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22-1.憎悪(グレイス)

 許せない。

 許せない許せない許せない……!


 キリアンと共に展示会場の控室へ戻ってきた私は、無性にイラつくあまり、パイプ椅子を思いっきり蹴飛ばした。


 何なのよあの老人、急に邪魔なんかして!

 もう少しでマエルを追い込めたのに……!


 ガンッと倒れた椅子が畳まれた状態になると、後ろから見ていたキリアンが、気怠そうにしゃがんで椅子を元に戻した。


「も、物に当るなよグレイス……」


「は? ウザイんだけど」


 何食わぬ顔をしているキリアンを見るだけで、尋常じゃないほど腹が立つ。ただでさえ悪阻(つわり)で吐き気半端ないのに。


 そもそも、何でこいつはマエルのところにいたわけ?


 朝、展示会場で合流した時『今日は体調が優れないから側にいて欲しい』ってお願いしてたはず。会場内で私の妊娠を知ってるのも、キリアンだけなのに。


 あー、本当に最悪。


 公衆の面前でキスをしていたマエルの姿が、頭から離れない。


 私に真正面から歯向かってきたスティーブという男からも、“絶対にマエルを守る”という意志の強さがヒシヒシと伝わってきた。

 腕を振り上げられた時、私が『きゃッ』と驚いた刹那に垣間見せてきた“あ、ごめん”と言いたげな表情には、迂闊にも見惚れてしまった。

 

 それに比べてキリアンの頼りなさには、婚約したのを後悔してしまうくらい失望させられた。


 だって、おかしいじゃない。


 何でスティーブと私が闘ってたの?

 何で貴方が後ろで前髪弄りながら沈黙してたの?

 何で婚約の話が出た時、腕を隠したの?

 

 何で……何でマエルの方が、幸せそうだったの?


 思考がグチャグチャになりながら額に手を当てていたら、両手を軽く広げたキリアンが苦笑いを浮かべてきた。


「子供じゃあるまいし、そんなムキになるなよ。相手はたかが庶民だろ?」


 私の神経をワザと逆撫でしているような口ぶりに、悔しくて嘔吐しそう。キリアンが戻した椅子にドカッと座って足を組み、表情を見られないように反対を向く。


「そのたかが庶民に黙り込んでたのは誰よ。というか、今朝から気になってたんだけど、何で香水変えたの?」


「香水? あ、ああ……これは、その、気分的にな。別にいいだろう? 俺がどんな香水を付けようと」


 知ってる訳ないか。


 その香水が、昔マエルに誕生日プレゼントで渡したのと同じなんて。


「ねぇ、怒らないから正直に言って。今日のフェアで、もしマエルが居たら“気付いてくれるかも”とか、密かに考えてたんじゃないの?」


 横目でキリアンを睨んで問い詰めた途端、彼は顰めっ面で私に迫ってきた。


「な、何を言い出すんだ! そんなこと微塵も考えてないぞ俺は! 変な憶測はやめてくれ!」


 明らかに動揺し始めたキリアンから、わざとらしく目を逸らす。


「あっそ……もういい。気持ち悪いから、ちょっと休ませて」


「そ、そうか。分かったよ」


 嘘つき。

 本当ムカつくわ。


 マエルのこと忘れるって、約束したばかりなのに。

 『いっぱい愛して』って、お願いしたじゃない。

 私がどれだけ美容にお金かけてると思ってんのよ。


 どいつもこいつも、マエルばっかり。


 あんなタヌキ顔の田舎娘、どこがいいの? ――。

 

