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永遠の誓い

作者: 山神伸二

 登志夫は十三であるが六十を超える父がいた。

 父の久雄は有名な小説家であり、変人としても知られていた。

 久雄には多くの愛人がおり、登志夫の母も元々はその愛人の一人であった。

 母は家が貧しく二十歳の時、久雄の愛人となり、登志夫を産んだ。

 久雄は登志夫の母を大変にかわいがり、そのおかげで母の実家も貧しさから抜け出す事ができた。

 登志夫の母は戦時中に亡くなり、戦後になり、久雄は十七になる娘と結婚をした。久雄にとって六度目の結婚である。彼女は久雄にとって初めての愛人では無い婚約者であった。

 その女は凛子と言った。登志夫よりも背が高く、暗く長々とした美しい長髪が特徴の京女であった。

 登志夫から見て、凛子と久雄の関係は夫婦ではなく主人と奴隷のようであった。また現に凛子は久雄の性奴隷そのものであった。

 ある時は久雄は凛子を紐で縛りつけ、傷だらけになり声を上げることができなくなるまで痛めつけていた。

 また、ある時は凛子を縛り、久雄は自身のたくさんの愛人に凛子を愛撫するよう命令し、最終的に凛子は愛人と性行為までさせられ、凛子と愛人がそれぞれ体に触れ合うと久雄はその様子をじっと見つめ、自慰をしていた。

 久雄は登志夫には興味がないのか、登志夫と接することはあまり無かった。

 登志夫は自分がもし女で生まれていたら、今頃は自分の父と体を重ねていただろうと思い、それを想像するだけで、久雄の事を嫌悪した。

 登志夫の母も久雄の奴隷であり、その後、病気で亡くなったように、凛子もいつかはそうなるのでないかと登志夫は心配をしていた。

           ・

 ある時、登志夫は凛子と廊下ですれ違った。

「凛子さん」

「こんばんは、坊ちゃん。自分の部屋に行くんどすか?」

「はい、勉強をしに」

「偉いどすなぁ。あとで、飲み物持ってくるさかい。勉強頑張ってな」

「はい、ありがとうございます」

 登志夫がそう言うと、凛子は歩き出した。

「あの、凛子さん」

「何?」

「我慢しすぎないでくださいね。嫌なことは嫌って言った方がいいですよ。辛い時は僕にでも話してください」

 そう言いながら登志夫は凛子の左腕の赤い傷を見てしまった。

 凛子は登志夫の視線に気づき、その左腕を隠した。

「ありがとう坊ちゃん。でも私は大丈夫や。坊ちゃんは優しくしてくれるおかげやな」

 凛子はそう言うと、再び歩き出し、廊下の先を曲がり消えていった。

           ・

次の日の朝のことであった。登志夫は凛子と二人で朝食を食べていた。

「凛子さん、父さんはどうされたんですか?」

「へえ、旦那様は昨夜少しあって今はまだお休みになってはります」

「そうですか」

 登志夫は久雄が夜に凛子と体を重ねすぎたのだろうと思った。

「凛子さんはお疲れではないんですか?」

「へえ、私はまだ坊ちゃんと年も近くて若いさかい。大丈夫や。旦那様はもう年やから、体力も違うてくるんやろな」

 凛子は平静とした様子で言った。

「父さんも自分の体の事を考えない阿呆だから」

「坊ちゃん。自分のお父様の事、あまり悪く言ったらだめやで」

 凛子は登志夫を叱った。登志夫は父の心配などは無く、凛子の事をが心配であった。

 しばらくすると住み込みの書生が二人の前に出た。

「奥様、旦那様がお呼びです」

「そうですか。では坊ちゃん、私はこれで失礼致します」

 登志夫に一礼をして凛子はその場を後にし、登志夫は一人になり、黙々と朝食を食べていた。

 登志夫は凛子の事を考えた。四つしか離れていないとは言え、登志夫の今の母親は凛子である。あんな父に毎晩、相手をさせられている。登志夫は凛子がとても不憫であると思っていた。

 凛子は登志夫の亡くなった母とどこか似ていた。

 外見は元より雰囲気がそっくりであり、時々、亡くなった母だと思ってしまう程であった。

 久雄が凛子を細君にしたのも、登志夫の母と似ているからではないだろうかと登志夫は考えていた。

 その後、登志夫は学校へ行く為に家を出た。

 家の門の外には友人の優子が登志夫を待っていた。

「おはよう川端君」

「南沢さん、おはよう」

 優子は登志夫に挨拶を返されると嬉しそうに笑った。

「川端君、少し元気が無い?」

「ううん、そんな事ないよ。元気だよ。少し考え事をしていたからそう見えたんじゃないかな」

 登志夫がそう言うと、優子は心配そうな顔をした。

「本当に、何かあったら言ってね」

「うん、ありがとう」

 登志夫は今の自分と優子の関係が凛子と自分の関係に思えてきた。

 そして二人のすぐそばを一台の車が走り去った。

 登志夫はどこか遠い所へ大切な人と逃げようかと思った。

「南沢さん」

「何?」

「今日、家に行ってもいいかな?」

「いいよ」

「ありがとう。学校が終わったら行くね」

「うん、待ってる」

 登志夫は優子の家族がどのような人達なのかが知りたかった。

 優子には南沢家の血はなく、優子の義母は女の子が欲しかったが夫を亡くしていたので、優子を養子として向かい入れたのだった。

 優子はよく義母と出掛けた話や年の離れた義兄の話を幸せそうにしていた。

 血の繋がっている父に愛されない登志夫。血が繋がっていない義母に愛される優子。家族というものをよく知らない登志夫はこの目で家族がどんなものであるかを見ておきたかった。

 そして学校が終わり、登志夫は優子と二人で優子の家へと向かっていた。

 その途中、登志夫は凛子と会った。

「坊ちゃん」

「凛子さん」

「どこかへ行きはるん?」

 凛子は買い物をしている様子であった。

「はい、少し友人の家に」

 登志夫はそう言って、優子の方を見た。

「そうなんや。初めまして、登志夫の義母の川端凛子申します」

「川端君の友人の南沢優子です」

 二人はお互いに頭を下げた。

「それじゃ、私は家に戻るさかい。坊ちゃん、あまり遅くならんといて」

「はい、わかりました」

 凛子は遠くへと風のように歩いて行った。

「今の人、お母さんなの?」

 優子が聞いた。

「うん、父さんが少し前に再婚した人なんだ。だから僕と血縁関係はないんだ」

「そうなんだ。だから若いんだね」

 優子はそう言うと、少し先を行った。

「川端君、行こう」

 登志夫は優子と凛子を重ねて見た。

 二人はその後、優子の家へと着いた。

 玄関には優子の母と思われる女性がいた。

「ただいま、お母さん。今日は友達を連れて来たよ」

「初めまして、優子さんの友人の川端登志夫です」

「優子の母の桜子です。川端君、ゆっくりしていってね」

 桜子は少女らしさを持つ優子とは違い、女性らしさを持った美しい人であった。

 顔立ちはもちろん違うが、二人とも一つはかわいさ、もう一つは美しさを持った綺麗な母子であった。

「じゃあ、川端君。私の部屋に行こう」

 登志夫は優子についていった。

 優子の部屋は四畳程の和室であった。

 部屋の片隅には裁縫道具などがあり、優子の趣味を伺わせた。

 部屋の真ん中には机があり、登志夫と優子は対面をするように座った。

 しばらくすると優子の母の桜子が部屋に入り、二人に茶を出してくれた。

「ごゆっくり....」

 桜子はそう言うと、部屋を後にした。

「優しそうな方だね」

「うん、私を大事に思ってくれているお母さんだよ」

 優子は照れくさそうに言った。

「南沢さんは今は幸せ?」

「うん、とっても」

 登志夫は優子が羨ましかった。

 自分は父に愛してもらえず、愛していたはずの母は亡くなってもう長い。今の血の繋がっていない母は優しくしてくれているが、歳が近いせいか、母に愛されているという実感はなかった。

 茶を一つ飲むと、優子は話した。

「川端君のお母さん。綺麗な人だったね」

「そうかな」

「うん、そうだよ。美しさを感じた。上品な女性って感じで。女から見ても顔が赤くなっちゃうよ」

「ありがとう」

 登志夫はそう言って笑ったが、凛子には憐れを抱いていた。

 だが、凛子は同性の優子から見ても魅力的であったのだ。なのに、貧しさのせいで、凛子はあの父の相手をしなければならず、彼女はとても不憫な女であった。

「でも凛子さんはとてもかわいそうな人なんだ」

「どういうこと?」

「........」

 登志夫は凛子と久雄の夜の行為を優子には言えなかった。

「ごめん。今のは聞かなかったことにしてくれない?」

「う、うん。わかった」

 優子は登志夫を心配した表情で見ていた。

         ・

 帰り道、まだ空は夕方であり、夜にはなっておらず、登志夫はあまり早く家に着かないようゆっくりとした足取りで歩いていた。

 帰る途中には家族の姿がよく見られる気がした。

 自分にはわからない何かをその家族は持っているのだろうかと思った。

 登志夫にとって幸せは母が生きていた頃であったのだろうと思った。だが、母は久雄の奴隷で今の凛子が久雄から受けているような変態的な行為によって苦しんでいたと思うと、母にとっての幸せは貧しさの苦しみもなく、また久雄の苦しみもない死後が幸せなのではないかと思ってしまった。

