第12話 止まない雨
ジン殿との対談から1か月が経過した頃、エルフの森にしては珍しく、一日中振り続けるような長雨が3日間も続いていた。
「お兄さま〜、お外の雨、中々止まないね……」
隣で妹のユウナが呟いている。
「ユウナよ、風魔法に集中しなさい。」
飛竜は雨天でも飛べないことはないが、体に負担をかけてしまうため、今日はおとなしくルノアの家――エルミス・アドランシェ家に風魔法の鍛錬に来ていた。
「いい?ユウナちゃん、風魔法の発動に必要な古代エルフ語は、正確な発音が大切なの。あまりにも適当な発音だと、世界樹に無視されちゃうんだから。」
隣のルノアがそう言って、ユウナに古代エルフ語の発音を教えてくれていた。
私も昔は、ルノアと一緒に、ルノアの父母から古代エルフ語の発音を学んだものだ。
今となっては、私もルノアも、どこに出しても恥ずかしくないくらいの風魔法の腕前になった。
エルミス・アドランシェ家には感謝しかない。
午前中の鍛錬が終わり、ルノアが母君と一緒に昼食を作ってくれると申し出てくれたので、妹と2人でありがたくご相伴にあずかることにした。
本日のメニューは、森で採れたキノコと干し肉、それに薬草を混ぜたスープだった。
付け合わせとして、蒸した芋も出してくれた。
長い雨で気温が上がらず、体が冷えていたのでありがたい。
妹の口を柔らかい葉っぱで拭きつつ、ルノアの母君を交えて、4人で世間話に興じた。
最近は何かと生き急いでいた気がするので、今日みたいにおとなしく過ごすのも悪くない。
午後はそのまま風魔法の鍛錬を再開し、暗くなる前に帰宅することにした。
妹のユウナが鍛錬の疲れで眠ってしまったので、背負って帰ろうとすると――
「ねえ、リヒト。」
後ろからルノアに声をかけられた。
「うん?どうしたんだ?」
振り向いて答える。
「その……僕の勘違いかもしれないけど、ここ1か月くらい、何だがリヒトの元気がないな〜と思って。何かあったの?僕に話してみなよ!」
見抜かれていたか。
さすが、生まれてからずっと同じ時を過ごした幼馴染だな。
隠し通すことはできないらしい。
まあ、ルノアになら話しても大丈夫だろう。
「ありがとう、ルノア。確かに私は悩んでいるが、それは今すぐにどうこうできるものではない。例の……湖畔で交わした秘密の件だ。やはり、私の考えは異端なのだと再認識してな。」
こう言えば分かるだろう。
いつぞやの休息日に、ルノアと妹と3人で湖畔へピクニックへ行った際、冒険者3人に襲われた時の話だ。
「―――っ!!」
ルノアはすぐに気づき、顔を強張らせた。
「あ、あれは!その……、リヒトは悪くないよ。悪いのは油断した僕だ。それに、本当は風魔法の指南役の家系である、僕がやるべきことだった……」
いかん、ルノアまで落ち込ませてしまった。
「すまない。ルノアを責める気など全くないのだ。私は少し――そう、少しだけ、自信を失っただけだ……」
「リヒト……」
ルノアが心配そうに声をかけてくれる。
そして、思わぬ言葉を発した。
「―――僕は、リヒトが間違っているとは思わない。」
「………………」
ルノアは、真剣な顔で言葉を続けた。
「あれから、僕なりに考えたんだ。あの状況で、風魔法を使う以外に、僕たちが助かる道はあったのかなって。答えは簡単だよ、そんな道はどこにも無かった。」
「ルノア……」
思わず、ルノアの名前を呟いてしまった。
「もし、リヒトが戦ってくれなかったら、僕とユウナちゃんは冒険者に連れ去られて、今ごろ殺されてエリクサーの材料になっているか――その、無理やりエッチなことをされていたと思う。そんな未来から救ってくれたリヒトが、間違っているはずなんてない!」
そんなことを、考えてくれていたとは……。
「ごめんね。本当はもっと早く、伝えないといけなかったんだけど……。でも、僕はもう迷わない。もし、次に冒険者から襲われた時は、僕もリヒトと一緒に風魔法で戦うよ!」
エルフにとって、戒律とは非常に重い。
私と違って、普通のエルフであるルノアが、戒律を破ることを堂々と宣言するのは、とても勇気のいることだ。
心の底から、嬉しかった。
「――ありがとう。ルノア。恩に着る。」
「何言ってるの!恩人は、むしろリヒトの方なんだから!」
ルノアはそう言って、私の肩をバシバシと叩いてきた。
やはり、諦めなければ、それが小さな一歩だったとしても、前進できる。
私としたことが、落ち込んでいる暇など無かった。
顔を上げろ。前に進め。エルフを滅亡から救うと誓ったのだろう。
――あれだけ長かった雨は、いつの間にか止んで、空には虹がかかっていた。




