第40話 急報
リヴィアと共に領都レスターへと潜入してから3か月が経過した。
この間、私は引き続き自分にできることを進め、確かな手応えを得ていた。
あと一歩。あと一歩で、私の掲げる改革案を通すことができる。
「リヒトさま、執務中に失礼します。」
私がアドランシェ氏族の集落における、諸々の決裁文書に目を通していると、エルフの女性――セリカから声をかけられた。
彼女のフルネームは、セリカ=メリル・アドランシェという。
氏族名の通り、私が率いるアドランシェ氏族に所属するエルフで、私の叔父の娘――すなわち、私の従姉妹にあたるエルフだ。
彼女の立場は、アドランシェ氏族の次期氏族長ということになっている。
私には妹のユウナがいるので、私に子供ができない限り、本当であればユウナが次の氏族長となるのが定石だ。
しかし、ユウナはとても良い子なのだが、のんびりした性格なので、はっきり言って氏族長には向いていない。
エルフが存亡の危機に瀕している今であれば尚更だ。
そこで私は、母上や叔父上とも相談し、頭が良くて風魔法も得意な従姉妹のセリカを、暫定的な次期氏族長として指名することにした。
私は今年で22歳になるが、1,000年の寿命を持つエルフにとって、隠居は遥かに先の未来の話だ。
私が突然死でもしない限り、当面の間は私が氏族長ということになる。
彼女には、とりあえず後学も兼ねて、私の秘書官のような仕事をしてもらっている。
「いや、構わない。ちょうど良い区切りだしな。それでセリカ、何の用件だ?」
「本日の正午より行われる予定だった氏族長会議の件です。リーヴァ氏族長のガストさまより、3時間遅らせて午後3時からの開催にして欲しいとの連絡がありました。」
ガスト殿か……。
ガスト殿は、テネス殿と並び、私の進める改革案に反対している守旧派の氏族長だ。
まあ、無理もない。
彼には少し負担をかけてしまった。
おそらく、最近はずっと眠れていないのだろう。
本日の氏族長会議は、私が議長として招集したものなので私に決定権がある。
内容は、越冬に向けた食料の備蓄状況に関する議題だ。
「構わない。それでは、部下たちと手分けして、各氏族に通達を出してくれ。」
「承知しました!ただちに取りかかりますっ!」
そう言うと、セリカは実にきびきびとした動きで返事をし、私のいる氏族長用のテントから出ていった。
セリカは真面目で忠誠心も高く、素晴らしいが、少しだけ肩ひじを張り過ぎているな……。
後で少しからかってやろう。
午後3時になり、氏族長全員が、氏族長会議用のテントへと集まった。
その中には、前回の氏族長会議で対立した、ハイライン氏族の氏族長であるテネス殿と、午前中に名前が出てきた、リーヴァ氏族の氏族長であるガスト殿の姿もある。
ガスト殿は、一瞬だけ私と目を合わせると、すぐに俯いてしまった。
「………………」
横を向くと、ジン殿と目が合った。
その後ろに、リヴィアの姿もある。
実は、ここ10年ほどダートネス氏族の次期氏族長は不在だった。
ジン殿は200歳前半で、そろそろ結婚しても良い頃合いだが、やはり飛竜が最優先なのか独身を貫いている。
当然、嫡子となる子供もいない。
私は、ジン殿には末永く氏族長でいてもらいたいが、今のエルフの置かれている状況を考えると万が一もあり得る。
個人的な好意を抜きにしても、ダートネス氏族は私にとって力の源泉だ。
そんなダートネス氏族の次期氏族長が不在なのは何とも都合が悪く、頼みに頼み込んで、リヴィアを次期氏族長に指名してもらった。
氏族長会議に出席できるのは、氏族長とその後継者だけだ。
事実、私の後ろにもセリカしかいない。
よく見ると、リヴィアはガチガチに緊張しているようだったので、軽く手を挙げて視線をこちらに向けさせ、指を飛竜の騎乗で使う手旗信号に見立てて合図を送った。
『貴方・震え・幼竜・類似・笑い』
すると、私のいたずらに気付いたリヴィアが、顔を赤くしながら、同じく指の手旗信号で返してきた。
『私・貴方・殴打・殴打・殴打』
おおっと、怖い怖い……。
私は気を取り直し、一度目を瞑って10秒ほど待ったあと、再び目を開き、議長の立場として発言した。
「それでは、全員が揃ったようですね。これから、氏族長会議を開始します。」
今回の氏族長会議の議題は、越冬に向けた食料の備蓄状況に関するものなので、特に紛糾することなく終わった。
最近は、飛竜による哨戒飛行の成果が如実に出ており、冒険者の侵入による集落移転も、ここ2年間は全く行っていない。
その成果もあって、生活基盤も安定しており、この調子であれば問題なく冬を越せそうだ。
早く、我が同胞たちを粗末なテント生活から解放し、暖かく文化的な暮らしをさせてやりたいものだ。
そんな明るい未来を想像した、次の瞬間――
「失礼しますっ!!!」
突然、氏族長会議用のテントに、男性のエルフが飛び込んできた。
「なっ……お前、ケルト!?」
ジン殿が立ち上がって叫んだ。
当たり前だが、氏族長会議に乱入するのは大変な礼儀違反だ。
犯罪や戒律を破ったという訳ではないが、決して褒められる行いではない。
事実、氏族長たちの中には、眉をひそめている者もいる。
私は議長として、この場を代表して問いかけた。
「そんなに慌ててどうした?緊急の用件か?」
そこで、私は気付いた。
目の前の青年は、よく見ると首から竜笛を下げており、飛竜に乗る格好をしている。
ちらっと、先ほど叫んだジン殿と、その後ろのリヴィアを見ると、2人とも面識がありそうな顔をしている。
おそらく、ダートネス氏族のエルフだ。
――何だか、嫌な予感がする。
その予感は、的中することになった。
「はっ!ご報告申し上げます!先ほど哨戒飛行を行った際、この集落から徒歩で1日の距離にある湖畔に、目算で100名規模の人族が集結していることを確認しました!指揮所と思われる天幕に、エルフの森に隣接するローレシア王国の国章が描かれていることから、やつらは冒険者ではなく、王国正規軍――騎士団の可能性もありますっ!!」
その報告を聞いて、私は、自分の心臓が強く脈を打つのを感じた。