 登志夫の苦しみは母の幸せで、母の苦しみは登志夫の幸せであった。

 誰に見られることもなく落ち着かない心持ちを思いながら登志夫は細い路地を通ると、ひっそりと隠れたように立つ川端の家が目に入った。

 登志夫は門を通り、家の扉を開けた。

「おかえりなさい。坊ちゃん」

 玄関へ凛子が歩いてきた。

 登志夫は凛子の顔を見ることができなかった。

「どないしたん。少し様子がおかしいで」

「大丈夫です。僕、部屋に荷物置きに行かなくちゃ」

 登志夫は凛子から逃げるように去った。そして凛子を不憫に思い、その状況から逃げる自分を言葉も無く責めた。

          ・

その夜に登志夫の部屋に凛子が顔を見せた。

「坊ちゃん。失礼します」

「どうされたんですか?」

「へえ、坊ちゃん。毎日頑張って勉強やらしてはるから、お茶でも持ってこようかと」

 凛子は机にお茶を置いた。

「ありがとうございます」

 登志夫はそのお茶を一口飲むと、凛子は話をし始めた。

「坊ちゃんは私をかわいそうな顔で見てはる事が多いやろ?」

 登志夫は心を見透かされている事に茶をむせそうになった。

「あんな坊ちゃん。私は今、とっても幸せに感じてるわ。坊ちゃんが思っている程、旦那様は酷い方ではおらへん。せやから私を憐れんでもええんよ」

「ごめんなさい」

 凛子は首を横に振った。

「ええよ。坊ちゃんら優しい子やから」

「子供扱いしないでください。そんな年じゃないです」

「おませはんやな」

 凛子はそう言うと、部屋を後にした。

 登志夫はお茶を飲んだ。このお茶が凛子が淹れてくれたお茶だと思うと、少し嬉しい思いをした。

          ・

気がつけば夏の終わりが近づき、登志夫は再び学校が始まった。久雄は変わらず凛子を自分の物にしており、今はそれを元に物語を書いているようであった。

 久雄は過去にも数々の愛人に自分の性癖と小説へのアイデアの為に恥辱的な行為を行っており、登志夫の母も何度も久雄の手によって辱められていた。

 そして久雄はその女性達の話を多く作り、その書く文が叫んでは美しくも恥辱的な耽美主義と評されている。

 久雄は女性の書き方を特別、美しくする事に気を掛けていた。

 登志夫はそのおかげで今の生活ができており、久雄を恨む事はしたくてもできなかった。

          ・

 ある日、優子が登志夫の家に行きたいと言った。

登志夫はあまり人を家に入れたくはなかった。

 家には久雄が常におり、久雄が凛子に行っている事を仮にでも優子に見られる可能性があるからである。

 だが、登志夫は前に優子の家に入ったことがあり、優子の言葉を断る事ができなかった。

 九月は暑さが消えていき、夏の景色も鎌倉から見えなくなっていった。

 登志夫は急ぎながら家へと帰った。優子は一度、自分の家に戻ってから来ると言っていた。

「おかえりなさい。坊ちゃん」

 凛子は玄関から登志夫に声を掛けた。

「どないしたん?そないな様子で」

「急でごめんなさい。今日、家に友達が来るんだ」

「友達?」

 凛子は言葉を繰り返した。

「そう、南沢さんが、家に来たいって言って」

「この前の女の子やね。ええよ、私は大丈夫やで」

「父さんは?」

「旦那様も恐らくは」

 凛子はそこから先を言わなかった。

         ・

しばらくして優子が家に来た。

 優子は赤を基調とした洋服を着ていた。

「いらっしゃい南沢さん」

「おじゃまします」

 登志夫は優子を部屋まで連れて行った。

 その際に登志夫と優子は廊下で久雄とすれ違った。

 久雄は何も言わずにそのまま歩き去ったが、優子の姿を強く凝視しているのを登志夫は見てしまった。

 久雄の目には優子がどう映ったであろう。

 凛子が久雄の自由になるのは良い気分では無いが、それと同じくらい優子が久雄の自由になるのも嫌であった。

 登志夫は優子を連れて久雄から逃げた。

「川端君、先程の方は川端君のおじいさま?」

「違うよ。あの人は僕の父だ」

 登志夫の言葉に優子は驚いた。

「年が離れてるんだね」

「うん。僕の母さんは若くして僕を産んだんだ。そして今はもういない。母さんは父さんよりも僕の方が年が近いくらい若くて、綺麗だったよ。凛子さんにも少し似ていたかも」

 登志夫は笑いながら言ったが、優子は笑いもせず黙って聞いていた。

 その時、扉を開く音が聞こえた。

「坊ちゃん。お茶を持ってきました」

 凛子が茶を持って入ってきた。

「あら、南沢はん。お久し振りどす。今日は女の子らしくてかわいい洋服を着てて。似合ってはります」

「ありがとうございます。東京で買ったんです」

「へえ、私はあまり、洋服は着いひんさかい。外国の人みたいで憧れるわぁ」

 凛子は茶を置いて話始めた」

「凛子さんは綺麗なのでとても似合うと思いますよ」

 優子はそう言った。

「いややわ、南沢はん。私はこないな服、来てもええんやろか」

「私の着てみますか?凛子さんがもっと美しくなりますよ」

 二人が話をしているのを登志夫はただ見ていた。

 こうして見ると、二人は姉妹や友人のように見えた。

 実際、二人はそれ程、年は離れていない。登志夫から見たら義母と友人なのだが、優子は離れた義兄しかいないためか、本当の姉に見えているのだろう。

 凛子と優子はそのまま長く話をしていた。

 登志夫はずっと一人で二人の様子を眺めていた。

         ・

「今日は川端君とあまり話せなくてごめんなさい」

「大丈夫。南沢さんが楽しそうでよかったよ。また明日学校で」

 登志夫がそう言うと、優子は小さな声でこう言った。

「川端君はさ、凛子さんのことはどう思ってるの?」

「凛子さんは今は母親と思ってるつもりだよ」

「そう」

 少し間が空いた。

「川端君は愛している人はいるの?」

「それはまだいない」

 優子は後ろを向いた。そして

「また明日ね」

 そう言って優子は帰って行った。

         ・

 その夜、凛子の泣き叫ぶ声が家中に響いた。

 登志夫は自分の部屋を出て、久雄の部屋の前まで来て、何が起こっているのかを確かめようとした。

 そして登志夫は扉に耳を傾けた。

「申し訳ございません。旦那様」

「うるさい。お前は俺よりも息子の女といた。それは俺に対する侮辱だ」

 久雄はそう言うと、凛子を叩いた。

 登志夫が扉を少しだけ開け、部屋の中をこっそりと見ると、凛子は紐で縛られている状態であった。

 凛子は泣き腫らしており、そんな凛子を見て、久雄は笑みを浮かべていた。

「美しいぞ。凛子。お前は俺の所有物だ。そしてわしの最高傑作だ。俺を神だと思って接しろ」

「はい、旦那様」

「俺のおかげでお前の家族は生きていけているんだ。その事もしっかりと知っておけ」

「はい、ありがとうございます」

 凛子は苦しんだ様子であり、久雄には憎悪を感じた。

 久雄の悪魔のような笑った顔は登志夫の脳裏に焼きついた。

 凛子の体には生々しい傷がいくつもあり、左腕には登志夫が見た傷があった。

 久雄は裸で縛られている凛子の乳房に手を掛けた。

 凛子は項垂れたような声を上げた。

 久雄はそんな凛子を見て、興奮し、服を脱いで裸になった。

「挿れるぞ。凛子」

「どうぞ、旦那様」

 久雄は凛子の中に入れた。

 凛子は普段の様子から想像ができない程、喘ぎ、女本来の姿を見せていた。

 久雄はそんな凛子を叩きながら腰を動かしていた。

 登志夫は父の欲望のままに快感を得ている姿に絶望をした。

 またそれとは別に凛子の獣からの愛をただ受け入れるしかすべのない暗い表情に登志夫は視線を注がれてしまった。

 二人の動きが止まった時、登志夫の小さな動きも自然と止まっていた。

 登志夫は自分に嫌悪感を感じながらその場を後にした。

         ・

 ある日、登志夫は凛子に呼ばれ、部屋まで来ていた。

「凛子さん、入ります」

 凛子の部屋まで来た登志夫はそう言った。

「坊ちゃん、どうぞお入り」

「失礼します」

 登志夫は凛子の部屋へと足を入れた。部屋は鏡台や目を凝らす場所には小さな小物などがあり、女性らしさを随所に感じさせた。

「鏡台気になるん?」

 凛子は言った。

「その鏡台は旦那様がくれはったんや。坊ちゃんのお母様も使いはったそうや」

「母さんが」

 その言葉を聞き、登志夫は凛子と母を改めて同一視した。

「綺麗な鏡台やろ。気に入ってるわ。きっと坊ちゃんのお母様が大事に大事に使われたんやろうな」

 登志夫は凛子の言葉に触れ、凛子から隠れるように少しだけ涙を流した。

「坊ちゃん。隠れんでもええよ。私はなんとも思わへんさかい」

 凛子はそう言ったが、登志夫は涙を拭き、凛子の方を向いた。

「強い子やな。坊ちゃんは」

 凛子はまるで登志夫の母であるかのように言った。

「ここで僕、昔、母さんとこの鏡台で遊んでいたんです。その頃はまだ、母さんも元気で、父さんは昔からあんな感じでしたが、少なくとも僕は懐かしい良い思い出でした。母さんが、僕の長かった髪を女の子のように結って、女の子のようだと言って笑ってました。恥ずかしくて嫌だとはその時は思いましたけど、母さんの笑った顔を見ると、許してしまうんです」

 登志夫は鏡台を見ないようにしていた。そして凛子はその事に気がついた。

「坊ちゃん。鏡台の前に座ってくれはる?」

「え、ええ」

 登志夫は鏡台の前に座った。凛子は登志夫の後ろに立った。

「坊ちゃんはもう十三やし、髪も短いから結うこともできひんけど、髪の毛を梳かすことくらいならできるわ」

 凛子は自分の櫛を手に取り、登志夫の髪を撫でるように梳かした。

「坊ちゃんの小さい頃は写真でしか見れへんから、どんな子やったんかは坊ちゃんと旦那様しかわからへんのやけど、坊ちゃんももう大人になりつつあるんやなって思うわ」

 登志夫は鏡越しに凛子を見た。

「父さんは僕がどんな子かは知らないです。それを知っているのは僕と母のみです」

 登志夫は自分の言葉を強く言ってしまったことをすぐに恥じた。凛子は登志夫の髪の毛を指に絡めた。

「ごめんなさい。私、坊ちゃんを知った気でおったわ」

「いえ、僕の方こそ。そんな風に言うつもりはなかったんです」

 登志夫は鏡の中の凛子の顔を見ると凛子とそこで目が合った。

 二人は少し目を逸らした。二人は何も言わず無言であった。

「なんかすみません。凛子さん」

「ううん、気にせえへんといて、少し恥ずかしかったけど」

 しばらくして登志夫の髪を凛子は梳かし終えた。

「できた。坊ちゃんどうどっしゃろ?」

「ありがとうございます。けれど凛子さんに少し申し訳ないですね。こんなことをしてもらって」

「ええよ。坊ちゃんが悲しい涙を流すよりは」

 凛子はそう言って笑っていた。

 登志夫は凛子に髪を梳かしてもらっている間、母との記憶を思い出していた。

 母にしてもらっていた事を今は別の母にしてもらっている。登志夫は不快に感じず、安心した気持ちを感じた。

 登志夫は今、凛子を母親と心の中で思っていた。

 今までは姉のように思っていたが、凛子が自分に対する思いは母そのものであった。

 母は生まれ変わったように思えた。母の魂は凛子の心の中に入っているかのようだった。

「坊ちゃん、お茶にせえへん?」

「はい、わかりました」

 登志夫は凛子の存在が自分の孤独感を無くしている事に気がついた。

 母が亡くなってからずっと感じていた寂しさが凛子といる事によって消されていた。そして母と一緒にいた時の思いを久し振りに感じていた。

 凛子は登志夫に茶を入れた。

「突然なんですけど、凛子さんは僕の事をどんな風に思っているんですか?」

 登志夫は自分に対する愛を受けたく、そして知りたかった。

「坊ちゃんの事は大切に思ってはります。親切で優しくて、弟に近いかもしれへん」

「弟ですか?」

「へえ、年も近いさかい。母親というより、姉やと思うわ」

 凛子はそう言った。

 登志夫は凛子の言葉に少しばかりの悲しみに近いものを覚えた。しかし、自分のことを大切に思ってくれている凛子には感謝の気持ちはたくさんあった。

 凛子に対する登志夫の気持ちは変わることはなかった。

「ところで坊ちゃん?」

「なんですか?」

 凛子は登志夫の目を見て、何かを読み取るような仕草をしていた。

「一昨日の夜、旦那様の部屋の前にいたやろ?」

 登志夫は凛子の言葉に心臓が絞まるような痛みと諦めの気持ちが自分の中に出てきた。

「いや、怒ってるやないの。ただ、坊ちゃんにあれを見られたんが、恥ずかしくて」

 凛子は顔を赤くした。

 凛子には見られたことの怒りなどはなく羞恥心のみがあった。

 この時、凛子の肌に一つの汗が体を流れて床に落ちた。

 凛子には普通の十七の少女にはない色気があった。そしてその色気は凛子の長い黒髪といやらしさを覚える目つき、綺麗な肌から来ているのか。また、そのおとなしい性格から来ているのかはわからなかった。

「ごめんなさい」

「ううん、坊ちゃんを責めようとしてるんやないの。私が普段、旦那様にされている事を坊ちゃんに知られたくなかっただけや。お父様のそんな所見たないやろ。坊ちゃんにはその思いをしてほしくなかったんや」

