5.バナナ50本を求めて
「それでは、私たちのクラスはチョコバナナチョコイチゴのお店を
やることにします」
学級委員のアレスくんがみんなの意見を取りまとめた結果を告げる。
今日は月末に控える文化祭についての話し合いがクラスで行われていた。
この学校では例年、各クラスがそれぞれ企画した何らかのお店を出店する。
焼きそばやタコ焼きといった食べ物系やお化け屋敷のようなアトラクション系、
去年は美術展なんていうのもあった。
今年、2-Cでの出店は話し合いの結果『チョコバナナ・チョコイチゴ店』
になった。バナナを丸ごと1本をチョコに浸して固めた、祭りでよく見るアレだ。
オリジナリティを出すためにバナナのみではなく、チョコに浸したイチゴも販売
しようという話になった。
毎年、各クラスが売り上げによって順位づけされ、上位のクラスは文化祭の最後に表彰される。この競争に勝つためにはオリジナリティが重要なのだ。正直、チョコをかけたイチゴが美味しいのかは疑問だけど、こういった学校行事に熱心な生徒が頭を悩ませて出した結論だ。僕が口出しする余地は無い。その熱心な生徒の中にはもちろん、ゼンノウちゃんの姿もあった。
「お祭りみたいで楽しそうだね~!」
「バナナとイチゴはどこで買う? どのくらい必要なのかな」
「チョコも相当な量必要だよね、いくらくらいかかるんだろう」
企画の方向性が決まったところで熱心な生徒たちが予算や材料といった具体的なことを話し合い始めた。僕みたいなタイプの生徒はそういう話し合いには一切参加せず、手伝うことがあれば黙って手伝い、予算が決まれば黙って払う。それが通例だし、最も平和的な振る舞いだ。
「チョコはうちで用意できると思うから、大丈夫だよ」
クラスメイトの経芽洲くんが話し合いをしている生徒たちに声をかける。ヘルメスくんの実家は地元では結構有名な洋菓子店だ。チョコの相場や流通の事情はよく分からないけど、安価なチョコを大量に仕入れるルートとかがあるのだろう。
「ほんとに! ありがとう~助かる」
ヘルメスくんの提案にゼンノウちゃんが反応する。その後、会話の内容は聞こえなかったが二人が細かいことの打ち合わせをしていた。
僕はゼンノウちゃんに感謝されるヘルメスくんを羨ましいと思う。僕もどうにかして彼女の役に立って感謝されたいところだけど、僕の家は洋菓子店でもなければ八百屋でもない。
僕は羨ましさと少しの嫉妬を感じながら、その様子を見ていた。
ゼンノウちゃんはその後もクラスの中心グループの中で文化祭についての話を続ける。僕はそれを遠目に見ることしかしなかった。
話し合いの結果、予算や当日の売れ行き予想を考慮してバナナ300本、イチゴ15パック、たくさんのチョコを用意することとなった。
果物の調達は市内で一番大きな八百屋さんに家が近いという理由でゼンノウちゃんが担当することとなった。ゼンノウちゃんが一人で八百屋に行って、仕入れることができるかを交渉するらしい。
この『バナナ300本、イチゴ15パック』という個数を決めるまでかなりの時間がかかっていた。なにせここにいる全員がまだ社会に出たこともない中学生、バナナやイチゴの値段や予算との兼ね合い、今の時期に仕入れることができるか等々、様々な要因が重なる中で最善の案を出すのは相当難しい。
「バナナが少なすぎる、これではすぐ品切れになる」
「イチゴは高い、バナナより少なめにしなければ」
「品種はどうする? チョコをかけるとなるとイチゴは酸味があるものがいいのでは?」
「その品種は今の時期でも安定して流通しているのかな」
「学校からの予算に加えてみんなで多少お金を出し合えば予算の問題は解決するのでは?」
「それでもなるべく安い品種にしなきゃ、大赤字になっちゃうよ」
こんな議論が長時間行われていた、あーでもないこーでもないとみんなで言い合って、バナナが200本になったり300本になったり、イチゴが10パックになったり20パックになったり、何故か途中から「ブドウにしよう」という話になってすぐに却下されたり。
聞いているだけで頭がこんがらがりそうだ。そして、実際にこんがらがった人物が一人、ゼンノウちゃんだ。
