第50話 中央工房
その日の私は、ウルスタインにある中央工房のジーランを訪ねるべく、セリカとリヴィアと一緒に風力自動車に乗っていた。
本来は総裁公邸に呼び出して報告を求めるのだが、そのやり方だとジーランは何かと理屈を付けて先延ばしにしようとする。
酷い時だと、開発に夢中で、寝食すら忘れるような男だからだ。
車でしばらく走っていると、目の前の道路を家族連れのエルフが横断し始めたので、風力自動車が一時停止する。
私は何とはなしに、窓から外の景色を眺めた。
季節は秋で、そろそろ冬がやってくる。
道に植えた街路樹も、その葉を赤や黄色に染めていた。
このウルスタインはエルフの森の中でも海が近く、暖流の影響で冬でも比較的温暖だが、それでも野外での活動は控えめになる。
そのため、本格的に冬を迎える前に、済ませられる行事や儀式はさっさと開催してしまう場合が多い。
いま、ちょうど窓から見える神殿でも、一組の男女のエルフが結婚式を挙げていた。
幸せそうな顔をした男女が、司祭による導きの下、世界樹の方向に向かって愛を誓っている。
ウルスタインの建設により、経済的な余裕も生まれたことで、婚姻数も右肩上がりだ。
幸せなエルフが増えるのは、実に喜ばしいことである。
それに、結婚は人口増加にも直結するため、我が種族の繁栄に責任を持つ総裁の立場としても嬉しい限りだ。
しばらくして、風力自動車が走り出したので、目線を窓の外から車内へ戻す。
すると――
「……………………」
「……………………」
おそらく、リヴィアも窓の外の結婚式を見ていたのだろう。
至近距離で私と目が合った。
リヴィアの金色の瞳が、触れ合いそうなくらいの距離にある。
そのまま2人、無言で見つめ合う。
「―――あわわっ!?」
数秒後、リヴィアは顔を真っ赤にさせて、慌てて顔を正面に戻した。
心なしか、息遣いまで荒くなっている。
そんな私たちの様子を見て、セリカがわざとらしく咳払いをする音が車内に響いた。
しばらく走ると、中央工房の敷地に到着した。
中央工房は、施設としての重要性の高さから、ウルスタインのある河岸段丘の中でも、一番上層の地盤が良い場所に建てられている。
風力自動車を降りて、一瞬だけウルスタインの街を一望した後、ジーランの執務室がある中央工房の事務棟――ではなく、その隣にある実験棟へと向かう。
ジーランは生粋の職人肌なので、大抵の場合は実験棟で作業をしている。
すると、やはり1階にある一番広い実験スペースに、ジーランがいた。
「ジーラン。約束の時間だぞ、少し話をさせてくれ。」
すると、金属で出来た大きな筒のようなものをいじっていた、白髪にゴーグルを着用した高齢のエルフが振り返る。
「なんだ、こぞ……総裁か。もう、そんな時間になったか。」
ジーランは、私のことを“小僧”と呼びそうになったが、私の隣に立つセリカが迫力のある笑顔でジーランを睨みつけていることに気付き、バツが悪そうに言い直した。
口調はとても総裁に向けるものではないが、そこについては既に諦めている。
私がジーランに期待するのは忠誠心ではなく、その技術力と発想力なのだから。
ジーラン=クノス・ラガートム。
ラガートム氏族の前氏族長。
そして、魔法省傘下の中央工房長にして、エルフ社会におけるNo.1の技術者だ。
「その試作品、試行錯誤してくれているようで何よりだ。ルノアからは、前よりも風魔法の精度と継続時間を改善させたと聞いたが。」
ジーランが現在いじっている物を指差しながら話しかける。
「まあな。あの小娘も中々やりおる。特に継続時間が大幅に伸びたのは大きい。儂らが目指しているのは、あくまで日常利用に耐えられる製品じゃからな。」
また、ルノアのことを小娘と呼んでいるぞ……。
「それは結構だが、ルノアのことも“長官”と呼んでやれ。いちおう、お前の上司だろうに。」
「別に、あの娘のことを軽んじている訳ではない。儂はこれでも、あの娘のことを認めておる。ただ、儂から見れば60歳そこそこのエルフなど、小娘以外の何者でもない。儂は技術者として、事実は事実として扱っているだけだ。」
なるほどな。
これが、実力の伴わないエルフが大言を吐いているなら叱責ものだが、ジーランが言うと一考させられる。
とは言え――
「ある程度の言い分は理解する。だが、私やルノアのことを、少なくとも人前で小僧や小娘と呼ぶのはやめろ。これでも、総裁や長官としての面子と言うものがある。上が軽んじられれば、良からぬことを考える下も出てくる。統制とは、強い組織にとって必要不可欠なのだ。」
「―――わかっておるよ、総裁。」
さすがに懲りたのか、ジーランは頷いた。
「ここでは何だ。事務棟に行くぞ。」
ジーランにそう声をかけ、セリカとリヴィアも連れて、4人で事務棟の応接室へと向かった。
「ジーラン。事前に伝えていた通り、重点開発計画の進捗状況について報告を頼む。」
重点開発計画とは、私と総裁府が指定して、魔法省と中央工房に開発を指示している製品や武器、装備などの総称である。
一例としては、私の前世における主要な動力であった内燃機関が挙げられる。
風力自動車を始め、風魔法を応用した動力手段は確保できているが、中小規模ならまだしも、大規模の物を動かすとなると出力に不安があるためだ。
「承知した。まずは無線電信の件じゃが、既にウルスタインとオルデイン飛行場間における通信実験は成功しておる。飛竜用の小型無線電信については、ジンの坊主に……ジン空将に相談し、実験部隊の捻出を打診しているところだ。」
「その件は、私からもジンに強く依頼しておこう。無線電信は効率的な飛竜運用と情報伝達を行う上で極めて重要だからな。他には何か困っていることはあるか?」
こうして、私とジーランは、計画の進捗について1時間ほど会話を続けた。
「ところで、その……セナさまはご健勝であらせられるか?」
報告会を終え、中央工房の事務棟を出ようとした私に、ジーランが話しかけてきた。
ジーランにしては極めて珍しく、非常に丁寧な物言いだ。
「ああ、変わらずお元気でいらっしゃる。先日は、私の妹であるユウナが、お話し相手を務めさせていただいた。」
セナ――いや、セナさまは、エルフ社会において、ある特別な地位にあるべきお方だ。
今は、とある事情により、本来の社会的地位を失っているが、世界樹を奪還した暁には、彼女には本来あるべき地位へと復帰していただく予定だ。
「それは何よりだ。良いか、セナさまのこと、くれぐれもよろしく頼むぞ。お前には分からんだろうが、彼女の一族が貫いた忠義には、祖国時代を知っているエルフは皆、心を痛めておる。セナさまには、どうか幸せになって欲しいのだ。」
まるで人が変わったような殊勝な態度である。
もちろん、私もセナさまを軽んじるつもりは毛頭ない。
私にとっても、彼女は色々な意味で大切な存在だからだ。
その理由の1つに、彼女と世界樹が揃うことで、あの機能を使うことができる。
私の目指す理想を実現するために、それは絶対に欠かすことはできない。
あと、単純に――彼女は何というか、放っておけない方なのだ。
「分かっている。本当の意味で彼女を幸せにするためには、世界樹の奪還が欠かせない。そのためにもジーラン、お前は自分にできることを為すのだ。私も、自分の全てを捧げて、その準備を進めている。」
私の言葉に、ジーランは今日見せた中で、一番深く頷いた。