 凛子の口調は母そのものであった。

 凛子の色気にはその母のようなものがあるからかもしれない。

           ・

 この家は和を基調としている一軒家であるが、家の中の置き物には西洋の物が多い。それは久雄が外国が好きだからという理由であった。

 洋風の家に住みたいと思っていた久雄だが、その時はまだ金が無く、仕方が無く借家を借りて、その家を今でも住み続けている。

 久雄の外国好きという趣味で家には西洋の物を置くようになった。そしていつの間にか久雄はこの家を気に入り、その時には既に売れっ子作家となっており、借家である家を買い取った。

 そして久雄はサディストであった。今までの妻や愛人には手足を縛り、痛めつけ、首輪を付けて家の中を犬のように歩かせていたりもした。

 その中で久雄が最も気に入った女との間には子供ができ、女は久雄の家で子供を育てていたが、数年前に病気で亡くなった。久雄はその女の死を悔やみ、その女を忘れるかのように色々な女を愛人にし、手を出していたが、あの女以上の女はおらず、どの愛人もつまらない女に思えてしまった。

 だが、少し前にその女と同等の女と出会った。それが凛子であった。数年前に亡くしたあの女のように凛子は久雄が痛めつけると動物のような目を久雄に向け、その目から涙が溢れ、そして上品に泣いた。

 凛子との夜は大抵、凛子を犬のように歩かせながら痛ぶり、そして、凛子の母性に甘えながら一夜を過ごしていた。

 作品が売れるようになってからは、色々な女と寝たが、先程の二人の女以上の者は現れなかった。

 凛子と結婚をした今は、久雄はすこぶる気分が良かった。凛子は家が貧しく、久雄は凛子の家族に月に一度金を送っていた。つまり、凛子が久雄の元にいる間は凛子の家族は生きていくことができ、凛子が逃げられないようにしていた。これは登志夫の母も同様に行っていた。

 檻のない鳥籠である。

 そんな鳥籠の中に入れられている凛子を久雄は楽しんでおり、登志夫は何もできずに見ていることしかできなかった。

          ・

 凛子が部屋を出て行った後、登志夫は床に座りながらじっと考え事をしていた。

 一昨日の夜に登志夫は父と凛子がセックスをしているのを見た。

 凛子の裸を見たのは初めての事であった。

 凛子の体は白く美しく華奢であった。乳房は特段に白かった。そしてそれは大きな赤い乳首だった事を登志夫は思っていた。

 泣くように叫んだり、か弱く喘ぐように声を上げる凛子がとても妖艶で美しかった。

 そんな美しい人が獣によって紐で縛られ、自由を奪われている姿は戦後のあるべき姿なのかもしれないと思った。

 そのような行為を受けている凛子は果たして苦しみを感じているのだろうか。今までの久雄の愛人達はその苦痛に耐えながらその愛を受けていたのだろう。

 凛子の表情には苦しそうではあるが、苦痛は感じなかった。彼女は登志夫の僅かな想像によるとマゾヒストのようなものを思いさせられた。

 ただ、凛子には嬉しさも感じられなかった。凛子は久雄の愛に苦しさも嬉しさも抱いていないのかもしれない。

 登志夫は凛子の縛られている姿を想像した。そしてその想像の相手は父ではなく自分であった。

自分が凛子を痛ぶっていた。そして自分に痛ぶられている凛子は嬉しそうに見えた。

 登志夫は想像するしかなかった。そして、久雄が凛子の体を使い気持ち良くなっているように登志夫は独りで気持ち良くなっていた。

 登志夫にとって凛子は近くて遠い存在であった。

 登志夫と凛子の間には久雄がいた。登志夫と凛子が話をしたりする事ができるのも久雄がいるからであった。

 登志夫と凛子の関係性には久雄の存在が絶対的であった。

          ・

 その日の夕方に登志夫は家で久雄とすれ違った。日中は部屋に篭って小説を書いている久雄が部屋から出ているのはあまりない事であった。

 登志夫は息を飲み、久雄と目を合わせないようにして壁際を歩いた。

「登志夫」

 久雄は冷たい声色で言った。

「なんですか。父さん」

 登志夫は一つの汗をかいた。

「お前、前に家に少女を連れてきただろう」

「はい」

 登志夫は敢えて嘘をつかずにいた。

「あの女。えらく俺好みの女でな。体つきも良い。少女の面影を色濃く美しくしている。なかなかの女だな」

 久雄は登志夫に目を向けず、優子の事を考えている様子であった。

「父さん。彼女を自分の物にしようと考えているのなら、僕は絶対にあなたを許しません。彼女は僕の大切な友人です。父さんが彼女を女を見る目で見たのは気づいていました。でも父さんには愛人がたくさんいるじゃないですか。彼女にはこんなひどい事はさせられないです」

 登志夫が力強く言うと、久雄は登志夫の髪を引っ張り出した。だが、久雄は特に何も言わなかった。そして手を離すと登志夫を見ずにその場を去った。

          ・

 川端邸には一人の書生と四人の使用人がいた。

 五人とも、久雄の性癖は理解しており、凛子やその他の愛人とのセックスもどのように行っているかを知っていた。五人は夜な夜な聞こえる女性の叫び声に悲しみを抱きながら過ごしていた。

 彼らもまた檻のない鳥籠に閉じ込められているのだ。

 登志夫はある夜に凛子に呼ばれて、凛子の部屋に行った。

「失礼します」

 登志夫が部屋に入ると、凛子は床に星座をして、登志夫を見つめていた。

 登志夫は凛子がそこで長い時間、自分を待っていたように感じられた。

「こないなくらい夜に来ていただいて申し訳ありまへん。旦那様から坊ちゃんに呼び出しがありました。恐らく、私と旦那様の情事を坊ちゃんにも....何かさせられるのかもしれへん。申し訳ありまへん。でも私は旦那様には逆らえへん。坊ちゃんが拒否しようとしても私はそうさせられへんのどす」

