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21-3.

 これまでのことを“自分に非がある”と、ずっと考えていた私。


 ジョゼフの件にしても。

 キリアンの件にしても。

 エンゴロさんの件にしても。


 実際、自身の行動が発端になってしまったのは事実。そのせいか、例え婚約破棄に陰謀があったとしても、なかなかキリアンに対して、深入りする決心がつかないでいた。


 スティーブさんやテレさんと過ごしてきた中で、前向きになれる言葉はたくさん貰ってきた。嬉しくて嬉しくて、涙が出るほど。


 それなのに、どうしても――やっぱり、円満な解決なんて無理なんじゃないか――と、前進する気持ちに急ブレーキをかけてしまう自分が、心の奥底にいる。


 今から足掻いて仮に身の潔白を証明したところで、全てが元通りになる訳じゃない。


 一度でも社交界で醜聞が広まってしまったら、私に染みついたイメージを払拭させるのは困難。もちろん、キリアンとの復縁なんて絶対あり得ない。

 それに、現在もお父さん達が海外での縁組を段取りしてくれているのに、無闇に事を荒立ててそれを無碍にするのは、申し訳なく感じてしまう。


 そして、もし陰謀を暴こうとしているのをキリアンとグレイスに勘付かれたら、必ず阻止してくるはず。そうなった時に、優しいスティーブさんが無茶をしてまた辛い目に遭ってしまったらと思うと、たぶん私はメンタル的に耐えられない。


 テレさんも病気が悪化して、近いうちに倒れてしまう可能性だってある。お世話になりっぱなしの彼女には、スティーブさんと自由気ままに楽しく過ごして欲しい。


『海外なんて、俺が絶対に行かせない。だからマエル。事が落ち着くまで、待ってくれないか? ――』


 本気で、本気で待ちたいと思えた。

 でも、明確に『待ってる』とは返せなかった。

 今朝、彼の寝顔に口付けしたのも、最後のつもりだった。


 彼と過ごす最終日。想いを顔に出さないよう、お祭りで楽しい思い出を作りたかった。

 まさかキリアンと再開して、あんな形でスティーブさんから唇を奪われるとは、夢にも思わなかったけど……。

 その後はこの会場で2人にお別れを告げ、独りで帰ろうと考えていた。


 海外へ行けば、きっと彼を忘れられるはず。


 どこかでバッタリ会うことなんてまずないし、彼が結婚したとかの情報が耳に入ることもそうそうない。


 どうしても忘れられなかったら、また綺麗な海で黄昏れば……。


『広い海を見てると、自分の悩みなんか、ちっぽけに思えたりするんだ――』


 やっぱダメ。

 海なんか行ったら、逆効果でむしろ泣いちゃう。


 じゃあ、夜に海外の綺麗な街並みとか、星空とか見て……。


『海以外にも夜景が綺麗なとこもあるから、今度一緒に行こうよ! ――』


 こっちもダメっぽい。

 夜景を見ても“彼と一緒に見たかった”とか感じてしまいそう。


 えっと……?

 

 私、どうやって彼のこと忘れたらいいんだろう……――。


 泣きそうなほど悶々としていたら、目くじらを立てたテレさんが突然――私の頭を杖で「そぉい!」と叫んで叩いてきた。


 痛ッ!?

 えッ?????


「何いつまでもシケた(つら)してんだッ! 『湿っぽいのは嫌いだ』って100回くらい言ったやろがいッ! チキンソテーにしてやろうかッ!」


 突如、目が覚めるような叱責を受けた私の背筋に、雷が落ちたかと思うくらいの衝撃が(ほとば)る。


「す、すみませんッ……!?」


 ちょっと待って、うそーッ!?

 思い耽ってただけなのに超キレられてるッ!?

 てか100回も言われたっけ!?


「いいかいマエル! 耳かっぽじってよく聞きなッ!」


「は、はい!」


 言われるがままに従って耳をほじる私に対し、未だかつてないほど目を見開くテレさん。その形相たるや、まるで鬼のようだ。


「アンタが悲劇のヒロイン気取るにゃあ、まだ10年早いんだよ! クヨクヨと俯いてばかりじゃ、空が晴れてるかどうかも分からないじゃないか!」


「テレさん……」


「マエルが動き出さなきゃ、いくらワタシらが躍起になったって何も始まらりゃしないんだよ、このマヌケがッ!」


 そこへ、少し呆れ顔をしていたスティーブさんが続いてきた。


「ばあちゃんの言う通りだ、マエル。いい加減泣き寝入りすんのは、もうやめようぜ」


「スティーブさんまで……」


「俺も一緒に闘うからさ! いいだろ、ばあちゃん?」


 彼が真面目な表情で顔色を窺うように尋ねると、テレさんは両眉を上げて諦め気味に肩をすくめた。


「どうせ引き留めたって無駄だろ」


 テレさんから承諾を得て、「さっすが〜!」と満面の笑みを浮かべたスティーブさんが私の方を向く。


「マエル。少しだけ俺の気持ち、話していいかな?」


 呆気に取られていたところを、不意に畏まって尋ねられて「う、うん」と頷く。すると、彼は神妙な面持ちで語り始めた。


「こんなこといきなり言われたら戸惑うかも知れないけど、俺の頭の中って、マエルのことでいっぱいなんだ」


 ……え?


「どこに連れて行ったら喜んでくれるかなとか、どうしたら笑ってくれるのかなとか、そんなんばっか考えててさ」


 きゅん。


「だから、マエルが悲しんでる顔を見ちまうと、余計ほっとけなくなっちゃうんだ。君は“自分さえ我慢すれば、俺達に迷惑はかからない”って思ってるのかも知れないけど……んなこと、気にすんなよ」


 どきゅん。


「まぁ、上手くまとめられないけど、とにかく巻き込んで欲しんだよ! どんなに辛いことがあっても、ずっと側にいるからさ!」


 ずきゅん。


「それとも、俺じゃだめかな?」


 改めて訊いてきたスティーブさんが、不安げに眉尻を下げる。


 気付くと、私は頬に大粒の涙をポロポロ流して泣いていた――。


 そっか。

 私、思い違いをしてたんだ。

 

 何で私がジョゼフに告白されて、グレイスと仲違いしなきゃならないの?


 とか。


 何で人を助けたのに、キリアンから浮気を疑われて婚約破棄されなきゃいけないの?


 とか。


 私ばかり理不尽なことが起きてしまうのは、単純に“不幸な女なんだ”って……自分を納得させるように、決めつけていた。


 けど、そうじゃなかった。


 それら全ては、この瞬間に巡り会うためだったんだ。


 そうだよ。絶対そう。

 テレさん、私やっと分かったよ。


 私は……スティーブさんと出逢うために、生まれてきたんだって。


 心の中に巣食っていた暗闇を振り払うかのように――“希望の光”が差し込んでくる。


 彼と一緒に歩むなら、どこへ進んでも怖くない。

 例えそれが、誰も踏み入らないような茨の道だとしても。

 貴族だろうと庶民だろうと、そんな下らないことを気にするのは、もうやめよう。

 

 私の幸せは、スティーブさんと一緒じゃなきゃ始まらない。


 彼のいない未来に、生きる意味なんてないんだ――。


 スティーブさんが真剣な眼差しをして、じっと私の返事を待っている。テーブルに置かれた彼の手を強く握り、その蒼く澄んだ瞳に向けて口を開いた。


「スティーブさん」


「……ん?」


「大好き」


 途端、目をパッチリと丸くしたスティーブさんの隣で、強張っていたテレさんの顔がふわりと綻んだ――。

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