3-1.政略結婚?(スティーブ)
「こ、婚約破棄された……?」
花柄の可愛らしいブラウスに、ロングスカートを身に纏っているマエル。悲しそうに俯く彼女を前にしていた俺は、とにかく困惑した。
ひとまず「一体、何があったの?」と訊いてみる。すると彼女は、おもむろに椅子へ腰掛けた。
「私、ポグバ子爵家のキリアンって人と婚約してたの。彼は経営を学ぶために大学へ通ってて、来年の卒業に合わせて、結婚するつもりだったんだ……」
彼女がキリアンと婚約に至るまでの経緯を、家庭事情も含めて説明し始める――。
カスカリーノ家は、主に農産物の仲介販売をする商会を担っていた。
しかし、国の工業化発展によって農業従事者の人手が取られ、収穫数の減った農産物価格が高騰し、カスカリーノ家もその煽りを受けることに。
すると、食糧価格の安定化を計った政府が関税を引き下げたおかげで、海外の安い農産物が流入してきてしまった。
「あー、市場に珍しい野菜がやたら増えたのは、そのせいだったんか」
「そう……でもその政策は、国内農家にとっては何の解決にもならなかったんだ」
「へ? 何で?」
「だって、国産農作物の価格自体は高いままだもん……それじゃ、みんな輸入品ばかり買っちゃうでしょ?」
マエルの言う通り、小麦栽培を中心とした国内農家はジリ貧状態まで追い込まれていた。農家さんを客で乗せた時、ずっと重い溜息を吐いていた。葬式の帰りみたいに顔色が悪かったのを思い出す。
「それで、ウチみたいな商会を営む他の貴族達も、みんな輸入品を扱うようになっていったの。でもウチのお父さんだけは、そうしなかったんだ。『今まで二人三脚で支えてきた農家さんを斬るなんて真似、絶対出来ない』ってね」
「すげぇ……お父さん、めっちゃ良い人やん」
その後、カスカリーノ家商会は“領内農家を守りたい”というマエルの父モリスさんの意向で、世間の流れとは逆って国産品にこだわり続けた。
だが、現実は厳しかった。
モリスさんが販売網拡大や売り込みを必死にやってきたのも虚しく、商会の売上は目減りしていくばかり。ついにカスカリーノ家の家計は窮地に陥ってしまった。
『使用人を雇う余裕なんてないよ? ――』
この言葉の意味をやっと理解した俺。ところが、そこから話は一変し出す。
「そんな時だったんだ……キリアンとの婚約が決まったのは」
「え、急にッ!?」
いきなり話が飛んで大袈裟に驚く。マエルがしんみりとした顔でコクリと頷いた。
「ポグバ家は食品加工会社を経営してたから元々付き合いがあって、キリアンとも顔馴染みだったの。それで、ポグバ家当主のフロリアンさんがウチの事情を知って、救いの手を差し伸べてくれたんだ」
「救いの手?」
「資産でいったら、ウチよりポグバ家の方が全然上だからね。ウチの商会はポグバ家の傘下に入ることになるけど、資金援助とかで一家破産の危機を乗り越えられることになるんだよ……」
マエルが終始元気のない口調で話していた時だった。
ここでずっと感じていた違和感を解消しようと「ち、ちょっと待ってくれ」と止める。すると、彼女が怪訝そうに「どうしたの?」と首を傾げた。
「さっきから、何の話してるんだ……?」
「何のって、婚約に至るまでの話だけど?」
「それはわかるよ! でも婚約ってのは“結婚する約束”のことだろ? なんか、マエル自身がキリアンのことを好きかどうかって部分が、全然見えてこなくてさ」
マエルが黙ったまま、不思議そうに見つめてくる。変なこと聞いたか俺。でも、結婚は“互いに愛し合う2人がするもの”って考えるのが、普通じゃないのか。
少し間を置いたマエルがゆっくりと口を開く。
「スティーブさんは、恋愛結婚のことを言ってるんだよね? 私のは政略結婚だから、婚約者同士の恋愛感情は二の次なんだよ」
「え、でも子作りもするんだろ? 好きでもない男からお尻貫かれるなんて、イヤじゃない?」
「も、もう少し控えめな表現してよッ!」
急に頬を真っ赤にしたマエルが慌てる。ストレート過ぎた。
「政略的な婚約とは言っても、彼との交際は順調だったんだよ? 『愛してる』ってたくさん言ってくれてたし、私もそれに応えようと……好きになってたから」
「ん〜、そっかぁ……」
マエル曰く、キリアンとの婚約は約1年前。イケメンのキリアンは、名門大学に通ってる優秀さも相まって、令嬢達からは憧れの的だったそう。
そして、そんな美男美女でお似合いのカップルに、何があったのか明かされることになる。
「でも先週、突然電話で呼び出されて、ポグバ家に行ったんだ。そしたら、すごい剣幕をしたキリアンから突然『お前、浮気しただろ』って、ある写真を見せられたの」
う、浮気〜!?