 登志夫は何も言えずその場に立ちすくんでいた。言葉が出せなかったのだ。

「坊ちゃんに覚悟がないのは承知の上で、私が坊ちゃんの分の覚悟を背負います」

 凛子にはいつものような穏やかさはなく、張り詰めた表情と言葉から見える緊張がそれを物語っていた。

「僕は何をされるのですか?」

 登志夫は恐る恐る聞いた。

「申し訳ありまへん。坊ちゃん。私も何も旦那様にされるのかはしっかりとはわからないんどす」

 障子から風の存在が少しだけあった。

「父さんが何を」

 凛子は登志夫に頭を下げた。

「坊ちゃん。行きまひょ。私もできる限り守るから」

 凛子はそう言って手を差し出した。登志夫ら凛子の手をすがるように強く握った。

 久雄が登志夫に自分の性癖のために利用したことは一度も無かった。

 ただ、この間、登志夫が久雄に優子の事で強く言った事を根に持っているのだろうかと登志夫は思った。

「坊ちゃん。あまり震えんでも、あんまりなことは私がさせへんから」

「凛子さんは怖くないんですか?あの人のことですよ。僕に関心なんかないはずなのに」

「大丈夫や。私が守るから。それに私は毎晩、旦那様のご興味にお付き合いをさせてもらっているから」

 凛子がそう言い、掛けている時にはもう、久雄の部屋が目の前に現れた。

 家の中でも誰も通らない廊下。通る時は久雄の用がある時だけである。

 凛子は扉を柔らかい手つきで軽く叩いた。

「旦那様、凛子です。失礼します」

「凛子か。登志夫はそこにいるか?」

「はい、登志夫坊ちゃんもご一緒どす」

 凛子がそう言うと、久雄は淡々とした声で入れと言った。

 凛子は扉を開け、登志夫を中に入れた。

「さあ、坊ちゃん。中へ」

「はい」

 凛子が扉を閉めるとそこはもう三人だけの空間があった。

 凛子は久雄の隣に座り、登志夫の前には二人の姿があった。

 久雄の顔は酒を飲んでいるからか少し赤らんでいた。

「登志夫、お前はそこで見ていろ。ただ見ているだけだ。それ以外は何もするな」

 久雄の言葉に登志夫は恐怖を感じた。

「凛子」

「へえ、でも坊ちゃんが」

「早くしろ」

 久雄はそう言い、凛子の頬を叩いた。

 登志夫は立ち上がろうとしたが、凛子は登志夫を止めた。

「大丈夫や、坊ちゃん。じっとしていてな。ごめんなさい」

 凛子の頬は赤く染まっていた。

 久雄は凛子の服に手を掛けた。

「旦那様。自分で脱ぎますので」

「だめだ。俺が脱がせる。凛子の羞恥心に犯されている表情は格別だからな」

 久雄の手によって凛子の服は脱がされていき、下着を取られると凛子は裸となった。

「どうだ登志夫、義母の裸は美しいか。だがこいつは俺の物だ。お前には触れさせん」

 久雄はそう言って凛子を肩に抱いた。凛子は黙ったまま久雄に抱かれ、その表情は登志夫の知っている凛子ではないように見えた。

 登志夫は凛子の羞恥や尊厳の為に凛子の裸を見ないようにしてたかったが、欲望は強い物であり、登志夫の目には凛子の大きな乳房、白く綺麗で鏡のような肌が写っていた。

 凛子は登志夫に対して恥ずかしさを感じていた、

「来い、凛子。かわいがってやる」

 久雄はそう言って、凛子の唇にキスをした。

 凛子は甘い声を出し、久雄とのキスが終わると床に倒れ込んだ。

 登志夫は駆け寄ろうとしたが、凛子の言葉を思い出し、思いとどまった。

 その間に久雄は服を脱ぎ、裸の凛子を抱き寄せ、体のあらゆる場所を舐め回した。

 久雄の裸を見るのは登志夫は初めてなような気がした。一緒にいるわけでもない父の裸は他人の裸そのものだった。そしてそんな父の異常な性癖に登志夫は嫌悪した。

 凛子はとても十七の少女とは思えないような声を出していた。登志夫は久雄が凛子を嫁にした理由を少しだけ理解した。

 久雄は凛子の腰に手を回し、凛子の肌をなめらかに触れた。

 二人は布団に横になった。凛子は久雄にされるがままであり、久雄の為に声を上げているようであった。

「旦那様。もう許してください。坊ちゃんが見ているさかい。恥ずかしいどす」

「美しい。お前は恥じている時が最高に美しい」

 久雄は凛子の女性器を舐めた。

「登志夫。よく見ておけ。これが俺の奴隷が見せる女の姿だ」

 久雄は凛子を舐め続け、凛子は久雄によって普段の姿から想像ができない程、叫び狂っていた。

 凛子は苦しそうに見えるが、それは快楽に抗えない姿であった。

 久雄が舐めるのをやめ、顔を上げると凛子は伸びたように倒れた。

「凛子。次は俺を気持ち良くさせろ」

「へえ、わかりました」

 凛子は体を起こし、久雄を下から覗くように見た。

「待て。奴隷は奴隷らしくご主人様を気持ち良くさせないとな」

 久雄はそう言い、箪笥を開け、そこから紐を取り出し、凛子の手足を縛った。そして目を見えないようにし、そして首輪をつけた。

 そんな状態の凛子は何も見えず、手足の自由も奪われ、久雄の所有物同然であった。

 久雄は首輪を引っ張り、凛子をよろめかせた。

 凛子は僅かな声を上げ、犬のように引っ張られていった。

 そして久雄は自分のものを凛子に咥えさせた。

 十七の少女である義母が六十を超える父にそのような事をしている姿に何故か登志夫は美の奥底が見えた。

 凛子は屈辱を感じないのだろうかと登志夫は思った。

 また凛子にはもうすでにそのようなものを失っているのではないかとさえ考えてしまう程、凛子には嫌悪した様子が見られなかった。

 母も父にこうしていたのだろうか。登志夫は凛子の姿を見ながら思った。

 久雄の快楽を味わっている表情と、凛子のされるがままの身体。登志夫は再び母と凛子を重ねていった。

 今、登志夫にはとてつもない屈辱感が芽生えていた。

 それは母や凛子が感じているものと同等、またそれ以上なのかもしれない。

 登志夫は父を許さなかった。だが、今、登志夫が動く訳には行かず、仮に動いた場合、凛子の身に何があるかわからなかった。登志夫は悲しみを抱いて凛子を見るしかなかった。

 久雄は凛子の髪を両手で掴み、自分のものを凛子の口の喉奥に入れ、凛子は声も出せない程に苦しむ様子を見せた。

 それが終わった時、凛子は涙を見せ、口からは精子が溢れ出ていた。

 嗚咽した凛子の声が部屋の中に響き、苦しむ凛子の傍らで父の久雄は凛子を見ながら快楽を得ていた。

 凛子はそんな久雄をじっと見つめた。

「次は俺だ」

 久雄は凛子の上に乗り、凛子の胸を揉んだ。凛子は先程の苦しさがまだ残っているようで、声にはどこか苦しさが混じっていた。

 久雄は胸を揉みしだき、乳首を摘んだ。

 凛子はそこで感じてしまった。

「凛子はやはりそこがいいんだな」

 久雄はそう言うと、凛子の乳首を痛めつけるようにしていた。

 凛子は苦しみの声を上げ、その声は助けを求めるように聞こえた。

 登志夫は動くことができず、固まったようにその場にいた。

 久雄は舐め始めた。凛子は苦しさを訴えるような声は消え、その代わりに感じる声を上げた。

「もう、嫌。坊ちゃんにそないな所を見したないどす」

 凛子は消えいるような声で言った。

 登志夫は背筋に寒気を感じた。それは秋から来る風なのか、それとも別の何かなのかはわからなかった。

 久雄は手を止めた。そして黙ったまま、凛子の首にあった首輪を引っ張り出した。

「おい、凛子。お前は俺の奴隷だろ。そんなに登志夫が心配か?こいつは前の嫁との間にできた望んでいないガキだ。心配なんかしなくていいんだ」

 久雄はそう口にすると凛子を蹴り上げた。

 凛子は壁に打ち付けられ、少しの間気絶をしたように動かなかった。

「父さん。もうやめてください」

 登志夫は傷つく、凛子を見て叫んだ。彼は久雄を父とは思えなくなっていた。

 久雄は凛子の長い髪を再び掴み、まるでそれが物であるかのような目を向けた。

「お前が何か言ったら、こいつがどうなるのかわかっているんだろうな。この女を殺すことだって俺はできるんだぜ。見てみろ、こんな美しい女が死んでいくのは桜が散るようだ。お前の母もそのようだったよ」

 登志夫は久雄を殺そうと思った。だが、久雄のすぐそばには凛子が倒れていた。

 登志夫は久雄の殺意を抑え、何もせずにいた。

 久雄は凛子の髪を掴んだまま、近くに置いてあった酒を飲み、煙草を咥えた。

 久雄の顔は更に赤くなったように思えた。現に久雄は今、酒を飲み、濁声を吐き出す姿はとても人間のようには思えなかった。

「全く、戦争が終わってこいつ程美しい女を俺は見たことがない」

 久雄は声にもならない声で言った。酒が回って来ているようだった。

「名前は忘れたが、戦争の時に出会った女は俺が出会った女で一流の物だった。だが、そいつが死に、美しい女を美しいまま終わらせたことに俺は満足と物足りなさを覚えてしまったよ。そして凛子と出会い、この女は十七だというから十年は生かしても面白いと思った。その時になれば、凛子を餓死でもなんでもしてやるさ。衰弱した凛子はそれは美しいのだろうな」

 久雄はそう言って、煙草を吸い始めた。

「登志夫は、あの女の子供なだけあって顔立ちがよくあいつに似とる。女に見えてしまう時もある程だ」

 登志夫の前に久雄が歩み寄って来た。

「凛子と身体を重ねなさい」

 久雄は確かにそう言った。そして凛子の首輪の紐を登志夫に渡した。

 凛子は先程よりは動けるようになっており、登志夫を久雄の思っているように見ている気がした。

「坊ちゃん」

 そう言った凛子の声は子供を心配する母の声であった。

 登志夫は久雄の方を向いた。

「父さん。凛子さんは義母です。いくら血が繋がっていないとは言え、僕は凛子さんにそんな事はできません」

 登志夫がそう言った瞬間、久雄は怒りを露わにした。

 久雄は手に持っていた酒を床に投げつけた。酒は床に飛び散り、猪口は真っ二つに割れた。

「あの女の幻影に今まで操られているお前が、一丁前に言うじゃねえか。お前なんぞ、あいつ以外はお前が生まれる事を誰も望んでなんかなかったんだぞ。俺の人生を狂わせたんだ」

「旦那様」

 静かにと言うべきであった。視覚を奪われているはずの凛子だがその言葉を表すかのような表情をしっかりと浮かべていた。彼女は怒っていた。

「なんだ凛子」

「坊ちゃんを悪う言わへんでもらえます?」

 彼女の言葉には力強さがあった。

「坊ちゃんを望んでいなかったんは旦那様だけやったと違いまへんか?坊ちゃんのお母様はもちろん、私やこの家の方々、そして友人の方も皆、坊ちゃんが生きている事を嬉しく思います。それは望んでいるんと同じどす。皆坊ちゃんを愛しているんどす。せやから、坊ちゃんを悪う言わへんどぉくれやす」