難儀な話し合いの中、彼女は用意する材料を『バナナ250本、イチゴ20パック』だと勘違いしてしまったようだ。
文化祭についての話し合いが行われた翌週の月曜日。彼女がいつも通り元気に登校してきた。
「おはよー! 八百屋さん、バナナもイチゴも仕入れてくれるって!」
彼女は先週末に八百屋さんにアポをとって交渉してきたらしい。
「おぉーよかった、行ってくれてありがとねー」
熱心な生徒の一人がゼンノウちゃんに応える。まだ誰もゼンノウちゃんが個数の勘違いをしていることに気づいていない。
大丈夫かな、と少し思ったが予算についての確認は慎重に行うはずだ。わざわざ僕が言わなくてもそのうち誰かが気づくだろう、と僕は楽観的な予想を立てた。
火曜日、まだ誰もゼンノウちゃんの勘違いには気づかない
水曜日、まだ誰も気づかない
木曜日、今日は中心グループによって予算についての話し合いが行われたみたいだ。その結果、クラス全員から500円ずつ徴収するということが帰りのホームルームで告げられた。まだ、誰もゼンノウちゃんの勘違いには気づいていない。
予算の話し合いをした過程では誰かがゼンノウちゃんの勘違いに気づくような場面がなかったようだ。
これはいよいよマズイ状況なのではないか、文化祭で店を出すのは来週の金曜日。大量の果物の注文を1週間前に変更できるだろうか。なんとなく無理な気がする。出来たとしてもキャンセル料的なものがかかってしまうかもしれない。勘違いに気づいているのは何でも知ることができる僕だけだ。
金曜日、この日も勘違いに気づいているのは僕だけだ。僕は意を決して彼女にこのことを伝えようと考えた。しかし、『いつ伝えるか』と『どう伝えるか』が問題だ。
学校生活の中で僕と彼女が接することは基本的には無い。何かの機会に彼女が僕に話しかけてくれることはあるが、僕から彼女に話しかけることはまずないし、お互い性格が全く違うので共通の友人は1人もいない。教室の中で急に僕が彼女の前に立ち、「君はバナナとイチゴの個数を勘違いしている」なんて言うのは不自然すぎる。確実に変な奴だと思われる。
そして、機会があったとしてもどう伝えるかが問題だ。僕が彼女の勘違いを知っていることを彼女は知らない。急に自分の考えを読んでいるような発言をされたら彼女はどう思うだろうか。きっと気持ち悪いと思うだろう。かといって、間接的に、やんわりとバナナとイチゴの個数間違いを伝える方法なんて無い。流石にメンタリストのDaiGoでも難しいだろう。
1日中機会を伺っていたが、結局チャンスは訪れなかった。その日エビに「今日一日中ゼンノウちゃんのこと見てたね」とからかわれてしまった。不覚。
土曜日、せっかくの週末だというのに僕は悶々としていた。このまま文化祭を迎えたらどうなるだろうか。きっとバナナの本数が足りないことに途中で気づき、ゼンノウちゃんが責められてしまうだろうか。責められることはなくても彼女は負い目を感じてしまうだろう。そんなことになったらせっかくの文化祭が彼女にとっては嫌な思い出となってしまう。
一人で悶々としながらも特に解決策を見つけられないまま、日曜日の夜を迎えてしまった。
「バナナ50本って予約とかしなくても買えるものかな」
僕は他愛もない雑談を装って母に尋ねてみる。
「バナナ? 何言ってんのあんた」
他愛もない雑談にしては話題が突飛で不自然すぎたらしい。
「いや、何でもない。できるのかなって思って」
事情を説明するのも何だか恥ずかしいので急いで誤魔化す。「好きな人の役に立つためにバナナが欲しい」なんて親にはとてもじゃないが言えない。
「まぁ、分からないけど。50本くらいならお店のバナナを 買い占めれば足りるんじゃない?」
事情の知らない母は不審がりながらも答えてくれた。大人の知恵と経験はこういう小さいところで役に立つ。
翌日の月曜日、今週末に控えた文化祭に向けて着々と準備が進められ、クラス全体がなんとなく浮足立っている感じがする。ゼンノウちゃんの勘違いを知っているのは相変わらず僕だけだ。
