第20話 哨戒飛行
ジン殿と別れた後、私はダートネス氏族の集落外れにある竜舎を訪れていた。
竜舎の扉を開けて、相棒に声をかける。
「サリア」
――だが、サリアから反応がない。
「―――サリア?」
私が不思議に思って、サリアの房を覗き込むと、そこには私の方に目をやりながらも、不貞腐れたように地面に横たわるサリアがいた。
いかん、最近会いに来ていなかったから、ご機嫌斜めのようだ。
飛竜は非常に頭の良い生き物であり、サリアはその中でも頭抜けて賢い。
だからこうして、感情表現もしてくるのだ。
「サリア、私が悪かった。許してくれ。」
「―――!」
私の謝罪を受けて、サリアは短く鳴いた。
もちろん、飛竜の言葉など分からないが、「謝罪はいいから態度で示せ」と言われているようだった。
――私はその後、いつもの約3倍の時間をかけて、サリアの綺麗な白い肌を撫で回し、ようやく機嫌を戻してもらうのであった。
機嫌を戻してくれたサリアを竜舎から出して、離発着場へと連れてきた。
すると、そこには既に先客がいた。
「リヒト殿!まさか、リヒト殿と一緒に哨戒飛行をする栄誉をいただけるとは!」
そう話しかけてきたのは、ヴェスタという名前のエルフだ。
彼は、まるで憧れの偉人に出会ったかのような、大袈裟な態度で話しかけてくる。
いや、事実、憧れの偉人に出会った気分なのだろう。
彼の本名は、ヴェスタ=リール・ダートネスという。
ダートネスという氏族名から分かる通り、ダートネス氏族に所属している。
エルフとしてはかなり若い50歳くらいの青年であり、私の演説を聞いてからすっかり私のファンになったようで、他の氏族集落への演説にも同行を願い出てくることさえある。
やや戸惑いを覚える所ではあるが、彼の飛竜騎乗の腕は本物であり、殺傷目的による風魔法の行使についても覚悟を決めている貴重な人材だ。
そういった背景もあり、彼の名前はよく覚えていた。
「ヴェスタ殿。こちらこそ、急にバディを組む形となり申し訳ない。今日はよろしく頼む。」
私は氏族長という立場なので、へりくだり過ぎるのも良くない。
嫌味にならない程度の言葉使いで返した。
ちなみに、バディとは哨戒飛行における2名1組の単位のことだ。
トラブル発生時や冒険者との遭遇戦時に少しでも帰還率を上げ、さらに情報を持ち帰るために、基本的に単騎での哨戒は行わないルールを設けている。
「とんでもございません!こちらこそ、今日はよろしくお願いいたします。とても心強いです。それと、私のことは、どうぞヴェスタと呼び捨てにしてください。」
ヴェスタ殿はひたすら恐縮していたが、彼もプロなので、一度離陸をすれば本来の調子を取り戻すだろう。
時間も限られるため、ヴェスタ殿――いや、私は氏族長なのだから、彼の望み通りヴェスタと呼ぶことにしよう――ヴェスタを引き連れて離発着の準備を整えることにした。
私は、いつも通りサリアに鞍と鐙、手綱を装着し、背中にまたがる。
そして、自分の首に竜笛を下げた。
「ではいくぞ、サリア。」
そう声をかけて、竜笛で離陸の合図を出す。
私の合図を受けて、サリアが翼を羽ばたかせて、飛翔を開始した。
あっという間に高度を上げて、ダートネス氏族の集落上空へと到達する。
後ろを確認すると、ヴェスタも飛竜に騎乗し、離陸を終えたようだ。
相変わらず、サリアの離陸は無駄がない。
これが未熟な飛竜だったり、性格が荒い飛竜だと、離陸するだけでも一苦労で、最悪の場合は騎乗しているエルフが転落したりする。
「本当に、私は素晴らしい相棒に恵まれた。」
私は、その気持ちを伝えるために、竜笛でサリアに感謝の意を伝えた。
「―――!」
サリアが短く鳴くが、その声は先ほどに比べて、とても嬉しそうだった。
飛竜による哨戒ポイントは、大きく分けて2つある。
1つは、人族の領域からエルフの森につながる街道付近。
そしてもう1つは、エルフの森の中にある河川の岸や湖畔である。
当たり前だが、上空から哨戒する場合、冒険者が森の中にいると、木々に視界が遮られて発見することができない。
そのため、最善なのは、冒険者がエルフの森に入る前、街道付近の水際で食い止めることだ。
しかし、現状だと人手が足りない上に、飛竜の飛翔時間にも限りがあるため、1日中ずっと哨戒することはできない。
もちろん、夜間や悪天候時は視界も遮られる。
そのため、冒険者がエルフの森に侵入してしまうケースも多いのだが、人族はクマや狼などの野生の獣に襲われることを避けるため、視界の開けた河川の岸や湖畔で休憩やキャンプを行うことが多い。
単純に、飲料水の確保という側面もある。
そこで、街道の他にも河川や湖を哨戒することで、エルフの森に侵入した冒険者を叩くのだ。
「街道付近は問題なさそうだな。」
サリアに乗ってしばらく飛翔し、エルフの森を抜けた所にある街道を飛翔する。
飛竜とはすごい生き物で、巡航状態でも高度2,000mくらいは余裕で飛行することができる。
高山病など、騎乗者の負担を無視すれば、5,000mくらいの飛行も可能だ。
そのため、付近の街道や人族の街を一望に収めることができる。
そのまま1時間ほど飛行して様子を見たが、街道から外れる動きを見せる集団は見つからなかった。
「よし、街道は大丈夫だろう。あとは河川や湖畔だな。」
私は竜笛でサリアに指示を出し、エルフの集落付近にある河川や湖を確認することにした。
私はそれから、バディのヴェスタと一緒にひと通りの河川と湖を巡回した。
幸いなことに、冒険者の痕跡は確認できなかった。
残る哨戒ポイントは、エルフの集落の北にある湖だけだ。
その湖に向けて、しばらく飛翔していると――
「―――む」
僅かだが、煙のようなものが立ち昇っていた。
私は、手綱を握る自分の手に力が入ったのを自覚する。
そのままサリアに指示を出して、地上から見つからないよう高度を上げる。
すると、ちょうど冒険者4人が、焚き火に砂をかけて消しているのが確認できた。
ここからエルフの集落までは、徒歩でも2日あれば移動可能だ。
――ここで潰しておくべきだろう。
私はそう判断し、サリアの鞍から信号旗を取り出して、バディであるヴェスタに手旗信号で指示を出した。
『敵・四・奇襲・実行』
『了解』
ヴェスタからは、すぐに返事が返ってきた。
それを確認した後、私はサリアに合図を出して、冒険者から少し離れた湖畔へと着陸するのだった。