 久雄は凛子に近づき、凛子の頬を叩いた。そして久雄は凛子から首輪を目隠しを外し、手足も自由にした。

「登志夫と凛子。これは命令だ。今お前達が何もしないと言うのなら俺はこの家に火だってつけてやる」

 久雄の言葉にははったりを感じなかった。

「坊ちゃん」

「凛子さん。僕は父さんの命令に従います」

 登志夫は凛子に近づいた。

「これ以上父さんに逆らったら凛子さんが危険です」

 凛子の耳元で登志夫が囁いた。そして凛子はしばらく登志夫を見つめ合った後、キスをした。

 久雄を見ると、久雄は二人を見て、自慰をしていた。

「坊ちゃんとこないなことをするなんて」

 凛子は登志夫の頬に手を置いた。

「目ぇ見えるようになったら坊ちゃんがおるさかい、嬉しおすなぁ」

 凛子は登志夫を横にした。そして自分も横になった。

「私は一人っ子やから、坊ちゃんみたいな子がいて嬉しいんや。坊ちゃん始めまひょ」

 凛子は登志夫の服に手を掛けた。服を一枚脱いでいくとともに登志夫の肌が見えて来ていた。

 そして登志夫は全裸になった。凛子は登志夫の体に乗り、馬乗りの体制になった。

 十代の男女は抱き合いながら、体の暖かみを二人で分け合っていた。

「坊ちゃんの体。すごく逞しいおすな」

 凛子はそう言った。登志夫は凛子の体をまじまじと見た。先程までは見ているだけだったのが、今では触れる事ができた。

 登志夫は凛子の乳房に手を伸ばしていた。

「触りたいんどすか?ええよ坊ちゃんは愛してるさかい」

 登志夫は凛子の乳房に触れた。触れる度に凛子から甘い声が漏れ、登志夫はその甘い声の聞きたさ故に凛子の乳房を激しく揉んだ。

「坊ちゃん。私、もうだめや。坊ちゃんと一緒になりたい」

 凛子と登志夫は一つに体を重ねた。登志夫にとって初めての事だった。

 凛子は体を動かし、登志夫は揺れている凛子の胸を見ていた。

 登志夫は全身に快楽と興奮が行き渡り、凛子がいて、初めて知る気持ち良さを味わった。

 凛子は年の近い男とは初めてであった。久雄では味わえない若さ故の力強い快楽を感じていた。また久雄とは違う支配の無い、愛の為だけの繋がりであった。

 しばらくして登志夫は限界を感じた。凛子を見ると彼女と目があった。

「坊ちゃん。ええよ」

「ありがとうございます」

 凛子は登志夫にいかにも女らしい目を向けた。登志夫は我慢せずにいった。

 凛子は快楽の声を上げ、登志夫の胸に倒れた。

「凛子さん、大丈夫ですか?」

「へえ、大丈夫どす」

 登志夫は一瞬、凛子から目を逸らした。凛子は登志夫にキスをした。

 登志夫が久雄の方を見ると、久雄は眠っていた。

「父さん、眠ってしまいましたね」

「起こさへんようにしとこか」

 凛子はここで何か考えている様子を見せた。

「坊ちゃん。私の部屋で続きをせえへん?」

「え?」

 登志夫は胸の高鳴りと共に秋風が体に刺すように染みこんだ。凛子を見るとそれがより一層に感じた。

「凛子さんの部屋で?」

「へえ、坊ちゃんがよければやけど、坊ちゃんと続きをやりたくなってしもうて」

「僕は、構いません」

「おおきに。坊ちゃんは私の部屋に先に行ってて、私は部屋を綺麗にしてから行くどす」

 登志夫は立ち上がり服を着た。眠ったままの久雄を起こさないように登志夫はそっと部屋を出た。

 部屋を出て、登志夫は後ろを向くと、そこはすでに恐怖を感じるものであった。

 登志夫は久雄への怒りすらも忘れてしまう程、凛子を愛してしまっていた。

 登志夫は先程まで裸でいた事に慣れ、服を着ている事に何か違和感すらを感じた。

 登志夫と凛子はあの時は確かに愛して合っていた。

 登志夫は凛子の部屋に着くと、音を立てず静かに部屋へと入った。

 部屋に入り、そのままじっと座って、先程の事を回想した。

 しばらくすると凛子が姿を見せた。

「どうも、坊ちゃん。待たしてもうてかんにんえ」

 部屋に入ると凛子はそう言った。登志夫は凛子の背に掛かる髪を見た。

 凛子は登志夫の目に気づいている様子はなかった。

 静かに歩きながらも秋への風に少しなけ不満そうな表情を見せていた。

「坊ちゃん。この部屋は二人っきりやさかい。誰の目も気にせえへんでええ」

 凛子は登志夫を包み込むような笑みを向けた。

「そうですね」

 登志夫は小声で言った。凛子の机の時計の時間は三時を少し過ぎていた。

 夜になると季節は昼間より秋を感じさせた。

「坊ちゃん。少しだけ失礼するどす」

 凛子は登志夫の服を脱がし始めた。登志夫は抵抗をせず、ただ凛子にされるがままにされていた。

 裸になった登志夫の体を凛子は全体を眺めるように見た。

「坊ちゃん、少しずつ体が大きくなってはるんやな。大人に近づいてはる」

 そう言って凛子は立ち上がった。

「坊ちゃん、少しだけ待っとってや。私もすぐに坊ちゃんと同じになるさかい」

 凛子は服を脱ぎ始めた。先程とは違い、服を脱がされるのではなく、服を脱いでいるの、凛子にある女性らしさが、目に見えるかのように感じられた。

 そして裸になった凛子は登志夫と抱き合った。

 登志夫は凛子の肌の滑らかさを感じた。

「ふふ、坊ちゃんはとても暖かいなぁ。まだここは子供なんやな」

「さっき僕の事を大人に近づいたって言ったはずじゃないですか」

「忘れました」

 凛子はとぼけた振りをし、登志夫はそんな凛子をかわいらしく思った。

「なあ、坊ちゃん」

「なんですか?」

 登志夫は凛子の顔を見た。

「私が旦那様と再婚するって聞いた時、坊ちゃんはどないな気持ちやったん?ずっと聞きたかったんや。坊ちゃんにとって母って大事なもんやし。申し訳無さやらあったさかい」

 凛子は少し声を震わせていた。

「凛子さんが再婚をする前にも父さんは二人の女性と再婚してました。でも、二人とも、半年程でいなくなったので、最初は凛子さんもすぐいなくなると思ってました」

「........」

 登志夫は下を向いた。

「私と旦那様が夜にしていることはやっぱり嫌やったやろ?」

「はい....」

 小さな声で言った。

「でも、母もずっとそうでしたし、その後の二人の母や、他の愛人との関係も知っていましたので、なんといいますか。感情的なものは今はもう無いです」

 凛子は登志夫に情を抱いた。

「でも大丈夫です。僕は昔から慣れているので」

「私は坊ちゃんと寝えへん方がよかったんかもしれへんね」

「そんな事ないです。僕は嬉しかったです。凛子さんのことを愛してしてるので」

 凛子はその言葉に驚きを持ったが、落ち着きを取り戻し、笑みを浮かべた。

「坊ちゃんはとても良い人やね。今度は私が坊ちゃんの傷を癒すさかい」

 凛子の声を登志夫は母の声と思ってしまった。

 凛子は顔を登志夫に近づけ、登志夫の唇にキスをした。

 凛子は舌を入れ、登志夫の舌と絡ませた。動き合う二つの舌は二人を直接に繋げていた。

 凛子の右手は登志夫の左と登志夫の右手は凛子の左手と指を絡ませながら繋がっていた。

 双方の口からは生々しくも愛を表すキスが混じり合う音があった。

 優しいキスがやがて舌によって激しいものとなった。

 凛子は登志夫の唇から離れた。

「坊ちゃんはもうとろけそうなお顔をしてるわ」

「凛子さんを求めているからです」

 二人は手を繋いだまま顔を見合った。

「ねえ、凛子さん」

「なんどす?」

「凛子さんは父さんの妻になりたかった訳では無いですよね?」

 凛子は一瞬、自分を忘れた。そして凛子を見つめる登志夫が目に入った。

「まあ、そうどすなぁ。私は実家が貧しくその為に旦那様の妻になったどす」

 登志夫はわかっていた。だが、それでも凛子に申し訳ないと言う気持ちで溢れていた。

「私が我慢したら向こうにいる父と母はなんとか生活ができるさかい。しばらくして私は旦那様から逃げよう思たことあったんや。せやけど、旦那様から逃げたってどうにもならへん。実家はまた貧しくなって、私はあの人に怯えながら生きていくんやろ。愛人の方もそうしているらしいえ。でも妻にならなかったら、私と両親はあの世や。感謝はしてはるし、私が妻に選ばれたんも奇跡やと思っとったけど、生きていても苦しいことばかりや。せやけど、坊ちゃんは優しくしてはるし、家の人も優しいからそれだけが救いやったわ」

 凛子はそう言って登志夫の為に笑顔を見せた。

「僕は凛子さんを愛しています」

「それはさっきも聞いたわ」

「なんだか、消えそうな気がして」

 凛子は登志夫と顔を合わせた。

「私は消えへんで」

「そうだといいですね。でもいつか、僕は凛子さんを父さんの手から逃げさせてあげます」

 登志夫は決意をして、凛子に言った。

「私も坊ちゃんが好きやで」

「愛しているってことですか?」

「まあ、愛してるのが半分や。まだ私は坊ちゃんを男の子として見ている所はあるさかい。せやけど、少しずつ坊ちゃんが大人になっていっているのを見て、異性としての坊ちゃんの気持ちは大きくなってるわ」

 凛子からの愛は簡単なものではなかった。

「お顔が真っ赤や。少し涼んだ方がええんやないの?」

「気にしないでください」

「ほんまに?せやったら、このまま坊ちゃんと私が力果てるまでやろか?」

 そう言うと凛子は上向きで横になった。

「今、私の体は坊ちゃんの物や。何をするんも坊ちゃんの自由や。何をして欲しいのかも坊ちゃんが言えばその命令に従うどす」

「まるで父さんとのようですね....」

「私にはこれくらいしか思いつかないから。坊ちゃんが望むようにしてほしいどす」

 登志夫は凛子の体に手を触れた。

「僕は父さんのように凛子さんを人間と思わないでやることはしません。ただ、凛子さんと恋人のようにやります」

「そうどすか」

 一つ静かになった。

「私は嬉しいわ。坊ちゃんがちゃんと私を愛してくれはるから」

 凛子はどこかへ向けて言っていた。

「坊ちゃん、一緒に気持ち良くなりまひょ。二人だけの空間で二人だけの為に」

 登志夫は凛子の足を掴み、股を広げた。

「坊ちゃん、そこを舐めておへんか?挿れた時に痛い思いをせえへんで済むんや」

「凛子さんは父さんに痛い思いをさせられた事があるんですか?」

「旦那様はいじわるさかい。私が痛がって泣く姿をよう静観してはった」

 凛子は笑ったように言った。登志夫は父を恨むまで嫌悪した。

「凛子さん、いいですか?」

「坊ちゃんの準備ができているならいつでもええよ」

 登志夫は凛子と本物の愛を感じ合いながら体を重ねた。

 二人は義母と息子だが、歳は四つしか離れていない。二人は愛し合っていても不思議ではないのである。登志夫は凛子の母のような包容力に愛を見出し、凛子は登志夫の自分に向ける真っ直ぐな愛に登志夫への愛を見出し、二人は愛し合った。

 愛し合いながらも二人は恋人にはなれなかった。

 登志夫はその事を知っていながらも凛子を好きになり、そして実の父である久雄に激しい憎悪を向けていた。

 憎悪には恨み、嫉妬、そして僅かな父への愛があった。

 名の知られている小説は実子を愛することはなかったが、子供は父に少しばかりの愛を持っており、それは少しずつ薄れていった。

 そしてそれと並行して母への愛が深くなっていった。

 二人はもう義母と子を超えた関係になっていた。

 十代の二人は若さだけを頼りに先の見えない終わりに進んでいた。

 このままいつまで愛し合うのか。終わりのことなど二人は考えてなどいなかった。

 二人は絶頂を迎えると、疲れ果てた二人は抱き合ったまま夜の暗闇に消えそうになり、キスをしてお互いに消えさせないよう、そして守るようにしていた。

 凛子は登志夫の手を自分の肌から離した。そして彼女は正座をして登志夫を見た。

「おいで坊ちゃん。お疲れやろ?私の膝で休んだらええ」

「でも凛子さんも疲れているはずじゃ」

「私はもう眠くないさかい。坊ちゃん、お母様のことを深く愛しとったから。私やお母様の代わりになんてなれへんやろうけど、それでも坊ちゃんが安らぐなら。坊ちゃんこれ好きやろ?」

 凛子は自分の膝を摩った。

「構わへんよ」

 登志夫は凛子の膝に頭を乗せた。

「坊ちゃん、気持ちはいかがどすか?」

「良いです」

「そう」

 凛子は登志夫の頭を摩った。

「ごめんなさい。凛子さん」

「どなししたん。突然?」

 凛子は驚く素振りも見せず、淡々と落ち着いた様子で言った。

「凛子さんの体を傷つけるような事をして」

「ええよ。旦那様のご命令やったし」

 登志夫は父のことで凛子に対して申し訳ないという気持ちが心の何現れた。

「凛子さんは父さんに逆らわないんですか?」

「そないなことしたら私の家族がまた貧しくなるさかい。できまへん」

 凛子は涙を流し、その涙は登志夫の額へと落ちた。

「ごめんなさい。坊ちゃん」

 凛子は登志夫の額から涙を拭った。

 登志夫はそのまま眠りに入ってしまった。起きると七時を少し過ぎている時間であった。

「ニ、三時間しか寝ていないのか」

 登志夫は周りを見ると、そこは凛子の部屋であった。

 凛子の姿はもう無く、登志夫には一枚の布団が掛けられていた。

 登志夫は部屋から出て、茶の間へ歩いた。

 茶の間には父と凛子の姿は無く、使用人と書生がいた。

「おはようございます。登志夫様」

「おはようございます。父さんと凛子さんはどこにいますか?」

 使用人は悩ましげな表情を見せた。

「旦那様はお部屋で眠っておられるのですが、奥様は明け方に姿をお見かけはしましたけれど、それからは見ておりません」

「そうですか」

 登志夫はその後、茶の間で朝食を食べ、茶の間を後にした。

 茶の間を出て廊下を出た所で凛子と出会った。

「あら、坊ちゃん。おはようございます」

「おはようございます。布団、掛けてくれてありがとうございます」

「ええよ。よく眠れたどすか?」

「まあ、少しまだ眠いですが」

「学校で寝んようにしてな」

 凛子はそう言うと、登志夫の横を通り過ぎようとした。

「凛子さん」

「なんや?」

「僕は凛子さんを愛しています。父さんよりもずっと深く」

 凛子は驚いた様子を見せたが、登志夫の顔を見て少女らしい笑みを見せた。

           ・

 登志夫が学校へ行くと、凛子は十時まで部屋で鏡を見ながら髪をいじっていた。普段は久雄が好む長い黒髪を真っ直ぐにしているが、一人の時は髪を結んだりして、見たことのない自分を見ては笑っていた。

 十時になると台所へ行き、茶を一つ注ぎ、それを久雄の元へと持っていく。久雄はこの時間にはもう起きており、小説を書き始めている。この日は長い時間書いている様子であった。

「失礼致します」

「凛子か。入れ」

 凛子は茶の乗ったおぼんを床に置き、久雄の部屋の扉を開けた。

「凛子どす。お茶の方を持ってきて参りまひた」

「では少し休むとするか。凛子、俺の近くに来て座れ」

「へえ」

 凛子は部屋に入り、久雄の隣に座り、茶を机に置いた。

「凛子、いいか?」

「へえ、準備はできてるおす」

「では」

 久雄は凛子の膝に頭を乗せた。久雄は、過去の妻や愛人にもこのような事をさせていた。

「気持ちは、どうどすか?」

「悪くない」

「そう、嬉しおす」

 凛子の右手は久雄の頭に行った。

 しばらくの間はこうしていた。凛子は昨夜、登志夫にした事を思い出していた。久雄と登志夫はやはり父と子なのだと思わず感じてしまった。

 そして久雄は凛子の体を弄ると凛子は僅かに表情を変えた。

 凛子は来ている衣服を脱ぎ、上半身だけが裸になった。

「失礼しやす」

 そして彼女は久雄の下半身を露出させた。

「旦那様、始めます」

「ああ」

 凛子は久雄の性処理を始めた。

 そして久雄は赤子のように凛子の乳房を吸うようして舐めた。

 凛子は吐息のような甘い声を出した。

 そして久雄の頭を撫で、甘い言葉を掛けながら、凛子は母のように久雄の世話をした。

 久雄が快楽の頂上へと登った時、凛子は何も考えずに久雄を見ていた。

 それを終えると久雄は再び仕事へ戻り、凛子は部屋を出た。

 これは二人だけの秘密であり、家にいる他の者は二人がそのような事をしていることは知らなかった。

 凛子は久雄の部屋を出て、少し歩くと、廊下から外に咲いている菊が姿を覗かせた。

「ほんまに綺麗やわ」

 凛子は独り言を言ってしまう程、菊に見惚れていた。

「奥さん」

 凛子の後ろから声が聞こえ、振り向くと、この家に住み込みでいる書生が声を掛けた。

「なんどすか?」

「奥さん宛にお手紙が来ていましたよ」

「はあ、なんやろか」

 凛子は手紙を手に取った瞬間、両肩に手が触れられる感触を感じた。

 後ろを見ると書生が凛子の肩に手を触れていた。

「何をしてるんどすか?」

「奥さん、わかりますよね。ちょっと付き合ってくださいよ」

 書生はそう言うと、凛子の腹を殴った。

 凛子は吐くような声を出して床に倒れた。今すぐ逃げたかったが、殴られた痛みは尋常ではなく立ち上がることさえできなかった。

 書生は凛子の髪を掴み、凛子を引っ張り上げた。

「奥さん、声をあげたら旦那様や他の人に気づかれるじゃないですか。静かにしていてくれよ」

 書生は凛子を担ぎ、庭の奥にある蔵へと入った。

 蔵は今は使われることはほとんどなく、中は光もほとんど入らないため、気味悪く思われていた。

 書生は凛子を蔵の中入れると扉の鍵を閉めた。

「この中は外から音は漏れることはない。だから助けを呼びたかったら好きなだけ呼んだらいい」

 そう言って書生は蔵の中に置いてあった紐で凛子の手足を縛った。

「なんのつもりどすか?こないなことをしはって」

「僕はね。あの主人にイライラしていたんだよ。あいつは僕をまるで奴隷のように扱い、僕や僕の家族を侮辱して否定をした。だから今夜、僕はこの家から逃げようと思う。そして、逃げる前に、奥さん。あんたと思い出作りをしようって訳だ。あんた昨夜、坊ちゃんと寝ていただろう。あんな年いかないガキと」