僕もお店の装飾を作る手伝いをする。使用用途が『花を作る』以外分からないカラフルな薄い紙で花を作ったり、折り紙を細く切ったものを輪っか状にして繋ぎ合わせたりして黙々と作業を進める。
ゼンノウちゃんはお店の看板を作る作業をしている。美術部や工作部に混ざりながら板をを組み立てたり絵を描いたりする作業だ。絵心が無く道具を作るような経験もない僕はゼンノウちゃんと一緒に作業をすることはできない。
今の僕にはゼンノウちゃんがいち早く勘違いに気づいてくれることを祈ることしかできない。
水曜日、僕はクラスでたった一人、不安を募らせ、少しの焦りを感じていた。今日、文化祭前々日のこの日までゼンノウちゃんが勘違いに気づくこともなく、僕はそれを伝えることもできていない。
いよいよマズイ、と僕は思う。いくら八百屋さんでも今更「バナナを50本多く仕入れてくれ」という注文は受け入れてくれないだろう。このままでは確実に当日、材料が足りなくなる。その責任はゼンノウちゃんが負うことになるかもしれない。
この事実を知っているのは僕だけだ、解決できるのは僕しかいない。ゼンノウちゃんへの恋心からか、文化祭へのモチベーションからか、僕は使命感と義務感に駆られる。要因は間違いなく前者だろう。
しかし、解決策は一つも思い浮かばない。今からでもゼンノウちゃんに伝えるべきか、いや、伝えたところで注文の変更はできないし今まで言わなかったことを責められるかもしれない。このまま何もせずに文化祭を迎えるか、いや、それではゼンノウちゃんが可哀想だ。好きな人が悲しむ姿は見たくないし、自分が救えるのならぜひ救ってあげたい。ゼンノウちゃんの役に立ちたい。
一人で思い悩んでいると、ふと、日曜日夜の母の言葉を思い出した。
「50本くらいならお店のバナナを買い占めれば足りるんじゃない?」
僕は恐らく唯一の解決策を思いつく。
そうだ、僕が一人で買いに行こう。
木曜日、僕は少し急いで家に帰り、久しく乗っていない自転車を引っ張り出して、スーパーへと向かった。野菜や果物の品ぞろえはゼンノウちゃんがバナナとイチゴを注文した八百屋さんが最も多いが、ゼンノウちゃんと会ってしまう可能性を考慮して少し離れたスーパーへと向かった。
スーパーに着いた僕はまっすぐ青果売り場へと向かい、細長くて黄色い果物を探す。果物の中でもかなり目立つ見た目をしているそれはすぐに見つかった。
目の前には2種類のバナナが積まれている。一方は1房100円のスタンダードなもの、もう一方は1房200円の甘みが強い品種のものだ。チョコをかける関係上、バナナはなるべく甘い品種を買うことになっていたはずだ。
バナナは甘いもの、イチゴは酸味が強いもの。この選択も注文内容が複雑化し、勘違いを招いた原因だ。
バナナ50本となると大体9房くらい必要になるだろうか。大体2000円弱。中学生のとってはかなりの痛手だ。1ヶ月分のお小遣いに相当する。
そんなことを思いながら僕はバナナを4房買って店をあとにする。転売ヤーが目の敵にされているこのご時世、なんとなく買い占めは良くない気がするのでこの店では4房買って、また別のスーパーで残りの5房を買うことにした。僕は無料でもらえる段ボールにバナナを入れ、自転車の荷台に固定して、次のスーパーに向かう。
バナナのためにスーパーをはしごするなんて、これが最初で最後だろうな。
2件目のスーパーでも同じ品種のバナナを見つけることができ、ホッとする。これでミッションコンプリートだ。そう思いながら、買い物カゴにバナナを何房も入れていると、
「バナナ好きなの?」
急に話しかけられて僕は驚きながら首を急旋回させる。同じクラスの女子、久炉野素さんだ。
一瞬、ゼンノウちゃんに話しかけられたと思い焦ったが、杞憂だったようだ。しかし、マズイ状況なのは変わらない。僕は今から『バナナが大好きなクラスメイト』を演じなければならない。
「あぁ、うん、好きなんだ、バナナ」
「そうなんだ、それにしてもたくさん買ってるね」
「家族がみんな好きなんだよ、だから家族の分も」
「なんだか健康的な家族だね、何日くらいで食べ切るの?」
「まぁ……、3日くらいじゃないかな、大体ね」
「ふーん、食べ過ぎには気を付けてね、バイバイ」
