第35話 奴隷市場
奴隷市場は、名前の響きからは想像もつかないほど清潔な建物だった。
この世界の文明水準からすると高級品であろうタイルが床材として敷き詰められており、よく清掃が行き届いているのか、ゴミひとつ落ちていない。
まあ、貴族や大商人も利用する施設だから当然か。
大陸共通語で『受付』と書かれているカウンターへと向かう。
すると、受付の男性が話しかけてきた。
『いらっしゃい。何の用件だ?』
『はじめまして。私たち2人は商人なのですが、最近この街に大量のエルフが入荷したと聞きましてね。この奴隷市場に――在庫はありますか?』
我が同胞を在庫呼ばわりとは、仕方ないとは言え、自分が嫌いになりそうだ。
『おっと――失礼いたしました。貴人語をお話しになるということは、貴族か上級商人の関係者とお見受けします。どうか、冒頭の無礼をお許しください。』
私の言葉使いを聞いて、急に態度が変わった。
やはり、この貴人語と呼ばれている話し方は特徴があるのだろう。
『構いません。お気になさらないでください。』
『ありがとうございます。――それで、ご用件はエルフですね。お客さま、運がよろしい。先日に大量入荷した分はほとんどが売れてしまったのですが、実は1匹だけ在庫が残っていましてね。今からご覧になりますか?』
リヴィアの読みは的中した。
まだ奴隷市場にはエルフが残っていたのだ。
私はリヴィアに目配せし、無言で感謝を伝えた。
そして、目の前の男に返事をする。
『ありがとうございます。ぜひお願いします。もちろん、保証金も持参しております。』
『助かります。お一人あたり聖王国金貨5枚、お二人で10枚になります。』
露天の店主の言う通りだった。
懐から聖王国金貨を取り出して渡す。
『承知しました。こちらをお納めください。』
『ありがとうございます。保証金は退店時にお返ししますので、この受付にお立ち寄りください。』
私は無言で頷く。
『それでは、係の者を呼んで参ります。あちらの椅子にお掛けになってお待ちください。』
『ありがとうございます。』
そして、去っていく男の背中を何となく追いかけていると――
「―――っ!!」
それが目に入った。
おそらく、掲出されていたものを取り下げたのだろう。
とある紙が、机に置かれていた。
そこには、大陸共通語でこう書かれている。
エリクサー用 エルフ販売価格
A等級 聖王国金貨8,600枚
B等級 聖王国金貨2,100枚
C等級 聖王国金貨1,200枚
D等級 聖王国金貨500枚
※エルフ取引税として、上記販売価格の20%を代理で徴収させていただきます。
※不老効果をお求めの場合は、必ずA等級以上をお選びください。
※D等級はすでに死亡しており、保存状態が悪く、速やかなエリクサーへの精製を必要とします。期限超過による返品は受け付けません。
「………………」
自分の心臓の鼓動が、耳の中に大きく響き渡る。
知ってはいた。
囚われた同胞たちが辿る末路を。
だが、直接この目で確認したのは、今回が初めてだった。
『どうしましたか、リヒト?』
突然、立ちすくんだ私を見て、リヴィアが心配そうに声をかけてくる。
優しい彼女に、これを見せることはできない。
私は深呼吸をしてから、リヴィアに返事をした。
『――なんでもありません。リヴィア。さあ、椅子に座って待ちましょう。』
そう返事をして、リヴィアの背中を押すように、2人で椅子の方へと向かった。
しばらく待っていると、係員と思われる男がやって来た。
『お待たせしました。念のため、武器を持っていないか所持品検査をさせてください。』
これは予想の範囲内なので、素直に従う。
係員は、私とリヴィアが共に首から下げている竜笛に目をやったが、装飾品の一種だと思ったのか、何も言わずに確認を続けた。
『ありがとうございます。武器の類はお持ちではありませんね。それでは、ご案内いたします。』
先頭を歩く係員の後に従い、私とリヴィアは、いよいよ同胞であるエルフと対面することになった。
エントランスホールと同じくタイル貼りの廊下を黙って進み、何度か扉をくぐり抜ける。
先ほどから、やけに曲がり角や扉が多いが、おそらく奴隷が逃亡した際に脱出経路を制限し、捕まえやすくするためなのだろう。
目的は違えど、要塞のような施設だな。
そのまま歩くこと数分、私たちはある部屋の前までやってきた。
『こちらになります。』
先頭を歩く係員が立ち止まり、部屋の扉を開けた。
『ありがとうございます。』
『……ありがとう、ございます。』
私はとっくに覚悟を決めているが、隣を歩くリヴィアは、さすがに不安そうだ。
このままだと、係員に不審がられるかもしれない。
私は、リヴィアの背中にそっと手を当てた。
熱い体温が、手の平に伝わってくる。
『………………』
リヴィアは、私の言いたいことを察したのか、目を合わせて無言で頷いた。
それを見届けた私は、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れるのだった。