「違うどす。あれは旦那様が」

「あの後だよ」

 書生の声はとても冷たいものだった。

「全て見ていたんだよ。お前ら、愛し合っているんだろ?あいつが知ったらどうなるか、わかっているんだろ?そりゃお怒りになられるわな。あんたの家族も良いことが起きないようになるかも」

 書生はそう言うと、凛子の唇を奪った。

「汚らわしい。私は貴方とは愛し合っていないのになんでこないなことする必要があるんどす?確かに私は坊ちゃんを愛してはる。坊ちゃんとは体を重ねたわ。せやけど、私と貴方にはそんな関係はあらへん」

「自分の旦那は愛しているのか?」

「愛してるどす。妻やから。あの方はあんな愛し方をしとるけど、私は旦那様の妻として、女として旦那様を愛しているつもりどす」

「普通なら、一人だけを愛すだろ。あんたはそんな女だったんだな」

 凛子は何も言えなかった。

「あのガキもさすがじじいの子供だ。趣味趣向があいつと全く同じだ」

「坊ちゃんを悪く言わんといてほしいどす」

「さすがは蛙の子は蛙と言った所....」

「やめなさい」

「........」

 凛子は自由を奪われながらも、書生に厳しい口調で言った。

「坊ちゃんを悪く言わんでおくれやす」

「不倫相手だからか?それとも血は繋がってなくても自分の子だからか?」

「どちらも違うどす」

 凛子には彼に対する恐怖感は無くなっていた。

「坊ちゃんはとても優しい子どす。きっと旦那様やなくて、お母様の面が強いんやろうなと思います。私を実の母のように思ってくれはったこともありました。私を恋人のようにも思ってくれることも。旦那様にも父への情があるようどす。あの子は天使のようや。せやから、坊ちゃんを悪う言うんやったら、私は貴方を殺すことやってできるどす」

 その瞬間、書生は凛子の首を絞めようとした。

「俺だってお前を殺すことくらいできるさ。覚悟が違うんだよ」

「私やって、このまま殺されるくらいの覚悟はあるどす。殺したいんやったら、殺してもええよ」

 書生は手を離した、

凛子は書生に軽蔑な目を向けた。

「なんだその目は?」

「貴方が口だけの人やったさかい。憐れと思っているんどす」

 凛子の言葉に書生は逆上し、凛子の頬を殴った。

「暴力でしか何もできないお人なんどすね」

「黙れ」

 凛子は腹を殴られた。

「殴りたかったら何回でも殴ればええ。せやけど、私を殴れば殴る程、貴方は力でしか解決できない人となって、それを心のどこかで自覚し続けることになるんや」

 書生は凛子を再び殴ろうと手を上げたが、殴らなかった。凛子は少しだけ身構えていた。

「あんたはなんなんだよ。普段は弱々しそうにしていてあのじじいにいいようにされているのに。俺の前じゃ、別人のようになってやがる。不思議だ」

 書生は怒りもせずに言った。

「女はそういうもんどす。男やってそうやろうけれど、女も二面性を持ってはる。ただ、女は男の人に知られずに二面性を使うんがうまいだけや」

 凛子は妖しい目を書生に向けた。

 少しばかりの光が凛子を当てていた。

「俺の負けだ。あんたは強い。強過ぎる。あいつの妻になれるだけはある」

 書生は凛子の手足の紐を解き、凛子を自由にした。

「おおきに....」

 凛子は自分を縛った紐を手に取った。

「この紐もこないなことをする為に作られたんわないねんけどな」

 二人は蔵の外へ出た。

「貴方はこれからもここに居続けるんどすか?」

「いや、俺はここから逃げ出すよ。あんたへの罪を償うさ。そして正直に生きるよ。あんたと坊ちゃん、幸せになれるといいな」

「かんにんえ....恥ずかしいわ」

 凛子は顔を赤くした。

 書生は凛子に一つの手紙を渡した。

「これは?」

「あんたへの手紙だ。最初に言ったろ。手紙があるって」

 凛子は手紙を手に取った。

「あれ、ほんまやったんどすか?」

 書生は凛子に背を向けて歩いた。

「あの、すんまへん」

 凛子は叫ぶように声を上げた。

「書生はんはおいくつどっしゃろか?」

「二十二だ」

 書生はそう言って去って言った。

「私と坊ちゃんくらいやな」

 凛子はそう言って倒れた。誰もいなくなって腰が抜けたのだ。

「恐ろしかった。殺される思ったわ」

 凛子は今になって全身に震え上がるものがあった。

 そして部屋に戻った凛子は手に持っていた手紙を見た。

 特徴らしいものもなかったが、凛子はそれが、実家からの手紙だと知っていたので、楽しみにしていた。

           ・

 登志夫は一日中、どこか浮かない顔をしていた。

「川端君、今日は元気が無いね」

 優子は心配そうに登志夫を見ながら言った。

「なんでもないよ」

「嘘よ。何かあった顔よ」

 優子は妙に鋭かった。登志夫はしばらく黙っていたが、観念して話す事にした。

「父さんの大切なものを壊したんだ」

「お父様の?」

「うん」

 優子は一つ考えた。

「謝るしかない気がするわ」

「そうだよね」

「または隠し通すとか。いけない方法なんだけれどね」

「それはだめだと思う。絶対にバレるし」

「お義母さんの話を思い出したの」

 優子は登志夫の前に出た。

「私のお義母さんとお義父さんの話。お義父さんはお義母さんのお父様、つまり、私の祖父にあたるひとからお義母さんという大切なものを奪って行ったの」

 優子は周りが静かになったように感じる程、真剣な表情をしていた。

「つまり、駆け落ちみたいなこと。愛が許されないとは少し違うんだけど。お義父さんはお義母さんを連れて東京から鎌倉まで逃げた。お母さんは私とお兄ちゃんに若い時にはそんな力があるってよく言ってた。だからね、川端君。運命に逆らって勢いに任せることも必要な気がすると私は思う。少し違うかもしれないけれど、このまま、隠しても逃げるのも面白くていいと思うよ」

 優子は登志夫を見透かしているようだった。

 まるで優子が優子でないみたいであった。

 登志夫は優子の見たことない部分を知り、彼女の心を見てみたくなった。

 その後、優子と別れた登志夫は家へと帰った。

 家の中は慌ただしかった。

 登志夫の前を走り過ぎようとした使用人に何があったのかと聞いた。

「書生の方が行方不明になりました」

 使用人の顔は蒼白としていた。

 話によると書生は五、六時間、家で姿を見ていないという。普段の書生はこの日は一日中、家にいるらしい。

「神隠しにでもあったのでしょうか?」

 使用人はそんな事を言っていた。

 そして夜になっても書生は行方がわからないままであった。

 そしてこの夜、登志夫は凛子の姿を見ていなかった。

 登志夫は凛子の部屋の前に来た。義母の部屋の扉を開くのは今は容易ではない気がした。

 登志夫は扉越しに声を掛けた。

「凛子さん、いらっしゃいますか?」

「......坊ちゃん?」

「入ってもいいですか?」

 しばらく応答が無かったが、小さな声で入ってもいいという声が扉越しに聞こえた。

「失礼します」

 凛子は登志夫に背を向けていた。

「なんで背を向けているんですか?」

「今の私はとても坊ちゃんに見せられる顔やないさかい」

 登志夫は凛子が心配になった。

「父さんですか?」

「いえ」

「それじゃあ、他の誰か....」

 登志夫はその時、いなくなった書生のことを思い出した。だが、それを聞きたくないという思いがあり、聞く事を踏み止まることができた。

「私も坊ちゃんの気持ちが今、わかったような気がするどす」

 凛子はぽつりと言った。

「家族が心中をしたどす」

 凛子の声は静かで弱々しい声であったが、登志夫は体を突き刺されたような気がした。

「私は今、一人ぼっちや。死にたいわ」

 涙声になった凛子の後ろ姿を見ながら、登志夫は何もすることができない自分に怒りを感じた。

 変に言葉を掛けたら凛子を傷つけることだってある。だが、何もしないままでは彼女は悲しみのどん底にいるだけである。登志夫はそのジレンマに悩んでいた。

 そして母の姿を思い浮かべた。母とどこか似ている人が目の前で泣いていた。まるで本当に母が悲しんでいるようであった。

 登志夫は立ち上がり、凛子を後ろから抱きしめた。

 まだ大きく感じる凛子の背を体で守っているような気持ちだった。

「凛子さん。僕は母さんを失って、独りの気持ちを持った時もありました。でも、今はそんな気持ちはありません。それは凛子さんという存在があるからです。凛子さんのご家族と僕じゃどちらが大切なんて比べたら一目瞭然です。凛子さんにとって僕はそんな存在じゃないかもしれないですけど、でも、もしそうでも僕は凛子さんが好きだから、こうしています。凛子さんが元気になるまで」

 登志夫は凛子の頭を撫でた。

 艶のある長い黒髪は滝のように登志夫の手によって流れていた。

 凛子は何言わなかった。だが、泣き声は止まっているようであった。

 凛子の暖かい背中を登志夫は体で感じた。凛子の生々しい形や暖かさ、そして流れる吐息が、登志夫に十七の少女の物を教えていた。

「坊ちゃん」

「はい」

「今夜、私と一緒に寝てくれへん?」

「いいですよ」

 登志夫は言った。

 その夜、久雄は書生の事で頭がいっぱいなのか。それとも凛子の事情を知っているからなのか。凛子に体を求めてくることはなかった。だが、登志夫は横で寝ている凛子に体を求めた。

