2-2.
話を深掘りしてみると、スティーブさんは生まれて間もなく母親が他界して両親はおらず、祖母のお婆様に育てられた。現在は首都のリスドンでタクシー運転手をやっていたらしい。
しかし、お婆様が高血圧症を患ったのをキッカケに、1ヶ月前から地元に帰省して看病していたという。私がハンカチを拾ってもらった時期もそのくらい。
そして、その事情を聞いた彼の友人が『よし、ばあさんのために俺が資産運用してやるよ!』と名乗り出た。彼は友人の親切に乗っかっかる形で、財産を託したそう。
「結局、俺の財産は友人の金もろとも、殆ど吹っ飛んじまった。んで、途方に暮れてた時にこの屋敷の人が出掛けるのを見かけてさ。……なんていうか、つい魔が刺しちまったんだ」
かなり落ち込んでいる様子の彼を、嘆息気味に見つめた。
「あのね、株は貴族でも運用するのが難しい代物で、簡単に儲けられるものじゃないんだよ?」
「やっぱそうか……“楽して儲けよう”なんて考えたのが、そもそも間違いだったんだ。挙げ句の果てにこの有様さ」
スティーブさんは、窓の外を遠い目で眺めてつつ反省したかと思いきや、胡座をかくように床へ座り込んだ。
意気消沈する彼に「これからどうするの?」と尋ねてみる。
「……警察へ自首しに行くよ。怖がらせちゃったよな? ホント、ごめん」
そんな優しそうな瞳で謝られてもなぁ。
「ちょっと待っててくれる?」
彼が戸惑うように「え? ……う、うん」と返事をする。あることを思い立った私は、箒を持ったまま寝室を出た――。
自室へ戻り、ドレッサーにしまってあった“ティアラとネックレス”を手に取り、再びスティーブさんの元へと向かう。
もう、逃げちゃってるよね。
廊下を歩きながらそう思いつつも、寝室の扉を開けてみる――すると彼はまだ床に座っていて、あどけない表情でこちらを見てきた。
「ちょっと……何で逃げなかったの!?」
「いや、何でって、君が『待ってて』って言ったんじゃないか」
愕然として、思わず返す言葉を失ってしまった。
呆れた。せっかく逃亡の時間を与えてあげたのに。
まるで、ご飯をお預けにされた犬みたい。
「それで、何しに部屋を出て行ったんだい?」
問いかけにハッとし、背中に隠していたティアラとネックレスを彼に差し出した。
「そうだった……はい、これなら持って行っていいよ」
彼は座ったまま、口をポカンと開けている。
「貴方が物色してた調度品類は、確かに値打ち物ではあるけど、みんな先祖から受け継がれてきた大切なものなの。だから、私ので良かったらあげる」
そういうと、彼はティアラとネックレスを手に取り、顔面間近で動かしながら見始めた。
「い、いや、でもこれ、すんごい高そうなんだけど。なんか宝石いっぱい付いてるし」
「そうね。両方とも売れば、多分150ポンドくらいにはなるかな」
「おいおいおい! そ、そんな高価なもの貰えないよッ!」
仰天した彼が右手を強く振り、持っていた2つを突き返そうとしてきた。空き巣に入ってきたのに、断る意味が分からないんだけど。
「困ってるんだよね? 遠慮しなくていいから貰ってよ。どうせ、捨てようとしてたものだし」
「へ? す、捨てようとしてたって、何で?」
「結婚式で使う予定だったの。でも1週間前に、相手から婚約破棄されちゃって……もう必要なくなったんだ」
ついそれを口走ってしまった私は、額に手を当てて小さく吐息を漏らした。
どうしてこんな身の上話を、空き巣相手に話してしまっているんだろう、と――。