19-1.再会(マエル)
窓から差し込む陽かりに起こされた私。
スティーブさんの家で過ごす、最後の朝となる時刻は7時。そして、すぐ異変に気付く。
あれ……?
私、ベッドで寝てたっけ?
なんだろ、頭痛い……。
寝たフリから起きて、最後は彼のズボンを脱がせようとしていたところまでは、何となく覚えている。けど、その先の記憶が定かでない。“神秘的な象徴”を拝んでいたような気がする。
あ、そうか!
全部……夢だったんだ!
現実でスティーブさんにあんな酷いことしたら、愛想尽かされちゃうよね。まったく、寝たフリから始まる夢なんて、ホント紛らわしい。
でも、あの神様的な柱は……一体何だったんだろう。夢でまた、逢えるのかな。
気を取り直して隣を見遣ると、スティーブさんが仰向けで眠っていた。彼の唇はちょっと腫れており、私も少しだけヒリヒリする。はしゃぎ過ぎた。
ふふ、可愛い〜。
絆創膏を貼られているのがお茶目に見えるくらい、うっとりしてしまうほど可愛い寝顔。思わず笑顔が溢れる。
幸せの余韻を忘れないよう、彼の唇にチュッとキスをする。
「おはよう、スティーブさん……朝だよ?」
「ん……ん〜?」
なかなか起きそうにない彼の身体を、ゆさゆさと揺さぶる。
「ほら、早く準備しないと、フェアで遊ぶ時間なくなっちゃうよ―」
「ぐはッ、そうだったッ!」
いきなり毛布をバサッと跳ね除けたスティーブさんはベッドから飛び降りるなり、ネイビーのスウェットを脱ぎ始めた。
およ?
ネイビーなんか着てたっけ?
「ちょっとストップ、ここで脱がないでッ!」
ストライプ柄のパンツまで脱ぎそうになっていた彼を制止する。振り返った彼が「あ、ごめん」と額に手を当てた。
およよ?
ストライプ……だったっけ?
「早る気持ちはわかるけど、包帯と絆創膏も取り替えなきゃいけないから、少し落ち着いて?」
「そ、そっか! うん、分かった」
元気になったのは良いけど、彼が怪我人であることを忘れてはいけない。ソファに座らせた彼の処置を始める。
その間、やっぱり昨晩に起きたことが“本当に夢だったのか”という不安が拭い切れなくて、質問してみた。
「スティーブさん、ちょっと訊いてもいい?」
「ん、どしたー?」
「あのさ、昨日の夜の最後って、私とキスしてから寝たんだよね……?」
「うん、そうだよ!」
はいはいはい、だよね!?
やっぱそうだよね!?
「それから、1回も起きてない……?」
「起きてないよ! 朝までグッスリさ! しかもマエルがチューで起こしてくれたから、気分はマジ最高だよ!」
スティーブさんは満面の笑みで両腕を広げて答えてくれた。その言葉によって嬉しさと確信が生まれ、心の底から安堵する。
「んで、それがどしたの?」
「ふふふ、ううん……何でもないよ〜」
なんだ、本当に良かったぁ〜。
心配して損しちゃったよ。
彼の服に感じた違和感も“夢と現実の区別が曖昧になってだけだったんだ”と自分に言い聞かせる。
こうして処置を終えた私達は、2人揃ってダイニングへ出た――。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
ダイニングへ入るや否や、テーブルに座るテレさんが突っ込んできた。彼女はすでに身支度を終えて、サンドイッチとスープまで作って待ってくれていたみたい。
テレさんが起きるまで余裕があると思っていた私が、焦って謝る。
「す、すいません、朝食まで用意して頂いて……」
「ばあちゃん早いな。何時から起きてたんだ?」
続いてスティーブさんが問うと、テレさんは「5時だよ」と無表情で答えた。
は、早過ぎる。
出かけるの、心待ちにしてたのかな。
まさか、寝室覗かれてないよね?
