20-1.因縁の同級生(マエル)
誰にも会いたくなかったのに。
よりにもよって、何でキリアンなの……?
「……人違いです」
息苦しくなるほどの動悸が襲ってきながらも、何とか返事を返す。しかし、キリアンは後ろから私の肩を掴んで、無理矢理振り返らせてきた。
「そんなはずはない、俺がマエルを見間違える訳がないだろう!」
眉間に皺を寄せて強張った表情を見せるキリアン。両肩を握られた私が、プイッと横を向く。
「放してくれませんか? 痛いんですけど」
淡々とした言葉遣いでそういうと、キリアンはパッと手を放して「あ、す、すまない」と謝罪してきた。私は振り返って彼に背を向け、女性店員に話しかけた。
「すいません。飲み物なんですけど、あそこの休憩ブースまで届けてもらってもいいですか?」
「え、あ、はい! 大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます」
そう言い残して立ち去ろうとすると、キリアンが目の前を塞ぐように立ちはだかってきた。
「ま、待てよ! せっかく会えたのに、冷たいじゃないか」
キリアンから匂ってくる香水に、苛立ちが湧き上がる。なぜ“私の好きなものを選んでいるのか”と。たくさんの種類の香水を所持してたはずなのに。
「もう貴方とは無関係ですから」
「そんな言い方はないだろう。元婚約者に向かって」
元婚約者だから何なの。
まさか私がまだ貴方のこと好きだとでも思ってるの?
そんな想い、とっくに断ち切ったので。
「いいからどいて。知人待たせてるんだから」
キリアンの横を通ろうとしても、彼は「だから待てよ!」と両手を大きく広げて行く道を塞いできた。
「知人って、どうせ両親のことだろ?」
本当に嫌。
何で執拗に絡んでくるの!
「違います」
「なら誰だ? まさか男じゃないだろうな?」
「誰だろうと関係ないでしょ……?」
早くこの場から離れたいのに、行かせてくれる気配が全くない。苦しさを我慢していた私の瞳には、涙が込み上げてきていた。
「なぁ、少しだけでもいいから話さないか?」
「話すことなんてないってば……」
「頼むから聞いてくれ! あの時に見せた俺は、本当の姿じゃない! 両親がいた手前、あんな態度せざるを得なかっただけなんだ」
聞いてもいないことを語り始めるキリアンに、私が「だから何?」と聞き返したら、彼は神妙な顔で塞ぎ込んだ。
「俺はただ、なんというか……浮気されたことはショックだったが、マエルを嫌いになった訳じゃないってことを伝えたいだけなんだ。新聞に載らなかったのも、俺が取り計らったからだ」
今更、そんな恩着せがましいことを必死に告げられたところで、何も響かなかった。
結局私のことを浮気者扱いしてるのは変わってない。彼の言葉も信じるかどうか以前に、心底どうでも良いい。
「そう……もういいでしょ?」
キリアンを押し除けて半ば強引に戻ろうとしたら、今度は二の腕を掴まれて、力ずくで引っ張られた。
「痛ッ……!」
「ちょっと待て、いい加減にしろよマエ――」
突然、言葉を遮るようにキリアンの腕を誰かが掴む。
「イテテテテテッ!」
苦痛に顔を歪めるキリアンの手首を捻り上げたのは、頬に絆創膏を貼っているスティーブさんだった。
「マエル、大丈夫か?」
真顔の彼から訊かれ、痛む腕を抑えながら「う、うん……」と返す。キリアンはスティーブさんの腕を振り解くと、すかさず怒りを露わにした。
「何だ貴様は!? いきなり何てことをするんだ!」
「そりゃこっちのセリフだっつの。彼女怯えてるし」
言いながらも、スティーブさんは私を背後に隠してくれた。彼が着るダウンコートの裾をきゅっと握り締め、安心感のある大きな背中に顔を埋める。
「あ、もしかして、こいつがキリアン?」
「そ、そう……」
助けてもらっても、あまりの恐怖で私の声は震えてしまっていた。
「おいマエル、何でそんな男の後ろに隠れるんだ!」
「お前と話したくないからに決まってんじゃん。見りゃわかるっしょ」
「俺はマエルに訊いているんだよッ! 部外者は引っ込んでてくれないか!?」
「それは無理だな。俺、マエルの彼氏だし」
「なッ……か、かれ……し……だと!?」
スティーブさんの影から覗くと、キリアンが顔面蒼白で後退りしていくのが見えた。
「……う、う、嘘をつけッ! マエルが、マエルが貴様のような庶民を相手にするはずがないだろ!」
「嘘だっていうんなら、今ここで証明してやろっか?」
「何!?」
酷く取り乱すキリアンとは対照的に、冷静な声色を発したスティーブさんが振り返る。
証明って、何をするつもりなんだろう?
キョトンとして見上げていたら、彼が頬を緩めた優しい笑顔を近づけてくる。
「スティーブさん……?」
しかし彼は何も言わず、私の腰に手を回して抱き寄せると――思いっきりキスをしてきた。




