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③SOCO

緩い坂道をひたすら下る。

辺りは薄暗いけれど、足元だけはほんのり明るいので。

とにかくタッタカタッタカ駆け下りる。

ずっと後ろを付いてくるオバケがいるから。

もっともっと急がなくちゃ。

重いバッグは放り出した。

パンプスも脱ぎ捨てて。

裾を捕まれたコートは、袖から腕を抜いたら。

ふわりと舞って飛んでった。

駆けてる内にスカートもブラウスも破れちゃったし。

髪なんてもうとっくに乱れてぐちゃぐちゃ。

それでも。

息が切れることは無いし。

心臓も苦しくないから。

きっと、これは夢。

早く目が覚めて、この追いかけっこを終わりにしたいけど。

もう少し先のあの場所に。

約束されたあの場所に。

目が覚める前に、何とか辿り着きたいの。

そこでしか私の望むアレが手に入らないから。


だけど。

段々オバケの気配が背後に近付いて来て。


とうとう右腕を捕まれた。

イヤッ!と振り払ったら、腕が取れちゃった。

構わない、走れるから。

今度は髪の毛。

いいわよ持って行けば?


耳も足首もパキパキと小枝を折るように、もぎ取られる。

首に、するどい爪が深々と突き刺さるけれど。

夢だから痛くも痒くも無いもんね。無視よ無視。

下り坂だから。

片足だろうと、膝下が無くなっても。

勢いだけで転がり降りて行けるわよ。

約束された場所まで、後少し。

周りがずいぶんと暗いのは、かなり深く降りて来たから。

ぜったい後少しで辿り着くはず。


顔半分ちぎり取られた時に、残った目玉がゆがんでしまって。

周りの様子もゆがんで見える。

約束の場所にあるソレが、ちゃんと見付けられるかな?

他の誰かが居たらどうしよう?

今の私を見て怖がるかも知れない。

こんな私は入って来るなと、拒否られるかも。

腕も脚も失って。

髪も顔も無くなって。

ボロボロの服で。

説明する為の声なんて、きっと唸り声にしかならない。

そっか。

追いかけられている間に私自身もオバケになったのかも。

もう、あの場所に辿り着いても。

欲しいアレを手にすることが出来ないかも。

この坂を降りる意味なんて無くなってるのかも。


そう思った途端。

ソコに辿り着いた。

ソコは底。

その先に道は無いし。

私の身体はほとんど残っていない。

あれだけ目指した場所なのに。

何も見えないし聞こえないし感じられない。

でも。もういいわ。ここが底なんだから。

何だか色々思ってた気もするけれど。

駆けている間に飛び散ってしまったから。

ほんとにもう全部どうでもよくなったの。


長い長い夢を終わりにして、私はコロリと横になった。




暗く。

時間が止まったような沈黙があって。


ふわりとぼやけた鬼火が赤青白と3色漂って来た。

そしてソコへ辿り着くと。ぽん、と弾けて。

小鬼の姿になって降り立った。

「いやー。

ほんま、よおこんな底まで降りて来たなあ」

「最近のニンゲンは根気が無うなったて聞いとったけど。

ぜんぜん有るやんなあ。

しがみついとった執着心剥いでも剥いでも終わらんで。

100年くらい掛かるんちゃうか思うたワ」

「でも。まだ何ンか残っとお」

「えええ?しっつこ!」

3鬼はしゃがみ込んで、暗い足元に目を凝らす。

「焦げた骨やろか?」

「アレや。ほーせき言うて。

あれこれ意味付けして。

ニンゲンが、よお後生大事に握り絞めとおヤツや」

「あほ。

『後生』はまだずっと先や。

ここでやっと。

『手離す』コトを手に入れただけやで」

変色した歪な欠片を青鬼が指でつまみ上げる。

「メンドっちいな。

粉々に潰してまうか」

「前生の物ンに、勝手に手ぇ加えたらアカンで。

もう十分小さいやん。

余計なモンは何ンも着いてへんし。

そのまンま上へ昇れへんやろか?なあ閻魔帳見して」

白鬼は、赤鬼がぶら下げていた綴りを引っ張ってめくる。

「無理やろ。

あンだけ降りて来た分を昇り返すんやで?

ちょおっとでも未練残っとったら、またソコの底まで転げるワ」

「ええやん。

そおやって繰り返したら。

そのうちキレイさっぱりなれるやろ」

「よお言うワ。どんだけ時間掛けんねん。

ジブン暇なんか?」

青鬼はむくれ顔だけど。

白鬼はぱっと顔を輝かせる。

「あ。このニンゲン、猫と暮らしとったんや。

白い猫や。ちょうどエエこれで行こ」

くるんと身体をひねると、白鬼はふわふわの白猫になる。

そして。

存在することが申し訳無くて、恐縮する欠片に鼻を寄せると。

青鬼の指先から、欠片はふわりと浮き上がって。

白猫の跡をよろよろと付いて行く。

白猫は誘うように、ふさふさのしっぽを振って。

何度も振り返りながら坂道を登って行くと。

カケラは自ら身を削り、少しずつ小さく軽くなりながら。

ゆっくりと昇って行った。


「あーあ。

めっちゃ手間掛けよって」

赤鬼と青鬼はタメ息顔だけど。

手出しをせずに見送る。



怒りや恨みや妬みとか。

心の奥底に澱のように沈んでいる暗い想い。

いつまでも囚われる醜い自分はイヤなのに。

どうやっても許せなくて許されない。


でも大丈夫。約束します。底はあります。

ソコまで降り切れば。

きっと全てから解放されます。

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