4月7日の探偵
私は目覚めると必ずスマホのメモ帳を開く。そこには毎朝同じ文章が書かれている。
《今日は4月7日。あなたの名前は早川涼。28歳。カフェ「ル・シエル」で働いている。大切なこと──今日中に地下金庫室の謎を解かなければならない》
ベッドサイドのデジタル時計が6:15を示している。窓の外は薄紫色の朝靄に包まれ、遠くで始発電車の音がする。手の甲に青いインクで「信じるな」と書いてある。これは私の字ではない。
いつものようにベージュカーディガンを着てキッチンに向かう。冷蔵庫には毎朝新鮮な牛乳パックが1本だけ入っている。食器棚の第二引き出しには封筒が。中身は白紙だが、封筒表面に「エレベーターは9回」と走り書きされている。
「今日も始まるわ」
カフェの黒いエプロンを畳みながら呟く。この奇妙な日常に慣れつつある自分が怖い。記憶がないのに、身体がルーティンを覚えている。コーヒーカップを洗う手の動き、レジ打ちのリズム、客の好みを言い当てる勘──すべてが自動的に動く。
午前11時、常連客の大学生・翔太が入ってきた。彼は毎日同じ黒縁メガネをかけ、必ず「今日のスペシャルブレンド」を注文する。
「涼さん、また新しいパズル持ってきたよ」
彼はコーヒーカップの下から金属製のジグソーピースを取り出した。表面に「23-15-9-1」の数字が刻印されている。
「これは昨日の続き?」
「え?今日初めて見せるんだけど」
翔太の首をかしげる仕草に、鳥肌が立つ。私の記憶には、昨日も一昨日も、彼が同様のパズルを持ってくる光景が鮮明に残っている。だが彼にとっては毎日が初対面なのだ。
午後3時、厨房の冷蔵庫が故障したという張り紙を見つける。裏に小さなQRコードが貼ってある。スマホで読み取ると、暗号文が表示された。
《彼女は影を3つ持つ 最初の鍵は嘘つきの数字》
頭が割れるように痛む。視界の端で黒い人影が揺れる。振り返れば何もいない。コートスタンドの影が不自然に長く、天井の換気口から微かな機械音がする。
閉店後、地下倉庫の金庫室の前で立ち止まる。鍵穴は4桁ダイヤル式。暗号らしき数字が頭を駆け巡る。翔太のパズル、QRコードの謎、封筒のメモ──。
「23-15-9-1...アルファベット変換するとW-O-I-A? 意味が分からない」
「数字を逆から読むと1-9-15-23。これも」
「もしかして差分? 23-15=8、15-9=6、9-1=8...」
ダイヤルを回す指が震える。8618? 違う。金庫は微かに振動し、赤い警告灯が点滅した。額に汗がにじむ。別の方法──。
突然、背後の配電盤が火花を散らす。慌てて駆け寄ると、内部に隠された小さなUSBメモリが。パソコンに接続すると、2018年4月7日のニュース映像が現れた。
《カフェ『ル・シエル』火災事故で3名死亡》
映像に映るのは焼け焦げた店内。報道によると、原因は地下倉庫のガス漏れ。犠牲者リストに私の名前があった。日付は今日からちょうど5年前。
「つまり私は…」
天井から金属音が響く。暗闇の中、白い防護服を着た男たちが降りてくる。彼らの持つ端末に、私の顔写真と「Subject No.17」の文字が光っている。
「記憶消去が不完全だ。早急にリセットを」
「でも所長、この個体はついに真相に──」
バチッと稲妻のような音。意識が遠のく直前、金庫のダイヤルを回す自分の手を見る。数字は0723──私の誕生日ではない。火災の日付だ。
「待って!これが本当の…」
次の瞬間、全てが真っ白になった。
(翌朝)
私は目覚めると必ずスマホのメモ帳を開く。そこには毎朝同じ文章が書かれている。
《今日は4月7日。あなたの名前は早川涼。28歳。カフェ「ル・シエル」で働いている。大切なこと──今日中に地下金庫室の謎を解かなければならない》
ベッドサイドのデジタル時計が6:15を示している。窓の外は薄紫色の朝靄に包まれ、遠くで始発電車の音がする。手の甲に新しいメモが書かれていた。
「信じるな。特に自分を」
拙文を読んでくださりありがとうございます<(_ _)>
本作は気分転換で書いた、「記憶リセット」「時間ループ」「人工知能?」をテーマにした短編SFミステリーです。
日常の些細な違和感を積み重ね、最終的に真相にたどり着く構成を意識しました。
少しずつ世界観の狂気に気づいていく流れをお楽しみいただければ幸いです。
ラストのループ暗示が、解かれたようで解かれていない余韻を残す終わり方になっております。
誤字脱字&誤った表現があれば優しく教えていただければ幸いです。
感想&レビューお待ちしております。