3-2.
衝撃を受けつつも「写真!?」と聞き返したら、マエルは小さく頷いて続けた。
「そう。それには、私がスーツ姿の男性とホテル前で抱き合ってるような風景が写ってて……それで……その……」
徐々に声量が落ちていき、今にも泣き出しそうになるマエル。これは不味いと思い、両手を挙げて「お、落ち着いて」と宥める。
「ごめん、思い出すと……辛くて……」
「い、嫌だったら、無理に話さなくていいよ?」
何てこった。
マエルが写真に写ってた天使のような微笑みなんて、見る影もないほどに哀しそうな表情をしている。
こういう時、どうしたらいいんだ。
それにしても、浮気ときたかぁ。
……この子が?
と思った瞬間――また俺の頭がフル回転し始める。
マエルは優しくて可愛い。
それすなわち正義。
つまり、浮気なんかしない。
思考を巡らせてそう結論付けた俺だったが、ひとまず彼女から話し出すのを黙って待っていた。
マエルは落ち着いたのか、握る手を胸に当てて、再び話し始めた。
「私……私、浮気なんてしてない」
視線を送ってきたマエルに、ただ頷いた。
「キリアンが持ってた写真は……“お酒に酔って倒れそうだった男の人を、介抱してた場面だった”ってだけなのに……」
マジか。
マエルは涙ながらに、事の経緯を説明してくれた。
転倒しつつ内股刈りしちまったのは仕方ないにしろ、人を助けた彼女が浮気者扱いされたことに、かなり混乱した。
最悪なのは“彼女の無実を証明出来ない”こと。
介抱した男は『親戚の結婚式披露宴に参加するために地方から来た』と言っていたらしく、探すのは困難。さらに、写真を持ち込んだホテルの受付『トーマス』は既に辞めていて、行方不明になってしまっていたらしい。
「必死に『やってない!』って訴えたけど、キリアンや相手方の両親からは『言い訳なんて見苦しぞ』って、全く聞く耳を持ってもらえなかった……」
聞いてるこっちの胸が痛くなってくる。その場にいたマエルがどれほどの苦痛だったのか、想像するだけで恐ろしい。
その後、同席していなかったマエルの両親も度肝を抜かれてしまい、怒り狂った相手の言い分を全て飲んでしまったと語る。
「婚約時に定めた不貞罰則として、私の持参金は慰謝料代わりに全部没収されちゃった……」
「持参金って、いくらだったの?」
「1000ポンドだよ」
「せッ……! そんなあったら、一生遊んで暮らせるじゃんかッ!」
「……い、一生は無理じゃない?」
開いた口が塞がらない俺。
持参金の意味はよくわからなかったが、ただでさえ家計が苦しいカスカリーノ家にとって、その金を取られたのは痛すぎるはず。
「マエルの両親は、どう思ってるって?」
「お母さんは私を信じてくれてるみたいだけど、お父さんは『浮気と疑われる行動を取ったこと自体が不味い』って、私の無警戒さや不注意を疎んじてる感じかな……」
「そっかぁ」
もう俺には、そう一言返すことしか出来なかった。
溜息ばかりが漏れる重苦しい空気が漂う。少しずつ肌寒くすらなってきている。
椅子に座るマエルが、塞ぎ込むように視線を落とす。
「でもやっぱり……キリアンに信じて貰えなかったことが、一番辛かった……今まで、あんなに優しくしてくれてたのに……うっ……うっ……」
眼を瞑るマエルの眼から、大粒の涙が――ポロリ――と流れ落ちた。
立ち上がってダウンコート脱ぎ、彼女の背中に被せる。
「俺はマエルのこと……信じるよ」
なぜか、自然と口から出た言葉だった――。