14-3.
絆創膏と包帯だらけになったスティーブさんを、寝室のベッドで仰向けにして寝かし付ける。
冷え切った身体を温めるため、彼の周囲にはあるったけの湯たんぽを配置した。
目を瞑って息の浅いスティーブさんの手を、床に膝をつき、両手で温めるように握りしめる。彼の表情はずいぶん穏やかになったけど、私の心中はまだ動揺していた。
私のせいだ。
私が“騙されてるかも”なんて焚き付けたから、彼はこんな姿になってしまったんだ……。
キィという扉の軋む音が聞こえると、テレさんが寝室に入ってきた。私の横に立ち、スティーブさんをまじまじと見下ろしている。
「手際の良さはさすがだね。病院に連れてく手間が省けたわ」
「あくまでも応急処置です……頭部への打撃は後々になって悪影響が出てしまうこともあるので、本当なら、お医者さんに診てもらいたいところです」
懸念する私に対して、テレさんは急に「カッカッカッ」と笑い始めた。
「コイツは馬鹿だけど、その分身体は頑丈なのさ。このくらいの怪我はガキの頃から何度もしてるよ」
私がキョトンとすると、フッと微笑んだ彼女は後ろのソファに「よっこらせ」と腰を据えた。
「コイツは昔から誰かがイジメられているのを見たら、絶対に助けようとしちまうのさ。相手が何人いようがね」
またしても胸がギュウッと締め付けられそうになり、テレさんからスティーブさんに視線を戻す。
「とても……とても、勇気がいることだと思います」
「後先考えずに突っ込んじまうのは、ただの怖いもの知らずってだけだ。何度も注意してきたが、馬鹿は死ぬまで治らないよ。それで、スティーブにこんな仕打ちをしたのが、誰の仕業かくらい見当はついてるんだろう?」
テレさんから質問を受けた途端、ハッとして振り返る。彼女は真剣な面持ちで、ソファの肘掛けに頬杖をついていた。
「スティーブが仕事に行ってないことなんて、とっくに気付いてたさ。嘘が下手なスティーブと、日中そわそわと落ち着きのないアンタを見てればね」
また見破られてしまった……。
彼が怪我をしてしまった以上、この状況を誤魔化しきるのは不可能。私は諦めて、スティーブさんとエンゴロさんの間に起きた事情を打ち明けた。
さらに、これ以上テレさんに隠し事をするのが申し訳なくなり、キリアンから婚約破棄されたことや、スティーブさんが空き巣に入ってきた経緯まで、包み隠さずに全て暴露した――。
スティーブさん……ごめんね。
心の中で彼に謝罪しつつ、一通り説明し終える。テレさんは呆れたように大きく嘆息して、額に手を添えた。
「ふぅ〜。まさか空き巣を狙うほど馬鹿だったとはねぇ」
「お願いですから、叱らないであげてください……」
小さめな声でそう懇願したら、テレさんは目を見開いて「呆れ過ぎてそんな気力あるかいな!」とツッコんできた。
「どうせコイツのことだ。突発的な衝動に駆られたってのは事実だろうよ。無計画過ぎて、逃げようのない2階で発見されてんのがいい証拠さね」
床に座り込んでいた私が、何も返せずに塞ぎ込む。
「それに昨日も言ったが、婚約破棄されたアンタに同情はしないよ。どんな事情があろうとも、ワタシゃ湿っぽいのが大ッ嫌いだからね」
私はテレさんの方を向きつつ、スティーブさんを横目でチラッと見遣った。
「……承知しております。でも大丈夫です。彼から、たくさん元気付けて貰いましたから」
例えそれが空き巣に入った罪悪感を拭うためだったとしても、彼に救われたことには変わりない。
『自分を苦しめてくる想いなんて、ここで断ち切るんだ――』
テレさんの高圧的な視線から目を逸らさずに、正座しながらきゅっと口を結ぶ。しばらく見つめ合っていたら、彼女は唐突に顔を綻ばせた。
「瞳で訴えてくるとは、粋なことをするじゃないか。ちょびっとだけ、ほんのちょびっとだけッ、ワタシより可愛いんじゃないかと思っちまったわ」
「いえいえ、テレさんには敵いませんよ。すごくキュートなのに、育ちの良さそうな品性も感じられますし……」
実際、テレさんと一緒に過ごしていて、素直にそう思っていた。
エレガントなシニヨンで結ったアッシュグレーの髪。杖を付きながらも凛とした姿勢。お茶の時のちょっとした仕草。貴婦人の風格を纏う雰囲気がテレさんにはある。
肌もツヤツヤで、とても70歳には見えない。
「カッカッカッ! それじゃあシルクのドレスでも拵えて、どっかの社交会にでも潜入してみようかね」
「いいじゃないですか、テレさんならみんな大歓迎でしょうから!」
スティーブさん、大丈夫かな……。
テレさんに愛想を振りまいている最中も、背後で寝ている彼のことが気になって仕方ない。
すると上機嫌に見えたテレさんから、忽然と笑みが消える。
「ひとまずエンゴロの件はさておき。ワタシが気に入らないのは、カスカリーノ家が“ポグバ家の言いなりになっちまってる”ってとこだね。そこだけは無性に腹が立つ」
予期せぬ発言に戸惑った私が「え?」と首を傾げた途端、スティーブさんがムクッと起き上がった――。