そう言ってクロノスさんはスーパーの出口へと向かう。
「ありがとう、また明日」
なんとか演じきれた、と思う。クロノスさんは不思議な女子だ。誰とも話さないわけではないけど、特定の友達がいるわけでもない。今みたいに急に話しかけてくることもあるし、その話題もいつも独特だ。
彼女は”未来を見ることができる”能力をもつ。見ることができる未来は限定的で少しだけらしいけど、その能力で僕がスーパーでバナナを大量に買う未来を見てしまった。そして、それを不思議がって見に来たのだろう。
クロノスさんから解放された僕は急いでバナナをレジに通し、足早に自転車置き場へと向かう。クロノスさん以外のクラスメイトに見られてしまったら大変だ。僕がバナナを大量購入しているところをクロノスさんが広めたりしたらゲームオーバーだけど、クロノスさんはそんなことをするタイプではないので、広めたりしないことを信じる。
バナナを段ボールに詰め込み、なんとなく急いで帰宅する。誰にも見られたくないと思った。帰宅後、両親にもバレないように自室にバナナ入りの段ボールを運ぶ。できる限りのことはした。あとは明日、このバナナをゼンノウちゃんに渡すだけだ。
その日の夜、ふと思った。どうやってゼンノウちゃんにバナナを渡すんだ?冷静に考えて急に段ボールいっぱいのバナナを渡してくる男子って気持ち悪いよな。そんなプレゼントは相手がドンキーコングだった場合しか成立しない。かといって、「バナナが足りない!」ってなってから渡しに行くのも不自然すぎる。クラス中に『ゼンチは常にバナナを大量に持ち歩いているドンキーコングみたいな奴』という噂が広まってしまう。それだけは避けたい。どうしたものか、好きな人の役に立つのってこんなにも難しいのか。
解決策が見出せないまま。その日は眠りについた。
翌日、僕はある作戦を思いつき、いつもより1時間早く家を出た。もちろんバナナ入りの段ボールを持って。これをゼンノウちゃんに直接渡すことはできない。ならば、直接渡さなければいい。幸い、文化祭で使う材料の保管場所は知っている。誰も来ないうちにそこにこの段ボールを置いておけば直接渡さずともバナナを届けることができる。なんて完璧な作戦なんだ。
僕がバナナを運んでいる姿をクラスメイトに見られるわけにはいかないため、1時間早く家を出た。早起きをしてバナナを運ぶ。バナナ農家以外でこんな経験をしているのは僕だけだろう。
材料の保管場所は2-Cの教室と同じ2階の空き教室。僕は段ボールを担いでヒーヒー言いながら階段を上る。こういう時に普段から体力と筋力をつけておくことの重要性を痛感する。明日の筋肉痛とともにとても痛感する。
空き教室にたどり着き、ドアを開けた。文化祭用の備品はまだ一つもない。目論見どおり、誰の目にも触れずにバナナを置いていくことができそうだ。
ミッションコンプリート、そう思いながら段ボールを置くと、ガラガラッ
「よいしょ、あれっ?」
ドアが開く音と共に聞き慣れた声がした。とても聞き慣れた、何度も聞いたことがあるし、いつも近くで聞きたいと思っている声だ。でも、今は一番聞きたくなかった声かもしれない。
ゼンノウちゃんが空き教室に入ってきた。
「ゼンチくん、おはよう、何してるの?」
バナナ入り段ボールの前で立ち尽くす僕を不思議そうに見ながら、彼女はいつも通り挨拶をしてくる。両手で段ボールを抱えている。どうやら彼女も僕と同じく早めに登校してバナナの搬入を行うようだ。
僕は焦りながら頭をフル回転させて、なんて説明すれば怪しまれないかを必死に考える。もちろん、答えは出るはずもない。
「おはよう、えーっと、荷物を運ぼうと思って」
精一杯の言い訳をしてみる。怪しまれないでくれ、と願いながら。
「荷物? 私がバナナとイチゴ持ってきて、ヘルメスくんがチョコ 持ってきて、
他に必要な荷物あったっけ?」
普通に怪しまれてしまった。無理もない、文化祭の話し合いにも参加せず装飾を作ることしかしなかった僕が持ってくる荷物なんて本来一つもない。ゼンノウちゃんの疑問は当然のものだ。
僕は引き続き頭をフル回転させ、言い訳を考えるが、この段ボールの中身まで隠し通すのは流石に無理だと思い、別の言い訳を考えた。