「凛子さん、いいですか?」

「だめや。私は今、坊ちゃんのことを満足させることはできひん」

「それでも僕は構いません」

 登志夫は凛子の肩に手を触れた。

「お互い気持ちよくならへんと満足しないやろ?ごめんな。今日はそないな気分やないんや」

 凛子は登志夫の手を離した。

 登志夫は何も言わず、凛子の体から離れた。

「こないな夜もある。夜は一つやない。騒がしい夜、静かな夜、たくさんあるさかい」

 凛子は独り言のように言った。

 夜が明けると日が出てきて、暑さは無くなり、寒さが出てきて、季節は秋と変わっていくのである。

「坊ちゃん、起きて」

 凛子の言葉に登志夫は目を覚ました。すると目の前に凛子の姿があることに驚いた。だが、この部屋が凛子の部屋だと思い出した。

「お外に行かへん?」

「外ですか?」

「嫌?」

「嫌ではないです」

 二人は庭に出た。蔵がある場所とは違う場所に出て、凛子は冷たい風を感じた。

「もう秋やな」

「そうですね」

 登志夫は秋になんとなく寂しさを感じていた。それは恐らく散っていく葉が、思い出のように感じ、賑やかさを感じさせる夏とは対照的に見えるからであろう。

 二人は庭にある池の前まで歩いた。池は秋と冬のようなものも映しているように思えた。

 二人は池を一周した。先は凛子が歩いていた。登志夫は凛子の背に掛かる長い髪を後ろから見ていた。

 二人はただ歩いているだけであるのに、登志夫は凛子がどこかへ行ってしまうような気がし、必死に凛子の後を追うように歩いた。

「凛子さん」

 登志夫は凛子に話し掛けた。

「世の中は悲しいことでいっぱいです。毎日、誰かが泣いている」

「坊ちゃんは悲しいどすか?」

「どうなんでしょう。嬉しいこともあれば、悲しいこともあります。凛子さんは?」

「私も同じや。せやけど、今は悲しい気持ちやな」

 凛子は言った。

「家族の遺書が。心中の知らせと一緒になってはった。私への謝罪と強く生き過ぎないようにって書いてはった。私は強う生き過ぎてるんかな?」

「弱く生きてるとは思いません」

「そうどすか」

 冷たい汗が凛子に流れているのを登志夫は見た。

「私と坊ちゃんは一緒なんやろうなって思ってきはったわ」

「家族がいないということ....」

「それもあるけど、大切な人を失って、大切な人を汚されて、傷つきあってる。戦争が終わっても悲しむ人は増えていくんやろうな」

 凛子はそう言うと、太陽を見るように空を見た。

「凛子さん。凛子さんは最初、父さんに愛人がいたって知った時、どう思いました?」

 登志夫は凛子との距離を近づけた。

「いるとは思っていたえ。私の前にも結婚をしていたことは知っとったさかい。いない方がおかしいなかちの。文学家って」

「おかしいですね」

「おかしおすな」

 二人は気がつくと笑っていた。

 その日、書生が由比ヶ浜の海辺で遺体として発見された。自殺であると言う。遺書は何も無く、川端久雄の家にいた書生ということで、久雄が何かしら関係しているのではないかと騒がれ、久雄は何度も警察から事情聴取をされていた。

 書生の死に登志夫はただ騒然としており、氷のように固まっていた。凛子は涙を流し、書生の若過ぎる死に悲しみを想っていた。

 新聞などでは久雄を幾度も取り上げ、久雄の名は文学に詳しくない者にまで伝わっていき、登志夫も学校での居心地に悪さを感じていた。

 ある日の夜、登志夫は使用人から久雄が呼んでいる事を告げられた。

 登志夫は一人で薄暗い廊下を歩き、久雄の部屋まで来た。

「登志夫です。失礼します」

「入れ」

 登志夫は緊張をした顔持ちだった。久雄には見ると思われていないことは知っているが、変に邪険に扱われている訳ではなかった。

 部屋の中で久雄は登志夫を睨むかのように見ていた。

「座れ」

「はい」

 登志夫は座り、久雄の顔を見たがあまりの恐怖に目を背けてしまった。

「書生が先程遺体で見つかったという事を電話で受け取った。まあ、無念だな。それでだ、その死んだ書生が遺書を遺していた。今はもう無いがな。警察に見つかる前に処分をした。その遺書の中に、興味深い文があった。そこにはお前と凛子が体を重ねている関係であると書かれていた。書生が死ぬ前に適当に書いたとも思われる。誠に信じ難い話だが、俺の凛子にお前は手を出したのか」

 久雄の圧は登志夫の後ろの扉にまで伝わっているのか扉は少し物音を立てた。

 登志夫は何も言わなかった。一つ二つの汗を掛き、じっと久雄の下を見ていた。

「お前と凛子が体を重ねていいのは前にあったあの夜だけだ。俺の女に手を出すなど許されんぞ」

 登志夫は何も言わなかった。

「登志夫、しらを切るつもりか」

 登志夫は像のように固まっていた。久雄とは目を合わせないようにした。

「登志夫」

 久雄は立ち上がり、登志夫の髪を引っ張り、登志夫の顔を叩いた。

 久雄はそのまま登志夫を床に叩きつけた。

「世の中にはな。名声を欲しいままにしている奴もいる。俺は名声などいらないが、名声が欲しいがために嘘をつく奴もいる。登志夫、お前は黙ったままだが、そいつらと同じなんだぞ。太宰、あいつも変わった文を書くが、嘘で名声を手に入れている男だ。お前は同じだ。俺は嘘など嫌いだ。愛している凛子にも俺なりの愛し方でかわいがっている。凛子は俺の物だ。盗ろうとするな。嘘つきは泥棒の始まりとはよく言うであろう」

 久雄は登志夫に向けて独り言を言っていた。

「父さんは女性を愛したことがないんでしょう」

 登志夫はそう言った。

「母さんや凛子さん。今までの義母や愛人達は何故、父さんの元から離れたかわかりますか?父さんが一人として愛したことがないからですよ。愛はお互いに幸せになる事を言うんです。父さんは女性をいじめているだけ。例え凛子さんを愛そうとしても凛子を痛ぶっているだけではそれを凛子さんは愛とは感じないです。一体どれだけ凛子さんをいじめれば気が済むんですか」

「黙れ登志夫」

 久雄は小さく感圧的な声で言った。

「お前のような奴にはわからんだろう。凛子だってまだわからなんかもしれぬ。これが愛なんだ。お前の言っていることは綺麗事だ」

 久雄はそう言うと口を閉じ、だんまりとした。

「この場を後にしていいですか」

「構わん。だが、もう凛子には手を出すな。あれをお前は手をつけてはいけないんだ」

 久雄の言葉を聞き、登志夫は扉を開けた。

「それを決めるのは凛子さんですよ」

 登志夫は扉を閉めると、逃げるようにその場を後にした。

           ・

 鎌倉の海は日に日に冷たくなっていった。

 登志夫は今年は海に入らなかったなと思いながら外を歩いていた。風は冷たく、秋の姿も消えてきているようであった。

 登志夫の隣には優子がいた。

「川端君、なんだか元気がないように見えるわ」

 優子は時折、登志夫を心配していた。

「大丈夫だよ。少し眠っていないだけ」

「寝不足?」

「そんなとこ」

 登志夫は目をかいた。寝ぼけている為、寒さがまだ夢から出させてくれなかった。

 鎌倉には観光で来る人が多く、二人の周りはそんな人で賑わっていた。

 彼らは今を楽しんでいるのだろうか。どう思って鎌倉に来たのか。恐らく金持ちなのだろう。

 父よりも裕福なのか。だがもし、そうでなくても父よりは幸せなのだろうと登志夫は思っていた。

 夕暮れ時の海はオレンジ色に光っており、反射した光が登志夫を海から真逆の方角に振り向かせた。

 家に帰ると、凛子が玄関で姿を見せていた。

「おかえりなさい坊ちゃん。昨日、旦那様のお部屋に行ったんやろ?酷い事されてへん?」

 凛子は突然その事を小さな声で言った。

「その事をどこで?」

「使用人の方が私に言ってくれたんや。旦那様からは内密にしてくれと言われたらしいんやけど、心配だったらしいおす。それで坊ちゃんと関わりが深いのは旦那様以外やと義母である私おすから」

 凛子の小さな囁き声は風に吹かれでもしたら消えてしまいそうな程であった。

「二人っきりになりませんか?その時に昨夜のことを話します」

 登志夫は凛子に耳打ちをした。

「耳がくすぐったいな」

 凛子はそう言って少し笑っていた。

 その後、登志夫は凛子を連れて、自分の部屋まで来た。

「昨夜のことですよね」

「へえ」

 登志夫は昨日の夜の出来事を話した。凛子は少しずつ顔が青白くなっていくのが登志夫にもわかる程の表情を見せていた。また書生の遺書でその事実を知った事を言うと凛子の目から一粒だけの涙が溢れた。

「恥ずかしい所を見したなあ。ごめんなさい」

「謝らなくてください。ここは僕の部屋なんで気にしないでください」

 凛子は涙を拭うと、義母としての顔を登志夫に向けた。

「坊ちゃん。旦那様に知られてしまった以上、愛し合うこの関係を今のように続けていくのは難しい思います。それに今は書生さんのことでこの家も色々な方が好奇な目で見ているはずやし、私のことが知られたら、坊ちゃんに迷惑が掛かってしまうどす」

「それは凛子さんも同じじゃ」

「いえ、私はもう、何も無いさかい。希望も。せやけど坊ちゃんはこれから先、色々なお人とお付き合いすると思います。このことで坊ちゃんが辛い目に合うんは私はとても嫌や」

 凛子はそう言うと立ち上がり、登志夫にこう言った。

「坊ちゃん。私達はまた元の関係に戻りまひょ。今は世が悪いさかい。気を付けていても知ってしまう人はいると思います。私はここを後にするさかい」

 凛子は部屋を出た。登志夫は部屋で一人になった。

 元の関係は義母と子の親子の関係である。普通であるはずなのだが、今の登志夫にはもうそれが普通ではなかった。

           ・

 書生が遺体で見つかってからいくらかが過ぎた。季節冬の姿になりつつあり、秋も姿を消してきたように思えた。

 川端家でも火鉢などの暖房が置かれるようになり、部屋と廊下の寒暖差が広がっていった。

 この頃になると、書生の事件も落ち着きが見られ、警察が家にやってくることも無くなり、世間も別のことに目を向け、この時間は忘れられていった。

 結局の所、書生が遺体で見つかった理由はわからないままであった。それを知るのは神と書生のみぞ知るものであった。

 ある日、学校帰りに登志夫と優子は鎌倉の賑やかな場所に来ていた。

 平日にも関わらず、この場所は祭りのように思えた。

 二人はそれを流し目に見ながら、鶴ヶ丘八幡宮へと向かった。

 ここには優子が少し用があると言って、来ており、登志夫は優子についてきた。

 登志夫は学校帰りなどでこんな所に来ることはなく、なんとなくの後ろめたさがあった。

 二人はお祈りをすまし、小町通りが見える場所に行った。

「南沢さんは何をお祈りしたの?」

「秘密。川端君も教えないでしょ?」

「まあ」

「その様子だと少し元気が出たみたいだね」

 優子は登志夫にだけ聞こえる声で言った。

「どういうこと?」

「川端君の家の事件があってから川端君の元気がないように見えたの。でも事件もラジオや新聞であまり言わなくなってきてほとぼりが冷めてきたから、川端君も元気が戻ってきたように感じる」

