第5話 神をもたない民
『――っ!こ、こいつ!?』
先に反応したのはクロスボウで武装した冒険者だった。
『なぜ、戒律を破れる!?エルフにとって戒律とは、絶対のはずだ!』
普通のエルフにとってはそうだ。
しかし、私は普通ではない。
『私の信じる神は、あいにくと《《この世界には》》おられません。私にとって戒律など、何の意味もないのです。』
この世界には、人族が信奉する、光の女神がいるだけだ。
『こ、この、“神をもたない民”めが――!!』
そう言って、クロスボウをこちらに向ける。
ちなみに、“神をもたない民”とは、人族がエルフを蔑視する際に使う言葉だ。
『ラー・エリス・ル・ラヴァーニア (世界樹の風よ、目の前を覆い給え)』
私は再び風魔法を発動させる。
圧縮された空気の壁が目の前に現れた。
冒険者が放ったクロスボウの矢は、私の目の前で見えない物体に当たったかのように向きを反らし、回転しながら斜め後ろへと飛んでいった。
『や、矢が……!くそっ……!』
そう言って、慌てて次の矢をクロスボウにセットする冒険者めがけて、再び風の刃を飛ばし、その身体を両断した。
『ひっ……!ば、化け物……!』
残った1人の冒険者は、自らの命の危機を察し、剣を放り捨てて走り出した。
風魔法による風の刃は非常に高速であり、多少距離が離れていたとしても、一瞬で届くので威力の減衰は期待できない。
私は落ち着いた動きで、三度目になる風の刃を飛ばし、最後に残った冒険者も肉片に変えた。
冒険者はいなくなり、その場に静寂が戻る。
『ラー・エリス・ミル・クロースレー (世界樹の風よ、近くの物を切らせ給え)』
私は、縛られているルノアと妹の元に赴き、四度目となる風の刃で2人の荒縄を断ち切った。
この距離での風魔法の行使は自傷のリスクが高い。
殺傷目的による風魔法の行使を禁じる戒律は、例えその相手が自分自身だとしても適用される。
そのため、ほぼゼロ距離と言って良いこの状況で荒縄を切断することは、よほど風魔法に自信のあるエルフでないと不可能だ。
まあ、妹はともかく、ルノアは風魔法の大家であるエルミス・アドランシェ家の娘なので、風魔法が非常に得意なのだが、さすがに混乱した状態で精密な魔法行使はできなかったのだろう。
「あ、ありがとう、リヒト……」
「ありがとうございます!お兄さま!」
解放されたルノアと妹に礼を言われる。
「礼には及ばん。私にとって、同胞を助けるのは当然のことだ。」
そう返すが、ルノアは何か言いたげに黙り込んでしまった。
「――私が戒律を破ったことについてか?」
そう問うと、ルノアはびくっと肩を震わせた後、恐る恐る頷いた。
エルフにとって戒律は非常に重い。
今回のケースで言うと、もし氏族長たちに知られたら、どんなに軽くても懲罰房行きだろう。
そして、懲罰房を出た後も破戒者として、後ろ指をさされながら生きることになる。
「ルノア。私にとって、同胞の命は戒律よりも遥かに重い。」
ルノアは黙って私の言葉に耳を傾けてくれた。
「だから、私は自分のしたことを後悔していない。だが、もしルノアが私の行動に恩を感じてくれているのなら、今回のことは、ここにいる3人だけの秘密にしてくれないか?」
ルノアの青色の目を見すえて、真剣に語りかける。
すると、ルノアは息を飲んだ。
そのまま、10秒ほど沈黙が続いたあと――
「――わかった。リヒトは僕とユウナちゃんの命の恩人だしね!今日起きたことは、僕たち3人の秘密にしよう!」
ルノアは笑顔を取り戻し、そう言ってくれた。
ありがたい。
「お兄さまっ!私も!私も秘密に混ぜてー!誰にも言わないよ!」
妹もそう言って、私に抱きついて来る。
この子の場合は、まだ戒律についてしっかり理解していないだけかもしれないが…。
それにしても、目の前で人族が3人も切り裂かれたにも関わらず、意外なことに2人は落ち着いている。
もっと怯えるかと思ったのだが。
もしかすると、この2人は、戦士の才能があるのかもしれん。
その後、私とルノアは風魔法を行使して地面に穴を掘り、冒険者3人の遺体を埋めた。
そして、俺は最初の冒険者を倒した際に浴びた返り血を落とすため、服を脱いで湖で洗った。
広げた服を風魔法で乾かして再び着込んだ後、ルノアと妹を連れて、私たちの集落へと戻るのであった。
■あとがき
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