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1-1.空き巣(スティーブ)

「か、金がないだって!?」


「マジですまん、株が暴落して……全部なくなっちまったんだよ」


 陽が登り、少しずつ街が活気づき始めた朝っぱらから、俺は友人であるエンゴロの自宅前で呆然とさせられた。


「これを見てくれ。これがスティーブから預かった預金で購入した、株の値動きだ」


 左目下にホクロのあるエンゴロが、申し訳なさそうに株の情報誌とやらを開いて見せてくる。

 彼が指をさした銘柄のグラフは、右肩上がりだったものが急激に下へ折れ曲がっていた。


「ば、爆下がりじゃないか……! どうしてこんなことに?」


「元請けのELMっていう鉄道会社が倒産してな。その影響を受けちまったんだと思う。俺も同じ銘柄を買ってたから、一文なしさ……」


 と、エンゴロが脱力したように、情報誌を持っていた腕を垂れ下した――。


 エンゴロと別れて半ば放心状態になってしまった俺は、おぼつかない足取りで自分の車に戻った。

 グリーンの4人乗りセダンへ乗り込み、エンジンをかける。俺の落ち込んだ心情とは裏腹に、相棒(くるま)の調子は良さそうだ。


「……くそ、どうすりゃいいんだ。全財産だったんだぞ」


 ハンドルを強く握り締めながら、項垂れて呟く。溜息混じりにサイドブレーキを下ろし、ギアを入れてアクセルを踏み込むと、相棒はゆっくりと走り出した――。


 何気なく、いつもと違う道を選んで走る。こんなことしても、大して気は紛ないけど。


 車が登場した当初は高額過ぎて貴族や富裕層しか所有することは出来なかった。やがて庶民でも購入出来る安価な車が普及し始めると、街で馬車に乗る人はめっきり減った。

 歩道を行き交う人々や、すれ違う車の運転手の顔は、白い息を吐きながらも活き活きとしている。


 みんなが仕事へ向かう中、今一番ドン底な気分なのは、間違いなく俺だな――。


 しばらく進んでいると、路肩に茶色の看板を掲げたコーヒーショップが目に入った。車を路駐して降り立ち、コーヒーを一杯注文する。


「1ペンスです」


 ポケットから小銭をチャリッと取り出す。急に手持ち金が貴重になる感覚に襲われたが、今日だけは自分を許した。


「……あっちッ!」


 寒さで悴む手に伝わるコーヒーの温もり。こんなのに縋るほど、不安になっちまってんだな。

 見上げた空は曇天で、今にも雪が降ってきそうだ。


「ごちそうさま! これ、カップ返します」


「どうも。今朝も冷えますね」


「ホントそれ、おやっさんも体には気を付けてな! コーヒー、めっちゃ美味しかったっす」


「ありがとうございます。また寄ってください」


 少し体の芯がポカポカしてきたところで、車に乗り込もうとした、その時――路駐した反対側にある、大きな屋敷が視界に飛び込んできた。

 鉄格子に囲まれた広い敷地。その真ん中にある大きな屋敷。あれは確か、カスカリーノ男爵の家だったか。


 ホント、でっけー家だよな……。


 道を渡り、鉄格子越しに“貴族として生まれてたらなぁ”と、羨む感じで屋敷を眺める。俺が失った財産なんて、ここに住む貴族からしたら、微々たるものなんだろう。

 よく見ると、家の前には車が付けられており、住人が乗り込んでる様子。


 これから出掛けるのかな――そう思った瞬間、俺の頭がフル回転し始める。


 貴族はお金持ち。

 50ポンドくらいなくなっても、多分痛くない。

 住人は今から出掛けようとしている。

 家から誰もいなくなる。


 ……空き巣イケる。


 咄嗟に屋敷へ忍び込むことを思い付いた俺は、住人が車で敷地を出た後、周囲を見渡しながら鉄格子をよじ登った――。

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