表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

2-1.運命の気まぐれ(マエル)

 聞き間違いじゃないよね……?


『……いません!』


 確かにそう聞こえた。

 でも、そんな返事ってある!?


 誰もいないはずの我が家で、不審な物音に気付いた私は、両親の寝室を前にし、両手で箒を強く握り締めていた。

 よりにもよって両親は出掛けたばかり。執事のドミニクさんは長期休暇で帰省中だし、コックのピーターさんも昼食と夕食時しか来ない。


 つまり、今この屋敷を守れるのは私しかいない。


 怖くて怖くて、ここまで来るのもやっとの想いだった。部屋内から返ってきた声からして、中にいるのは恐らく男性。


 そして多分――その男は“マヌケなんじゃないか”と思う。


 恐怖心が少しだけ和らいだおかげで、扉を開く決心がつく。ドアノブに手をかけてゆっくりと開き、隙間から覗き込む。

 すると部屋のど真ん中に、ダウンコートを羽織った男性が、両手で顔を隠しながら立ち尽くしていた。


「だ、誰? こんなところで何してるの……?」


「こ、これは違うんだ! あ、いや、違うんです! 使用人として新しく雇われて……その……そう! 屋敷の下見に来たんすよ!」


 慌てふためく口調で、何とか誤魔化そうとする男性。私は半開きにしてた扉から、意を決して部屋に入った。


「なら、顔を隠すのは不自然じゃない? それに、ウチは新たに使用人を雇うほど余裕なんてないよ?」


 揚げ足取りのように告げる。彼は驚いたのか「え、マジで?」と端的に聞き返してきた。


「マジ。貴方……絶ッ対に空き巣だよね?」

 

 図星を突かれてやっと観念したのか、彼が後頭部に手を添えて頭を下げてくる。


「……その通りっす。すんません」


 ところが、彼の顔が露わになった途端――不意に“ある記憶”が蘇ってきた。


「……あれ、待って! あなた、私と会ったことない!?」


「へ!?」


「ほら、国立公園で私がハンカチ落としたの、拾ってくれた人でしょ? 結構前のことなんだけど、覚えてないかな!?」


 あれは忘れもしない、晴天が空に広がっていた日。


 気持ちのいい風が吹く国立公園で、私は彼と出会っている。ダークブラウンの短髪で屈託のない笑顔をする、爽やかな人だった。確かその時、彼はお婆様を連れていた気がする。


 彼は顎に手を添えながら「んー?」と、私の顔をじっと見つめてきた。


「……あーッ、あの時のお嬢さんか! 覚えてる覚えてる! そこの写真見て何となく会ったことある気がしてたけど、たった今思い出したよ!」


「やっぱり! それ、農家さんとこ手伝いに行った時に撮ってもらったやつなの! 写りだけはいいでしょ!?」


「いやいや実物の方が全ッ然可愛いよ! しっかし、こんな偶然ってあるもんなんだね! 何か嬉しいなぁ。あ、俺スティーブっていうんだ!」


 スティーブさんが満面の笑みで手を差し出してくる。


 唐突に『可愛い』と褒められて顔が熱くなっていた私は、「マエルだよ!」と言って握手を交わそうとした――が、我に帰って即座に腕を引っ込める。


「えーと、ちょっと待って。はしゃいでる場合じゃなかった。あなた、空き巣に入ってきたんだよね?」


 彼は塞ぎ込むように「あ……まぁ、はい」と、気不味そうに目を逸らしてきた。


「何であなたみたいな人が、空き巣なんて?」


 ハンカチを拾ってくれたスティーブさんの印象は、お婆様想いで、とても優しそうに感じられた。そんな彼が悪事を働くとは、にわかに信じ難い。


 首を傾げる私をチラリと見たスティーブさんが、大きな溜息を吐く。


「はぁ……悪いことしてるって、分かってはいるんだ。でも、株で失敗して財産を一気に失くしちまってさ」


「株!? 株に手を出したの!?」


 彼の口からでた意外な言葉に、驚いて瞬きする。


 株取引は、先見の知恵と詳しい企業情報を入手する伝手がなければ、そう上手くいかない。貴族の間ですら『どの銘柄が儲かるか』と、庶民は参加できない社交会で躍起になって情報交換している。


 それでも、好調だった企業がいきなり倒産して、株券が紙屑同然になってしまうこともある。株取引は成功すれば儲かるけど、リスクの高い資産運用でもある。


「俺が直接やってたわけじゃないんだ。株をかじってる友人がいて、そいつに任せてたんだよ。でも、今朝『預けてた金を返してくれ』って頼みに行ったら『暴落して失くなった』って言われちまってさ」


 なるほど。イメージと結び付かなかったけど、そういうことか。


「そうだったんだ……どうして預金を返してもらおうとしたの?」


「育ての親のばあちゃんが具合悪くてさ。つい最近医者から『検査の結果、高血圧症の可能性が高い』って言われちまったんだ。いつ倒れるか分からないってね」


「そうなんだ……」


「それで、ばあちゃんが元気なうちに“少しでも贅沢させてやりたい”って思ったんだけど……」


 やっぱり、あの時に杖をついていたお婆様は、スティーブさんの身内だったのね。


 口を手で覆いながら、目頭に熱いものを感じてしまう。


 ヤダ……何泣きそうになってるのよ。

 同情を引くための、作り話かも知れないのに――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