 学園生活、最後の年。


 クラス替えが行われてからの数日間、教室にいた連中は私にビビっていたのか、誰も声をかけてこなかった。


 以前つるんでた仲間たちは私がジョゼフと付き合い始めて間もなく、他のクラスで新たなグループを作ってしまった。そして、私はその輪から爪弾きにされた。


 友達なんて所詮そんなもの。元々どこかギクシャクしてた関係だったし、寂しさなんてこれっぽっちも感じない。


 とはいえ、休み時間や昼食はジョゼフと一緒にいたから良かったものの、それ以外の授業を過ごす時間は退屈で仕方がなかった――しかし。


「グレイスさん……隣、座ってもいい?」


 授業直前、教室で窓の外をぼんやりと眺めていた私に、突然微笑みかけて来たのがマエルだった。


 まともに話したことすらないのに、私が孤立してるのを助けようとしている偽善じみた魂胆が見え見えで、この時はかなりムカついた。


「好きにすれば? でも話しかけないで」


「え……どうして?」


「分かんないの? ウザいからよ」


 それでもマエルは懲りずに、何度も私へ接触して来た。その執拗さは、私がトイレに篭っていても壁をよじ登って入ってくるほど。


「よっこいしょっと〜!」


「よっこいしょじゃないでしょ!? 貴女馬鹿なの!?」


「えへへ」


 変態かこいつは――とウンザリしつつも、いい加減マエルのストーキングに呆れた私は、痺れを切らして彼女に質問した。


「本当しつこい。何で私にそんな絡んでくるわけ?」


「だってグレイスさん、すごい綺麗だから……憧れるというか、友達になりたくて」


 ポカンと口を開けた私と目が合ったマエルは、無邪気な笑顔でクスッと笑った。


 温和で誰とでも親しく出来るマエルは、そこまで目立つ存在ではない。でも、側にいても不思議と居心地は悪くなかった。だけどそういうのに限って、陰で何を愚痴っているのか分からない。

 

「うわぁ〜別人みたい! ありがとう、グレイス!」


「まだアイライン引いてないんだけど……何? もしかして喧嘩売ってんの?」


 ほぼスッピンだったマエルには、私が一から手取り足取りでメイクを教えることに。

 彼女は元からまつ毛が異様に長くてボリュームもあったからマスカラなんて不要。色白で頬を赤く染めやすい体質だからチークもほどほど。


 そこへ、メイクを終えたマエルを一目見た他の生徒が、目を丸くしてすっ飛んできた。


「ちょっと何なに!? マエルめっちゃ可愛くなってんじゃん!」


「えへへ、でしょ〜? メイク教えてもらってたんだ! 彼女、アクセサリーとか占いもすっごい詳しいんだよー!」


 クラスの女子達が一斉に駆け寄って来て「私にも教えて!」と懇願してくる。


「べ、別に良いけど……」


 その後、マエルのおかげで大変な目に遭ったにしろ、美容や装飾品に人一倍気を遣ってきた私の知識が、こんな形で役に立つのかと思うと悪い気はしなかった。


 昼休みはいつも屋上でジョゼフと2人きりで食事していたけど、その日は初めてマエルも誘ってみた。

 

「へぇ〜、君がグレイスの話していたマエルか」


「は、初めまして……」


 ベンチにどっしりと座るジョゼフは、体格が良いせいか威圧感があり、それに気押されたマエルは緊張気味に目を泳がせていた。


 月日が経つと、3人で昼食を一緒に過ごすのも随分と慣れてきて、少し恋愛に入れ込んだ話題になった時のこと。

 ジョゼフが突然吹き出した。


「ウソッ、マエルって彼氏いなかったのか? そんな可愛いのに」


「可愛いだなんてそんな……! ま、まぁ、モテないですからね、私」


「それは知らなかった。案外この学園の男共は、見る目のない連中が多かったんだな」


 事情を聞いたジョゼフの『可愛い』というリアクションに、私はそこまで警戒していなかった。むしろ『見る目のない連中』という言葉に共感していたくらい。


 透き通る真っ白な肌に、奥まで澄んだ瞳。

 物腰の柔らかな性格。

 純粋で可憐な笑顔。

 抱きしめたくなる、ふっくらとした体つき。


 マエルはドジなところも多々あるけど、か弱さも相まって、妹のように可愛く思ていた。

 

 他の令嬢から聞いた話によると、同じクラスの令息達は“マエルにはどうせ彼氏がいる”という謎な思い込みをしていたらしく、アプローチすることすら断念していたという。


 しかし、令息達に甲斐性がなくても、令嬢から言い寄るのは“はしたない”とされるのが、貴族社会のもどかしい礼節。

 この時ばかりは私も、早くマエルに声をかけてくれる良い人が見つかれば、と胸中で願っていた。


 月日は流れて、雪が降り始めた12月。


 午前の授業を終えて、昼食前に私がトイレの個室に入っていると、後から複数人の令嬢達が足音を立てて入室してきた。


「ねぇねぇ、昨日の放課後見た!? ジョゼフの送迎車にマエルが乗り込んだところ!」


「見た見た! 宝石店に向かったってやつだよね!? マジヤバくな〜い!?」


 ……何ですって?


 突如、私の背中に冷や汗が滲む言葉が耳に飛び込んでくる。

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