第5話 まだ、同じ場所にいるはずだった
昼休み。
チャイムが鳴ると、教室は一斉にざわつき始めた。
机を寄せる音、弁当の袋を開ける音、どこかで上が る笑い声。
表面だけ見れば、いつも通りだ。
でも、俺たちにとっては違った。
俺と翼と優斗は、机を寄せて昼飯を食っていた。
三人分の弁当。
本当なら、もう一人いる。
狭間、黒瀬、白川、佐倉。
いつもは四人で、特別な話もしないまま飯を食う。
昨日までは、
「休みなんだろ」で済ませられた。
でも、今日は違う。
今朝のホームルームで、
はっきりとした違和感があった。
箸を動かしながら、
俺は無意識に教室の前の方を見る。
前から二列目、窓側。
久遠エリナの背中。
その席を見るたびに、
今朝の光景が頭に浮かぶ。
担任の声。
名簿をめくる音。
順番に呼ばれていく名前。
——そして。
佐倉守の名前だけが、呼ばれなかった。
「……なあ」
小声で言ったのは、黒瀬翼だった。
「今朝の出席さ」
声を落としたまま続ける。
「佐倉の名前、呼ばれたか?」
俺は、首を横に振った。
「……呼ばれてない」
翼は短く息を吐いた。
少し遅れて、優斗が口を開く。
「僕もそう思う」
「優斗も?」
「うん。朝から、なんか引っかかってて…」
「でもさ」
翼が、無理に軽い口調を作る。
「先生が名簿飛ばしただけって可能性もあるだろ」
「それなら」
優斗が言った。
「誰か、指摘する、と思う……」
誰も何も言わない。
それだけで、
十分だった。
弁当を口に運んでも、
味がよく分からなかった。
⸻
放課後。
校門を出たところで、
翼が足を止めた。
「……なあ」
今度は、はっきりした声だった。
「今日さ、寄り道しね?」
「どこに?」
「決まってるだろ」
少し間を置いて、
翼は振り返る。
「守の家」
優斗が、一瞬だけ迷うような顔をした。
「今日、行くの?」
「今日じゃないと、ダメな気がする」
冗談めかして言おうとして、
途中でやめた感じだった。
「……いつもみたいに凸るだけだ」
俺が言うと、
優斗は小さく頷いた。
⸻
夕方の住宅街。
見慣れた道。
何度も来たことのある通り。
守の家があるはずの場所。
「……ここだよな」
翼が立ち止まる。
表札はある。
門も閉まっている。
インターホンを押す。
電子音だけが鳴って、
返事はなかった。
「留守か?」
翼がもう一度押す。
同じ音。
やっぱり反応はない。
俺は、玄関の横に視線を落とした。
郵便受け。
チラシや封筒が、
いくつか溜まっている。
昨日今日の分というより、
数日分。
「……なあ」
思わず声が出た。
「これ、何だ?」
一番上にあった封筒。
他と少し色が違う。
紙の質も、
妙に厚くて、ざらついている。
そして、宛名。
「……読める?」
翼が首をかしげる。
「いや。読めねえ」
優斗も、眉をひそめた。
「漢字でも、アルファベットでもないね」
それなのに。
俺には、
意味が分かる気がした。
見覚えがある。
——ゲーム内で。
「これ……」
喉が、少しだけ渇く。
「ビフレスト・オンラインの文字に、似てる」
二人が、同時に俺を見る。
沈黙が落ちる。
風が吹いて、
郵便受けのフタが、かすかに鳴った。
「……宛名、守って書いてある気がする」
はっきりとは読めない。
でも、“宛名”だけはなんとなく分かる。
それはもう、ゲームの文字ではなくなっていた。