 優子の言葉に登志夫はここ数日、どんなだったのかを考えた。

「僕って顔に出やすいかな?」

 登志夫がそう言うと優子は少し考える表情を見せた。

「そうね。でもここ数日は川端君の家も色々あったし、周りも良い雰囲気ではなかったから、私じゃなくても元気が無かったように見えたよ」

「そっか」

 登志夫はふと優子は自分を誤解していると思った。だが、罪悪感のようなものは感じつつも、それは言わないようにした。

 その後、二人は別れ、登志夫は家へと帰ろうとした。

 一人で道を歩いている時、登志夫は一人になるのが久し振りに感じられた。ここ最近は家の中も慌ただしく、落ち着くことが無かった。

 こんな気持ちになったのは母を失った後、凛子が家に来て、優子と出会う時以来であった。騒がしいという程ではないが、登志夫の生活に孤独が無くなってはいた。

 家に着くと、登志夫は中へと入った。

 玄関に凛子は来なかった。登志夫は寂しさを覚えつつも、これが普段なのだと言い聞かせた。

 部屋へと向かう途中、凛子とすれ違った。

「凛子さん」

「おかえりなさい。坊ちゃん」

 凛子は淡々とし、まるで普通の義母のようであった。

 登志夫は凛子と目を合わそうとはしないでその先を行こうとした。

「ああ、坊ちゃん」

「なんですか?」

「深夜十一時に坊ちゃんのお部屋へ行ってもよろしおすか?」

「ええ、いいですよ」

 登志夫は少し戸惑った様子で言った。

「よかった。じゃあ、十一時に待っといてな。寝えへんように」

 凛子はそう言ってその場を後にした。

 登志夫は凛子の考えていることがわからず、凛子の後ろ姿を長く見ていた。

 十一時近くになると登志夫はそわそわとしだし、部屋の中を意味もなく歩き回ったりした。

 十一時をほんの少し過ぎた頃、扉越しに登志夫を呼ぶ声が聞こえた。

「坊ちゃん。凛子どす。入ってもよろしおすか?」

「はい、どうぞ」

 登志夫がそう言うと、凛子は扉を開き、姿を現した。髪を結んでおり、女性の色気を登志夫は感じた。

「起きはって嬉しおす」

 凛子はそう言って笑った。

「坊ちゃんと面と面で話すのも随分と久し振りな気がするわ」

 凛子は心なしか登志夫にはどこか嬉しそうに見えた。

「ほとぼりも冷めてきたさかい。坊ちゃんとまたこないな風に過ごすんもええかなと思ってきたんや」

 凛子は部屋から声が漏れないように小さな声で言った。凛子のそんな健気な姿に登志夫は彼女を愛しく思った。

「旦那様に知られたら大変やさかい。あの方、怖いおすから」

 登志夫は凛子が久雄を脅威に思っていることを知った。

「凛子さん、今夜はなんでこんな事を」

「坊ちゃんに話して置こう思ってたんや。私は家族を失って、もう何も自由を縛るもんも無くしてしまった。旦那様と離婚をしたいと思ってます」

 凛子の声ははとても小さいものであったが、登志夫にはその力強さがしっかりと伝わった。

「そうですか。凛子さんと離れるのは寂しいです。でも父さんがその事を許してくれるとは....」

「その時は書生はんのように逃げるわ」

 凛子の目は本気だった。

「凛子さん」

「私は死ぬ覚悟もできてるわ。これは本気や坊ちゃん」

 凛子は登志夫に別れを告げる気でいるのだと登志夫は思った。

「その事を言うために来てくれたんですか?」

「へえ、旦那様も眠られているさかい。こうやってきたどす」

 凛子はそう言うと、少女のような表情を見せた。

 登志夫は凛子の顔を見て、その美しい表情から見える行動力を感じずにはいられなかった。

「凛子さん、僕も一緒に行ってもいいですか?」

「坊ちゃん、そう言ってくれるんは嬉しいんやけど、坊ちゃんはまだ学生や。まだ希望あります」

「凛子さんのいない未来に今の僕には希望はありません」

 登志夫は目の前の女性に告白をするように言った。

「坊ちゃん」

 彼女はそう呟いた。

「せやけど....」

「僕は本気です。凛子さんと同じです。今ここで凛子さんと離れたら一生の後悔になる気がします」

 部屋は静まり、夜の音だけが鳴り響いていた。

「本気なんやな?」

「ええ」

 凛子は一つため息をついた。

「私も自分一人の責任やないと思ってきたわ。坊ちゃん、来週に家を出ます」

「はい」

 登志夫はまだ、子供が抱くような思いを持ちつつも凛子と二人で生きる永遠の誓いを喜んだ。

 登志夫は一週間をできる限り、いつものように過ごしてた。

 家の中では凛子と人が見ている所で話をするのは避け、深夜に話をして、今後のことを話した。

 登志夫はいつも通りを演じつつも、使用人達には感傷的な言葉を言っていた。

 金の事は凛子が久雄からもらった今までの金を持ち、なんとかしようとしていた。

 駆け落ちをする前日、登志夫は優子と学校帰りを一緒に歩いていた。

 風が強く吹き、二人は肌寒さを感じた。

「寒いね。もう冬を感じてきたよ」

 優子の言葉に登志夫は頷いた。

 登志夫は海を見た。その海は見ているだけで冷たさを感じさせるものだった。

「どうしたの?」

「いや....」

 登志夫は何かを言おうとした。

「南沢さんにとって僕ってなんなんだろうなって」

「どうしたの急に?」

「なんか急にそう思っちゃって」

 登志夫がそう言うと、優子は悩んだ表情を少しの間、見せた。

「私にとって川端君は海かな」

「それはどういう意味なの?」

「鎌倉にとっての海はとても大切なもの。目の前は海、周りは山。自分達を守れる場所だったって昔の人はそう言ってた。私にとって山は家族。そして海が川端君。そう思ってるわ」

 登志夫は自分がとても海とは思えなかった。

 登志夫にとっての海は母であった。そんな海が自分であると言った優子は登志夫を不思議方に見つめていた。

「海が無くなったら大変だね」

「うん、見る物が無くなっちゃうから。川端君。無くさないでね」

 優子はそう言って笑った。

 登志夫は彼女に対して申し訳ない気持ちを持った。

「南沢さん」

「何?」

「もし、海が無くなっても、そこには大地があるから、そこからなんでも好きなことができるようになるよ。もし僕がいなくなっても、南沢さんは良い人だから友達もいるし、少ししか変わらない気がする」

 登志夫は寂しそうに言い、優子の顔を見ることができなかった。

「川端君、どこかへ行くの?」

「........」

「ねえ」

 登志夫は聞こえないふりをした。

 優子はそれから何も言わず、登志夫の横を歩いていた。

「じゃあ、私はここで」

 優子は登志夫の家との別れ道でそう言った。

「まだ明日、川端君」

「うん、またね」

 登志夫は優子の後ろ姿を見ていた。ゆっくりと歩いている彼女は少しして、小走りをして見えなくなっていった。

 少女が登志夫の事をわかっているのかは登志夫自身にはわからなかった。

 彼女自身は変わった所はなく、登志夫の言葉に登志夫が思っていた言葉を言っていただけであった。

 登志夫は家までの道をゆっくりと歩いた。

 母とも歩いたこの道を歩くのが最後だと思うと、悲しい気持ちになることもあった。

 家はいつものように佇み、歩く音が淡々となっていた。

 登志夫の思いを知らない様子のこの家も母との思い出があり、それを置いていくことになる。

 登志夫の気持ちも知らず、家は風に当たりながら静かに佇んでいた。

 中に入っても、一人も見当たらない。しばらくすると使用人の一人が声を掛け、登志夫も返事をする。

 部屋までの廊下を立ちに見つからないように登志夫は歩き、静かに部屋へと隠れるように入った。

 逃げるために持つものは金だけである。金さえあればなんとかなると思っていた。

 登志夫は部屋で一人、母との思い出を思い出していた。

 これからする駆け落ちは一種の夜逃げと同じである。

 登志夫は愛する人と父の元から逃げる。そうすれば、凛子は久雄の変態的な愛から逃れることができ、登志夫と凛子は愛し合うことができるのだ。

 優子との別れを思い、登志夫は一つの紙に母への愛。永遠の誓いという言葉を書き、それは外の庭にある蔵の後ろにそっと置いた。

 登志夫は家での最後の夕食を食べ、部屋に一時間程篭った後、再び庭へと出た。

 月はよく見えず、寒くて冷たい風が登志夫の体を寂しくさせた。

 そのまま特に何もせず、二、三時間程、外で庭にいると、凛子が姿を見せた。

「お待たせ」

 二人はここで会う約束をしていた。

「時間は無いさかい。早よ行きまひょ」

「はい」

 凛子は厚着でいつもよりは着込んでいた。手に少しばかり物が入る物入れを持っていた。

「風が冷たいおすな」

 登志夫にはそれが、父の心のような気がした。恐らく、登志夫と凛子は感じている風が違うのだろうと登志夫は思った。

 二人は家を出た。

「坊ちゃん、振り向いたらあかんえ。寂しなってまう」

 凛子はそう言って前を向いていた。

 登志夫は自分の家を後ろに、前を向いて走り続けた。

 走って行き、しばらくすると、家からの思いも薄れ、これが逃げる事なのだという実感が湧いてきた。

「とりあえず箱根まで行きまひょ。そこで一夜を明けて、遠くに。東京を越えて行くんや」

「はい」

 二人は何も知らないでいる家から離れて行き、静かな夜に足音だけが響いた。

 しばらくして凛子は登志夫の顔をまじまじと見た。

「坊ちゃん、汚れる覚悟はある?」

「ええ、僕は凛子さんと一緒なら汚れる覚悟も死ぬ覚悟だってあります」

 凛子は少し驚いた表情を見せた、

「強い子や」

 そう言うと、凛子は山の方へ足を向けた。

「山を通って行くと箱根があるさかい。その方が身も隠せる」

 凛子は山へ一歩ずつ入って行き、登志夫も凛子に続いた。

 山の中は道らしい道など無かった。

「坊ちゃん、気をつけてな。何も見えへんから」

「はい、凛子さんも十分気をつけてください」

 家出をしてどのくらいの時間が経ったかは二人にもわからなかった。だが、まだ日は出てなかった。

「一旦休むえ」

 凛子は登志夫にそう言うと腰を下ろして地面に座った。

 登志夫も凛子の横に座った。

「坊ちゃん、眠い?寝てもええよ。ここなら人に見つかる心配もないさかい。朝まで休もか?」

「いえ」

 登志夫は一つそう言い、しばらく黙った。

「なんだか僕は幸せな気持ちです。今は、凛子さんと二人っきりで近くに誰もいないから」

「坊ちゃん。今は駄目や。余計な力を使ってまうし、何より私達はもう疲れてそないな力もあらへん。それに声なんてあげたら人に見つかってしまうかもしれへん」

 凛子はそう言ったが、登志夫は不満気の表情であった。

「もうしゃあないなあ。坊ちゃんはほんまに甘えん坊さんやね。キスくらいならええよ」

 凛子は登志夫に顔を近づけた。そしてそのまま二人はキスを交わした。その時、登志夫は小さく驚いた。

「舌を入れてみたんや」

 凛子は甘くとろけた声でそう言うと、再びキスを始めた。

 少しの間、二人はキスをしていた。凛子は満足そうな顔をしていた。

「おおきに坊ちゃん。私、このまま坊ちゃんと一緒に死んでもええって思ってしまったわ」

 凛子のその言葉に登志夫は彼女への幸せを感じたが、それが次第に恐ろしいものへと変化していった。

「凛子さん、何を言ってるんです?」

「そのまんまの意味や、坊ちゃん。私は今はもう坊ちゃん以外に大切な人はおらへん。この先、もし坊ちゃんを失うことがあるんなら今、一緒にいなくなった方がええかなって」

 凛子はまるで何かに操られているように見えた。

「何を言ってるんですか凛子さん。自由になるんでしょ⁉︎」

「坊ちゃん、自由ってなんやろか?」

「........」

「私は自由にはもうなれまへん。坊ちゃんを愛して今、わかったわ。私は旦那様の元から逃げても、旦那様の幻影に一生追われるんや」

 凛子はそう言って登志夫に近づいた。登志夫は喘ぎに近い泣き声を上げていた。

 凛子は物入れからナイフを取り出した。そしてそれを登志夫の首元まで持っていった。

「坊ちゃん、愛しているえ。さよなら」

 凛子は登志夫の首元を登志夫が息をしなくなるまでナイフを刺し続けた。

「私は坊ちゃんとは一緒にいられへんかもな。坊ちゃん、お母様に会えるとええな」

 登志夫が息絶えたのを確認すると、凛子はナイフを自分に向け、頸動脈を刺せる分だけ、差し続け、そして意識を失った。

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