19-2.
ペンモントン侯爵が主催者となる壮大なフェアには、様々な出店のテントが展開されている。
ミンスパイやプディング、焼き栗、ジンジャーブレッドなどの伝統的な祝祭食品があったり、娯楽となるゲームにはクジ引きや射的の他にも、占いや人形劇などもある。
街中の人々は大人から子供まで、全てを忘れるかのように楽しんでいた。
お目当てとなる車の展示会は、雪の影響を受けたせいかまだ準備中。私達もみんなに混ざって、色んなものを食べ歩きながら、ゲームなどに興じていた。
「だから何で根元を撃つんだ馬鹿タレッ! 普通に考えりゃ、上に当てた方が倒れやすいって分かるやろがい!」
「そんな簡単じゃないっつの! 気が散るから黙ってろって!」
お祭りだというのに、相変わらず2人がコントを繰り広げてくれるおかげで、私はお腹が割れるくらい笑いが絶えなかった。
そんな中、スティーブさんが私の肩を叩いてきて、アイス売り場を指差した。
「マエル、アイスクリーム食べない!?」
「えぇ、お腹壊すよ!?」
「大丈夫だって! ちょと行ってくるわ!」
忠告も聞かずにアイスを買いに行ってしまった彼は、木製スプーンが添えられたカップアイス片手に、子供のような笑顔で戻ってきた。
早速一口食べたスティーブさんが、目をギュッと瞑って「ちめて〜!」と声を漏らす。
「こんな寒いのに、よく食べられるね……」
「ははは! こういう時じゃないと買えないし、寒い時期に食うのもいいもんだよ! 食べる?」
バニラアイスをすくったスプーンを差し出された私は、若干迷いながらも答えた。
「え〜? んー、食べますん」
「え、え、え、どっち!?」
戸惑う彼が持つスプーンに、口元のマフラーを下げてパクリと不意打ち気味に食らいつく。その冷たさに一瞬驚きながらも、濃厚でクリーミーなバニラの甘い香りが、口いっぱいに広がる。
「結局食うんかーい!」
「ふふ、美味しいねこれ!」
こんな些細なやり取りでも、本物のカップルのようで、すごく幸せな気分だった――。
今度は、輪投げのテントを見つけたスティーブさんが「次あれやろうぜ!」と誘ってきた。
いくつかある木の棒に、一定の距離から輪を投げ入れる単純なゲーム。棒には番号が振られており、それに応じた景品を手に入れることが出来る。中にはマルキ産の高級ワインまであった。
「3回で9ペンスねー」
「あいよ!」
お金を払ったスティーブさんが店主から3つの輪を貰うなり、異変を見つけたかのように片眉を上げる。
「ちょちょちょ、おいオッチャン! この輪っか、やたら小っさくねぇか!?」
「何だ兄ちゃん、自信がないならやめときな! 金をドブに捨てるだけだぜ!」
「今更退けるかってんだッ! 絶対あのワイン頂いてやるからな!」
意気込んだスティーブさんが、ワインの番号が振られた棒を目掛けて構えた。
これ、ちょっとインチキなお店なんじゃ……。
彼の後ろ姿を見ていた私とテレさんが、目を合わせて首を振る。そんなテレさんの手にはいつの間にか、リンゴを発酵させたホットシードルというお酒の入ったグラスが握られていた。
「ちょ、テレさんダメですよ……お酒なんて」
薬を服用している身体にアルコールは禁物。ところが、目を疑って心配する私をよそに、彼女はクイッとグラスを飲み干してしまう。
「何言ってんだい! こんな日に飲まないで、長生きなんかしたかないよワタシゃ。はい、これ返しといて」
空いたグラスをポンと手渡され、目をパチクリさせて呆然とする私。テレさんの暴走を止められる人は、どこにもいない模様。
「はいおめでとうッ! これ景品ね」
あ、何か獲れたのかな?
店主の声がしてスティーブさんの方を見てみると、無表情で佇む彼の手には、ワインではなく“ミニチュアの車”が乗せられていた。
「お、おう……これ、めっちゃ欲しかったヤツ」
子供用のおもちゃを前にして、負け惜しみを口にするスティーブさん。すると、隣で輪投げをしていた10歳くらいの少年が、彼が持つおもちゃを羨望の眼差しで見上げていた。どうやら同じものを狙っていたらしい。
スティーブさんがニコッと微笑んで、少年の前にしゃがみ込む。
「ほら、これやるよ」
「え、いいのー!?」
「ああ、何回も失敗してただろ? これ持って、かあちゃんに自慢してきな」
傍でやり取りを傍観していた私は、彼の優しさ溢れる笑顔にきゅんとなっていた。
おもちゃを貰った少年が、満面の笑みで「うん、ありがとう!」と言って走り去っていく。その行方を優しい瞳で見送る彼の腕に、私はそっと抱きついた。
「ふふ、最初からアレ狙ってたんでしょ?」
「いや、1発目はガチでワイン狙って外しちまったんだ、はははは」
本当、正直な人――。
歩き疲れたから休みたいというテレさんを、テーブルが並べられた休憩ブースまで連れてきて座らせた。彼女をスティーブさんに任せた私は、グラスを返しに行くついでに飲み物を買うことにした――。
飲み物の出店まで歩く足取りは軽く、とても清々しい気持ちだった。このフェアに来るまでは、不安の方が全然強かったのに。
スティーブさんは言うまでもないけど、今のところはテレさんもお祭りに高揚しているみたいで安心した。これ以上のお酒はダメだけど。
「いらっしゃいませ〜」
お店に着いてメニューを眺めてみる。色んな種類があったけど、カモミールの文字に目が止まった。
「えっと……ソーダを1つと、カモミールを2つ下さい」
アルコールの分解には十分な水分補給が必要。
ハーブティーであるカモミールにはカフェインが入っていない。アルコールが巡る体をリフレッシュさせるには、リラックス効果を含めて適している。
「はーい、少々お待ち下さいね!」
気さくな女性店員が準備してる間、財布を持ちながら待っていた私。ところが。
「おや、マエルじゃないか……?」
突然――背後から聞こえてきた“覚えのある声”に、心臓が止まりそうになる。
う、嘘でしょ?
変装してるのに、どうして……。
前を向いたまま少しだけ首を回して、肩越しに背後を見遣る。そこには、私をじっとりと見つめる1人の男性がいた。
ミディアムのサラリとした茶髪に、鼻筋の通った端正な顔立ち。煌びやかな装飾をあしらった黒いスーツに身を包んだ、スラリと高身長なその人は。
元婚約者のキリアンだった――。