「僕もバナナを運んでたんだよ、ゼンノウちゃんと一緒で」
「えっ!? なんで? バナナを持ってくるのは私だけだよ」
「実は家にバナナがたくさん余ってて、もしよければと思って持って来たんだ」
我ながら中々の言い訳だと思う。即興で考えたにしては上出来だ。
「そうなの!? どのくらい持ってきた?」
「この段ボールだよ、1箱分だけ」
僕は足元にある段ボールを指差しながら答える
「段ボール1箱も!? バナナ余り過ぎじゃない?? 知り合いにバナナ農家でもいるの?」
「まぁ、そんな感じだよ。家族もバナナが好きなんだ。でも、食べ切れなくて」
「へぇ~そうなんだ、なんかゼンチくんがバナナ好きって意外だね。
柿とか梨とかを食べてそうなイメージ」
「柿も梨も好きだよ、バナナはとりわけ好きなんだ」
ゼンノウちゃんに嘘をつくのは心苦しいが、どうやら何とか誤魔化せたみたいだ。大量の冷や汗をかきながら、安心する。
「これ全部貰っていいの? 売り切れるかな~」
「売り切れなかったら僕が持って帰るよ。みんなに配ってもいいしね」
危機を脱した僕はその後ゼンノウちゃんと少しだけ話して、バナナとイチゴの搬入を手伝った。人生で初めてのゼンノウちゃんとの2人きりでの共同作業だった。少し緊張したが、他愛もない雑談をしながら作業することができた。この時間は恐らく一生覚えているだろう。『早起きは三文の徳』という言葉は本当だったようだ。
「手伝ってくれてありがと~今日頑張ろうね」
「そうだね、売り切れるといいね」
「バナナたくさんあるからなーしっかり宣伝しなきゃ!」
そんな会話をしながら僕たちは空き教室を出た。
文化祭での出店は、クラスメイトによる宣伝と時間をかけて作った看板や装飾のインパクトもあってそこそこの賑わいを見せた。チョコバナナとチョコイチゴも完売し、かなり好調だったが、売上額は全クラス中4位。惜しくも表彰とはならなかった。クラスの中心メンバーたちは、
「こんなに売れるならもっと値段上げればよかったー」
「いやーもっと個数を用意するべきだったかもねー」
と悔しがりながらもしっかりと反省をしていた。こういう学校行事を本気で楽しめるところを僕は見習うべきだと思う。
文化祭が終わり、みんなが片づけを始めたので僕もゴミを集めたり装飾を外したりして手伝う。文化祭を全力で楽しむことは性格上できないが、準備と片づけはしっかりとやる。これが日陰者の生き方だ。
装飾を外し、ゴミを集め、バナナやイチゴが入っていた段ボールをまとめ、空き教室へと運ぶ。この作業を何回か繰り返していると、
「お疲れ、ゼンチくん」
空き教室に入ったところで、今朝共同作業をした彼女に話しかけられた。
この状況、デジャヴだ。
「お疲れ、ゼンノウちゃん」
「今日の文化祭、全部売れてよかったね」
「そうだね、売上が4位だったのは残念だけど、中々いいお店だったんじゃないかな」
「確かに、もうちょっとで表彰だったのにね、ところでさ」
ゼンノウちゃんが僕の目を見る。いつもとは違う視線だ。なんというか、怪しんでるというか、疑ってるというか。まるで犯人を追い詰めてる途中の探偵みたいなそんな目つき。
「なんで私が勘違いしてるって、知ってたの?」
僕は驚いた、表情には出ないように気を付けながら。ゼンノウちゃんは今日の文化祭の最中、クラスメイトとの会話の中で本来用意するべき材料は、バナナ250本イチゴ20パックではなくバナナ300本、イチゴ15パックであることを知った。イチゴを箱から出す際に注文より5パック多いことをクラスメイトに指摘され、その話の流れで自身の勘違いに気づいたようだ。幸い、想定より多く用意されたイチゴも完売だったため、ゼンノウちゃんが責められることはなかった。
「勘違いって、なんのこと?」
僕は精一杯の演技でとぼける。『君の考えてることを僕は全部知ってる』なんて言えない。
「私、勘違いしてて、バナナとイチゴをクラスの話し合いで決めた個数とは
違う個数で注文しちゃったんだ。バナナは50本少なく、イチゴは5パック多く」
「そうだったんだ、知らなかった」
「でも、バナナの個数はぴったりだったんだよ。
