪が降ってきたのだ。


飛竜は寒さにも強いが、それでも限度がある。

これ以上待たせるのは、サリアが可哀想だろう。






「父上。私は、自分の信じる道を歩みます。その道には、これから先、敵味方問わずに多くのしかばねが転がるでしょう。それでも、私はその屍を乗り越えて、目指した理想へとたどり着いて見せます。」


私は、目の前の石にうっすらと積もった雪を、手で払い除けた。


「次に来る時は、世界樹の花を持参します。私も見たことは無いのですが、白くて美しい、可憐な花みたいですよ。」


「―――さようなら、父上。また会う日まで。」


その言葉を最後に、私は父上の墓に背を向けて、来た道を引き返した。




数歩進んでから振り返ると、墓前に供えた冬泉花が、静かに風に揺られていた。


その光景が、まるで手を振っているかのように見えたのは――さすがに、私の都合の良い思い込みだろう。




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