第13話 氏族長対談
ルノアとの会話から数日後、私はダートネス氏族の集落へと出発した父上を見送り、勉強へと励んでいた。
父上が外出した理由は、ダートネス氏族長――ジン殿との対談のためだ。
我がアドランシェ氏族は、ダートネス氏族の飛竜騎乗技術を広める活動を支援しており、この2氏族は、エルフ氏族の中でも特に親密な関係にある。
そのため、定期的に氏族長どうしで対談の場を設けて、お互いの抱える課題や協力事項などについて話し合っている。
――まあ、正直、父上もジン殿も無類の酒好きなので、対談といいつつ、飲み会という側面が強いのは否めないが……。
長命なエルフに明確な成人の区切りは無いが、一般的に15歳を超えると成人として扱われ、100歳を超えると一人前と見なされる。
もっとも、エルフは人間と違い、年齢による上下関係という概念が薄いため、後者については、「100年くらい生きれば、そこそこ経験も積んでいるはずだろう」程度の緩い認識ではあるが。
昼食を挟んで勉強を続けていると、私のいるテントの呼び鈴が鳴った。
誰かと思って出てみると、なんと訪ね人はルノアだった。
「あ、リヒト!突然ごめんね!いま何してるの?」
そう聞いてくる。
「勉強中だ。今日はユウナも友達と遊びに出かけているしな。母上も氏族の寄り合いに出ている。」
私がそう返すと、ルノアは鞄から何やら古めかしい本を取り出して言った。
「じゃあさ!僕も一緒に勉強してもいいかな?ほら、例の――秘密の風魔法のやつ。」
「ん?なんのことだ…………って、まさか!?」
ルノアは口に手を当てて、静かにするよう合図する。
「しーっ!声が大きいって!……今は使われていない、大昔の風魔法を調べ直すんだ。きっと、人族に対抗するための助けになるはず。」
やはりそうか。
使われなくなった技術や知識が失われていくのは世の常だ。
今は戒律により、殺傷目的での風魔法の行使が禁じられているため、直接的な攻撃に使える風魔法は非常に少ない。
だが、戒律ができる前、それこそジン殿が言っていたような、“エルフが兵器として扱われていた時代”の風魔法が復元できれば、ルノアの言う通り、人族に対抗する上で大きな力となる。
なぜ今まで気付かなかったのだろうか。
やはり、ルノアが味方についてくれて、本当に心強い。
「私も手伝おう。2人で取りかかった方が早いからな。」
私とルノアは、ルノアが持ち込んだ古い書物を読み漁ったが、さすがに都合よく初回で成果を挙げることはできなかった。
「うーん……今日持ち込んだ本の中には、ヒントになりそうなものはないね。」
ルノアが残念そうに言う。
「そうだな。だが、続けることが大切なのだ。私もなるべく手伝うから、ぜひ声をかけてくれ。」
「うん!よーしっ!僕とリヒト、2人で頑張ろー!」
ルノアのやる気は十分だ。
私も、珍しく気分が高揚している。
そして、2人で次の調査日を話し合おうとした時――
「―――!!」
突然、集落にある広場の方から大きな鳴き声が聞こえた。
明らかにエルフのものではない。
「な、何この声!?」
隣でルノアが慌てふためくのが見えた。
だが、私には心当たりがあった。
この鳴き声は間違いなく――
「ルノア、私は鳴き声がした場所へ向かう。」
「ちょ、ちょっとリヒト!大丈夫なの!?」
私は自宅のテントを飛び出し、鳴き声が聞こえてきた広場へと走った。
後ろから、ルノアも付いてくる。
すると――
「やはり、サリア……!」
広場にいたのは、私の専属飛竜であるサリアだった。
よく見ると、竜舎の破片と見られる木片が付いている。
おそらく、ダートネス氏族の集落にある竜舎から脱走し、ここまで飛んできたのだろう。
サリアは私を見つけると、その綺麗な瞳で私をじっと見つめて来た。
そして、ダートネス氏族の集落がある方向へと首を向ける。
飛竜はとても賢い生物だが、その中でもサリアは、私のひいき目抜きにしても、頭抜けて賢い飛竜だ。
竜舎から勝手に脱走するなど、訓練を全くされていない、未熟な幼竜がやるような行為であり、賢いサリアが何の目的もなくやるとは到底思えない。
それを、敢えてやるだけの理由が――急いで私に会いに来る理由があったのだ。
何だか、胸騒ぎがする。
ダートネス氏族の集落で何かあったのではないか?
「ルノア、私はこの飛竜――サリアと一緒にダートネス氏族の集落を見てくる。ルノアはここにいてくれ。」
「―――えっ!?」
ルノアは何が何だか分からないといった様子で狼狽える。
だが、私が自分の考えを伝えると――
「僕もリヒトと一緒に行く!」
「ルノア……?」
なんと、同行を申し出てきた。
「言ったでしょ!今度こそリヒトと一緒に戦うって。取り越し苦労かもれないけど、もし万が一の時、戦力は多いほうがいいはずだよね?」
それは確かにそうだが……。
私は一緒迷うが、ルノアはアドランシェ氏族における風魔法の大家、エルミス・アドランシェ家の娘だ。
その風魔法の腕は、私が一番よく分かっている。
「―――分かった。一緒に行こう。」
私はそう言って、一度自宅のテントに戻り、飛竜騎乗用の鞍と鐙、手綱を持ってきた。
素早くサリアに装着し、ルノアを連れて背中に騎乗する。
ルノアは飛竜の騎乗経験がないため、転落しないよう、軽くロープで私の体に固定した。
「ルノア、今から離陸する。目を瞑って、私につかまっていろ。」
「……う、うん!」
緊張に体を固くするルノアに指示を出してから、竜笛を口にくわえる。
そして、そのまま離陸の合図を吹き鳴らした。
私の意を受けてサリアが翼を広げ、飛翔を開始した。
あっという間に、眼下のアドランシェ氏族の集落が豆粒のような大きさになる。
――どうか、私の思い過ごしであってくれ。
私は心の中で祈りながら、ダートネス氏族の集落へと急いだ。




