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22-2.

「実はさー、ついさっき校舎裏で、ジョゼフがマエルに告白してたの、モロ見ちゃったんですけどー!」


「え、ウソでしょ!? グレイスの間違いじゃないの!?」


「それがホントなんだな〜! しかもジョゼフ……残念ながらフラれてましたー!」


「はぁ!? 何それマジウケるんだけど! グレイスの立場ないじゃ〜ん!」


 扉越しに聞こえてきたのは、悪夢を疑う会話だった。

 あまりの衝撃で便座から腰を上げることが出来ず、頭の中はパニック状態。身体は震え始め、息も荒くなる。


「キャハハハハ、まぁ仕方ないよね〜。マエルはグレイスのこと、最初から貶めるために取り入ってたんだしさぁ〜。お高く止まって調子に乗ってたから、神様から天罰喰らったんだよ〜」


 それを聴いた瞬間――サッと立ち上がって、ドアを勢いよく蹴り飛ばした。そこには、クラス替えして私を省いた、4人の令嬢達が顔を連ねていた。


「……グ、グレイスさん!? いらしてたの!?」


「何さっきから戯言垂れてんのよ……! ふざけるのも大概になさいッ!」


 私の一喝に怯えた令嬢達は「キャ〜! ごめんあそばせー!」と叫びながら、蜘蛛の子を散らすようにトイレから出て行った。


 マエルが……。

 マエルが、そんなことする訳ないでしょ……!


 信じられなかった。

 信じたくなかった。


 しかし、その後訪れた昼食の時間に――その想いは打ち砕かれることになる。


「グレイス、俺と結婚してくれないか」


 私が何も知らないとでも思っているのか、ジョゼフは素知らぬ顔で告白してきた。


「待って……その返事をする前に、確認したいことがあるの」


 訝しんだ面持ちで「何だ?」と聞き返してきたジョゼフに、腕を組んで目を細める。


「どうしてマエルにプロポーズなんかしたの? その指輪、誰とどこで買ってきたの?」


 鎌をかけるように問うと、瞬時に顔を引き攣らせた彼は震えた声色で答えた。


「……な、な、何故それを……いや、指輪はその……」


「狼狽えてないでハッキリ言いなさいよ。デカい図体してるくせに情けない」


「し、仕方なかったんだ……マエルに言い寄られてしまって、つい……俺もその気になってしまった、というか……」


 しどろもどろになったジョゼフが、やけに気温が寒い中、額に大汗を流しながら指で頬を掻く。

 全身の筋肉が一気に弛緩した私は、腕をだらんと垂らして、曇り空を見上げた。


 あらそう……。

 あいつらの話していたこと、本当だったんだ。


「待って、そんなのおかしいよ……! 私、誘惑なんてしてないってばッ!」


「どうやら、その可愛らしい仮面の下には、とんでもない小悪魔が息を潜めていたみたいね。貴女みたいな狡猾野蛮な女、初めて見たわ。もうこれ以上、私に関わらないで」


 こうして居場所を失くしてしまった私は、卒業を待たずしてトゥアール学園を自主退学した――。


 あれから3年の年月が経過し、マエルと笑って過ごしていた学園時代は、完全に色褪せてしまった。


 友達なんて、所詮そんなもの……。


 下を向いて涙が滲んできた瞬間――後ろからパタンと、ドアの閉まる音が聞こえてくる。

 まさかと思って振り向いてみたら、キリアンの姿が控室かはいなくなっていた――。


 キリアンが退室してから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。気を利かせて飲み物を買いに行ってるにしては、あまりにも長すぎる。


 時計なんか見たくない。経過時間が判ったら、彼が戻ってくるつもりがないと悟ってしまいそうで。


 胸元から取り出したアミュレットを膝上に置く。チェーンの切れてしまった安産祈願から、お腹の子の悲しむ泣声が聞こえてくるよう。


 キリアンに手渡していた避妊具に、()()までして辿り着いた妊娠。


『確かに俺の子なのか? ――』


 初めて身体を許した男なのに……そんな言い方はないよね――お腹を摩りながら、そんな嘆きを心の中で呟いた。

 

