第17話 別れと始まり
投入した可燃物を燃やし尽くし、炎の竜巻が消滅した跡には、焼け焦げた冒険者の遺体だけが残った。
ダートネス氏族の集落には、避難していたエルフたちが戻ってきて、ジン殿の陣頭指揮の元、冒険者たちの遺体を土に埋葬した。
そして、荒らされた集落の復興作業に取りかかる。
この後、冒険者たちの襲撃を受けて、またエルフたちの集落は移転を余儀なくされる可能性が高いが、それでも家族や友人を失って傷付いているエルフたちを野ざらしにしておく訳にはいかない。
そして、復興作業の中にはもちろん、冒険者に殺害されたエルフ達の葬儀も含まれている。
今回の襲撃で殺害されたエルフは61人だった。
そして、その中には、ジン殿との対談のために、ダートネス氏族の集落を訪れていたアドランシェ氏族長――父上も含まれていた。
エルフの葬儀は、世界樹への信仰に従い、火葬で行われる。
世界樹によって与えられたエルフの肉体は、炎によって灰となり、その灰を地面に埋めることで、世界樹の根に吸収され、再び世界樹の元に還ると信じられている。
本来は、世界樹の麓にある神殿で火葬を行うのだが、今の私たちは祖国を失って久しい。
代わりに、祖国を失った際に持ち出した世界樹の枝を祭壇に祀り、世界樹の方向を向いて火葬を行う。
エルフの神官職が祭詞を捧げ、亡くなった61人のエルフたち――そして父上の遺体に火をつけた。
父上は、正義感の強い人だった。
リヴィアが同胞を逃がすために最後まで戦ったように、父上も戦ったのだろう。
あの日、血だらけの父上がもたれ掛かるように倒れていたテントの前幕を開けると、幼いエルフの子供が2人、目に涙を浮かべながら震えていた。
父上は、最後まで、誰かを守って逝ったのだ。
父上を含む、亡くなったエルフたちを世界樹の元へと還す炎は、あの日の業火と違って、温かく、とても美しい炎だった。
私がその炎を眺めていると、隣に立っている妹――ユウナが私の手を握った。
「ユウナ?」
妹に声をかける。
「―――お父さま、死んじゃった……」
「―――ああ、そうだな。父上らしい、勇敢な最後だった。」
私の言葉を受けて、ユウナはより一層強く、私の手を握った。
「―――ユウナも、お母さまも、お兄さまも……死んじゃう……のかな………」
「………………」
私は、目の前で優しく燃える炎を見つめて言った。
「ユウナと母上は死なないよ。」
私が、必ず守るから。
葬儀が終わり、ダートネス氏族の復興を手伝ったあと、私は自分の集落――アドランシェ氏族の集落へと帰ってきた。
そして、母上とユウナ、そして氏族内の有力者を集め、私の氏族長継承の儀を執り行なった。
父上を亡くした悲しみは決して癒えないが、エルフが滅亡の危機に瀕しているいま、政治的空白――氏族長の不在は許されない。
父上の代わりに、母上が世界樹の枝で作られた枝冠を、私の頭に載せてくれた。
「私、リヒト=ローネル・アドランシェは、世界樹の御名の元、アドランシェ氏族の長を継承し、祖霊を敬い、同胞を愛し、子孫を慈しむことを、ここに誓います。」
私は氏族長就任の誓いの言葉を述べ、ここにアドランシェ氏族長の継承は完了した。
氏族長を継承した翌日、私は再びダートネス氏族の集落を訪れていた。
復興状況が気になるのと、ジン殿とやるべきことがあるからだ。
アルビオ・ダートネス家のテントを訪れると、リヴィアが出迎えてくれた。
「リヒトっ!!」
あれだけ酷い目に遭ったにも関わらず、リヴィアは笑顔を見せてくれた。
本当に、つよい女性だ。
「リヴィア、体の具合は大丈夫か?」
「こんなの、全然大丈夫だって!くそっ、冒険者どもめ……。今回は手酷くやられたけど、次は返り討ちにしてやる!」
リヴィアはそう言うが、体から薬草の匂いが
していることに気がついた。
きっと、全身に薬草で作った鎮痛剤を塗って、痛みを誤魔化しているのだろう。
「リヴィア、君が無事で、本当によかった。」
「―――っ!?リ、リヒト!?」
