第25話 アルリオン氏族の氏族長
どれくらい時間が経っただろうか。
私は、黙って湖の上を――クオン殿を見つめていたが、クオン殿がそっと目を開け、湖畔で立ち尽くす私に、その神秘的な水色の瞳を向けてきた。
「―――すみません、リヒトさま。どうやら、お待たせしてしまったようですね。」
一角獣に跨ったクオン殿が、湖畔へと近づいてきて、私に声をかけてくる。
「いえ、こちらこそ、いつもお時間をいただきありがとうございます。」
私は我に返って、クオン殿に返事をする。
「ふふっ。リヒトさまは努力家ですね。普通の人であれば、とっくの昔に諦めています。」
クオン殿が微笑みながら、一角獣から降りて、私の前に立った。
「―――私は、諦める訳にはいかないのです。私は、我が種族を滅びの運命から救ってみせます。そのためには、例えどのような壁が立ちはだかろうと、ただ歯を食いしばり、その壁を乗り越えるまでです。」
「…………ご立派ですね。何だか、もう約束なんてどうでも良くなってしまいそうです。」
クオン殿は、困ったような顔をしながら呟いた。
約束とは、当然、風魔法に関する戒律の話である。
私はクオン殿に、ジン殿にしたのと同じく、2つのお願いをした。
1つは、殺傷目的による風魔法の行使を禁止する戒律について、氏族長会議で廃止に賛成して欲しいという内容。
そしてもう1つは、飛竜と同じく、祭祀目的でしか利用が認められていない一角獣について、無制限での運用を認める方針に舵を切ること。
この2つである。
そして、クオン殿から返ってきた条件が――
「あの日交わした約束。リヒトさまが一角獣に騎乗し、私が一人前と認める腕前にまで達した時、私はリヒトさまに協力する。」
「ええ、片時も忘れたことはありません。」
アルリオン氏族にとって――そして氏族長であるクオン殿にとって、一角獣とは特別で、神聖な存在である。
クオン殿は、我々エルフが置かれている状況を大変に憂慮しており、私の進めようとしている改革にも好意的だ。
しかし、アルリオン氏族長として、いくら私が同格の氏族長だとしても、一角獣にすら騎乗できない若造に、アルリオン氏族と一角獣の未来を委ねることはできないという考えを持っている。
私は、一角獣が秘める陸上戦力や移動・運搬手段としての可能性は認めているが、航空機などの航空戦力が存在しないこの世界にとって、飛竜の存在の方が優先度が高いと判断した。
そのため、ダートネス氏族との接近を優先し、アルリオン氏族との接近は後回しにしてきた。
しかし、ダートネス氏族との秘密同盟が成立したことを受けて、次なる課題として、アルリオン氏族との接近を図ったのだ。
だが――
「まさか、飛竜を完璧に乗りこなすと噂されるリヒトさまが、一角獣の騎乗に苦労されると思いませんでした。」
「―――面目次第もございません。」
つまり、そう言うことである。
私は、飛竜の騎乗センスがあったのか、はたまた専属飛竜であるサリアとの相性が良かったのか、飛竜については初日から騎乗に成功することができた。
ここまでセンスが良いやつは、リヴィアと私くらいだと、ジン殿から直々にお墨付きをもらったくらいだ。
そのため、正直に告白すると、一角獣の騎乗についても余裕でこなせると楽観視していた。
その考えは、一角獣に近づこうとしたところ、後ろ足で思いっ切り水をかけられ、そのまま逃げられるという形で、初日の段階から崩れ去った。
それからというもの、この3年間、少しでもまとまった時間ができればクオン殿の元に通い、一角獣の騎乗練習に励んできた。
その甲斐あってか、ようやく騎乗自体はできるようになったものの、クオン殿の求める水準には達することができていない。
これまで9回の修了試験に挑戦し、その全てで落第してきた。
情けないことに、今日が記念すべき10回目の修了試験という訳だ。
「クオン殿。今日こそは、必ず合格して見せます。どうかお時間をください。」
「もちろん、そのつもりです。リヒトさまの努力は、私が一番よく知っています。だから今日こそ、リヒトさまが合格することを祈っています。あなたの進む道に、世界樹の追い風があらんことを。」
クオン殿は、優しく微笑みながら、エルフ社会でよく使われる慣用句を用いて、私を励ましてくれた。




