第1話 まだ、ビフレスト・オンラインはゲームだった
その夜も俺は、《ビフレスト・オンライン》にログインしていた。
剣と魔法の王道MMORPG。
一次職までしか実装されていない、サービス開始直後のゲーム。
運営不明、制作元不明。
それなのに、完成度だけは異様に高い。
「ほんと、誰が作ってんだよこのゲーム」
そう言いながらも、俺はもう三日連続でログインしている。
パーティは四人。
全員、同じ高校・同じクラス。
俺は剣士で前に出て殴るアタッカー。
分かりやすい役割。
佐倉は同じ剣士だけど前で受ける役。
防御特化で、敵の攻撃を受け止める。
後ろには、回復役と遠距離火力。
バランスだけ見れば、教科書みたいな構成だった。
【Kyo】
……いたな
フィールド奥、木々を押し倒すように現れた巨影。
《ブルーヴェルト・オーガ》
緑色の巨体。
岩みたいに盛り上がった筋肉。
棍棒一本で、この辺一帯を更地にできそうな迫力。
【Kyo】
無理そうなら、すぐ引くぞ
【Mamoru】
了解、引きつける
戦闘開始。
剣を振る。
矢が飛ぶ。
オーガの一撃で地面がえぐれる。
【Tsubasa】
攻撃範囲広すぎだろ!
【Yuto】
ヘイト飛んだ、下がって!
嫌な予感がした瞬間だった。
ブルーヴェルト・オーガの棍棒が、地面を叩きつける。
衝撃波。
画面が揺れ、俺たちはまとめて吹き飛ばされた。
《YOU ARE DEAD》
【Kyo】
全滅か……
視点が地面に固定される。
キャラは倒れたまま、ぴくりとも動かない。
でも、チャットは生きている。
【Tsubasa】
はい床ペロ
【Kyo】
初見殺しすぎるだろこれ
【Yuto】
攻撃予兆、短すぎない?
MMORPGあるあるだ。
誰かが冗談を言い、誰かが愚痴る。
全滅したはずなのに、妙に気楽な空気。
【Kyo】
次は立ち回り変えよう
【Tsubasa】
ポーション、もう少し持ってく
そうチャットが流れた、そのとき。
《Connection Lost》
【Yuto】
……あれ?
佐倉の名前だけが、パーティリストから消えた。
【Tsubasa】
回線落ち?
【Yuto】
あるあるだね
全滅直後に落ちるなんて、珍しくもない。
そのまま俺たちは、拠点の街に戻った。
噴水前。
人が多く、チャットログが流れ続ける場所。
【Kyo】
守が戻ってきたら再挑戦でいいか
【Tsubasa】
だな
しばらく、雑談しながら待った。
装備の話。
次の狩場。
ブルーヴェルト・オーガの愚痴。
――でも。
十分、時間が経っても、佐倉はログインしてこない。
【Kyo】
今日はもう無理そうか
【Yuto】
平日だしね
【Tsubasa】
じゃ、解散で
そうして、パーティは解けた。
俺もログアウトして、PCの電源を落とした。
このときは、まだ何も思わなかった。
⸻
翌朝。
教室に入って、俺は無意識に守の席を見た。
「……来てないな」
遅刻。
そう思った。
一時間目。
二時間目。
結局、守は現れなかった。
「今日、佐倉は休みですか?」
「さあ……聞いてないな」
担任の反応も、曖昧だった。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
でも、それだけだ。
昨日の回線落ちも、今日の欠席も、
どちらも偶然で済ませられる範囲だった。
⸻
「お兄ちゃん、おかえり!」
玄関を開けた瞬間、妹がやけに弾んだ声を出した。
「ねえ、見て! 公園で猫拾ったの!」
両腕に抱えられていたのは、薄い茶トラの猫。
人懐っこいのか、のんびりと喉を鳴らしている。
……はっきり見える。
背中から、小さな羽が一対。
「……羽、生えてるな」
「えー? 普通の猫だよ?」
妹は本気で不思議そうな顔をする。
猫は「にゃ」と鳴いて、羽をぱたっと動かした。
羽毛が揺れるのも、俺にはちゃんと見える。
なのに。
妹は、それを見ても何も思わない。
「可愛いでしょ!?」
「……そうだね」
自分でも、そう言うしかなかった。
全滅したボス。
回線落ちした佐倉。
羽の生えた猫。
どれも、単体なら説明がつく。
この時点では、まだ。
ビフレスト・オンラインは、ただのゲームだった。




