アイ玩店の事件簿
これはぼくと小松と春奈の冒険だった。
大型メガネ店(アイ玩)の噂は、よく街角で耳にしていた。
なんでも、この二か月間に行方不明者が出ているらしい。
ぼくは考える。きっと、店が改築に改築をしているから人が迷子になってしまい。何年かした後にやっと店から出てこれるんだ。
でも、春奈は違うことを考えていた。
それは、メガネを掛けない客を地下牢へ閉じ込めて、掛けることを拒んでばかりいると、いきなりグツグツと煮えたぎる鍋へ放り込んでしまうという考えだ。
春奈の頭の中は、背筋が寒くなるけど間違ってはいないかも知れない。
小松は小松で、メガネを掛かけているお客が、試着の時には必ずメガネを外すから、その拍子に自分のメガネを落としてしまって、探し回るうちに永遠に店の中を彷徨っている。なんて考えている。
そんなことはありえない。
だって、小松の考えならば。二日か四日くらいで、その人はメガネを探し当てて店を出て行くはずだ。
行方不明者たちは、いなくなってからもう一か月も経っている。
小学校を卒業するまでには、この三人で真相を暴こうと春奈が言った。
「いらっしゃいませー」
幾つもあるレジには、かなり大き目のメガネを掛けたお姉さんたちがいる。
店内の照明で、どの人も光り輝く白いスーツを着ていた。
みんな、かなりほっそりしているから、今まで体中の栄養を視力に送っていたのだろう。
ぼくの顔を覗く出入り口付近のレジのお姉さんは、ニッコリとしているが、そのメガネの瞳の奥には何かギラリと光るものがあった。
明るい店内には飾り棚が敷き詰められてある。お客の年齢層も幅広い。お年寄りから子供まで、大勢のお客のほとんどはメガネを掛けては外したりと、お気に入りのデザインやイメージと合致するメガネとの出会いを楽しんでいる。
棚には色々なメガネが置いてあった。片メガネに銀縁メガネ。サングラス、果ては使い捨てのコンタクトレンズや色眼鏡までもがある。
ひょっとすると、この町の全ての人がこのお店のメガネを買って、全て掛けてみたとしても、誰も掛けてないメガネがほとんどあまるのではないだろうか?
「おお、仁志君か。君もこの店の噂を聞いたんだね? メガネが豊富で町一個買えるほどの在庫があるんだって、凄い宣伝だよね」
町外れの貧乏探偵事務所の本田さんがいた。
確か年は30代で、ぼくの隣の家に住んでいる。
いつもは、家に閉じこもってばかりで働こうともしない。けど、一日限りの依頼を受けるとすぐに家から飛び出すんだ。
ぼくたちは日雇いロケット探偵と呼んでいた。
本田さんはぼくの耳に髭面を近づけ細目で囁いた。
「早く帰った方がいいよ。ここで、人がいなくなるんだってさ。誰の依頼かは言えないが、あるお金持ちの依頼人に頼まれてね。この店を調査しに来たんだ」
きっと、依頼主に人探しを頼まれたのだろう。
ぼくはニッコリ笑って「そんなことは聞いたことも無いよ」と本田さんから離れた。
数ある飾り窓からは、この町のリンギーネ塔と海辺の方向が見渡せる。
リンギーネ塔はその名の通りに、近くにこの町の殆どのイタリアンレストランが密集しているからだ。
古い町並みはみんな午後の紅茶を楽しんでいるのだろう。
太陽の直射日光が無数のメガネに反射して、すっきりとした天気もメガネの宣伝をしているかのようだ。
ぼくたちは日が暮れる前に、店の秘密を探ることにした。
本田さんよりも先に見つけようと春奈がぼくに囁いた。
無言の小松は少し塞ぎ気味だ。
この店は六階建てで、一つしかない階段が一階から六階まで伸びている。何度も改築した後だから地下もあるはずだ。後はエレベーターが数基ある。
「ねえ、徹底的にあの階段の周囲を調べましょうよ。きっと、古いし開業前に造られたはずだから、地下に通じる何かがあるはずよ。そこで、たくさんの行方不明者が煮えたぎった鍋に入れられているのよ。溶けて跡形もなくなる前に助け出さなくちゃ」
春奈はそう言うと、ニッコリ笑ってぼくの手と小松の手を引っ張りだした。
春奈が嬉しそうにはしゃいでいるから、客たちは微笑ましい目でぼくたちを見ている。
