第11話 説得
「それで、リヒト。今日は改まってどうしたんだ?」
リヴィアには聞かせられない話なので、氏族長の応接用テントに移動し、ジン殿と1対1で向かい合う。
「本日、お時間をいただいたのは他でもありません。以前にお願いしていた、殺傷目的による風魔法の行使を禁止する戒律の廃止について、ジン殿のご支持をいただけないでしょうか?」
「―――あ〜。そのことか……」
ジン殿にしては珍しく、歯切れの悪い様子だ。
「私は本気なのです。風魔法に関するこの戒律が、我々エルフを滅びの道へ追いやっている一因であることは、間違いありません。私は、我が種族を――エルフを救いたいのです。」
私は真剣な顔で、ジン殿を見つめる。
だが―――
「その理屈は分かる。分かるが……すまん、力になってやることはできない。」
「―――っ!なぜですか!?」
思わず、身を乗り出して聞いてしまった。
ジン殿率いるダートネス氏族においても、これまでに数え切れないほどのエルフが冒険者に攫われている。
決して他人事ではないのだ。
「殺傷目的での風魔法の行使を禁じる戒律は、俺が生まれるより遥か前――それこそ、俺の祖父母より前から続いていると聞く。理由は、エルフが兵器として人族の戦争に巻き込まれないためだ。いくら追い詰められているからと言って、そう簡単に変えていいものじゃない。」
「―――っ!!」
ジン殿の祖父母というと、おそらく1,000年以上は前か。
確かに長く続いた戒律だ。そこには当然、平和を愛するエルフとしての誇りもあるだろう。
そして、存在理由も、戒律ができた当時は確かにあったのだろう。
しかし――
「ジン殿、状況は変わったのです!!もはや、エルフの命運は尽きかけています。これ以上、エルフが数を減らせば、人族に抗うことさえできなくなります!今すぐに……!今すぐに、行動しないといけないのです!」
私は必死で訴える。
だが――
「それに、俺だけが賛成しても、他の16氏族長の賛成は得られまい。正直、お前の親父殿も賛成してくれるか分からんぞ。」
「―――っ、それは……!」
痛いところを突かれた。
私の父上――現アドランシェ氏族長も、穏健な保守派だ。
おそらく、私が必死に頼み込んでも、首を縦には振らないだろう。
しかし、だからこそなのだ。
アドランシェ氏族長の倅に過ぎない私が1人で勝手に騒いでいるのと、現ダートネス氏族長であるジン殿が主張するのとでは、他の氏族長へ与える影響に大きな違いがある。
例え、険しい道だとしても、今は一歩でも前に進むしかないのだ。
停滞は、諦めは、種族の死という代償でもって支払われる。
「すまんな、リヒト。代わりに、お前が提案したもう1つの改革案――飛竜を祭祀目的以外で利用できるようにすることについては、ダートネス氏族長として賛成することを約束する。今は、これで手を打ってくれ。」
「…………分かり、ました……。ご協力、感謝申し上げます……」
私は椅子から立ち上がることができない。
ジン殿は、そんな私を気の毒そうな顔で見つめ、そっと手を差し出してくれた。
私は何とかジン殿の手を取り、弱々しい動きで立ち上がった。
今はもう、何も考えられない。
その後、どうやってジン殿と別れたのか記憶にないが、気がつけばアルビオ・ダートネス家のテントの外に出ていた。
すると――
「リヒト!」
後ろからリヴィアの声が聞こえた。
ゆっくりと振り返る。
「その……何かあったみたいだね。うちの兄貴と。でも、うちの兄貴は乱暴な所はあるけど、根は良いやつなんだよ……。だから、きっと兄貴なりに何か理由があるんだと思う!」
そうだな。
ジン殿は気持ちのいい男だ。
決して彼が悪い訳ではない。
私が、エルフ社会における異端なのだ。
「でも、もし兄貴と喧嘩したなら、私はリヒトの味方だからね!私が代わりに兄貴を殴ってやってもいい!だから、その……元気を出して、リヒト……」
リヴィアはそう言って、私の手を握ってくれた。
飛竜の手綱で擦れた手の平は、ゴツゴツしていたが、とても温かかった。
「ありがとう。リヴィア。」
私は素直に礼を言う。
「せっかくだし、竜舎に寄って、サリアに会っていく?」
気を遣って、リヴィアが聞いてくれた。
「いや、辞めておこう……。こんな姿を見せたら、サリアまで心配させてしまう。」
私は、なおも心配そうに話しかけてくるリヴィアに別れを告げて、アドランシェ氏族の集落へと帰った。