君が今日、余分に持ってきてくれたから」
「それはよかった、気まぐれで持ってきただけだけど役に立ったみたいで」
「本当に気まぐれ? 私が用意しなかった50本を君が持ってきたのは
本当に偶然なの? しかも、君が持ってきたバナナは私が買ったのと
同じ品種だったよ」
確かに、この状況を考えれば誰でも違和感を覚えるかもしれない。誰も知るはずがない自分の注文ミスで足りなくなったものを、本来の注文にちょうど足りるように持ってくるクラスメイトがいる。少し不自然だ。
「何が言いたいのか分からないけど、そういう偶然もあるよ。
段ボール1箱分のバナナはちょうど50本だったし、僕が持ってきたバナナの
品種は別に珍しいものじゃないし」
僕は平静を保ちながらなんとか言い繕う。ゼンノウちゃんがこんなに鋭い洞察力で僕に迫ってくるとは思わなかった。どうやら僕はゼンノウちゃんの考えてることの全部を知ってるわけじゃないらしい。それか、根底にある考えを知ることはできるけど、直近の考えを知ることはできないとか、とにかく中学生の僕の能力は限定的みたいだ。
「そうかなぁ、誤解してほしくないんだけど、バナナを持ってきてくれた
ことには感謝してるんだよ? ほんとにありがとう」
「どういたしまして、役に立ててほんとによかった」
これは嘘ではなく、間違いなく僕の本心だ。
「でも、ゼンチくんのこと、ちょっと不思議だと思う時があるんだよね、
なんというか、もしかしてメンタリズムとか習ってる?」
「いや、習ってないし、メンタリズムって習うものなの?」
もしかしたら、ゼンノウちゃんは僕の全知の能力に気づいているのかと思ったけど、どうやら確信は持ってないっぽい。でも、色々と不自然には思われてるみたいだ。なんとか誤魔化さなければ。
「どうなんだろう、メンタリズム教室とかあるのかな……。とにかく!
ゼンチくんはなんというか、相手のことを分かってるというか、こっちが
やって欲しいことを自然とやってくれてるというかそんな気がする時があるんだよ」
中々鋭い洞察力だ。いや、僕の隠し方が下手すぎるのだろうか。
「そうかな、自分では意識したことないけど」
「そうなんだ、じゃあ、ゼンチくんはすごい優しいのかな」
僕は少し驚く、『優しい』なんてあんまり言われたことがない。ゼンノウちゃんが僕のことをそう思っていたのも予想外だ。
「なんで僕が優しいってことになるの?」
「だって、ゼンチくんは人のために行動してるでしょ? 前の班活動でも私のこと
助けてくれたし、体育の時も応援して くれたし、今日のバナナは偶然だった
みたいだけど、文化祭が上手くいくように色々と手伝ってもくれてるし、すごい
優しくて 『なんでもできる』って感じがするよ、それが不思議なんだけど」
急に褒められて顔が熱くなるのを感じる。やはり僕の能力はまだまだ未発達のようだ。ゼンノウちゃんがここまで僕のことを見てるなんて知らなかった。
でも、1つだけ間違いがある。『なんでもできる』のは、彼女の方だ。班活動も体育の走り幅跳びも文化祭の準備だって彼女の方が頑張っている。褒められるべきは彼女の方だ。僕はたまたま、少しだけみんなのことを知っているだけだ。
本当は何でもできるんだけど、どんなことにも全力で、常に努力と挑戦をして、誰とでも明るく接する。僕はそんな彼女が好きだ。
彼女に褒められて嬉しかったからか、彼女に触発されてか、それとも文化祭の雰囲気に浮足立ったのか、好きな人と空き教室に2人きりという状況だったからか分からないけれど、
僕はお返しに彼女のことを褒めて、告白なんて大層なことはできないけれど、少しだけ自分の気持ちを伝えることにした。
「なんでもできるのはゼンノウちゃんの方だよ」
「え? そんなことないよ~」
ゼンノウちゃん少し笑いながらやんわりと否定してきた。
「いや、そんなことあるよ。ゼンノウちゃんは自分の考えを素直に言うことが
できるし、誰とでも仲良くできる。相手のことをよく見てるし、相手の気持ち
を考えることもできる。クラスメイトのために行動することもできるし、
立ち幅跳びで6mも跳べる。 できることだらけで、本当に羨ましいよ」