強引に引っ張る春奈は、まずは床を調べた。トントンと小さな手で階段の踊り場にある白黒の床を叩いたり、短めの髪を振りながら下へと降りる梯子などを探していると。
クリクリとした目で、ついに何かを見つけた。
小さな飾り窓のカラフルなガラスを外す。
ぼくと小松も、強い風を受けている殺風景な庭の中央に地下へと通じる階段が見えたのだ。
丁度、見えにくい木々の間にある。
ぼくたちは、買い物客に気付かれないように庭へと窓を這い出した。
「なあ、地下があるから、春奈の考えって結構当たっているんじゃないのか? おれ、実は怖くてすぐに帰りたいんだよな」
庭を歩く丸坊主の小松は蜘蛛の巣のある薄暗い地下まで、一足早く喜び勇んで階段を降りていく春奈を不安げに見つめていた。
地下にはやはり牢屋のような空間が壁に幾つも造られていた。
鉄格子が嵌められ、必要最小限の生活区域の牢屋には、浮かない顔の大人たちが6人もいた。
反対側の空間には大型テレビが設置され、複数の古い椅子がテレビに面して釘や針金で固定されていた。
牢屋の中の人たちは、ぼくたちに気が付くと小声で「助けてくれ。早く出してくれ」と懇願している。
「早くこの人たちを助け出さないと! 煮えたぎった鍋に放り込まれてしまうわ!」
春奈は心配して鍵を見つけようとした。
けれど、大型テレビ以外には椅子だけしかない。
鍵のありそうな場所は、この空間にはなかった。
その時、ぼくたちが降りて来た地上からの階段から足音が近づいてきた。
コツコツとした硬い靴の音が迫って来る。
「お願い。隠れて」
一人の中年女性がぼくと春奈に小声で警告した。
小松はビビッて大型テレビの後ろへと隠れた。
ぼくと春奈は慌てていたので、すぐさまお互いに同じ方向へと走り出して、二人でおでこをぶつけあう。
春奈の頭は以外に固かった。
ぼくは気を失ったみたいだ。
目を開けると、それぞれ椅子の上に座るように固定された大人たちが列を作っている。あの隠れろと言ってくれた中年女性も大型テレビを間近で観せられていた。
ぼくと春奈も同じで、椅子に針金で固定されて白いスーツ姿の美人のお姉さんたちに「大型テレビを観ろ!」と脅された。
テレビには色々な番組が飛び飛びで映し出される。
美人のお姉さんたちは、中年女性や他の大人たちに「さあ、メガネを買うか?! 買わないか?!」と脅していた。
大人たちは怯えた目で、みんなテレビを凝視していた。
隣の春奈はウインクして、
「当然、買いますと言うのよ」
悪戯っ子のように笑った。
ぼくと小松と春奈は新調したメガネを掛けて、店を出た。
外は相変わらず快晴だった。
本田は庭の地下へと通じる階段をあの後見つけただろうか?
あの美人のお姉さんたちは、メガネ愛好家のボランティアの人たちだった。
数百年の歴史を持つアイ玩という会社は、日本屈指のチェ―ン店で、在庫のメガネを赤字覚悟で大量廃棄処分しようとしていたのを、美人のお姉さんたちが町の人々全員にメガネを掛けてもらうという運動をして防いでいたのだ。
過激なボランティア活動だったけど、けれどとても楽しかった。
ばくは町を彩る虹色のメガネを購入した。
ぼくはこの町と春奈が好きになった。
捕まっていた人たちはぼくと春奈の助言で、みんなメガネを買うことにして家に帰って行った。
これは小松と春奈との二度目の冒険だった。
ぼくは真夏の日差しを受ける公園の噴水広場で耳にした。大型メガネ店(アイ玩)では、今度は人が大量にいなくなるのだそうだ。
春奈が夏休みの間に、また真相を暴きに行こうと言いだした。
ぼくの考えでは、老舗の店だから床が古くなっているところがあって、床が抜けて人々がこの町の下水道に落ちて何か月後に出てこれるんだ。
でも、春奈は違う考えだ。
きっと、忽然といなくなった人たちは、メガネを買わなかったから。店の裏庭で店員たちから太陽によって熱せられた大きな鉄板の上で蒸し焼きにされている。
春奈の考えは暑い夏でも背筋が寒くなった。
小松は身震いして、この前のような体験は二度としたくないと頭を抱えていた。
