第47話 諜報活動
陸軍の閲兵式を終えた翌日、私は統合司令部内のある部屋を訪れていた。
この部屋に置いてある資料は非常に機密性が高い。
そのため、統合司令部の各種図面にも表示がなく、入口は何重にも偽装工作がなされ、最高幹部とその他の一部関係者以外には、その存在自体が秘匿されていた。
私が入室すると、空将であるジンとその部下――空軍情報部の責任者が出迎えてくれた。
隣には、総裁府長官であるゼラムの姿もある。
この部屋にいるのは、たった4人だけだ。
男女平等の意識が根付いているエルフ社会においては珍しく、偶然にも全員が男である。
いつもであればクオンも参加するのだが、彼女は現在、水上行軍訓練のため長期でウルスタインを離れている。
そのため、クオンには後日、個別で情報共有を行うことにした。
「遅いぞ、リヒト。例の諜報結果がまとまった。聞いて欲しい。」
「予め言っておくが、良い知らせだぞ。ずっと待ち望んでいた展開だ。」
ゼラムとジンが、それぞれ気安い口調で話しかけてくる。
それを見た情報部の責任者は、2人の突然の言動に目を白黒させている。
そうか、彼はつい先日、副部長から昇格したばかりで、この集まりに参加するのは初めてだったな。
「口調については構わない。どうせ、この場にいるのは4人だけだ。」
私は、彼を安心させてやるために声をかけた。
ジンは元々こんな感じだが、ゼラムについても似たり寄ったりである。
ゼラム=リンド・ローブ。
ローブ氏族長でもある彼は、視力に優れたエルフにしては珍しい、細縁の眼鏡をかけた男性で、鋭い眼差しが特徴の美丈夫だ。
ゼラムは、単刀直入に言うと頭脳明晰の天才で、私が会ったエルフの中では、事務能力においては間違いなく一番である。
軍事方面についても知識があり、博識なので人族の文化や習慣にも明るい。
まあ、その分、風魔法や飛竜の騎乗など、実技についてはからっきしだが……。
そんな彼はプライドも高く、実は、かつての守旧派であったガストに並ぶくらい、説得に苦労した男だ。
初めて会った時、「くだらないエルフの下に付く気はない」とはっきり言われたことをよく覚えている。
最終的には、各氏族長の説得に成功するにつれて、私が口だけの男ではないと理解したようで、私が権力を握った暁には、最高幹部としての待遇で迎え入れることを条件に傘下へと加わってもらった。
「それで、ゼラム、ジン。早速だが報告を聞こう。」
私が先を促すと、ジンが目線で情報部の責任者を促し、彼の口から説明が始まった。
「今から1週間前、ハイマール連邦に潜入している密偵より報告が上がりました。係争地であるマレー地方をめぐる睨み合いに痺れを切らし、武力による占領に踏み切る兆候を見せているようです。」
マレー地方とは、人族の国家であるハイマール連邦とグラン・シエル帝国が、お互いに領有権を主張し合っている係争地だ。
「ハイマール連邦の首都であるハイマートでは、実際に傭兵を集めるため、堂々と街中に募兵の告示を出しているとのことです。当然、グラン・シエル帝国側もそれを把握していて、外交ルートで正式に抗議している状況です。しかし、ハイマール連邦の現代表は強硬派で知られており、事態は悪化の一途を辿っているようです。」
この世界『テリオス』には、北大陸と南大陸の2つの大陸があり、その間は『天海』と呼ばれる内海で遮られている。
ただし、『天海』の西には『ポラス回廊』と呼ばれる狭い陸地が伸びており、この部分で北大陸と南大陸は、わずかに地続きとなっている。
私の前世において、北米大陸と南米大陸と呼ばれる2つの大陸があり、その間を“カリブ海”という内海が隔てていた。
そして、北米大陸と南米大陸は、カリブ海の西で“パナマ地峡”と呼ばれる地域が繋いでいたが、この世界『テリオス』の地理はまさにそれに近い。
そして、我々エルフの森は、北大陸の北端に位置しており、同じく北大陸には3つの人族の国家がある。
