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11-2.

「彼の方が、独身で女っ気のないお兄様より将来性があるでしょ? 孫の顔……見たくないの?」


「今は新規事業の立ち上げに尽力してる最中だ。近々ペンモントンの祭りで、新型モデルの展示会も控えてる。孫のことまで考える余地などない」


「そんなにのめり込むほど、新しい事業が魅力的なわけ? 今度、婚約発表のパーティーもやりたいんだけど」


 そう問うと、お父様はおもむろに契約書へサインし始めた。


「お前が気にする必要はない。パーティーもいつも通りお前が指揮しろ。無論、私に出席してる暇などない。世襲にかまけている、()()()()()と談話する気もな」


 無表情を貫くお父様から差し出された契約書を、サッと受け取る。


「スタンリー公も招待するつもりなのよ? 無能だなんて、口が過ぎるわ」


 確かにこの国は、保守党から政権を奪った民主党の政策によって、貴族達は軒並み衰退の一途を辿り続けている。

 世襲貴族出身者で構成される保守党に対し、民主党は主に直接選挙で選ばれた庶民の代表達が務める性質上、そうなるのも当たり前。


 厄介なのは、お父様がその民主党議員だということ。


 そのせいで、ラクラル家は社交界で完全に異端扱いを受けている。それでもうちに交流を求める貴族が多いのは、まだ婚約者のいない私との政略結婚を狙ってるからに他ならない。


「民主党政権が続けば、ほどなく貴族の時代は終わりを告げる。公爵といえど、これから迫り来る資本主義の恐ろしさを理解出来ない奴らに、媚びを売る必要はない」


「お父様には“伝統を守る”という概念はないわけ?」


「今の時代を生き残るには、需要のあるビジネスを展開することが必須なのだ。伝統やしきたりを重んじたところで、1ペンスにもならん」


 何か言い返してやろうか迷った矢先に「もういいだろう、用が済んだのなら出ていけ」と吐かれ、これ以上の議論は不毛だと悟る。合理主義者を相手にしても、売り言葉に買い言葉で収集がつかない。

 そっぽを向くように振り返り、書斎を退室した――。


 パタンと閉めた扉に背を預けた私は、そのまま歩き出すことが出来ずにいた。


 終始お父様は私と目を合わすことなく、婚約に関しても『おめでとう』という祝辞の一言すらない。期待していなかったにしろ、やはりあの男から愛情なんてものは、微塵も感じられなかった。


『違うぞグレイス。紙細工をするならモデルをよく観察しろ――』


 幼い頃、私が1人でチューリップの紙細工を作っていた時、お父様は見本を製作して見せてくれた。お父様から貰えた物なんて、それが唯一だった。


 お母様に対しても、仕事漬けで興味を示さない。そんなんだから愛想尽かされて離婚されるのよ。


 それに、どうしてお父様は“侍従の男とデキてる”お兄様に肩入れするのよ。私が暴露しなくても、そんなことくらい勘付いてるはずなのに。


 握り拳に力が入り、やっと廊下を一歩踏み出す。


 どちらにしろ、キリアンが家督を継げるようにお父様を説得するには、こちら側の優位性が足りないんだわ。こんな状況で『妊娠した』なんて告げられる訳がない。

 それより、何かラクラル社にとってもっと恩恵のあることをして、金儲けにしか興味のないお父様の信頼を得なければ――。


 思案を巡らせつつ自室の扉を開けようとしたら、背後から「お嬢様」とナビルの呼ぶ声が聞こえた。


「……何?」


「エンゴロと名乗る者からお電話が来ておりますが、どう致しましょう? 得体の知れない男の様ですし、取次を断りましょうか?」


 小さくチッと舌打ちした私が扉の取手から手を離し、ナビルの横を通り過ぎる。


「代わるからいいわ。執務室周辺に、人を近づけないでおいて」


「かしこまりました」


 そのまま電話機が置かれている執務室へと入り、受話器を手に取った。


「グレイスよ」


『……怖い声出さないで下さいよ、グレイスさん』


「“レディ・グレイス”って呼んでくれない? 何の要件か知らないけど、気安くうちに電話してこないで」


『俺にそんな態度していいんですか? あんたの()()、新聞記者にバラしちゃいますよ?』


 不快極まりない声に思わず溜息が漏れ、「……一体何の話?」と返す。


『しらばっくれないで下さいよ。こっちは黒幕があんただってことは、分かってるんですから』


「で? 口止め料をよこせとか?」


『さすが、話が早くて助かります。500ポンドでどうです? これでラクラル家の名誉が守れるなら、良心的な金額でしょ?』


 この下衆男はラクラル家のことを何も分かっていない。誰のおかげで自分の首が繋がっているのかさえも。


「私のお父様が民主党議員なの知ってて脅してる? どこの馬の骨とも知らない貴方の告発なんて、もみ消すのは簡単なの。逆にそんなことするなら、痛い目に遭うのは貴方の方なんだけど?」


『……ち、ちょっと待てよ! あんたに俺を責める権利なんてないだろ!』


 あからさまに、雑魚丸出しな感じで慌ててるのが伝わってくる。


「ふふ、タカリ屋風情が権利を主張するなんて滑稽ね。それと勘違いしないくれる? 私が言ってるのは、貴方の()()()()の方なんだから」


『な、何だと……?』


「知らないとでも思って? 民主党を支持する新聞社が、議員の長女である私と貴方、どっちを信用するのかしらね」


 淡々とした口調でそう訊くと、急に応答しなくなった。


「貴方が告発したら、もちろん名誉毀損で訴えるわ。詐欺罪と合わせて刑務所に入る勇気があるのなら、告発でも何でも勝手になさい。茶葉くらい差し入れしてあげるわ」


 ダメ押しで嘲笑気味に挑発する。

 すると、しばらくしてから『……クソッ!』と悔しがる様な声が聞こえた途端、通話が途切れた。


 あー胸糞悪い。


 マエルでも虐めて、思いっきりストレス発散したいわ――。

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