「急にすごい褒めるなぁ、それに立ち幅跳びはたまたまだって」
彼女は少し赤面してる、気がする。
「たまたまじゃない、気がするよ、僕はね。ゼンノウちゃんなら本当に
6m跳べる気がするし、立ち幅跳びだけじゃなくても、どんなことでも
なんだってできる気がする」
「うーんそうかなぁ、前も似たようなこと言ってたよね。
じゃあ、本当に空も飛べると思ってる?」
「うん、ゼンノウちゃんなら飛べる気がするよ」
僕がそう言うと、ゼンノウちゃんは僕の目を見ながらニコニコしていた。今度はさっきまでの鋭い目つきじゃなくて、子供みたいなキラキラした目だ。
「そうかぁ、やっぱゼンチくんは面白いこと言うね」
「別にふざけてるつもりはないけどね」
「そうだね、ふざけてるようには見えない。じゃあ、ゼンチくんが
そう思ってるってこと忘れないようにするよ」
そう言って彼女は僕に背を向ける。なんとなく僕も彼女もこの場にいるのが恥ずかしくなってきた。
彼女は教室を出る直前に思い出したように振り返った。
「そういえば、今日の打ち上げ、来る?」
打ち上げ、そういうものがあること自体は知っている。僕はもちろん誘われていない。
「いや、行かないよ。誘われてもないし」
「えっ!? クラスLINEで投票やってたけど、見てない?」
クラスLINE、こちらも存在自体は知っている。僕は入っていない。
「僕、クラスLINE入ってないんだ」
「そうなの!? 勝手に全員入ってるのかと思ってた」
どうやらクラスの大半はクラスLINEに入っているらしい。僕が2-CでLINEを交換しているのはアポロとエビだけだ。その2人もクラスLINEには入っていないので、入る術がない。
「じゃあ、今LINE交換しちゃお、後で招待しておくから」
彼女はポケットからスマホを取り出す。LINEを? 交換?僕がゼンノウちゃんと? 僕は急展開に追いつけず頭が真っ白になり、すぐには動けなかった。
「あれ? もしかして、スマホ持ってない?」
「い、いや、持ってるよ、持ってる。ちょっと待って……」
僕は急いでスマホを取り出す。ロックを解除する指が震えて上手く打てない。まさか、僕がゼンノウちゃんと連絡先を交換する日が来るなんて。落ち着け、落ち着け僕。まだ笑うな。
僕はゼンノウちゃんとLINEを交換した。スマホの画面上にはゼンノウちゃんと友達とのツーショットが映っている。
「じゃあ、後でグループ誘っとくね! じゃあね!!」
僕は控えめに手を振って彼女の背中を見届ける。彼女が去った後、無意識に口角が上がってしまう。色んなことがありすぎた。
好きな人と空き教室で2人になり、何故かお互いを褒め合い、少しだけ気持ちを伝え、連絡先を交換した。
なんて、なんて幸せなんだろう。ただLINEを交換しただけ。たかがLINE、されどLINEだ。僕は自分のともだちリストにある「ゼンノウ」の文字とアイコンを見つめ、一人で幸せを嚙み締めた。
その日の夜、ゼンノウちゃんからLINEがきた。
『グループ誘っといたよ!』
『ありがとうございます』
『なんで敬語(笑)今日は色々ありがとねーバナナ助かった!』
『ただの偶然だから大丈夫、こちらこそLINEありがとう』
『そうだったねーまぁ、偶然ってことにしておくよ(笑)
あんなに真剣に熱いこと言ってたし嘘じゃないと思ってるけどね』
『今日の話は他言無用でお願い…』
『はーい(笑)じゃあ、おやすみ!(ネコが寝ているイラストのスタンプ)』
『おやすみなさい (無料で追加できる企業マスコットが寝ているのスタンプ)』
ゼンノウちゃんとのLINEを終え、僕はスマホを閉じる。好きな人とLINEができる、なんて幸せなんだろう。できることなら一晩中LINEしていたいけど、変に話を続けるとしつこいと思われそうなので我慢する。今はこれで十分幸せだ。
今夜はとてもいい気分で熟睡できそうだ。僕は今日あったこととついさっきのLINEを思い返しながら嬉しさのあまりニヤニヤしながら布団に入った。客観的に見たらかなり気持ち悪いが、一人だから存分に口角を上げた。
ゼンノウちゃんは僕のことを熱くて優しくてちょっと不思議な友達だと思っている。