エルフの森から見て東に位置する『ローレシア王国』
同じく南に位置する『ハイマール連邦』
そして西に位置する『グラン・シエル帝国』
この3つである。
もっとも、エルフの森とハイマール連邦、グラン・シエル帝国は、それぞれの間に急峻な山脈が走っており、事実上、エルフの森に接しているのは、ローレシア王国のみとなる。
「それで、ハイマール連邦とグラン・シエル帝国の開戦は、どれくらいの確率と見ているんだ?」
ゼラムが質問する。
情報部の責任者は即答した。
「我々の見立てでは、8割以上かと。本件は、ハイマール連邦内の権力闘争とも連動していまして、現代表がグラン・シエル帝国への強硬姿勢を背景に諸侯から選出されたにも関わらず、何の実績も残せずに1期目の任期を終えようとしています。このままでは、2期目はないでしょう。彼にとって、“威勢だけ大きくて、何も為し得なかった指導者”という悪名が歴史にこびり付くのは、死んでも避けたいでしょうからね。」
同じ指導者として耳が痛い話だが、気持ちは少し分かる。
しかし、最優先するべきは国家と民族であり、個人の感情ではない。
「現状の国力を鑑みるに、戦争の期間はどれくらいと見る?」
こんどは私から尋ねた。
「両国の国力は、ほぼ同じです。ゆえに、常識的に考えると、小競り合いで痛み分けという可能性が最も高いです。しかし……」
「それにしては、募兵の規模が大き過ぎると?」
思わず、先を促してしまった。
ジンの言う通り、これはチャンスかもしれない。
「おっしゃる通りです。先ほどもお伝えした、連邦側の国内状況も考慮すると、全面戦争になる可能性も十分に考えられます。」
もしそうなれば、我々がずっと待ち望んでいた展開という訳だ。
「ローレシア王国の動きはどう見る?」
再び尋ねる。
「高い確率で様子見かと。ご存知の通り、エルフの森に隣接するローレシア王国は、その……我々エルフの奴隷売買により、ここ200年ほどで急速に成長した国です。商業立国という国策上、ずっと非同盟政策を続けてきました。反攻都市ウルスタインの建設と防衛体制の整備により、ここ10年は新規のエルフは手に入れていないでしょうが、それでもローレシア王国内には、奴隷という形で膨大な数のエルフがいると推測されています。まだ国策を転換するには、踏ん切りが付いていないと思われます。」
忌々しい話だが、国内の余剰エルフを売り尽くして本格的に困らないと、かつての栄光は捨てきれない……か。
「俺からも補足しよう。」
ジンが発言した。
「ローレシア王国の現国王は、国内向けには保守派ということで通っているが、王宮の関係者に賄賂を握らせて情報を吐かせたところ、とにかく優柔不断な人間として有名らしい。離宮の屋根の色を青にするか、赤にするかで1年間も悩んだという逸話は、王宮上層部では語り草だとか。従って、やつの治世において、大幅な国策転換は考え難い。」
なるほどな。
あくまで噂ではあるが、参考にはなる。
「今のジンの話だが、多角的に情報を集めたい。もう少し探れるか?」
ゼラムが情報部の責任者に質問すると、彼は私の判断を仰ぐため、こちらを向いた
「私もゼラムと同意見だ。よろしく頼む。」
「わかりました。やってみます。」
私の言葉を受けて、情報部の責任者はすぐに了承した。
空軍情報部では、各氏族長の協力の下、大陸共通語を読み書きできるエルフの育成を進めている。
飛竜で上空から人族の都市近くにまで浸透した上で、変装などを駆使しながら街に潜入し、情報収集を行う訳だ。
今から40年ほど前、私とリヴィアが領都レスターに対して行ったように。
それにしても、隠し部屋において、男たちだけで秘密会議――なんだか、悪だくみをしているみたいだな。
まあ、実際、人族にとっては紛れもなく悪だくみだろうが。
こうして、私たち男4人による悪だくみは、その後2時間も続くことになった。