その後は、大急ぎで服を着替えたりメイクしたりでドタバタした。途中、履いていたショーツに違和感を覚えたけど、気にしてる暇なんてなかった。
「出発するよー」
「は〜い!」
支度を済ませた私達は車に乗り込み、ペンモントンへと出発した――。
フェアの会場となるペンモントンまでは、スティーブさんの予想で1時間くらいかかるらしい。彼は浮かれているのか、ノリノリでハンドルを握っていた。
そんな中、後部座席でテレさんの隣に座る私の心境は、超複雑。やっぱりテレさんも、私とスティーブさんの交際をよく思っていない感があるから。
今朝、彼の怪我の具合は訊かれたけど、意外にも夜のことまでは探られなかった。今も黙って窓の外を眺める彼女が、何を考えているのかすごく気になる。
「男ってのは、どうして冒険するのが好きなんだろうねぇ」
いきなり嘆息気味な口調で疑問を発するテレさん。咄嗟に「あはは、そうですよね〜」と反応した。
テレさんの口数が少なかったのは、スティーブさんが祭りで無茶しないか、心配してただけだったのかな?
本音を言えば、彼には家で安静にしていて欲しいところ。男の人は好きなものを前にすると、周りが見えなくなるというか、なんというか。
スティーブさんが陽気な面持ちで振り向く。
「何だよ2人とも、まだ俺の怪我のこと心配してんの!? こんなピンピンしてるのに!」
「いいから前向いて運転しろ馬鹿タレ」
「はいはい〜!」
昨日あれだけ大怪我して帰ってきたのに、今は何事もなかったかの様にケロッとしている彼は、早く展示会を観たくてウズウズしている様子。
すると、不意にテレさんが私に視線を送ってきた。
「コイツの暴走を止めれるのは、アンタしかいない。頼んだよ」
妙に真剣な表情で頼まれて「は、はい」と簡単に頷いた――。
ペンモントンでは前日に雪が降っていたらしく、スティーブさんは途中で滑り止めのチェーンをタイヤに履かせた。
「て、手がヤバいくらい冷てぇーッ!」
「カイロあるよ、スティーブさん」
それから少し走って目的の祭り会場に到着すると、すでに街は賑やかな祭り色でいっぱいだった。
駅前広場から大通りにかけて車の進入は封鎖され、高層建物と露店が立ち並び、朝だというのに大勢の人がごった返している。
車内から眺める人々はみんな笑顔で、年末の華やかな雰囲気を楽しんでそうに見えた。首都からも近く、さすがは栄えた街といった感じ。
「お、あそこなら1台停めれそうだな!」
臨時に設けられた駐車場に、スティーブさんが空きを見つけて車を停める。先に降りた私が反対側に回ってドアを開け、テレさんの降車を補助した。
「雪で滑るから、足元気をつけて下さいね」
杖を出して突いたテレさんが、私をじっと見つめる。
「アンタ、そのナリだと逆に浮くんじゃないのかい?」
「え、そうですか!?」
私の格好は、グラサンをかけてチェックのマフラーで顔半分を覆い、長い髪は纏め上げて帽子の中に隠している。
知人から悟られないための変装だけど、テレさんから“隠し過ぎてむしろ目立つ”と指摘されてしまった。確かに、街の中にそこまで顔周りを重装備する人など見当たらない。
う〜ん、さすがにグラサンだけは外しとこ。
帽子だけ目深に被れば大丈夫かな。
そう思いつつ辺りを見渡していたら、カップルが多いことに気付く。堂々と手を繋いで歩いたり、人目も憚らず抱き合っていたりしていた。
いいなぁ……。
まだスティーブさんと微妙な関係の私。他のカップル達を羨ましがるように眺めていた。
そこへ、私の左手を誰かがそっと握ってきた。振り向いたら、スティーブさんが目を糸の様に細めて笑っていた。
「行こうぜ、マエル!」
別の方に気を取られていたテレさんを、チラッと見た彼がウィンクする。彼女に対して“カップルを演じよう”と伝えてきてるみたい。
仮初とはいえ、つい嬉しくなった私は「うん!」と返し、グラサンを仕舞って、彼と指を絡ませるように手を繋いだ――。