何も考えられない小松は、当てずっぽうで行方不明者はエレベーターが故障して、ボタンを押すと、地下へとストンと落ちていったと考えた。
「へい、いらっしゃい」
正面玄関には、この町に夏のクリスマスを告げるトナカイに乗ったサンタの彫像が飾られている。レジにはメガネを掛けた小太りのおじさんたちがいた。
虹色のメガネを掛けているぼくは、冷房が効いた店内を見回すと、メガネを買い求める大勢のお客の中に本田さんを見つけた。
春奈はサングラスを掛けて呟いた。
「また、依頼が来たのね。それも一日限りの。ねえ、本田さんは無視して、先に事件を解決しましょうよ。きっと、今頃は熱い鉄板の上で行方不明者たちが脂汗を掻いているわ」
銀縁メガネを掛けている小松は小声で春奈に何かを言ってトイレに駆けだした。
ぼくも、まずは床が古くなっていそうな一階のトイレを調べようと春奈に言った。
トイレの中に入ると、お客が4人いた。
皆、用を足しながら、メガネの話しをしていた。
いそいそと小松はトイレで用を足していると、お客の周りの空気は買うのを迷うような雰囲気が漂った。
ぼくは小松を残して、古い床の青いタイルを音を立てて踏んでいると、突然にトイレの中に覆面の大男が大勢乱入して来た。
お客と小松は驚いて、それぞれ口をつぐんだ。
覆面の大男たちは手にマシンガンを持っていた。
「壁に手を付いて後ろを向け!」
大男たちはぼくと小松も壁に追い込んで、壁のタイルを一枚取り外した。
すると、小さな赤いボタンが出て来た。
大男はそれを押すと、「ズズズッ」とタイル製の壁が天井に上り、奥からエレベーターのようなものが現れた。
「エレベーターに乗れ! 早くするんだ!」
「さっさと乗れ!」
「ぶっ放すぞ!」
真っ青なお客と小松は、用の途中でぼくを置いてエレベーター内に走り出した。
ぼくは涼しい顔でエレベーターに近づき調べてみた。
エレベーターは木製で、樫の木で覆われている。上から太い幾重にも結ばれたロープでぶら下がっていた。
ぼくも大男に連れられエレベーターに乗ると、ゆっくりとタイルの壁が元通りに降りて、エレベーターは上昇していく。
小松や大人たちは震えだして汚れたズボンを気にしていた。
ぼくは大男に笑顔を向けて言ってみた。
「ぼくと小松がいなくなると、一日限りの凄腕の探偵が調べに来てしまうよ」
大男たちはぼくに無言の圧力をかけてきた。
最上階でエレベーターが止まった。
ここは、6階の上の屋根裏部屋のような空間だった。
板張りの床には、それぞれ集中的に太陽光を受けてしまう数人分の長いタオルが置かれ、その奥にはハンモックが幾つもある。その上に真っ黒く日焼けした大勢の大人達がいた。
何故なら天井がなかった。
代わりにギラギラとした太陽の猛射が部屋一杯を満たしていた。
「さあ、そこのタオルに横になっていろ!」
お客と小松たちは真っ青になって、一斉に地面のタオルに横になりだした。
真夏の猛射が執拗に目を痛ませているようだ。
横になっている人たちは恐怖で何も言えないようだ。ぼくは寝ている大人たちや小松にも聞こえるくらいに大声を張り上げた。
「ぼく。サングラスを買うよ!」
大型メガネ店から外に出ると、虹色のメガネを外してサングラスを掛けた。
小松にもサングラスを買わせた。
女子トイレでは何も起きなかったと、春奈が悔しそうだったけど、ぼくはこの町が一段と好きになった。
本田さんはまだ店の中にいるみたいだ。
この事件を解決する鍵はサングラスを買わないでトイレに行けばいい。
あの大男たちは、町のマフィアだった。
全国チェーン店のアイ玩の社長は、町一個買えるほどのメガネの在庫と維持費で悲鳴を上げていたのを、この町を牛耳るマフィアがつけ込んでしまい。マフィアは町の半分の人が掛けられるサングラスを横取りし、大量に売りさばく活動に手を染めていた。
ぼくはこの町が楽しくて仕方がない。
ぼくはこの町が好きだ。
警察にはこの事を通報しないことにした。
真っ黒に日焼けした大勢の大人たちはサングラスを買って家に帰って行った。