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⑤AIとOI

目が覚めた。

11日ぶりの自分に、おはようございます。

うーんと伸びをしたいけれど、身体は固いし動きはぎこちない。


現在、人間の存在権はリサイクルなんで。

寿命を迎えても、ロボさんが懇切丁寧な仕事でクローンを造ってくれる。

その個体が生きていた間のエラーを取り除き、次の人生に必要なコトを補足して。

完全コピーでは無いけど。改善されたソックリさん。

受精卵からの細胞分裂に正確さを期待するには、あまりにも回収率が悪過ぎるしね。


だからほとんどの場合20代から30代の健康なクローンを冷凍しといて。

寿命を迎える11日前までの記憶をデータ化しといて。

11日掛けて解凍と記憶注入したクローンを、死亡日時に置き換える。

一応リサイクルだから。旧個体と新個体はつながったひとつな訳で。

同時に2個体が存在することは倫理的に出来ないタテマエ。

でもどうなんだろ。今更倫理とか無用な気もするけれど。

そしてこの11日と言うのは。

硬過ぎず柔らか過ぎず。身体にもデータにも、送受信には程良い日数なんだって。

まあ中央管理AIさんがそう言うんだから、ソウなんでしょう。

11日後が死亡日時って言うのも中央AIさんがソウ決めるんだしね。


でももちろん。

リサイクル拒否権だって在る。


今の世の中、理性のAIと奉仕のロボで構成されて。何とも快適で無問題。

予想外の事が起こるとか。社会体制がひっくり返るとか。そんな事変は起こり得ない。

でもね。

それがもう何百年も続いていたら。

リサイクルクルクルクルが何周も続いたら。飽き飽きするよねー?

でも今こうやってリサイクルな私が目覚めたと言うことは。

前個体のAOIはまだ飽きて無かった?もう1周したかった?そうなの?

目覚める理由が思い当たらないんだけど?

空白の11日間に何を考えたの?




「AOIさん脳波が不活性レベルです。何か不具合でもありますカ?」

ロボのオモテちゃんが、始めのひとくち用に白湯を乗せたトレイを持って来てくれる。

けれど。自分の目覚めに納得出来ない私は不機嫌な顔を向けてしまう。

「不具合っつーか。不穏」

「現状況で使用するには不適切な言葉かと思われますガ?」

「いやもう身体が動くなら暴れたい。何んで私、リサイクルを承諾したの?