 カチャ――ドアの開く音に、ハッとして胸が高鳴った。


「お嬢様、そろそろ婚約発表のお時間になりますので、お支度の方をお急ぎ下さい」


 控室に響いた声の主が執事のナビルだと分かり、振り返ることなく落胆する私。


「ナビル……キリアンがどこにいるのか知らない?」


「キリアン様なら、先ほど『香水を売ってる場所を教えてくれ』と尋ねられたので、お店をご案内したところですが」


 少しでも期待した私が馬鹿だった。

 そこじゃないでしょうと。


『グレイス、香水変えて来たぞ! ――』


 戻ってくるなり、そんなことを満足げなドヤ顔で言われでもしたら、怒り狂って彼の前髪を寝ている隙に生え際からパッツンにして、その後も火に炙ってチリチリにしてしまいそう。そしたら変なバンダナ巻かせちゃお。


 婚約者への無慈悲な制裁を想像してしまう自分が恐ろしい。


『お前と一緒にいても、息苦しくて仕方がない――』


 別れ際にジョゼフから放たれた台詞がトラウマになったせいで、キリアンには出来る限りの自由を与えてあげてたのに。


 けど、やはり男という生き物は、鎖で繋いでないと碌なことをしない。

 結局そうやって男の行動を制限しなければ、自分の側に置いておけないのかと思うと、自信を失うくらい虚しくなる――。


 強くなりたい――私に無関心な父と兄の傍で、常にそう願って生きてきた。

 誰かに甘えることも媚びることもなく、一人で生きていけるくらい、強くなりたかった。


 キリアン。


 貴方は、どうして話しかけてきたの?

 どうして悩みを聞いてくれたの?

 どういう気持ちで私を抱いたの?

 どうして側にいてくれないの?


 弱いところを見せれるのは、貴方だけなのに。


 伯爵令嬢という高貴な地位。

 何でも買える莫大な財産。

 身の回りを世話してくれる使用人達。

 男なら誰もが振り返る美貌。


 これだけのものが揃っているのに、私とマエルで一体何が違うというの?


 掴みかけていた幸せが、掌から砂のように溢れ落ちていく感覚に襲われ、急激に気持ちが冷めていく。


 もう、全てがどうでも良くなった気分――。


 涙を拭ってゆっくりと立ち上がり、立ちすくんでいたナビルと目を合わせる。


「婚約発表を中止して……私、帰るから」


 展示会に集まる記者に対して、元々サプライズで予定していた婚約発表。中止したところで大したことはない。


「は、はい? 今『帰る』と仰られたのですか?」


「同じことを二度も言わせないでッ! 貴方もクビにするわよッ!」


 ビシッと背筋を伸ばしたナビルが「申し訳ございません!」と頭を下げる。


「それと、頼みたいことがあるの」


「は、はい……何なりとお申し付け下さい」


「早急にスティーブという男を調べて。調査費はいくらでも出すから」


「先ほど、お嬢様に楯突いた輩をですか……?」


 苛立ちで燻る心に執念の油が注がれる如く――“憎悪の炎”が舞い上がる。


「そう……家族関係から好きな食べ物まで、調べ倒してちょうだい」


「か、かしこまりました」


 今に見てなさい、マエル。

 キリアンでも足りないというのなら、全部奪い尽くしてやる。


 大切なものを失う悲しみ、嫌というほど味合わせて差し上げるわ――。

※休載のお知らせ


拙作をご愛読頂き、誠にありがとうございます。


本日に至るまで出来る限り毎日更新を続けて参りましたが、中盤も終わりに差し掛かったキリのいいところで、一度休載期間を設けさせて頂くことをお許しください。


完結までの書き溜めが完了次第、連載を再開致します。


更新を楽しみにして下さる皆様には大変申し訳ございませんが、応援して下さる皆様のためにも、心温まる作品に仕上げたいと存じております。


ここで代わりといっては何ですが、皆様をお待たせしている間に以下の長編完結済作品を一つ投稿させて頂いてます。


[タイトル]

浮気断罪請負人〜裏切った元婚約者へ送る最恐の刺客〜


[あらすじ]

令嬢ルナは婚約破棄された挙句、友人に婚約者を奪われてしまう。絶望に打ちひしがれていたルナだったが、そこへ彼女の元に一通の手紙が届く。

ルナが手紙に書かれていた住所へ向かった先は“別れさせ屋”という一風変わった仕事を請負う者達のアジトだった――。


拙作と似た設定で、異世界婚約破棄モノです。


だいぶ物騒な物語ですが、是非、暇つぶしのお供にして下さい。


取り急ぎ拙作を完成させますので、今後とも応援のほど、何卒宜しくお願い致します。


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