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2 引越し





 重い段ボール箱が手を離れるとともに埃が舞う。


 総長室での出来事から数日後、俺は名古屋のボロいアパートにいた。目の前には段ボールの山。右手にはすやすやと寝息を立てる美少女、もとい、美少年。左手には引越し業者のような格好をしたネコ。


 「さ、これで全部ねー!」


 ネコはぱっぱと手を払って言う。


 「必要最小限の荷物とはいえ、疲れましたね」


 八畳一間の狭いアパートだと聞いていたので、荷物は最低限のものだけ持ってきた。生活用品に普段着、少しの娯楽、それと変装用の衣装とメイク道具。それに加えて今後ナイフや鋸、ロープといった何やら物騒なものが支給されるらしい。


 俺はネコのプティを卒業して、この美少年、ソムヌスのグランとなった。プティの卒業は基本的に試験に合格してから、ということだが、適当なグランがいない場合、特別な手続きを踏むことなく、プティを一人卒業させてそのままグランにする、ということがあるのだそうだ。元々俺には卒業試験と人事異動の話が上がっていたこともあって、急遽俺がソムヌスのグランに選ばれたのだという。


 しかし人事異動というのは納得がいかない。


 組織にはいくつかの部署が存在するが、その中でも格付けがある。最下層は直接犯罪を行わない人事部や総務部。真ん中あたりに諜報部や密輸取引部。詐欺部はその少し上に存在し、最も格が高いのは処理部。これは、主に暗殺依頼をこなす部署である。


 俺が異動になったのは処理部死体処理班。暗殺班が「処理」した死体を片付けるのが仕事だ。普通に考えれば昇進なのだろうが、俺は詐欺師だ。詐欺部部長でありトップクラスの詐欺師でもあるネコの元で学び、俺自身天才ルーキーだと持て囃されてきた。だから、自分はこれからずっと詐欺師としてのキャリアを積み重ねていくのだと、当たり前に思っていた。それなのに急に他部署に異動だなんて。


 せめて暗殺班であれば、エリートコースだったのに。


 しかし、今そんなことを考えても仕方がない。今はやることが山積みだ。


 「さて、荷物は運んだことだし、私は帰ろっかなー。ルイくんなんかある?」

 「ないです。ありがとうございました」

 「そっか。じゃあネコさんは帰るね。ソムヌスくん、ちゃんと見ていてあげるんだよー」


 ちょっと名古屋観光くらいできないかなあ、でも明日もお仕事あるからなあ、などとぼやきながら玄関へ向かう。


 俺はその後を追った。


 俺は華奢な背中に声をかけた。


 「ありがとうございました」


 ネコはにこっと微笑んだ。


 「いいのよー。かわいいルイくんのためだもの、これくらい手伝わせて」

 「…いや、そうじゃなくて」


 俺は、これまでのすべてのことへの感謝を込めて言ったつもりだった。しかしネコは引越しの手伝いのお礼と受け取ったらしい。


 俺の言葉を聞いて、ネコは納得したようにああ、と言った。


 「そっちね。うん、こちらこそ、ありがとね」


 ネコは手を振りながらトラックに乗り込んで、去っていった。





 ネコが去った後、まず俺はスマホを開く。連絡が一つ、入っていた。


 生活が落ち着くまで処理班の仕事は無いという趣旨だった。高校には一週間後から通う手筈になっているという。制服も明日届くとのことだ。処理班のメンバーとの顔合わせも高校での生活に慣れた頃に行うという。


 それを確認して俺はソムヌスの様子を見に行った。相変わらず人形のような顔で寝ている。少し顔が青ざめているのも相まって、本当に偽物のようだ。ん、と声を上げた。起きるか、と思ったが、また静かに寝始めた。


 こいつに「おはよう」と言えるのは、いつになるのだろう。


 これからこいつとの新しい生活が始まる。俺はその得体の知れない未来に、少し、身を震わせた。





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