私は気が付くと、冒険者に乱暴に鷲掴みにされた、リヴィアの赤い髪に触れていた。
いかん、無意識のうちに……。
「すまん、つい体が動いてしまった。気に障ったか?」
「い、いいよ別に……。リヒトだし……」
リヴィアはそう言って、顔を赤らめつつも許してくれた。
「あ、あと!兄貴に聞いたよ!私や他のエルフたちを助けるために、たった1人で冒険者たちに立ち向かおうとしたって。リヒトは本当に無茶ばかりするんだから……でも、ありがとう。すごい嬉しかった。」
「結局、ジン殿に助けられたけどな。」
その後、リヴィアと少しだけ会話し、ジン殿と面会するためにテントの中へと入った。
「よう、リヒト。本来であれば、氏族長継承おめでとう、と言いたい所だが……まあ、そうはいかんだろうな。お父上のこと、お悔やみ申し上げる。我が氏族を守るために戦ってくれたこの恩、末代まで忘れない。改めて感謝する。」
ジン殿は、私に会うなり、そう言って深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。父上も、同胞を守るために落とした命ですから、本望だったと思います。」
その後、ジン殿とダートネス氏族の集落復興に関して会話したあと、本題へと入った。
「ジン殿。おそらくお察しかと思いますが、再びお願いしに参りました。殺傷目的による風魔法の行使を禁止する戒律の廃止についてです。」
そう切り出す。
「――ああ、来るだろうと思っていた。安心しろ。俺の心は、あの時から寸分も変わっていない。我がダートネス氏族は、アドランシェ氏族と共に、風魔法に関する戒律の廃止に向けて動くことを約束する。」
「ありがとうございます。」
今度は、私の方が頭を下げた。
そして、もう一歩踏み出す。
「ジン殿、実は、もう1つ提案があります。」
「提案?」
ジン殿は不思議そうな顔をした。
「ええ。ジン殿の協力が得られたのは心強いですが、氏族長会議で正式な決議を得るには、まだまだ時間がかかります。」
「――まあ、そうだろうな」
普通にやっていては、おそらく、我らエルフが滅びる方が先だろう。
「そこで提案です。私が率いるアドランシェ氏族と、ジン殿が率いるダートネス氏族で、秘密同盟を結びましょう。」
「秘密同盟だと?」
ジン殿の疑問を受けて、私は説明を続ける。
「ええ、そうです。同盟の内容は2つ。1つは、殺傷目的による風魔法の行使について、我ら氏族間においては黙認すること。そしてもう1つは、他の氏族長に露見しない範囲で、共に飛竜の無制限運用を始めることです。」
「―――!!」
ジン殿は、私の大胆な提案に驚いたようだ。
しかし、今のジン殿であれば、この秘密同盟を受け入れてくれると信じていた。
ジン殿は少しだけ悩んだあと――
「ああ、良いだろう。その秘密同盟、結ぼうじゃないか!もう、冒険者に好き勝手されるのは絶対に御免だ。」
そう、快諾してくれた。
「―――っ!ありがとうございます!」
おそらく提案を受け入れてくれるだろうと思いつつも、ジン殿の返答を受けて、思わず声が弾んでしまった。
こうして、アドランシェ氏族とダートネス氏族による、秘密同盟は成立した。
支払った犠牲は、あまりにも大きい。
だが、ようやく、ようやく大きな一歩を踏み出すことができた。
我が種族が置かれた状況は未だに険しいが、それでもこの一歩は、計り知れない価値がある。
私の前世に、こういう諺があった。
“小さな亀裂が、大きな堤防を壊す”
私は、硬直し、停滞したエルフ社会に、確かに風穴を開けた。
あとは、この風穴を広げるだけだ。
私は、どんな手段を用いてでも、我が種族を守り抜いてみせる。
そして築き上げるのだ。もう誰にも脅かされることのない、エルフによる、エルフのための理想郷を。
今度こそ。
【第1章 滅びゆくエルフたち 完】
■あとがき
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