第1話 闇の女神と反逆者
光の女神と闇の女神が祝福し、人族が支配する世界“テリオス”
その神の座において、闇の女神がいま、その命を終えようとしていた――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
かつて、黒真珠のようだと讃えられた黒髪は見る影もなくボサボサになり、白磁のようだと讃えられた肌は、蒼白を通り越して黄土色に変じていた。
「もう……私の命は……これ以上……保たない……」
ガラガラになった声で、息も絶え絶えに呟く。
この世界、テリオスには2つの女神がいる。
1つは、正義と創造を司る光の女神
1つは、悪と破壊を司る闇の女神
正義と悪、創造と破壊は表裏一体であり、この2つのバランスが保たれることで世界に調和が訪れる。
だが、テリオスに住む人族は、いつしか光の女神ばかりを信仰し、闇の女神への信仰は失われていった。
信仰が失われれば、闇の女神の力は衰える――
それはもはや、闇の女神が自らの存在を維持することさえ不可能な域に達し、その命脈は、今まさに尽きようとしていた。
「私にできる……最後の使命を……果たさないと……」
闇の女神は、ひび割れた手を虚空にかざす。
すると、突然、目の前に黒い渦が現れた。
その渦はゆっくりと回転しており、その向こう側には、テリオスとは異なる世界が映し出されている。
青と緑が特徴の、美しい惑星だ。
「私の……最後の力を振り絞り……異世界から……悪しき魂を召喚する……。そして……この世界に……破壊と混乱を……もたらし、世界に調和を……取り戻すのよ……」
悪しき魂には、闇の女神の代わりに、この世界に破壊と混乱を少しでも多く広めてもらう必要がある。
そのためには、魂を宿らせる器が短命であってはならない。
選択肢はただ1つ――1,000年の寿命を誇る種族“エルフ”だけだ。
闇の女神が何事か祝詞のような言葉を発すると、目の前の黒い渦は紫色に輝き始める。
そして、黒い影のようなものが、目の前の渦を通って、異世界からテリオスにやってきた。
「よかった……成功した……」
闇の女神は最後の使命を果たし、異世界から悪しき魂の召喚に成功した。
そして、力を全て使い果たした彼女は、足元から光の粒になり、ゆっくりと消え始める。
「あるべき世界の姿を……取り戻してね……愛しい……子供たち……」
闇の女神は最後、満足そうに微笑んだ。
そして、誰にも看取られることなく消滅する。
――神の座には、静寂だけが残された。
闇の女神が消滅する直前、テリオスとは異なる世界のある小国で、同じく終焉を迎えようとしている青年がいた。
ときは弱肉強食の時代。
その小国は、周辺の大国からの侵略に晒され、政府は腐敗を極め、外国と通じる革命勢力が台頭し、滅びへと向かっていた。
青年は、愛する祖国を滅亡の運命から救うためにクーデターを起こすが、志半ばで失敗し、国家反逆罪により刑場の露と消えた。
祖国の未来を憂いながら――
――そして、もしやり直せるとしたら、今度こそ必ずや、愛する人々を滅亡の運命から救ってみせると、魂に誓って。
彼がこの世を去った後、刑場には静寂が訪れた。
反逆者である彼の死は大々的に報じられ、彼を最後の希望と慕っていた国民たちは、大いに嘆き悲しみ、涙を流した。
もはや希望は潰えたと、彼を支持していた民たちは、顔を伏せながら日々を生きる。
――そのためだろうか、誰もが気が付かなかった。
彼が死を迎えた後、刑場の上空に黒い渦が現れ、そこに影が吸い込まれていったことを。
心せよ、忘れるな。
これから始まるのは、正義と悪の物語ではない――悪と悪の物語である。