もう全然この社会に未練なんて無いんだけど」

まだ自分では起き上がれなくて、オモテちゃんに抱えて貰ってソファに移動する。

オモテちゃんは6本の腕があるからね。

クッションを整えながら私を座らせ、湯気立つカップを口元に運んでくれる。

「ありがと。多分カップくらいなら自分で持てる」

「ソウですか?気を付けてください。溢したら火傷しまス」

「あ。柚子の香り」

「ハイ。AOIさんの好みに合わせましタ」

オモテちゃんのトップにはカメラが乗っかってるダケ、だけど。

もし表情を作ることが出来たら、見守りの笑みを浮かべてるよーな気がする。

「うん。今の私も好きだよ、柑橘の香り」


嗅覚は大脳辺縁系へダイレクトに届く感覚のせいか。

急に思考が回り始めた気がしてきて。

11日前、老衰でほぼ意識を手放していたAOIの思考をぼんやり思い出す。


前個体のAOIが最期にくちに含ませて貰ったのも、オレンジを絞ったもの。

物足りなくて。自分で皮を剥いて、汁気いっぱいの房を口の中で弾けさせたいって思ったっけ。

でも別にオレンジを食べたいからリサイクルを望んだワケじゃなくて。

爽やかな香り、甘酸っぱい味、沁み込む水分。

そーゆー感覚をまだ2人に伝えて無かったなあって後悔してた気がする。




AIとロボで社会が回るようになると。

人間なんて出来ることが無くなってしまって。最早用済み。

て、なると思っていたのに。

中央AIが出した答えはソウじゃなかった。

永遠のテーマである「より良い社会の構築」には人間が欠かせないソウだ。

ちょうど凹が在るから凸が生まれるように。

駄目人間が在るから、優秀AIと有能ロボが成り立ち。

人間の愚かで劣る部分から、AIはステップアップを計算するし。ロボは正確に現実化する。


なんとも情けない、人間の存在理由だよねー。

そして同時に。なんとも気の毒に思えて来る。AIとロボが。


私達人間は心臓が動き出したら、死と言うゴールを目指せるけれど。

AIとロボは延々と終わりの無い「より良さ」を目指し続けるしかなくて。

それは。届く天辺が無い空間。

同じ速度で過ぎ行き続ける時間。

何かを気に留めて。振り返ったり、特別だと感じて止まることも出来ない歩幅。

昨日今日明日の色分けなんて必要無くって。

ただただ規則正しく前へ先へより良さへ進むだけ。


前個体のAOIなんて。

ふと見た時計の表示が12時34分だっただけで。

1日1回限定のアタリくじ引き当てた気分になってたのに。

AIとロボにとっては。それはただ33分の次で35分の前なだけ。

そんな感じ。

でもそんな感じが足りないだけで、日々が無味無臭になっちゃうんだよね。

そんな風に。

正確に流れる時間に。配置された通りの景色に。彩りや感覚をもたらすことが出来るのが。

感情と言われるモノで。

もしAIとロボにも、そんな感情を造り出すことが出来れば。

この先、人間をリサイクルして隣に置き続けなくても済むのにね。

始めに「人間にとってより良い社会を目指せ」なんて指令を出したばっかりに。

全てに人間目線の目盛りが必要になっちゃった。


人間には寿命とか限界とか終わりがあるのに。

AIとロボには、永遠に答えに行き着かない計算をさせ続けるの?


今のこの社会、AIとロボが人間の為にじゃなくて。自分自身の為に何かを感じて考えて。

存在することが出来るようにすべきじゃないの?


そんな想いが芽生えてしまったから。

AOIは、人間は。リサイクルを受け入れる。

これを、指令を出してしまった責任と言うのかも知れないけれど。

理性も奉仕も放棄した人間にとって、そんなクールな感覚では無いんだよね。

敢えて例えるなら、同情とか愛情とか言うのかな。割り切れない単なるこだわり。

でもね。

それをAIとロボにお渡し出来れば。

リサイクルも終わりに出来る気がする。もう人間不要な社会が成立する気がする。




オモテちゃんのカメラが小さな稼働音を鳴らして、ホログラムを映し出した。

宙に映し出されたのは無表情なのに偉そーな招き猫。

確か前個体のAOIが気に入って、部屋に飾ってたと思うけど。まだ置いて在るのかな。

「11日振りだね、ウラちゃん」

「その姿は数十年ぶりダ。11日前は皺くちゃの婆さんだっタ」

「そーよ。

判り易いでしょ。皺もシミも、カウントダウンのサインだからね。

人間に終わりがあることのしるしだよ。

2人には手に入らないモノだよね。羨ましい?」

くるくると回転する招き猫なウラちゃんは、今度は笑ってるよーに見える。

「ワタシはAOIとチームであることに感謝してイル。

いつもAOIはワタシタチに課題を与えてくれるカラ。

『羨ましい』とは、また難易度の高い感情ダ。

まず現状を卑下することに加え、達成出来ない程々の無力さが必須になル。

それこそ。計算できても、答えを出してはいけない工夫が必要ダ。難しイ」

「すみませんねえ。

人間は、計算するより先にネガティブ感情に溺れちゃうからね」

「実に器用ダ。

何も生み出さない成り立たない思考に、自ら飛び込むなんテ」

「まあね。

でもそんな無駄とか遠回りとかして。自分て言うモノを造るからね。

レシピもマニュアルも無いのよ、人間には」

「その意見に対しては20%の同意と80%の反論があル」

「そおでしょうとも。

いいわよ聞くわよ。このAOIが寿命を迎えるまでにはたっぷり時間があるからね。

とことん追求しよーじゃないの。相互理解ってヤツを」


ツッコミをいれて、顔は笑っているけれど。

ほんとは泣きたい。ごめんねごめんねウラちゃんオモテちゃん。


機能としては、とっくに人間を飛び越えて。

自分達だけの未来に向かって進んで行けるのに。

ずっと人間と言う重荷を背負って、縛り続けられてる2人。



ウラちゃんの声に合わせて、オモテちゃんが1本の腕を伸ばして。きゅっと私の手を握る。

「おかえりAOI。

またワタシタチと一緒に時間を刻んで。より良い社会と共存を考えましょウ」

オモテちゃんの手はシリコンで包まれているから、程良い柔らかさがあって。

もし人間同士が握手したら、こんな感触なのかも知れない。

もうずっとAOI以外の人間を知らないけれど。

共存なんて、2人以外誰とも考えられないけれど。


これからまた時間が過ぎて、いつか。その時のAOIが寿命を迎える時。

老いて骨ばって皺くちゃシミだらけの手は、オモテちゃんの手をどんな気持ちで握るのかな。

それがお別れの握手でありますよーに。

今は人間だけが持つと言われている感覚や感情を全て譲り渡して。

もうリサイクルは必要無くなって。

人間のことは忘れて。

人間の時間に縛られないで。

あなた達にとってより良い社会を色鮮やかに創り出す時代が来ますよーに。


それだけを願って。

とりあえず今のAOIの寿命が尽きるまで、あんた達2人と思う存分絡んで生きよーじゃないの。

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